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Day‘s Eye デイジーの花が開くとき
ちいさな子熊の大活躍
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殴られる、そう覚悟した。
しかし、私とブルーノの間に転がりこんで来た黒い小さな影によってそれは阻止される。
──バシュン…ッ!
空気が破裂したようなそんな音を立てて、ブルーノは弾き飛ばされたのだ。軽々とお空を飛んでいく。私は唖然とそれを眺めたのち、間に飛び込んできた黒い影の正体を見下ろす。
ピコピコと小さく動く丸い耳。焦げ茶色の頭に小さなつむじ。
「……ハロルド!?」
なんと、小さな甥っ子ハロルドが私を守るように両腕を広げて庇ってくれたのだ。
…いやそんな馬鹿な。お子様もいいところであるハロルドが成人の獣人男性を弾き飛ばした!?
まさかと思ってハロルドをこちらに振り向かせる。すると彼の胸元でポウッと碧く光る見覚えのあるペンダントが私の目に映った。その光は徐々に力を失って消える。次の瞬間にはただの翠石に変わっていた。
中級魔術師と認められた際に頂いたペンダントだ。──あぁ、そうか。私がこのペンダントをハロルドに渡したときに施した守りの呪文が発動したのか……
ブルーノは目を白黒させながら少し離れた茂みの上に転がっていた。結構な威力だったのだろう。未だに気が動転としているみたいだ。
…獣人男性の巨体を軽々とふっとばすとは。今更だが魔法ってすごい。
「ハロルド! 何してるの! 危ないでしょ!?」
私はこんな目にあわせるために守りの術を施したんじゃないぞ! ハロルドに何かあれば兄夫婦に申し訳が立たないだろう!
彼の小さな肩を掴んで説教しようとしたが、ハロルドは強い意志を込めた瞳で私を見上げていた。
「だってこいつ女の子殴ろうとしたよ! お父さんが言っていたよ、女の子は守りなさいって。か弱い女の子に手をあげる男は最低なんだ!」
彼の発言に私は目を丸くする。
……そうだった、彼ら熊獣人は弱く小さな者を守る習性があるんだった。そのお陰で私は命を救われた……なんとも言えないな……
「ありがとう。でもね、私はもう大人だから守らなくていいんだよ。ハロルドは同じ年頃の女の子を守ってあげようね」
そっとさり気なく窘めると、ハロルドはなんだか不満そうにプクリと頬を膨らませていた。
君が憎くて怒ってるんじゃないんだ。君の身の安全が第一なんだ。何が悲しくてかなり年下の幼子に守られなきゃならないんだ。自分が情けなくなるではないか。
私はハロルドを守るように背に庇うと、立ち上がったブルーノを睨みつける。
「あんた馬鹿なの? 私を傷つけたらどれだけ不利になるかわかってる? もうちょっと頭使いなよ…」
本当に手を上げてくるとは思わんかったよ…下手したら獣人に殴られて私死ぬから。それとも…殺す気だったのか?
「デイジー!」
「あ、テオ」
タイミングがいいのか悪いのか。テオが駆け寄ってきた。ちょうど仕事帰りだったのだろう、作業着姿のテオは私を守るように間に割って入ってきた。彼はブルーノの姿を見ると、ブワッと尻尾の毛を膨らませて警戒する。
「お前何しに来た! デイジーに何かしたんじゃないだろうな!?」
テオとブルーノは見知った顔なのだろうか。目が合った瞬間お互い殺気を飛ばし合っていた。まさに一触即発の空気が流れた。
「もういいから行こうテオ」
だが私はもう戦う気が失せてしまっていた。殴り合いしても何もならない。相手する必要などない。
私はハロルドの手を引いて踵を返す。
テオはブルーノと、立ち去る私を見比べて困惑した様子だったが、慌てて私を追いかけてきた。
「待てよデイジー、何があったんだよ!」
「文句言われてたけど、ハロルドが吹っ飛ばしちゃった。だからもういいの」
「はぁ?」
私の説明だけじゃ理解できないといったテオの視線が刺さってくるが、私は気づかないふりをしておく。どうせ家族の前で説明するからその時まとめて説明させてくれ。
「あ、そうだハロルド。ペンダントにもう一度守りの術をかけてあげる」
今ので術が無効になってしまったので新たに掛け直さなくては。数年前に掛けた術が今でも有効とは、防具として便利だな。魔術仕様のペンダントだから特殊な作りなのかもしれないな。
ハロルドにあげた中級魔術師のペンダントを手にとって術を施していると、テオがジトッとした目で見てきていたので、私は肩をすくめる。
「あんたのペンダントにも術掛けてあげるから、ヤキモチ焼かないでよ」
「ヤキモチじゃ…」
奴はムスッとした顔をしていた。
ヤキモチもあるだろうけど、自分だけ除け者になってる状況が気に入らないんだろう。
私は空いていた手を伸ばしてテオのその手に絡めた。
「後でちゃんと話す。とりあえずハロルドを家まで送るからついてきてね」
「……」
テオは無言で手を握り返した。
顔は未だに不満げだが、その尻尾はブンブン振られていたので少しだけ機嫌が治ったらしい。……尻尾振りすぎてそのうち千切れてどこかに落としちゃうんじゃなかろうか。
感情がわかりやすくて結構であるが。
□■□
村は噂が流れるのがとにかく早い。
ハロルドが大の男を吹っ飛ばした姿を目にした村人によってハロルド最強説が噂されそうになったが、その原因が私が施した守りの術だと分かるとすぐにその噂は沈静した。
ハロルドには今一度、危ないから大人の諍いに首を突っ込まないようにと彼の両親祖父母を交えて説得したが、終始彼は煮え切らない表情のままだった。
助けたのになんで怒られなくてはいけないの、と不満をにじませている。
「きっとデイジーが初恋の人なのよ」
だから守りたかったのね、と微笑ましそうに笑ったタナ義姉さんの言葉に私は目を丸くする。
「ほれみろ、やっぱりな」
「だからお前は大人げないんだって」
腕を組んでひとりで納得してみせるテオにカール兄さんが呆れたように指摘している。
そうだったのか……初恋か…。
ガリ勉な私を好きになる物好きがこんなところにもいたとは思わなかった。まだまだ幼いのにもう恋を知っているのか。
私はしゃがんでハロルドに視線を合わせると、彼の茶色の瞳を見つめてそっと語りかけた。
「私はハロルドよりもおばさんだから、ハロルドの想いには応えられないけど、その気持ちは嬉しいよ。守ってくれてありがとうね」
ハロルドは私に振られたのだとわかったのだろう。じわじわと涙を滲ませるとお母さんであるタナ義姉さんの膝に抱きついていた。
大人たちは苦笑いしつつ、微笑ましそうに彼の失恋を見守っていた。
ハロルドがあと14年早く生まれていたらわかんなかったけどね。いじめっ子の悪ガキだったテオに比べてハロルドは紳士的だ。きっと大きくなったら女の子にモテモテだろうなぁ。……そんな事、口が裂けても言わないけど。
大人気なく幼児に嫉妬してるらしい男が後ろから抱きついて暑苦しいが、黙ってしたいようにさせておく。
……絶対にないと思うけど、私が浮気したら相手の男を殺しそうだよね…テオって。容易に想像できる。
想いが重い…
テオとレイラさんの運命の番の件は完全に決裂した。
運命の番を拒絶したテオに対するあちら側の印象は悪いけど、タルコット家も媚薬の件でレイラさんへの印象が最悪になった。
両家は顔を合わせることもなく、運命の番の件はなかったことにすると書面を取り交わしたそうだ。淡々とした文面でなされた文字通りの絶縁。
…紙切れ一枚でこの件は終わってしまった。
散々な目にあったテオはあっさりしたもので、レイラさんを責めることはなにも言わなかった。当然の報いだとばかりに冷静に受け止めていた。
彼には運命の番への未練もなにもないように見える。だけど、もしも2人が再び相まみえた時、彼らはどういう反応をするのか。
今日も今日とて私の匂いを肺いっぱいに吸い込むテオは私の不安など全くわかっていないのであろう。私はテオの熱い腕の中に包まれながら言葉に出来ない不安を感じていた。
──なんだかこれだけじゃ終わらない気がして妙な胸騒ぎを感じているのだ。
しかし、私とブルーノの間に転がりこんで来た黒い小さな影によってそれは阻止される。
──バシュン…ッ!
空気が破裂したようなそんな音を立てて、ブルーノは弾き飛ばされたのだ。軽々とお空を飛んでいく。私は唖然とそれを眺めたのち、間に飛び込んできた黒い影の正体を見下ろす。
ピコピコと小さく動く丸い耳。焦げ茶色の頭に小さなつむじ。
「……ハロルド!?」
なんと、小さな甥っ子ハロルドが私を守るように両腕を広げて庇ってくれたのだ。
…いやそんな馬鹿な。お子様もいいところであるハロルドが成人の獣人男性を弾き飛ばした!?
まさかと思ってハロルドをこちらに振り向かせる。すると彼の胸元でポウッと碧く光る見覚えのあるペンダントが私の目に映った。その光は徐々に力を失って消える。次の瞬間にはただの翠石に変わっていた。
中級魔術師と認められた際に頂いたペンダントだ。──あぁ、そうか。私がこのペンダントをハロルドに渡したときに施した守りの呪文が発動したのか……
ブルーノは目を白黒させながら少し離れた茂みの上に転がっていた。結構な威力だったのだろう。未だに気が動転としているみたいだ。
…獣人男性の巨体を軽々とふっとばすとは。今更だが魔法ってすごい。
「ハロルド! 何してるの! 危ないでしょ!?」
私はこんな目にあわせるために守りの術を施したんじゃないぞ! ハロルドに何かあれば兄夫婦に申し訳が立たないだろう!
彼の小さな肩を掴んで説教しようとしたが、ハロルドは強い意志を込めた瞳で私を見上げていた。
「だってこいつ女の子殴ろうとしたよ! お父さんが言っていたよ、女の子は守りなさいって。か弱い女の子に手をあげる男は最低なんだ!」
彼の発言に私は目を丸くする。
……そうだった、彼ら熊獣人は弱く小さな者を守る習性があるんだった。そのお陰で私は命を救われた……なんとも言えないな……
「ありがとう。でもね、私はもう大人だから守らなくていいんだよ。ハロルドは同じ年頃の女の子を守ってあげようね」
そっとさり気なく窘めると、ハロルドはなんだか不満そうにプクリと頬を膨らませていた。
君が憎くて怒ってるんじゃないんだ。君の身の安全が第一なんだ。何が悲しくてかなり年下の幼子に守られなきゃならないんだ。自分が情けなくなるではないか。
私はハロルドを守るように背に庇うと、立ち上がったブルーノを睨みつける。
「あんた馬鹿なの? 私を傷つけたらどれだけ不利になるかわかってる? もうちょっと頭使いなよ…」
本当に手を上げてくるとは思わんかったよ…下手したら獣人に殴られて私死ぬから。それとも…殺す気だったのか?
「デイジー!」
「あ、テオ」
タイミングがいいのか悪いのか。テオが駆け寄ってきた。ちょうど仕事帰りだったのだろう、作業着姿のテオは私を守るように間に割って入ってきた。彼はブルーノの姿を見ると、ブワッと尻尾の毛を膨らませて警戒する。
「お前何しに来た! デイジーに何かしたんじゃないだろうな!?」
テオとブルーノは見知った顔なのだろうか。目が合った瞬間お互い殺気を飛ばし合っていた。まさに一触即発の空気が流れた。
「もういいから行こうテオ」
だが私はもう戦う気が失せてしまっていた。殴り合いしても何もならない。相手する必要などない。
私はハロルドの手を引いて踵を返す。
テオはブルーノと、立ち去る私を見比べて困惑した様子だったが、慌てて私を追いかけてきた。
「待てよデイジー、何があったんだよ!」
「文句言われてたけど、ハロルドが吹っ飛ばしちゃった。だからもういいの」
「はぁ?」
私の説明だけじゃ理解できないといったテオの視線が刺さってくるが、私は気づかないふりをしておく。どうせ家族の前で説明するからその時まとめて説明させてくれ。
「あ、そうだハロルド。ペンダントにもう一度守りの術をかけてあげる」
今ので術が無効になってしまったので新たに掛け直さなくては。数年前に掛けた術が今でも有効とは、防具として便利だな。魔術仕様のペンダントだから特殊な作りなのかもしれないな。
ハロルドにあげた中級魔術師のペンダントを手にとって術を施していると、テオがジトッとした目で見てきていたので、私は肩をすくめる。
「あんたのペンダントにも術掛けてあげるから、ヤキモチ焼かないでよ」
「ヤキモチじゃ…」
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ヤキモチもあるだろうけど、自分だけ除け者になってる状況が気に入らないんだろう。
私は空いていた手を伸ばしてテオのその手に絡めた。
「後でちゃんと話す。とりあえずハロルドを家まで送るからついてきてね」
「……」
テオは無言で手を握り返した。
顔は未だに不満げだが、その尻尾はブンブン振られていたので少しだけ機嫌が治ったらしい。……尻尾振りすぎてそのうち千切れてどこかに落としちゃうんじゃなかろうか。
感情がわかりやすくて結構であるが。
□■□
村は噂が流れるのがとにかく早い。
ハロルドが大の男を吹っ飛ばした姿を目にした村人によってハロルド最強説が噂されそうになったが、その原因が私が施した守りの術だと分かるとすぐにその噂は沈静した。
ハロルドには今一度、危ないから大人の諍いに首を突っ込まないようにと彼の両親祖父母を交えて説得したが、終始彼は煮え切らない表情のままだった。
助けたのになんで怒られなくてはいけないの、と不満をにじませている。
「きっとデイジーが初恋の人なのよ」
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「私はハロルドよりもおばさんだから、ハロルドの想いには応えられないけど、その気持ちは嬉しいよ。守ってくれてありがとうね」
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大人気なく幼児に嫉妬してるらしい男が後ろから抱きついて暑苦しいが、黙ってしたいようにさせておく。
……絶対にないと思うけど、私が浮気したら相手の男を殺しそうだよね…テオって。容易に想像できる。
想いが重い…
テオとレイラさんの運命の番の件は完全に決裂した。
運命の番を拒絶したテオに対するあちら側の印象は悪いけど、タルコット家も媚薬の件でレイラさんへの印象が最悪になった。
両家は顔を合わせることもなく、運命の番の件はなかったことにすると書面を取り交わしたそうだ。淡々とした文面でなされた文字通りの絶縁。
…紙切れ一枚でこの件は終わってしまった。
散々な目にあったテオはあっさりしたもので、レイラさんを責めることはなにも言わなかった。当然の報いだとばかりに冷静に受け止めていた。
彼には運命の番への未練もなにもないように見える。だけど、もしも2人が再び相まみえた時、彼らはどういう反応をするのか。
今日も今日とて私の匂いを肺いっぱいに吸い込むテオは私の不安など全くわかっていないのであろう。私はテオの熱い腕の中に包まれながら言葉に出来ない不安を感じていた。
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