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Day‘s Eye 咲き誇るデイジー
腹吸いの餌食になる我が子たち
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狼獣人の赤子は本物の狼と比べたら発育は遅いけど、人族の赤子に比べたら段違いに早い。もう四足であちこちチョロチョロするようになった獣姿の子どもたちは庭を駆け回るのがお好きらしい。日中はもっぱらお庭探検に勤しんでいる。
「我に従う眷属たちよ、我の声に応えよ」
そういえば彼らとしばらく会っていなかったので、この機会にメイとジーンを我が子たちと対面させることにした。
私の影を通じて現れた2頭の姉弟狼は私を見ると従うようにおすわりした。
「久しぶり、元気そうで良かった」
『主もね!』
『……小さいのがいる』
元気よく吠えて返事をするジーンに対し、メイは早速うちの子ども達の存在に気づいた。
「テオと私の子だよ。半獣人になるから獣性はそこまで濃くないとは思うけど」
メイはのっそりと子どもたちに近づくと、くんくんと匂いを嗅ぎ始めた。小さく短足な息子たちは突然現れた巨大な狼に驚いてぼてっと転がっている。
お腹を見せて、手足をばたつかせる次男・ギルのお腹に鼻を突っ込み、スンスン嗅いでいるメイの姿はまるでカンナを思い出す。彼女は何を思ったか布おむつに歯を立てた。ギルのお尻からはらり…と布が外れる。
「あっ外さなくていいの! 付けてていいの!」
メイには赤子のおむつ姿が窮屈に見えたのだろうが、おむつを付けててもらわないと大変なことになるので外されると困るのだ。
おむつから解放されたギルが生まれたままの姿となり、てててーっと駆け出し始めたので追いかけるのが大変だった。
メイとジーンにはおむつは外さなくていいと指導したのだが、私の目を盗んで外してやろうとする2頭の狼がいた。
優しさから来る行動なのだが、私にとってはいい迷惑である。
□■□
「むくむくしてるー! かわいいー!」
忙しい合間を縫ってやってきたカンナは息子たちを見るなり目を輝かせていた。ふたりを両腕で抱き上げて頬ずりを始める。初めて会った人にされる愛情表現にヒューゴもギルも目をまんまるにして固まっている。カンナは彼らをソファに転がすなり、お腹に吸い付きしばらく顔を上げなかった。あぁ、我が子も腹吸いカンナの餌食になってしまった…
「はぁ、幸せ…」
幸せそうで何よりだが……私には気になることがある。
「カンナ、顔色悪い気がするんだけど」
前に会ったときよりもわずかながら痩せてしまったようにも見えるんだけど何かあったの? そう聞こうとすると、カンナがカッと目を見開いた。
「聞いてくれる!?」
カンナはヒューゴとギルのお腹を念入りにワシャワシャする手は止めずに鬱憤をぶちまけた。
「なんていうの? 国内の貴族と魔術師らの癒着とかそういうのを一掃する目的で、最近上層部の大幅な入れ替わりがあったの……それでとても忙しくてもう3日寝てません!」
「疲れてるなら無理して会いに来なくてよかったのに」
その言い分だとうちに来る前まで仕事をしていたことになる。過労もだけど、寝ないのは危険だぞ。貴重なお休みなんだ、大切にしなきゃ。
上層部の入れ替わりか……アレかなぁ。だいぶ前に私に喧嘩売ってきた魔法庁、それと魔法魔術省の人間達を排除したんだろうなぁ、エスメラルダの王太子殿下が。これまでも立場の弱い庶民出身の魔術師が不当な扱いを受けてきたという話はあったが、今回私が受けた被害がシュバルツ側にも知られることとなり、表沙汰になったからようやく問題に着手したみたい。
内部浄化はいいけど、それに巻き込まれるのはやっぱり下の職員で……カンナも例に及ばず巻き込まれたんだな……
「新しい上司がさぁヤバいのー。前の局長よりも若い人が入ってきたと思ったら、クソ真面目でお硬くて融通がきかないっていうか!」
疲れているみたいだけど、文句が言える位だから別に追い詰められているわけじゃなさそうだ。話を聞いていると、新しい局長は貴族出身であるけど、身分による不当な差別はしない人なのだという。もちろん区別はあるけど、それは局長本人が貴族としての責任感を強く持っている人間らしく、自分にも他人にも厳しいし、とっつきにくいけど、悪い人ではないそうだ。でもそんな性格だから女が寄ってこないため一生独身だと思うと。顔は眉間のシワがなければかっこいいらしい。
…上司の悪口を言っているけど、ところどころ新局長を褒めている辺りカンナらしい。カンナは人の良いところを見つけるのが本当に上手だ。
「待ってて、簡単な栄養剤作ってあげる」
「えーほんとぉ?」
疲労に効く薬は一番は休養なのだが、間に合せで滋養強壮の薬を作ってあげよう。少しは楽になるはず。
彼女の話を聞いて、やっぱり魔法庁に入る道を選ばなくてよかったなとちょっとホッとした自分への戒めというわけではない……カンナは頑張っているのだ。だから栄養剤を作ってあげるのだ。
「デイジーはいいなぁ」
私が栄養剤を調合している背後でカンナがぽそりと呟いた。
「…え?」
「……テオくんに愛されて、大切にされて」
その言葉に振り返ると、カンナは俯いたまま息子たちをコロコロ転がしていた。表情は見えない。
「……最近振られたんだぁ」
かちゃり、と調剤用の乳鉢に乳棒がぶつかった音が響く。
……そういえば以前手紙で恋人が出来たと報告してくれていたな。てっきり今もお付き合いしているのかと思ったら振られたのか…
「忙しくても、会う時間をなんとか作ってきたの。……でも、他の女の子がいいんだって振られちゃった。……私は魔術師だから駄目なんだって」
「…なにそれ」
振られた理由に思わず突っ込んでしまう。
カンナに悪いところがあったとか、心変わりならともかく、魔術師だから駄目ってどういうことだ。
「私と一緒にいると、なにもない自分が惨めになるって言われたの」
「惨め…?」
「私は魔術師として生まれた自分を誇らしく思ってるし、そんなこと言われても困るから別れてあげたよ。ていうかさぁ、その人浮気してたんだよ? 私が魔術師どうのって言い訳する以前の問題じゃない!?」
振られたことを今でも引きずってて落ち込んでいるのかなと思ったが、カンナはプンプンと怒って見せた。元気そうで良かったとホッとしたのもつかの間、子どもたちのお腹に顔を埋めてまた吸っていた。
いいよ、好きなだけお腹をお吸い。
「…だからね、デイジーが羨ましい」
「カンナ」
確かに、獣人は滅多なことがなければ浮気なんかしない。浮気する獣人は稀だ。稀ゆえに、したときの社会的信用はガクリと落ちるし、運命の番など特別な理由がない限り、同じ獣人からは後ろ指さされる。
テオは結婚した今でも私を心の奥底から大切にしてくれる。それはテオが特別というわけではなくて、狼獣人が元々そういう性質らしいが。
……テオと私はまるっきり反対の生き物だけど、テオにそんなこと言われたことないなぁ。私に足りないものを見せつけられては悔しい思いをしたことはあったけど。どんなに頑張っても狼獣人のような身体能力や五感は手に入らないし。
──魔術師と一緒に居ると惨め、か。
私はシュバルツで出会った、魔なしの2人の人物を思いだした。
1人は伯爵家嫡男のエドヴァルド氏。もう1人は嫌な思い出しかない女家庭教師のギルダ。あの2人は貴族出身で魔術師家系に生まれながら魔力に恵まれなかった魔なし。
同じ貴族出身だけど立場と境遇が異なり、全く別の人生を歩んでいた魔なしの彼らも魔術師を見ては惨めな気持ちに襲われていたのであろうか。
私は彼らじゃないから気持ちまでは理解できないが、きっと思うところはあったに違いない。
「きゅん」
「まてまてー」
カンナはさっきまでソファに座っていたのに、床の絨毯の上によつん這いになって我が子を追いかけていた。子どもたちはよたよたしながら逃げているが、完全に遊んでいる。
「スカートが皺になるよ」
「いいの、私は今日デイジーの子どもたちで癒やされて帰るつもりだから覚悟の上だよ!」
カンナがそれでいいなら構わないが……
彼女はその後バテるまで子どもたちの相手をした。子どもたちは遊び疲れてお昼寝タイムに移行した。泥のように眠ってくれているのでとても助かる。
カンナは私の作った栄養剤を飲むとしゃっきり元気になり、お茶を囲んでぺらぺらとたくさんおしゃべりし始めたので、私は聞き役に回った。相当ストレスを溜めていたみたいで、彼女の口は止まらなかった。
そして夕方には満足して帰っていったのである。
□■□
仕事から帰ってきたテオは疲れているだろうに、いつも息子たちの世話を進んでしてくれた。余裕があれば家事もテキパキ片付けてくれるし、本当に働きものである。
テオはお風呂に入れた子どもたちの身体をタオルでワシャワシャしていた。おむつを装着しようとすると嫌がって逃げる子たちをとっ捕まえ、問答無用でおむつマンに変身させる。
すっかりお父さんが板についたなぁ。そんな彼の奮闘ぶりを眺めながら、私は問いかける。
「…テオは私と一緒にいて惨めな気持ちに襲われたことある?」
「はぁ? ねぇよ」
お前何いってんの? と言わんばかりの目を向けられる。そんなはっきり否定されるとは思わなくて私は口を閉ざした。
「俺は美人で可愛くて賢くて働き者のいい嫁さんをもらったと自負してるぞ!」
またこいつは……口を開けば嫁自慢して恥ずかしくないのか。聞かされる私は恥ずかしいぞ。
恥ずかしさをごまかすために私はテオに背中を向けて台所に向き直った。
「いや、そういう意味じゃなくて…私は貴族出身だし魔術師でしょう? 負い目を感じたことないのかなぁって」
「ねぇな」
菜ものをザクザク包丁で切り分けていると、どきっぱり返された否定の言葉。私は包丁を動かす手をピタリと止めた。
テオにはなにやら自信があるみたいだ。
「俺は根っからの獣人だ。獣人としての誇りを持って生きてきた。それにお前が持っている肩書や能力は関係ない。俺は俺、お前はお前だからな」
あぁ、なるほど。テオには獣人という誇りがあるんだ。カンナの元恋人は人族。そこからして考え方が違うんだ。そりゃそうだ。
「どうした? 急にそんなこと聞いてきて」
背後から甘えるように抱きつかれたので、私はまな板の上に包丁を戻す。
「もう、料理中に抱きつくのやめて」
「照れてんの? かわいいデイジー」
不安に思うこと自体が無駄だったってことね。私の頭にグリグリ頬ずりして愛情表現をしてくる夫は今日も私を大好き過ぎた。
「だめ、寝る時に相手してあげるから」
「えー」
後ろからお誘いしてくるテオをあしらうと、私は晩御飯の準備に勤しむのであった。
「我に従う眷属たちよ、我の声に応えよ」
そういえば彼らとしばらく会っていなかったので、この機会にメイとジーンを我が子たちと対面させることにした。
私の影を通じて現れた2頭の姉弟狼は私を見ると従うようにおすわりした。
「久しぶり、元気そうで良かった」
『主もね!』
『……小さいのがいる』
元気よく吠えて返事をするジーンに対し、メイは早速うちの子ども達の存在に気づいた。
「テオと私の子だよ。半獣人になるから獣性はそこまで濃くないとは思うけど」
メイはのっそりと子どもたちに近づくと、くんくんと匂いを嗅ぎ始めた。小さく短足な息子たちは突然現れた巨大な狼に驚いてぼてっと転がっている。
お腹を見せて、手足をばたつかせる次男・ギルのお腹に鼻を突っ込み、スンスン嗅いでいるメイの姿はまるでカンナを思い出す。彼女は何を思ったか布おむつに歯を立てた。ギルのお尻からはらり…と布が外れる。
「あっ外さなくていいの! 付けてていいの!」
メイには赤子のおむつ姿が窮屈に見えたのだろうが、おむつを付けててもらわないと大変なことになるので外されると困るのだ。
おむつから解放されたギルが生まれたままの姿となり、てててーっと駆け出し始めたので追いかけるのが大変だった。
メイとジーンにはおむつは外さなくていいと指導したのだが、私の目を盗んで外してやろうとする2頭の狼がいた。
優しさから来る行動なのだが、私にとってはいい迷惑である。
□■□
「むくむくしてるー! かわいいー!」
忙しい合間を縫ってやってきたカンナは息子たちを見るなり目を輝かせていた。ふたりを両腕で抱き上げて頬ずりを始める。初めて会った人にされる愛情表現にヒューゴもギルも目をまんまるにして固まっている。カンナは彼らをソファに転がすなり、お腹に吸い付きしばらく顔を上げなかった。あぁ、我が子も腹吸いカンナの餌食になってしまった…
「はぁ、幸せ…」
幸せそうで何よりだが……私には気になることがある。
「カンナ、顔色悪い気がするんだけど」
前に会ったときよりもわずかながら痩せてしまったようにも見えるんだけど何かあったの? そう聞こうとすると、カンナがカッと目を見開いた。
「聞いてくれる!?」
カンナはヒューゴとギルのお腹を念入りにワシャワシャする手は止めずに鬱憤をぶちまけた。
「なんていうの? 国内の貴族と魔術師らの癒着とかそういうのを一掃する目的で、最近上層部の大幅な入れ替わりがあったの……それでとても忙しくてもう3日寝てません!」
「疲れてるなら無理して会いに来なくてよかったのに」
その言い分だとうちに来る前まで仕事をしていたことになる。過労もだけど、寝ないのは危険だぞ。貴重なお休みなんだ、大切にしなきゃ。
上層部の入れ替わりか……アレかなぁ。だいぶ前に私に喧嘩売ってきた魔法庁、それと魔法魔術省の人間達を排除したんだろうなぁ、エスメラルダの王太子殿下が。これまでも立場の弱い庶民出身の魔術師が不当な扱いを受けてきたという話はあったが、今回私が受けた被害がシュバルツ側にも知られることとなり、表沙汰になったからようやく問題に着手したみたい。
内部浄化はいいけど、それに巻き込まれるのはやっぱり下の職員で……カンナも例に及ばず巻き込まれたんだな……
「新しい上司がさぁヤバいのー。前の局長よりも若い人が入ってきたと思ったら、クソ真面目でお硬くて融通がきかないっていうか!」
疲れているみたいだけど、文句が言える位だから別に追い詰められているわけじゃなさそうだ。話を聞いていると、新しい局長は貴族出身であるけど、身分による不当な差別はしない人なのだという。もちろん区別はあるけど、それは局長本人が貴族としての責任感を強く持っている人間らしく、自分にも他人にも厳しいし、とっつきにくいけど、悪い人ではないそうだ。でもそんな性格だから女が寄ってこないため一生独身だと思うと。顔は眉間のシワがなければかっこいいらしい。
…上司の悪口を言っているけど、ところどころ新局長を褒めている辺りカンナらしい。カンナは人の良いところを見つけるのが本当に上手だ。
「待ってて、簡単な栄養剤作ってあげる」
「えーほんとぉ?」
疲労に効く薬は一番は休養なのだが、間に合せで滋養強壮の薬を作ってあげよう。少しは楽になるはず。
彼女の話を聞いて、やっぱり魔法庁に入る道を選ばなくてよかったなとちょっとホッとした自分への戒めというわけではない……カンナは頑張っているのだ。だから栄養剤を作ってあげるのだ。
「デイジーはいいなぁ」
私が栄養剤を調合している背後でカンナがぽそりと呟いた。
「…え?」
「……テオくんに愛されて、大切にされて」
その言葉に振り返ると、カンナは俯いたまま息子たちをコロコロ転がしていた。表情は見えない。
「……最近振られたんだぁ」
かちゃり、と調剤用の乳鉢に乳棒がぶつかった音が響く。
……そういえば以前手紙で恋人が出来たと報告してくれていたな。てっきり今もお付き合いしているのかと思ったら振られたのか…
「忙しくても、会う時間をなんとか作ってきたの。……でも、他の女の子がいいんだって振られちゃった。……私は魔術師だから駄目なんだって」
「…なにそれ」
振られた理由に思わず突っ込んでしまう。
カンナに悪いところがあったとか、心変わりならともかく、魔術師だから駄目ってどういうことだ。
「私と一緒にいると、なにもない自分が惨めになるって言われたの」
「惨め…?」
「私は魔術師として生まれた自分を誇らしく思ってるし、そんなこと言われても困るから別れてあげたよ。ていうかさぁ、その人浮気してたんだよ? 私が魔術師どうのって言い訳する以前の問題じゃない!?」
振られたことを今でも引きずってて落ち込んでいるのかなと思ったが、カンナはプンプンと怒って見せた。元気そうで良かったとホッとしたのもつかの間、子どもたちのお腹に顔を埋めてまた吸っていた。
いいよ、好きなだけお腹をお吸い。
「…だからね、デイジーが羨ましい」
「カンナ」
確かに、獣人は滅多なことがなければ浮気なんかしない。浮気する獣人は稀だ。稀ゆえに、したときの社会的信用はガクリと落ちるし、運命の番など特別な理由がない限り、同じ獣人からは後ろ指さされる。
テオは結婚した今でも私を心の奥底から大切にしてくれる。それはテオが特別というわけではなくて、狼獣人が元々そういう性質らしいが。
……テオと私はまるっきり反対の生き物だけど、テオにそんなこと言われたことないなぁ。私に足りないものを見せつけられては悔しい思いをしたことはあったけど。どんなに頑張っても狼獣人のような身体能力や五感は手に入らないし。
──魔術師と一緒に居ると惨め、か。
私はシュバルツで出会った、魔なしの2人の人物を思いだした。
1人は伯爵家嫡男のエドヴァルド氏。もう1人は嫌な思い出しかない女家庭教師のギルダ。あの2人は貴族出身で魔術師家系に生まれながら魔力に恵まれなかった魔なし。
同じ貴族出身だけど立場と境遇が異なり、全く別の人生を歩んでいた魔なしの彼らも魔術師を見ては惨めな気持ちに襲われていたのであろうか。
私は彼らじゃないから気持ちまでは理解できないが、きっと思うところはあったに違いない。
「きゅん」
「まてまてー」
カンナはさっきまでソファに座っていたのに、床の絨毯の上によつん這いになって我が子を追いかけていた。子どもたちはよたよたしながら逃げているが、完全に遊んでいる。
「スカートが皺になるよ」
「いいの、私は今日デイジーの子どもたちで癒やされて帰るつもりだから覚悟の上だよ!」
カンナがそれでいいなら構わないが……
彼女はその後バテるまで子どもたちの相手をした。子どもたちは遊び疲れてお昼寝タイムに移行した。泥のように眠ってくれているのでとても助かる。
カンナは私の作った栄養剤を飲むとしゃっきり元気になり、お茶を囲んでぺらぺらとたくさんおしゃべりし始めたので、私は聞き役に回った。相当ストレスを溜めていたみたいで、彼女の口は止まらなかった。
そして夕方には満足して帰っていったのである。
□■□
仕事から帰ってきたテオは疲れているだろうに、いつも息子たちの世話を進んでしてくれた。余裕があれば家事もテキパキ片付けてくれるし、本当に働きものである。
テオはお風呂に入れた子どもたちの身体をタオルでワシャワシャしていた。おむつを装着しようとすると嫌がって逃げる子たちをとっ捕まえ、問答無用でおむつマンに変身させる。
すっかりお父さんが板についたなぁ。そんな彼の奮闘ぶりを眺めながら、私は問いかける。
「…テオは私と一緒にいて惨めな気持ちに襲われたことある?」
「はぁ? ねぇよ」
お前何いってんの? と言わんばかりの目を向けられる。そんなはっきり否定されるとは思わなくて私は口を閉ざした。
「俺は美人で可愛くて賢くて働き者のいい嫁さんをもらったと自負してるぞ!」
またこいつは……口を開けば嫁自慢して恥ずかしくないのか。聞かされる私は恥ずかしいぞ。
恥ずかしさをごまかすために私はテオに背中を向けて台所に向き直った。
「いや、そういう意味じゃなくて…私は貴族出身だし魔術師でしょう? 負い目を感じたことないのかなぁって」
「ねぇな」
菜ものをザクザク包丁で切り分けていると、どきっぱり返された否定の言葉。私は包丁を動かす手をピタリと止めた。
テオにはなにやら自信があるみたいだ。
「俺は根っからの獣人だ。獣人としての誇りを持って生きてきた。それにお前が持っている肩書や能力は関係ない。俺は俺、お前はお前だからな」
あぁ、なるほど。テオには獣人という誇りがあるんだ。カンナの元恋人は人族。そこからして考え方が違うんだ。そりゃそうだ。
「どうした? 急にそんなこと聞いてきて」
背後から甘えるように抱きつかれたので、私はまな板の上に包丁を戻す。
「もう、料理中に抱きつくのやめて」
「照れてんの? かわいいデイジー」
不安に思うこと自体が無駄だったってことね。私の頭にグリグリ頬ずりして愛情表現をしてくる夫は今日も私を大好き過ぎた。
「だめ、寝る時に相手してあげるから」
「えー」
後ろからお誘いしてくるテオをあしらうと、私は晩御飯の準備に勤しむのであった。
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