全てがどうでもよくなった私は理想郷へ旅立つ

霜月満月

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中編

領地に着いた私は、祖父母が眠る墓地にやってきた。

「‥‥お婆様。私、これからどうしたらいいのでしょう?」

生まれてから全然笑わない私は結局、友人もできなかったので、一人ぼっちだ。

両親もずっと迷っている様だった。
仕方ないだろう。今世は特にそうだったから。

『前』の私も笑うことが苦手だった。
そう、苦手なだけで笑えてはいた。稀にだけど。
そして、リカルド殿下も今世と同じく優しくて素晴らしい方だった。私にはもったいないと思うほど。
だから、私は殿下を愛した。大好きだった。

でも、殿下の隣はアドリアーナ様にとられた。

『前』はそれが許せなくてアドリアーナ様を虐めたりした。
けど、それが原因で卒業式の日に殿下に断罪され、婚約ももちろん破棄された。
それは自業自得だから仕方ないし、殿下の心が離れてしまったのを見過ごすしかなかった私の落ち度だからいい。
けど。

『お前は笑うことすらしないし、話すことも全く可愛げもない。黒髪ということもあってずっと気味が悪かった。』

この言葉に打ちのめされた。
小さい頃から一緒にいて笑いあったことも、楽しかったこともあったのに、殿下はそうじゃなかったんだ‥‥

そう思ったら余計に悲しくて打ちのめされた。

そして、私は一先ず公爵邸に監禁されることになり、自室に入った。
けど、その後の人生になんの希望があるだろうか?

兄弟は元々いない。
両親からも王太子に婚約破棄されるなんて、公爵家の恥だと罵られた。
‥‥まあ、昔から両親も気味悪がって遠ざけていたけれど。
友人ももちろんいない。
公爵令嬢として、一応まともに育てられたので、手に職などもない。

あるのは『あれ』だけ。

だから、私は自室がある公爵邸の3階のベランダから飛び降りて自殺した。

なのに気付いたら、リカルド殿下と最初に引き会わされるはずの5歳に戻っていた。
でも、今世はすぐに引き合わされることがなかったから、私は殿下と婚約しない世界に来たんだと思っていた。

その考えは甘くて、15歳で結局殿下に引き合わされた。
そして、『前』と同じく生まれた時には既に殿下の婚約者にされていた。

だから、私はせめて殿下を好きにならずにいようと、アドリアーナ様がまた現れたら、今度は虐めたりせずに殿下の隣を明け渡そう。そうしたらきっと前みたいに打ちのめされることはないだろうから。

そう‥‥思っていたのに‥‥

確かに断罪はされなかったし、婚約はすんなり解消されたから、両親に責められることもなかった。

それでも。

「お婆様ぁ‥‥」

私は嗚咽を溢し、その場に座り込んで泣いた。
すると。

『ジュリア。』

「!!!」

懐かしい声が聞こえた気がして、顔を上げると

「おばあ‥‥さま?」

『ふふっ。久しぶりね、ジュリア。‥‥逆行しても変わらなかった?』

「‥‥はい。」

『‥‥そう‥‥』

「おばあさま。‥‥私は本当に」

『ええ。その世界にいるのが嫌ならこちらにいらっしゃい。あなたの特権よ。』

「はい。」

私は立ち上がってお婆様に手を伸ばした。

◇◇◇

一年後。

私は亡くなったと思っていたお爺様やお婆様。他にも色んな人がいる別の世界にいた。
その世界は元いた世界からはこう呼ばれていた。

『理想郷』と。

確かにここには私を睨む殿下も、両親もいない。
お爺様とお婆様をはじめ優しい方達しかいない。
自由に過ごせるここで暮らすうち、徐々に私は笑える様になっていた。

そんな中、まだまだ元気なお婆様が私の手を引いて、私達が暮らす屋敷の裏庭へと連れて行った。

「ジュリアジュリア。こっちに来て!‥‥ほら、」

「お、お婆様!?ちょ、ちょっといきなりどうし」

私の言葉が途切れた原因は‥‥



「‥‥リア、ごめんな‥‥」

俺はかつて愛していたはずの元婚約者の墓の前にいた。

持ってきた花束を墓に供え、目の前に座り込んで墓石に彫られた名前を見ていた。

卒業式のあと舞踏会にも出ずに領地に向かってしまった元婚約者。
それからまもなく彼女が行方不明だと知らされた。

公爵令嬢である彼女が一人で生きていけるはずはないのに、忽然と姿を消した。
もちろん、公爵家は必死で捜索した。
私も捜索に協力したかったが、公爵に『もう娘は殿下の婚約者ではないのですから』と言われて断られた。

それから数ヵ月経っても痕跡すら辿れず、公爵家は誘拐されて二度と無事に戻ってくることはないだろうと結論を出し、リアを亡くなったことにした。

それを聞いた私は愕然とした。

アドリアーナはリアの代わりのつもりだった。
『前回と同じ失敗をしない様に』と。

アドリアーナを愛して封印を解き、リアを迎えに行くつもりだったのに‥‥

「‥‥私はどこで間違えたんだろうな。‥‥最初からかな?折角父上が色々してくれたのに‥‥」

でも、皮肉なことに今世もリアを失ったと分かった瞬間、封印が解けて魔力が覚醒した。
王家に稀に現れる魔力保持者。強力な魔法を使い、民を守る絶大な力。

歴代の魔力保持者も私と同じく大切なものを失くして初めて覚醒していたらしい。

「‥‥どうして封印の解除条件は大切なものを失くした時なんだろうな?‥‥魔力(これ)さえなければ‥‥封印の解除条件がそうでなければ‥‥私はリアを失わずに済んだのに‥‥堂々と心を得られる様にリアに歩み寄れたのに‥‥」

私は涙を堪えることができず、彼女の墓の前で泣いていた。



「‥‥‥」

庭にある池に映る殿下を無言で見ていると。

「ジュリア。‥‥あっちに行きたい?」

「‥‥え?」

信じられない気持ちで隣のお婆様に視線を移した。
すると、お婆様は微笑みを浮かべながら続けた。

「ジュリア。殿下は今でもジュリアが大好きみたいよ?」

「え?」

「ジュリア。どうしたい?‥‥殿下は前回もジュリアを失って覚醒したわ。でもね、あんな風に後悔していたわ。陛下から聞いたでしょ?」

「‥‥はい。私が自殺したあと、殿下は覚醒したけど心を病んで廃人の様になってしまったと。アドリアーナ様では代わりにはならなかった‥‥と。」

「ええ。‥‥ジュリア。私達の一族はね、代々王家の方に魔力保持者が生まれた時、婚約者として側にいることを義務づけられてきた。」

「‥‥大切な存在になって犠牲になったふりをするために、ですか?」

「その通りよ。‥‥前回は私があの世界にいる間にここの話をしたことすら忘れるぐらい追いつめられたのよね?」

「‥‥はい。生きる希望など持てませんでしたから。」

「ふふっ。殿下は優しい方よね。ジュリアを犠牲にしたくないからって今回はわざとアドリアーナ嬢に擬似的な好意を持つ努力をしたんだもの。‥‥でも所詮は擬似だったのね。アドリアーナ嬢も可哀想に‥‥」

「え?‥‥あ、そういえば、今世のアドリアーナ様はどうしているのですか?」

「元々彼女の両親が悪事を働いていてね。一緒に断罪されたわ。」

「え!?そ、そこまで同じなのですか!?」

「ええ。‥‥アドリアーナ嬢は何も知らされずに両親に利用されただけなのにね。」

「‥‥はい。」

私は視線を池に戻した。
殿下はまだ私のお墓の前で泣いていた。

「あのお墓もジュリアが行方不明になって亡くなったと殿下に報告だけしたのも、ルキノとラウラさんよ。」

「報告「だけ」?」

「ええ。ルキノは私がここでジュリアを保護してると知ってるもの。」

それを聞いた私は再びお婆様に視線を移した。

「え!?」

「ふふっ。ルキノもね、一回来たことがあるのよ?『本当にそんなところがあるなら見せてくれ』ってね。」

「え!?そうなのですか!?」

「ええ。‥‥今世では私がここに永住する時、ジュリアはいつか預かることになると言っておいたのよ。」

「あ、だから、父様は私に‥‥」

「ええ。‥‥ずっと苦悩してたわ。前回も今回も、ジュリアが笑わないのは俺のせいかなってね。」

「え?‥‥私、前回は笑うのが苦手ぐらいだったはずで‥‥って、‥‥あ。」

「ふふっ。ルキノやラウラさんの前では特に笑えてなかったでしょ?」

「!! そ、それは父様と母様も悪いと思うの!いっつも怖い顔してたし。小さい子供に向ける様な顔じゃなかったわ。だから、その時の恐怖が染み付いてて‥‥」

「ええ。その通りだと私も思ったし、言ったのよ?なのにルキノはその時顔を青ざめさせただけで、ジュリアへの態度を変えなかったの。」

「何故ですか?」

「今更どうしたらいいか分からないって。しかも、ルキノとラウラさんは逆行前の記憶がないみたいでね、同じことを繰り返してたわ。」

「‥‥‥」

私は言葉が出なかった。

「ふふっ。子供みたいでしょ?」

「はい。」

「‥‥ジュリア。改めて聞くわ。ジュリアはどうしたい?」

「‥‥とりあえず、父様に文句が言いたいです。」

そう言うと、お婆様は吹き出した。

「‥‥ふふっ。‥‥文句って‥‥しかもルキノが先なの?」

「‥‥殿下は‥‥まだ怖いです。信じていいのか分からないので‥‥」

「ちなみにね、ジュリアが死んだと思ってるのは殿下だけなのよ?」

「え?」

「ルキノは国王夫妻にはちゃんと事実を報告してるもの。」

「私は理想郷(ここ)にいて生きている。と?」

「ええ。ジュリアの所在は世間では触れてはならないとされてるから、殿下もジュリアが本当は生きてると気付いてないの。」

「あ、だから‥‥」

「ええ。‥‥ジュリアと殿下のことはね、私達がここに永住する前に、陛下‥‥デュリオ様とマリアン様から頼まれていたの。2人のためにも、絶対にジュリアを死なせないでくれとね。私達夫婦とルキノとラウラさんにね。」

「え?お婆様、陛下と妃殿下を名前で呼ぶ程仲がよかったのですか?」

「ん?‥‥ジュリア、話聞いてたわよね?歴代の魔力保持者のために私達の一族は協力してきたって。」

「え?は、はい。もちろん。」

「歴代の中にはね、殿下とジュリアの様に深く想い合っていたからこそ、やり直しをした方もいたの。」

「え?で、では、王家と公爵家は」

「ええ。血縁関係があるわ。まあ、ジュリア達の世代ではかなりその交わりは薄くなってるでしょうけどね。だから、私はデュリオ様やマリアン様の相談相手になったこともあるのよ?」

「お婆様、すごい方だったんですね‥‥」

「ふふっ。」

微笑んだお婆様から再び殿下に視線を移した。

「‥‥殿下の心に私はまだいるのでしょうか?」

「むしろ大半を占めてると思うわよ?」

「え!?‥‥そ、そうなのでしょうか‥‥?」

「ふふっ。‥ええ、私はそう思うわ。」

「‥‥‥」

私が尚も迷っていると、池に映る殿下が泣き止んだ様で立ち上がり、去ろうとしていた。

『墓に言っても仕方ないが‥‥リア、私は今でもリアを愛してる。君のお陰で封印が解け、得ることができたこの魔力でこの国を守っていくよ。‥‥それに、死体が見つかるまでリアは生きてて、必ず戻って来てくれると信じてるから。』

「!!!」

『今も隣にリアがいてくれたらと思うけど‥‥』

「‥‥‥」

『また、会いたくなったらここに来るな。‥‥私はここでしか愚痴れないからさ。』

私はその様子を見ながら久しぶりに涙が溢れていた。

「‥‥ジュリア。私達も永遠の別れじゃないわ。来たくなったらいつでも来ていいのよ?」

「!!!」

その言葉に再びお婆様を見た私は、涙を流しながら笑顔で言った。

「殿下と喧嘩したらまた来るわ!」

「!! ふふっ。‥ええ、いいわよ。いつでもいらっしゃいな。」

「では、お婆様。ありがとうございました!」

「ええ。」

そうして、私は池に飛び込んだ。
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