太陽のデイジー 〜私、組織に縛られない魔術師を目指してるので。〜

スズキアカネ

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Day‘s Eye 咲き誇るデイジー

友との決別、失った男【三人称視点】

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 妖術に操られているとはいえ、デイジーの言動に衝撃を受けているのはテオだけじゃない。学友だと思っていた相手から唐突な裏切り行為を働かれたディーデリヒも深く傷ついていた。
 だけど彼はこのまま泣き寝入りするつもりはなかった。ましてや友だった男を擁護する気もない。むしろ人の妹に何をするんだとぶん殴って怒鳴ってやりたいと怒りに震えていた。

 彼女の夫の憔悴ぶりは見ていて辛かった。ましてや狼獣人という習性を持つ彼には今の状況はただただひたすらに身を引き裂かれるほどの絶望であろう。それにまだまだ甘えたがりの子どもたちにもひどく不安を与えている。すぐにどうにかせねば。…自分がなんとかしなくてはなるまい。
 ディーデリヒはたった一人の妹を守るために戦う決意をする。彼は一人でフォルクヴァルツ城を出ると、学友“だった”男が滞在しているであろう宿泊先へ向かったのである。

 シモン・サンタクルスが選んだのは領内で1、2を争う高級な宿泊施設だった。そこの一等客室に宿泊しているという彼に会いたいと支配人に言えば、顔パスで通してくれた。
 ここはディーデリヒの父が治める領地内の施設だ。それにサンタクルスとは大学校時代の友人である。支配人はなんの疑いもなく案内してくれた。どんどん客室に近づくにつれてディーデリヒの緊張は最高潮に達する。

「サンタクルス様、お客様がいらしております」

 支配人の声に部屋の中から応答があった。
 扉が開かれるとそこには虹色の蝶の羽根を持つ虫人の男が一人──…

「──やっと来たと思ったら、なぜ君が来るのかな。ディーデリヒ」

 出迎えたサンタクルスは、ディーデリヒの顔を見るなりがっかりした様子をみせた。てっきり鱗粉に操られたデイジーが来るものだと思っていた彼は出落ち感に肩を落としていたのだ。その反応にディーデリヒは拳を握りしめる。
 友を疑いたくなかった。だけど疑いようもない反応だった。信用していた相手に裏切りに等しいことをされた彼は内で抑え込んでいる怒りが溢れて爆発してしまいそうだった。

「私に対して言う言葉はそれだけか、シモン」

 硬い声で友だった男の名を呼ぶディーデリヒをみてシモンは鼻で笑った。

「欲しいものはすべて手に入れなきゃ気がすまない主義なんだ。──それが君の妹でもね」

 追及するまでもなく、ディーデリヒの妹を操る形で奪い取るつもりだったことをシモンはあっさり認めた。
 悪びれもなく言われたディーデリヒはやるせなくなった。自分が友と思っていた男はこんなにも身勝手だったのかと悲しくなった。

「…私達には君たちの習性なんて関係ない」
「知ってるよ、だけどそれは私達にも言えることだけどね。…獣人の子を宿してみせた彼女は立派な苗床になるだろう。子を宿せる優秀な雌だ」

 シモンはデイジーと初めて対面した時、彼女が子を宿しているとひと目で気づいていた。
 子ができにくい獣人の子を宿した彼女。子孫を残すことに忠実な彼はますます彼女が欲しくなった。妊娠しているなら仕方ない、子を生んだその後にでも手に入れようと目論んでいたのだ。今回のディーデリヒの挙式はまたとない機会だった。
 シモンにとって、友人の妹だとか、既婚者という肩書きはどうでも良かった。
 ただ欲しいから手に入れる。単純なことだったのだ。

「私の妹は、アステリアは、子を産むための道具じゃない…!」
「馬鹿だねぇ、生きとし生けるもの子孫繁栄は当然のことでしょう。何を青臭いこと言っているんだいディーデリヒ」

 ディーデリヒは怒りを堪えてぎりりと歯ぎしりした。お前は人の妹をなんだと思っているんだと怒鳴りたかった。しかし、根っこの部分から考え方が違うとわかればどんなに自分が喚いても仕方がないと考え直したのだ。

 確かにディーデリヒたち貴族も、跡継ぎを残すのは大切なことだと学ぶが、こんな騙し討ちのような、人の家庭を壊すようなやり方はやはり間違っている。みんなが不幸になるだけじゃないか。
 やはり、妹の代わりに自分が目の前の男に鉄槌をくださねばなるまい。再び同じことを繰り返されたら困る。アステリアの幸せを守るために彼を捕縛せねばと心を鋼にした。

「いい友人だと思っていたのに残念だ。妹がやっと手にした幸せを奪う権利はない! ──捕縛せよ!」

 ディーデリヒはシモンに向かって呪文を飛ばした。
 しかし呪文は当たらなかった。ディーデリヒの前からシモンの姿がこつぜんと消えていたからだ。

「待て、逃げるつもりか! 逃げるな! 私と戦え!」

 開け放たれていた窓から空へ飛んで逃げたシモンは大きな蝶の羽を優雅に揺らして宙を舞っていた。月明かりに照らされた彼は幻想的で美しい。

「君はいいやつだったよ。悪いけれど私は野蛮なことが嫌いなんだ。ここで失礼させてもらうよ」

 ニッコリと笑いながら悠々と飛ぶその姿は余裕さえ見えた。
 それを見たディーデリヒは忌々しげに舌打ちした。魔術師である彼も魔法を使って宙を浮こうと思えば浮けるが、空を飛ぶのに長けている蝶人を追えるかと言われたら自信がない。しかし、自分はここで友だった男を撃ち落とさねばならない。大切な妹を操って取り返しのつかないことをしでかそうとしたこの身勝手な虫人を許したままではいられなかった。
 ──広範囲で妨害できる呪文であれば…仕方ない、雨を降らせるか。

「我に従う水の元素たちよ、雨を…」

 羽根が雨に濡れたら飛びにくいだろう。それを狙ってディーデリヒは呪文を唱えたのだが。途中で中断した。

『それで勝ったつもりか? 所詮虫けらは虫けらか』

 頭の中に響くような声が聞こえてきたからだ。それはデイジーの掛けた一心同体の呪文。それさえあれば“彼女”はヒト型になれるし、人との意思疎通が可能になる。

 フッと目の前が陰った。大きな巨体が月の光を遮ったのだ。
 直後、月明かりに照らされていたシモンの姿が見えなくなったと思えば、「ぎゃっ」という悲鳴が聞こえた。

『どうやら喰われたいらしいな』
「ぐっ……なぜドラゴンが…」
『虫はあまり好まないが、どうしても喰われたいと言うなら私の血となり、肉となるがいい』

 ルルの牙がシモンの胴体に喰い込んでいた。苦しむシモンを気遣うわけもなく、ガッチリ噛み付いているルルは目を細めた。喉奥からぐるぐる音を鳴らす金色のドラゴンはバッと翼を広げて飛翔した。
 ディーデリヒが呼び止める暇もなかった。あっという間に彼方へと飛んでいってしまったからだ。

 どんどん姿が見えなくなっていく。
 ディーデリヒは呆気にとられていた。ぽつんとそこに残されたまま、もう二度と友とは呼ばないであろう男の行く末を心配してしまったのである。




 それから半刻過ぎて戻ってきたルルはフォルクヴァルツ城の屋上に着地した。ルルの帰還を待ち構えていたディーデリヒが何かを問いかける前にこう言った。

『殺してない。還らずの森に放り投げてきた。食べてしまったらあとが面倒だろう』

 それにホッとしたのは、ディーデリヒの中に友だった男への情が残っていたからか。彼は蝶人だ。自力で脱出できるだろうと思ってしまうのは甘いことなのだろうか。

『あぁ、でも……噛みどころ悪くてもう飛べないだろうがな』

 その言葉にディーデリヒは言葉を失った。蝶人にとってその羽根は異性に性的アピールする大切なもの。それを傷つけられた彼はもう同族との番を期待できないだろう。
 それを憐れめばいいのか、自業自得だと唾棄すればいいのか。ディーデリヒにはわからなかった。

 ディーデリヒの胸中など知りもしないルルはにやりと笑って牙を見せた。彼女はヒト型に戻ると、「おい、腹が減った。何か食わせろ」と食事を要求したのである。
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