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Day‘s Eye 魔術師になったデイジー
さらば故郷、いざゆかん祖国
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祭りの翌日、カンナは自分の家に帰るべく、村を去ることになった。
彼女は多くの子ども達に見送られ、生意気な言葉をかけられていたが、ひとりひとりお腹を吸ってさようならの挨拶を丁寧に返していた。
変だ変だと思っていたが改めて実感した。カンナは本当に変な子である。
「今度はマーシアさんと3人で会おうね」
と彼女から言われて私は苦笑いしてしまった。その約束は叶えられそうにない、とは言えなかったのだ。
ぎゅうぎゅうと私に抱きついてきたカンナにハグをし返す。馬車に乗っていく彼女を見送りながら、私は今生の別れを感じていた。私が貴族でも関係ないと言ってくれたカンナ。
──ありがとう、大好きだよ。
カンナの乗った乗合馬車を見送りながらぼうっとしていると、後ろから「アステリア」と夫人がそっと声を掛けてきた。
「わたくし達もそろそろ参りましょう」
「……はい」
この日カンナを見送った後、私も本来あるべき場所に帰ることになっていた。私は反抗することなく大人しく頷く。
予定よりも長期滞在になったがそれを許可してくれたのだ。ありがたく思わなくてはならない。
『待て待て、私を置いていくんじゃない』
フッと目の前が陰ったと思えば、どこからか飛んできたルルが空中を浮遊していた。バサリバサリとルルの大きな羽が強風を起こし、木々の葉を慣らしていた。私の隣にいた夫人は風の強さに目をつぶり、髪型が崩れぬよう片手で抑えている。
「ルル、どこ行ってたの。探したんだよ」
そうだ、せめてルルだけは私のそばに置いてほしいとお願いして許可をもらったのに、とうのルルがいないんじゃ話にならないんだぞ。
「なんか嫌な予感がしたから避難してた」
人間化したルルはなんとなしに言った。……なるほど、カンナのスリスリ攻撃を察知して逃げていたんだな……野生の勘か。
馬車乗り場にはフォルクヴァルツの馬車が待ち構えていた。乗り慣れた乗合馬車とは違う、貴族用の馬車。私はこれに慣れなきゃならない。
町の専門業者にしっかり点検してもらったので安心して乗って大丈夫とのことだ。結構な険しい山道を走るから馬車点検は大事だね。
荷物を詰め込み、後は私達が乗車するだけ。ルルは馭者の隣に腰掛けて待機中だ。護衛騎士たちも馬に乗る準備を整えており、いつでも出発できる。
私はお見送りに来てくれた養家族と別れを惜しんでいた。
「いつでも帰っておいで」
優しい言葉を掛けてくれるお母さん。私はお母さんに抱きついて彼女のぬくもりをしっかり覚える。
お父さん、カール兄さん、タナ義姉さんとハグをして別れを告げる。みんなが「また元気な顔を見せてね」と声をかけてくれるけど、もう帰ってこれないんだ。ごめんね。
物心のついているハロルドに別れの挨拶をしようとしたけど、彼は不貞腐れて拒否していた。なにか察知してしまったらしい。
「…俺の結婚式には参列してくれな」
最後にハグをしたリック兄さんから耳元で囁かれたが、私は何も言えなかった。
──私の居場所はもうここにはない。
もう、村には戻らないほうがいいのだろう。
私がいたらみんなに迷惑をかけてしまうのだと今回のことで理解できた。
見慣れて飽きてしまった村の風景。あんなに居心地が悪かった村なのに私は離れるのが辛かった。涙が滲んできたが、それを気にしないふりして馬車に乗り込む。
馬車がゆっくり動き始める。窓から村の風景を目に焼き付けていると、木々に隠れて見えたあの白銀色。
……テオが遠くから見送りしてるような気がした。いつも頼んでなくとも見送りに来ていたくせに、今回はそんな風にこっそり見送るんだ。
じくり、と項の噛み跡が痛む。……どうしてあんな事したのか聞きたかったけど、もう無理そうだ。
私は貴族の娘。そして平民であるアイツは獣人で、運命の番と出会ったんだ。…もう私達は昔のような幼馴染同士には戻れないんだ。
■□■
私が村に滞在している期間中に、辺境伯夫妻は前もって作成していた書類を持ってエスメラルダ王都の役所でそれを提出、証明や弁明などいろいろ煩雑な手続きを行い、エスメラルダの私の戸籍をシュバルツに写す作業を完全に完了したそうだ。
庶民がいきなり他国の貴族の娘だと言われ、それが貴重な高等魔術師となると国側も『ハイそうですか』と簡単に許可できないものらしく、最後まで渋られたそうだ。
「他人の空似では?」とまで言われたと、夫人が憤慨していた。
これで名実ともに私は、シュバルツ王国フォルクヴァルツ辺境伯第二子アステリア・デイジー・フォルクヴァルツとなった。
その長ったらしい名前が私を拘束するのだとうんざりしていたが、辺境伯夫妻は色々と考えてくれていたらしい。
まずフォルクヴァルツ城に戻ると、私付きだったギルダとメイドたちは綺麗サッパリいなくなっていた。体調悪くしたから国に返したとは聞かされていたが、退職を込めての意味だったのか。別に彼女たちがいなくなっても惜しくはないけども。…むしろ安心した。
その代わりに新しい女家庭教師と、メイド育成校で優秀な成績を修めたという卒業生3名が雇い入れられ、私付きに新たに任命された。
全体的に前と比べて年齢層が若い。そして何もかもが天と地の差であった。
「…お上手ですね、教えるの」
「そうですか? 普通にしているつもりですけど…」
新しい女家庭教師の先生は私の言葉に対して不思議そうな顔をしていた。
ギルダの時は叱責と体罰と否定ばかりだった授業が彼女に変わってからはとても楽だった。
私のレベルに応じてカリキュラムを組んでくれるので、サクサク先に進めてとてもやりやすかった。無駄なことは一切させない、揚げ足取りも理不尽に怒鳴ることもないし、手を叩いてくることもない。いいところは素直に褒めてくれる。
新しいメイドだってそうだ。
私の気に障ることは一切しない。私が望むことにできる限り寄り添おうとしてくれる。人のものを勝手に処分したりしない。私が令嬢として無知であったとしても横からそっと静かに教えてくれる。主人を立ててくれる献身的なメイドたちであった。
感動した私は彼女たちの仕事を褒めまくった。
「よほど前任者がひどかったのですね…おかわいそうに…」
私の反応に対し、メイドが涙を禁じえないとばかりに同情してきた。
ギルダたちの教育(?)は常識ではなかったらしい。一体何だったの、あの地獄の1ヶ月間。マシな人員用意できるなら最初からそうしてほしかったんですけど……。
自分の中の意識が少し代わり、心を入れ替えて日々を送り始めたとある日、夫人からお出かけしましょうと誘われた。
果たしてどんなきらびやかな場所につれて行かれるのかと思ったら、拍子抜けした。
慰霊碑のある広場に連れてこられたのだ。
「アステリアはここに来たことは?」
「一度だけ。隣のビルケンシュトックに滞在していた頃に…」
青空市場でたくさんお花を購入しているなと思ったら、ここに手向けるお花だったのか。夫人は慣れた手付きで慰霊碑に花を供える。
「…アステリアがいなくなったあの晩、わたくしとあの人が魔術師と兵士を率いて戦場になった領内をなんとか守ろうと奮闘している最中に、守りが厳重なはずの城の中にハルベリオンの軍勢が押し寄せてきた」
彼女は私と同じ色をした紫色の瞳を細め、慰霊碑に彫られた犠牲者の名前を指でそっと撫でていた。
「…みんな血の海の中で息絶えていた。あなたの姿だけでなくディーデリヒも一時行方不明だったのよ。彼はそばに付いていた乳母が機転を利かせて隠してくれていたから無事だったけど……あなたの乳母は…亡くなっていて、あなたに付けたお側役のメイドの子も姿を消していた」
「…メイド」
夫人の言葉に私はボソリと呟く。そういえば辺境伯もそんなことを話していたな。
「今のあなたくらいの若い女の子だった。…ハルベリオン軍は若い娘に乱暴を働き、連れ去ったと言うわ。…彼女ももしかしたら……命からがら向こうで生きている可能性もあるけど、あの国じゃ絶望的でしょうね」
……ハルベリオンは人の住める環境じゃない。女性が野に放たれたらあっという間に衰弱死してしまうであろう。
目をそっと閉じて、苦しそうな表情を浮かべている夫人は未だに過去にとらわれて苦しんでいるように思えた。
私は一度里帰りして、ここへ戻ってきて、まともな家庭教師やメイドが側に付けられたことで客観的に物事を観察できるようになった。
今では見事復興してみせたフォルクヴァルツ領だが、ハルベリオンに蹂躙された爪痕は色濃く残っていた。
この女性はたくさんのものを失ったのだろう。多分、今でも自分の力不足を悔いている。
「その子は男爵家出身の娘だったのだけど、魔なしでね。生家から追い出されたそうなの。あなたのお世話役を探していたときに出会って…気立ての良い優しい女の子だったから、雇い入れたのよ」
笑うと可愛らしい女の子だった。赤子だったあなたのことを妹のようにかわいがっていた、と夫人は言う。
彼女はゆっくりと立ち上がると、遠くの空を睨みつけた。ハルベリオンの方向である。
「…あの子に魔力さえ備わっていれば、放逐されることもなく今も生きていたでしょうにね」
「運命が憎い…悔しいわ」と夫人が呟くと、強い風が吹いた。花が何本か風に乗って飛んでいく。
「…そのメイドの名前は何というのですか?」
「ロジーナよ」
ハルベリオンの襲撃がなければ、侵攻を抑えられたら……私が行方不明にならなければ、そのロジーナさんが今頃私の側にいたのだろうか。貴族令嬢として育った私の側についていたのだろうか……どんな人だったのだろう。
慰霊碑を見下ろすと、膝をついた。
私が想像するよりも多くの人が命を落としたフォルクヴァルツの悲劇。
こうして祖国に戻ってきた私に、何ができるだろう。
「お祈りしましょう」
夫人の促す言葉に従って、私は指を組んで静かに女神へ祈った。
苦しんで亡くなられた領民たちが今は安らかに眠れていますように、と。
彼女は多くの子ども達に見送られ、生意気な言葉をかけられていたが、ひとりひとりお腹を吸ってさようならの挨拶を丁寧に返していた。
変だ変だと思っていたが改めて実感した。カンナは本当に変な子である。
「今度はマーシアさんと3人で会おうね」
と彼女から言われて私は苦笑いしてしまった。その約束は叶えられそうにない、とは言えなかったのだ。
ぎゅうぎゅうと私に抱きついてきたカンナにハグをし返す。馬車に乗っていく彼女を見送りながら、私は今生の別れを感じていた。私が貴族でも関係ないと言ってくれたカンナ。
──ありがとう、大好きだよ。
カンナの乗った乗合馬車を見送りながらぼうっとしていると、後ろから「アステリア」と夫人がそっと声を掛けてきた。
「わたくし達もそろそろ参りましょう」
「……はい」
この日カンナを見送った後、私も本来あるべき場所に帰ることになっていた。私は反抗することなく大人しく頷く。
予定よりも長期滞在になったがそれを許可してくれたのだ。ありがたく思わなくてはならない。
『待て待て、私を置いていくんじゃない』
フッと目の前が陰ったと思えば、どこからか飛んできたルルが空中を浮遊していた。バサリバサリとルルの大きな羽が強風を起こし、木々の葉を慣らしていた。私の隣にいた夫人は風の強さに目をつぶり、髪型が崩れぬよう片手で抑えている。
「ルル、どこ行ってたの。探したんだよ」
そうだ、せめてルルだけは私のそばに置いてほしいとお願いして許可をもらったのに、とうのルルがいないんじゃ話にならないんだぞ。
「なんか嫌な予感がしたから避難してた」
人間化したルルはなんとなしに言った。……なるほど、カンナのスリスリ攻撃を察知して逃げていたんだな……野生の勘か。
馬車乗り場にはフォルクヴァルツの馬車が待ち構えていた。乗り慣れた乗合馬車とは違う、貴族用の馬車。私はこれに慣れなきゃならない。
町の専門業者にしっかり点検してもらったので安心して乗って大丈夫とのことだ。結構な険しい山道を走るから馬車点検は大事だね。
荷物を詰め込み、後は私達が乗車するだけ。ルルは馭者の隣に腰掛けて待機中だ。護衛騎士たちも馬に乗る準備を整えており、いつでも出発できる。
私はお見送りに来てくれた養家族と別れを惜しんでいた。
「いつでも帰っておいで」
優しい言葉を掛けてくれるお母さん。私はお母さんに抱きついて彼女のぬくもりをしっかり覚える。
お父さん、カール兄さん、タナ義姉さんとハグをして別れを告げる。みんなが「また元気な顔を見せてね」と声をかけてくれるけど、もう帰ってこれないんだ。ごめんね。
物心のついているハロルドに別れの挨拶をしようとしたけど、彼は不貞腐れて拒否していた。なにか察知してしまったらしい。
「…俺の結婚式には参列してくれな」
最後にハグをしたリック兄さんから耳元で囁かれたが、私は何も言えなかった。
──私の居場所はもうここにはない。
もう、村には戻らないほうがいいのだろう。
私がいたらみんなに迷惑をかけてしまうのだと今回のことで理解できた。
見慣れて飽きてしまった村の風景。あんなに居心地が悪かった村なのに私は離れるのが辛かった。涙が滲んできたが、それを気にしないふりして馬車に乗り込む。
馬車がゆっくり動き始める。窓から村の風景を目に焼き付けていると、木々に隠れて見えたあの白銀色。
……テオが遠くから見送りしてるような気がした。いつも頼んでなくとも見送りに来ていたくせに、今回はそんな風にこっそり見送るんだ。
じくり、と項の噛み跡が痛む。……どうしてあんな事したのか聞きたかったけど、もう無理そうだ。
私は貴族の娘。そして平民であるアイツは獣人で、運命の番と出会ったんだ。…もう私達は昔のような幼馴染同士には戻れないんだ。
■□■
私が村に滞在している期間中に、辺境伯夫妻は前もって作成していた書類を持ってエスメラルダ王都の役所でそれを提出、証明や弁明などいろいろ煩雑な手続きを行い、エスメラルダの私の戸籍をシュバルツに写す作業を完全に完了したそうだ。
庶民がいきなり他国の貴族の娘だと言われ、それが貴重な高等魔術師となると国側も『ハイそうですか』と簡単に許可できないものらしく、最後まで渋られたそうだ。
「他人の空似では?」とまで言われたと、夫人が憤慨していた。
これで名実ともに私は、シュバルツ王国フォルクヴァルツ辺境伯第二子アステリア・デイジー・フォルクヴァルツとなった。
その長ったらしい名前が私を拘束するのだとうんざりしていたが、辺境伯夫妻は色々と考えてくれていたらしい。
まずフォルクヴァルツ城に戻ると、私付きだったギルダとメイドたちは綺麗サッパリいなくなっていた。体調悪くしたから国に返したとは聞かされていたが、退職を込めての意味だったのか。別に彼女たちがいなくなっても惜しくはないけども。…むしろ安心した。
その代わりに新しい女家庭教師と、メイド育成校で優秀な成績を修めたという卒業生3名が雇い入れられ、私付きに新たに任命された。
全体的に前と比べて年齢層が若い。そして何もかもが天と地の差であった。
「…お上手ですね、教えるの」
「そうですか? 普通にしているつもりですけど…」
新しい女家庭教師の先生は私の言葉に対して不思議そうな顔をしていた。
ギルダの時は叱責と体罰と否定ばかりだった授業が彼女に変わってからはとても楽だった。
私のレベルに応じてカリキュラムを組んでくれるので、サクサク先に進めてとてもやりやすかった。無駄なことは一切させない、揚げ足取りも理不尽に怒鳴ることもないし、手を叩いてくることもない。いいところは素直に褒めてくれる。
新しいメイドだってそうだ。
私の気に障ることは一切しない。私が望むことにできる限り寄り添おうとしてくれる。人のものを勝手に処分したりしない。私が令嬢として無知であったとしても横からそっと静かに教えてくれる。主人を立ててくれる献身的なメイドたちであった。
感動した私は彼女たちの仕事を褒めまくった。
「よほど前任者がひどかったのですね…おかわいそうに…」
私の反応に対し、メイドが涙を禁じえないとばかりに同情してきた。
ギルダたちの教育(?)は常識ではなかったらしい。一体何だったの、あの地獄の1ヶ月間。マシな人員用意できるなら最初からそうしてほしかったんですけど……。
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果たしてどんなきらびやかな場所につれて行かれるのかと思ったら、拍子抜けした。
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「一度だけ。隣のビルケンシュトックに滞在していた頃に…」
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「…アステリアがいなくなったあの晩、わたくしとあの人が魔術師と兵士を率いて戦場になった領内をなんとか守ろうと奮闘している最中に、守りが厳重なはずの城の中にハルベリオンの軍勢が押し寄せてきた」
彼女は私と同じ色をした紫色の瞳を細め、慰霊碑に彫られた犠牲者の名前を指でそっと撫でていた。
「…みんな血の海の中で息絶えていた。あなたの姿だけでなくディーデリヒも一時行方不明だったのよ。彼はそばに付いていた乳母が機転を利かせて隠してくれていたから無事だったけど……あなたの乳母は…亡くなっていて、あなたに付けたお側役のメイドの子も姿を消していた」
「…メイド」
夫人の言葉に私はボソリと呟く。そういえば辺境伯もそんなことを話していたな。
「今のあなたくらいの若い女の子だった。…ハルベリオン軍は若い娘に乱暴を働き、連れ去ったと言うわ。…彼女ももしかしたら……命からがら向こうで生きている可能性もあるけど、あの国じゃ絶望的でしょうね」
……ハルベリオンは人の住める環境じゃない。女性が野に放たれたらあっという間に衰弱死してしまうであろう。
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今では見事復興してみせたフォルクヴァルツ領だが、ハルベリオンに蹂躙された爪痕は色濃く残っていた。
この女性はたくさんのものを失ったのだろう。多分、今でも自分の力不足を悔いている。
「その子は男爵家出身の娘だったのだけど、魔なしでね。生家から追い出されたそうなの。あなたのお世話役を探していたときに出会って…気立ての良い優しい女の子だったから、雇い入れたのよ」
笑うと可愛らしい女の子だった。赤子だったあなたのことを妹のようにかわいがっていた、と夫人は言う。
彼女はゆっくりと立ち上がると、遠くの空を睨みつけた。ハルベリオンの方向である。
「…あの子に魔力さえ備わっていれば、放逐されることもなく今も生きていたでしょうにね」
「運命が憎い…悔しいわ」と夫人が呟くと、強い風が吹いた。花が何本か風に乗って飛んでいく。
「…そのメイドの名前は何というのですか?」
「ロジーナよ」
ハルベリオンの襲撃がなければ、侵攻を抑えられたら……私が行方不明にならなければ、そのロジーナさんが今頃私の側にいたのだろうか。貴族令嬢として育った私の側についていたのだろうか……どんな人だったのだろう。
慰霊碑を見下ろすと、膝をついた。
私が想像するよりも多くの人が命を落としたフォルクヴァルツの悲劇。
こうして祖国に戻ってきた私に、何ができるだろう。
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