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その10「祖父と久しぶりに」

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 ヨーイチは、部屋で朝食を済ませた。

 当然のように入っていたらしい毒は、レヴィに処理させた。

 それから身支度を整え、マツコの部屋へと向かった。

 部屋の前に立つと、ヨーイチは扉をノックした。

 そして、部屋の中へと声をかけた。


ヨーイチ
「母上。よろしいですか?」

マツコ
「ショージ? どうしたの?」


 マツコが言葉を返してきた。

 だが彼女は、ヨーイチをショージだと勘違いしているようだ。


ヨーイチ
「ヨーイチです」

マツコ
「そう。入って良いわよ」

ヨーイチ
「失礼します」


 ヨーイチは扉を開け、マツコの部屋に入った。

 その内装には、ヨーイチの部屋よりも、こだわりが感じられた。

 ただ高い家具を並べたのではなく、持ち主のセンスが見て取れた。


マツコ
「何かしら?」


 マツコは、立ってヨーイチを出迎えた。

 その立ち姿は、毅然としていた。

 世間の母親が子に見せるような隙は、そこには無かった。


ヨーイチ
「今日は体調が優れないので、学校は欠席しようと思います」

マツコ
「そう? 好きにすれば良いわ」

マツコ
「けど、私は出かけるから、お昼は自分で用意しなさい」

ヨーイチ
「分かりました。あの……」

ヨーイチ
「俺とショージは、声が似ていますか?」

マツコ
「……少しだけね」

マツコ
「ほんの少しよ? 血は繋がっていないんだから」

ヨーイチ
「そうですか」

ヨーイチ
「それでは失礼します」


 ヨーイチは、マツコの部屋を出た。

 すると……。


ショージ
「おい」


 廊下で偶然に、ショージに出くわした。


ショージ
「母上の部屋で、何をしていた?」


 ヨーイチが、マツコの部屋を訪れるのは、案外珍しい。

 ショージは理由が気になっているようだった。


ヨーイチ
「別に」


 ヨーイチは、そっけなく答えた。


ヨーイチ
「今日は学校を休むって、報告してただけだ」

ショージ
「……とっとと失せろ。目障りだ」

ヨーイチ
「はいはい」


 ヨーイチはショージに背を向け、自分の部屋へと戻った。

 そして椅子に座り、少し待った。

 やがて、ドアも開けずに、いつの間にかレヴィが現れた。


レヴィ
「あるじ様」


 レヴィが口を開いた。


レヴィ
「2人が家を出ました」

ヨーイチ
「薬は?」

レヴィ
「確保しました」

ヨーイチ
「良し」


 ヨーイチは、自室を出た。

 そして、フサコの姿を探した。

 ヨーイチがキッチンに入ると、フサコの姿が有った。

 それで、彼女に声をかけた。


ヨーイチ
「アキモトさん」

フサコ
「ヨーイチ様?」


 ヨーイチが声をかけると、フサコはヨーイチを見た。


ヨーイチ
「ちょっと散歩してこようかと思います」

ヨーイチ
「体調が良くなってきたみたいだから、外の空気でも吸おうかなって」

フサコ
「お一人でですか?」

ヨーイチ
「だいじょうぶですよ」

ヨーイチ
「学校だって、いつも1人で行ってるんだから」

フサコ
「ハイヤーじゃないですか」

ヨーイチ
「…………」


 ヨーイチは、車通学だった。


ヨーイチ
「だいじょうぶですってば」

フサコ
「……分かりました」

フサコ
「何かあったら、すぐに携帯で連絡してください」

ヨーイチ
「はい」

ヨーイチ
「それじゃ、行ってきまーす」


 ヨーイチは、身軽な格好で家を出た。

 家の敷地から出ると、ポケットから携帯を取り出した。

 そして、登録されていた番号へ、電話をかけた。

 この番号に電話をするのは、随分と久しぶりだった。

 5秒もせずに、電話は繋がった。


ゲンジ
「はい」


 携帯から男の声が聞こえた。


ヨーイチ
「ゲンジさん。ヨーイチです」


 ヨーイチは、男に話しかけた。


ゲンジ
「ヨーイチ様。お久しぶりですね」

ヨーイチ
「はい。お久しぶりです」


 通話相手の名は、シジョー=ゲンジ。

 彼は、とある男に仕えていた。


ゲンジ
「……問題を起こされたようですね」

ヨーイチ
(もう伝わってるのか)

ヨーイチ
「その件に関しては、申し訳なく思っています」

ヨーイチ
「ですが、大事な話が有ります」

ヨーイチ
「おじいさまに取り次いでいただけませんか?」

ゲンジ
「大事な話というのは?」

ヨーイチ
「ここでは話せません」

ヨーイチ
「どうかお願いします」

ゲンジ
「……分かりました。少々お待ち下さい」


 ヨーイチは、携帯に耳を当てたまま、少し待った。

 やがて、男の声が聞こえてきた。


ヨシキ
「ヨーイチ君?」


 その声は、ゲンジの声と比べると、少し高く、柔らかかった。


ヨーイチ
「はい。お久しぶりです。おじいさま」


 ヨーイチは恭しく、男に挨拶をした。


ヨシキ
「本当に久しぶりだね。元気だったかな?」


 男は親しげに、ヨーイチに話しかけた。

 男の名は、フユザトノミヤ=ヨシキ。

 ヨーイチの、母方の祖父だ。

 アシハラ国のミカドの、叔父でもある。

 皇族だった。

 皇族に、名字は無い。

 なので、フユザトノミヤというのは、実際は名字では無い。

 ミカドから授かった称号ということになる。

 だが実質的には、名字と同じような扱いを受けていた。

 ヨシキは、孫のヨーイチを可愛がっていた。

 だが、最近は疎遠になっていた。

 ヨーイチの方が、ヨシキを避けていた。

 落ちこぼれの自分は、軽々しくヨシキに会って良いような人間では無い。

 マツコによって、そう考えるように誘導されていた。

 今、ヨーイチの心は、マツコから自由になっている。

 肉親に助けを求めることに、大した躊躇も無かった。

 なにより、命がかかっている。

 劣等感など気にしている場合では無かった。


ヨーイチ
「体調は、あまり良くありませんね」

ヨシキ
「体は大事にしないとダメだよ」

ヨーイチ
「そうですね。気をつけようと思います」

ヨーイチ
「……おじいさま。実は、重大なお話が有ります」

ヨーイチ
「なんとか時間を作っていただけませんか?」

ヨシキ
「分かったよ。シジョー、次の公務はキャンセルしておいて」

ゲンジ
「よろしいのですか?」

ヨシキ
「あのね、ヨーイチ君と公務、どっちが大事だと思ってるの?」

ゲンジ
「……はぁ」

ヨシキ
「どこで会おうか?」

ヨーイチ
「2人きりになれるなら、どこでも構いません」

ヨシキ
「それじゃ、ホテルに部屋でも取ろうか」

ヨシキ
「今、どこに居るの?」

ヨーイチ
「自宅……。ムサシノにある別荘の近くです」

ヨシキ
「それじゃ、家の前で待ってて」

ヨシキ
「すぐに迎えをよこすから」

ヨーイチ
「分かりました」


 ヨーイチは、電話切った。


ヨーイチ
(……立ってるって疲れるな)


 ほんの少し、立って通話をしただけだ。

 だがヨーイチは、軽く疲労を感じていた。

 道の端で座り込んだ。


レヴィ
「だいじょうぶですか? あるじ様」

ヨーイチ
「俺にはもう、だいじょうぶの定義がわかんねーわ」


 今日死ぬということは無いだろう。

 それをだいじょうぶだと言うのなら、だいじょうぶだ。

 だが、ヨーイチの心身は、ずっしりと重かった。

 毒をもられていると知る前より、重く感じた。

 病は気からとはよく言ったものだと、ヨーイチは思った。

 ヨーイチは、座って休みながら、じっと待った。

 やがて、家の前に車がやって来た。

 黒塗りの高級車だった。

 車のドアが開き、運転手が下りてきた。

 運転手はヨーイチに気がつくと、彼に歩み寄ってきた。


運転手
「オーカイン様ですね?」

ヨーイチ
「はい」

運転手
「どうぞお乗り下さい」


 ヨーイチは、重い腰を上げ、車に乗り込んだ。

 車は、ムサシノ南部有数の、高級ホテルへと向かった。

 運転手は、正面口前で車をとめた。

 ヨーイチが下りると、車は走り去っていった。

 ヨーイチは、正面口を抜けた。


ゲンジ
「ヨーイチ様」


 ロビーに入ると、60過ぎの老人が声をかけてきた。

 ゲンジだった。

 彼は銀髪で、執事服を身にまとっていた。

 その年齢にも関わらず、ヨーイチよりも姿勢がしっかりしていた。


ヨーイチ
「ゲンジさん」

ゲンジ
「お部屋でヨシキ様がお待ちです」

ヨーイチ
「はい」


 2人は、エレベーターに乗った。

 最上階でエレベーターを降りると、客室に入った。


ヨーイチ
(スイートか)


 そこはスイートルームだった。


ヨシキ
「ヨーイチくん」


 部屋の中に、リビングのような一角が有った。

 そこのソファに、温厚そうな老人が腰掛けていた。

 祖父のヨシキだった。

 彼の髪は薄緑色。

 体には、髪色に合わせた和服を着用していた。

 ヨーイチは、ヨシキに歩み寄ると、頭を下げた。


ヨーイチ
「ご無沙汰しております。おじいさま」

ヨシキ
「堅苦しいのは良いよ。さ、座って」

ヨーイチ
「はい」


 ヨーイチは、ヨシキの対面のソファに座った。

 ゲンジは、ヨシキの背後に移動した。

 ヨーイチとヨシキの目が合った。


ヨシキ
「……痩せたね」

ヨーイチ
「前から痩せてますよ」

ヨシキ
「前よりも痩せたよ」

ヨーイチ
「……そうかもしれません」

ヨシキ
「それで、今日は何の話かな?」

ヨシキ
「君が起こしたという事件と、何か関係が有るのかな?」

ヨーイチ
「少しは」

ヨーイチ
「とはいえ、それが主題というわけでもありませんが」

ヨシキ
「つまり?」

ヨーイチ
「率直に言いましょう」

ヨーイチ
「俺は、オーカイン=マツコに、毒を盛られていました」

ヨシキ
「な……!」

ゲンジ
「…………!」


 ヨシキもゲンジも、驚きを隠せなかった。

 強く眉をひそめたまま、ヨシキはヨーイチに問いかけた。


ヨシキ
「本当に……?」

ヨーイチ
「冗談になるような内容では、無いと思いますが」


 ヨーイチは、裾をめくり上げた。

 胸のコアが見えない程度に、加減をした。

 ヨーイチのやせ細った体が、ヨシキの目に映った。


ヨシキ
「…………!」

ヨーイチ
「このガリガリの体も、毒が原因です」

ヨシキ
「分からないものだね……。服を着ていると……」

ヨーイチ
「そうですね」

ヨーイチ
「顔だけ見ると、まだマシに見えます」

ヨシキ
「どうして毒だって思ったのかな?」

ヨーイチ
「毒に詳しい人と、知り合いになりました」

ヨーイチ
「その人が、俺に教えてくれたんです」

ヨシキ
「どこの誰かな? それは」

ヨーイチ
「その人に正体に関しては、答えられません」

ヨーイチ
「まっとうな人間では無い、裏の存在だとだけ言っておきます」



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