太陽のデイジー 〜私、組織に縛られない魔術師を目指してるので。〜

スズキアカネ

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Day‘s Eye 魔術師になったデイジー

届かぬ太陽・後編【テオ視点】

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「…それだな? その気取ったペンダントの持ち主が例の女なんだろ。お前、騙されてんだよ。高等魔術師らしいけど、どうせ勉強ばかりの気取った女なんだろ?」

 その言葉にムッとするなという方が無理だろう。
 こいつにデイジーの何が分かるのか。デイジーは勤勉家の努力家なんだ。ちょっと不器用なところのある可愛い女なんだ。自分の命をかけて人を守ろうとする意志の強さがあるんだ。
 ……別にこいつにデイジーの可愛さをわかってもらわなくてもいいけど。興味持たれても困るし。

「……デイジーは人を騙したりしない。…あいつは今、国を守るために戦いに行ってるんだ。あいつを謗ることは許さねぇ」

 そうして俺を追い詰めて、運命の番同士をくっつけてこいつは満足なのか。親も、周りも、俺の心を無視して、レイラとくっつけたらそれで満足なのか。
 それはあまりにも自己満足すぎないか。

 好きなものを好きと言って何が悪い。
 受け入れられないから拒絶しているのに、俺にはその権利すらないのか。心を殺して受け入れろというのか。
 定められた運命なんかくそくらえだ。俺は運命に振り回されるために生きてるわけじゃない。

「……無理やり番わされたとしても、俺はレイラを愛せないと思う」

 このまま心を殺してレイラと結婚したとして、自分が彼女を番として愛せるかと言われたらわからない。本能で抱けるだろうけど、心はきっと一生デイジーを想い続けるに違いない。
 ──それは、レイラに対して失礼に当たるのではないだろうか。

 ブルーノはあんぐりと口を開いて、しばし呆然としていた。そしてゆっくりと口を閉ざして言葉を飲み込むと俯いた。
 再度顔を上げた奴は、ぎりぎりと歯を噛み締めて射殺すような目で俺を睨みつけていた。
 …きっと俺を最低な奴だと思っているんだろうな。…こいつはレイラが好きだから、レイラのために俺を説得しに来たんだろうに……それには申し訳ない気持ちしかない。

「……こんなものがあるから、いつまでも女みたいにズルズル引きずるんだよっ!」
「!?」

 ぐんっと前のめりに身体を引かれたかと思えば、ぶちり、と首元で嫌な音が聞こえてきた。
 腕を大きく振りかぶったブルーノはどこかへと何かを投げ捨てた。……翠色の鉱石が太陽光で反射して、俺ははっとする。
 宙を舞うそれは、デイジーが上級魔術師として合格した時に授与されたペンダントだ。俺はそれをいつも身につけていた。俺とあいつを繋ぐ唯一のものだったのだ。なのに。
 呆然とする他ない。どこに落下したか全くわからない。よりによって、村の外れにある丘の更に向こう…森の中に投げ飛ばされたのである。

「どーせ、その女もお前を裏切って同じ貴族の男と結婚するだろーに! 運命の番を切り捨てようとするなんてお前は馬鹿だ! 愚か者だ!」

 その言葉に俺はブルーノを睨みつけた。喉奥から唸り声を漏らし、犬歯をぎりぎり噛み締めながらブルーノに殺気を送る。
 それに怯んだ様子で奴が後ずさっていたが、こいつよりも大切なペンダントだ。俺はブルーノから背を向けて走り出した。

 俺とデイジーを繋ぐペンダントを追って、そのまま丘を駆け下り、あてもなく探しはじめた。
 日が暮れ始め、日が落ちた後も続いた。暗いと捜索は難航する。枝木で引っ掛けてところどころ切り傷をこさえたが捜索の手を止めなかった。

 デイジーは俺を騙してない。
 旅立つ時あいつは突き放すような事を言った。俺は振られたんだ。俺が勝手に一方的にあいつを想い続けているだけ。
 未練たらしいのはわかってる。だらだら想っていても無駄だってわかっているさ。
 それでも、俺の長年の想いはそんな簡単に忘れられるものじゃない。いくら運命であろうと、あいつを想いながら他の女を抱くとかそんなの地獄すぎる。
 後ろ指をさされたとしても、俺にはデイジーへの想いを捨てることなんか出来なかった。


「おーいテオー」
「お前何してんだよ、おばさんが心配してたぞ」
「探したぞ」

 真っ暗闇の森の中、松明明かりを持った人物たちが近寄ってきた。俺の幼馴染で、昔から特別仲良くしていた奴らだ。象獣人と栗鼠獣人、獅子獣人と変な組み合わせではあったが、全員性格がバラバラな分仲良くやってきた。
 いつまでも俺が帰ってこないのを心配した母ちゃんに声を掛けられたから、わざわざ俺を探しに来たのだという。…母ちゃんは過保護すぎないか。俺はもう子どもじゃないんだぞ。放っておけばいいのに。
 まさか俺の気が触れて世を儚むとでも思われてるんだろうか。

「よつん這いになって何してんだ。野生に還るのか」

 幼馴染のひとりである獅子獣人が皮肉交じりな問いかけをしてくる。端から見たら俺の姿は滑稽そのもの。そう思われても仕方ないであろう。

「…探してんだよ、デイジーにもらった上級魔術師のペンダント……レイラの幼馴染にキレられて、ぶん投げられたんだ」

 俺が小さくつぶやくと、奴らはお互い視線を合わせていた。なにか言葉を交わすわけでもなく、お互い意志が通じたように同時に頷いていた。

「……しかたねーなぁ。今度なんかおごれよぉ」
「俺、木の上に登ってみるわ」
「もっと明かり持ってくる」

 気のいい奴らは、俺を窘めるわけでも宥めるわけでもなく、捜索に加わってくれた。いくら夜目が利く俺らでも小さなペンダントはなかなか見つからなかった。
 その後、ペンダント捜索は夜中になっても続き、空のてっぺんにはきれいな三日月が輝いていた。

「──あったぞ!」

 その声に俺ははっとして顔を上げる。
 栗鼠獣人のダチが木から飛び降りると、スタッと軽快な音を立てて地面に着地した。彼の手には見慣れたペンダント。チェーンがちぎれているが、大きな損傷は…

「…あ」

 松明明かりに照らした時、誰かが声を漏らした。

「翠石が割れちまってる…」
「…投げられたときに強くぶつけたのかもな」

 ひび割れて欠けた翠石を目にした俺は急にもの凄い不安に襲われた。
 そんな俺の心の変化に気づいた象獣人のダチがバシッと力いっぱい俺の背中を叩く。

「大丈夫だって、死線を越えて来たデイジーだぜ?」
「例の戦闘狂メガネ女と貴族のお兄様も現場にいるんだし、大丈夫だろ」
「とりあえずお前の家に戻ろう。おばさんたちきっと心配してるぜ」

 幼馴染たちに引きずられるようにして帰宅した家では、父ちゃんと母ちゃんが寝ないで俺の帰りを待っていた。
 てっきりゲンコツのひとつくらいはもらうかなと思ったが、両親は何も言わずに出迎えてくれた。

「…なにか食べる?」

 母ちゃんから腹は減ってないかと言われたが、食欲が無いので首を横にふる。何も食べたくないんだ。

「おじさん。おばさん。あのさ、生意気なこと言ってもいいかな」

 そんな俺を見た象獣人のダチは何を思ったのか、口を挟んできた。

「他所の家庭のことだから、今まで黙っていたけどさ……今回の件、テオの気持ち置いてけぼりにしすぎだぜ」

 ダチの言葉に俺は固まった。
 続けて、獅子獣人、栗鼠獣人のダチも口を開いた。

「獣人にとっては運命に従うのが自然なんだろうけど、テオは抗ってる。テオの中にはデイジーがいるんだよ。このまま無理やりくっつけても幸せになんねぇよ」
「デイジーは貴族の姫さんだ。現実的に2人が結ばれるとは俺も思わない。だけどよ、このままゴリ押してもテオの心が壊れちまうよ」

 ──それでも無理やり番わせるのか?

 幼馴染たちの声は、自信がなさそうに聞こえた。疑問すら浮かんでいる。多分彼らも正解がなにかわからずじまいだったのだろう。
 だけど俺の気持ちを優先して味方をしてくれた。俺はそれが心強くて、それだけで救われた気分になれた。俺の想いを否定しないで発言してくれたことが嬉しかった。

 両親は幼馴染の言葉に反論することなく黙り込んでいた。もう遅いから家に帰って休みなさいと彼らを追い出した後は、俺にも休むように促しただけだった。

 だけど両親には幼馴染らの言葉は響いたようだ。その翌日から俺とレイラを番わせようと圧力を掛けることはなくなった。その代わり、心配そうにこちらを伺うようにはなったけど。
 ……俺は運命の番を受け入れない。親不孝な息子で本当に申し訳ない。レイラにはこれからも引き続き頭を下げて謝罪して、誠意を見せるしか出来ないのである。

 誰がなんと言おうと、俺の心を占拠しているはデイジーなのだ。貴族でも村娘でもそれは変わらない。
 彼女の甘い香りが嗅ぎたい。
 落ち着いた声が聞きたい。
 ──…会いたい。

 今も国を守るべく戦っているであろう彼女の無事を願って、俺は今日も淡々と味気のない一日を過ごすのである。
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