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その24「カゲトラと名付けた」

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 ヨーイチは、スタッフと共に、猫牧場の事務所へ移動した。

 そこは、牧場の規模のわりには、こじんまりとした建物だった。

 奥の方で、事務員が働いているのが見える。

 入り口付近に、小さな会計台が有った。

 その周囲は、猫グッズの販売コーナーになっていた。

 スタッフは、そこに有る鞍を示して言った。


スタッフ
「鞍はこちらでよろしいですか?」

ヨーイチ
「はい。それと……」


 ヨーイチは、売られている服を見て、口を開いた。


ヨーイチ
「服と下着もください。着替えも2着お願いします」

ヨーイチ
「あと、『ねこクリーン』も」

スタッフ
「かしこまりました」


 スタッフは、服と下着を3着ずつ持って、レジの方へ来た。

 ヨーイチは、財布からカードを取り出した。


ヨーイチ
「支払いは、カードでお願いします」

スタッフ
「黒っ!?」

サーベル猫
「みゃ?」

スタッフ
「……すいません」

ヨーイチ
「いえ」

スタッフ
「お預かりさせていただきます」


 スタッフは、カードを機械に通した。


スタッフ
「どうぞ」


 カードの読み取りが終わると、スタッフはカードを返却してきた。

 ヨーイチはカードを受け取り、財布の中にしまった。


スタッフ
「それでは、こちらの猫主登録の書類に、記入をお願いします」


 スタッフはヨーイチに、タブレットPCを渡した。

 そこには、猫主登録書のテンプレートが表示されていた。

 ヨーイチは、専用のタブレットペンで、住所氏名などを記入していった。

 その間に、スタッフは猫に服を着せ、鞍を取り付けていった。


ヨーイチ
「終わりました」

スタッフ
「はい」


 ヨーイチが書類への記入を終える頃には、猫の着衣も完了していた。


スタッフ
「それでは次に、冒険猫のリングの設定を、させていただきます」


 スタッフは、鍵付きの棚から、足輪を取りだした。

 そしてそれを、猫の左前脚にはめた。

 猫用の、オリハルコンリングだ。

 スタッフは足輪を操作し、設定を進めていった。


スタッフ
「準備が出来ました」

スタッフ
「お客様のリングを、この子のリングに触れさせてください」

ヨーイチ
「はい」


 ヨーイチは、猫の前でしゃがみこんだ。


サーベル猫
「みゃあ」


 猫は、前足を上げた。

 ヨーイチは、猫の脚の輪に、自身の腕輪を当てた。

 すると、リングが輝いた。


スタッフ
「これでこの子は、お客様のパーティメンバーとして登録されました」

スタッフ
「大事にしてあげてくださいね」

ヨーイチ
「はい」

ヨーイチ
「コースを借りて良いですか?」

スタッフ
「はい。1時間2000サークルになります」


 ヨーイチは猫を連れ、事務所を出た。

 事務所から出てすぐに、ヨーイチは猫に話しかけた。


ヨーイチ
「乗るぞ」

サーベル猫
「みゃー」


 猫は乗り気のようだった。

 ヨーイチは、猫の背の鞍にまたがった。

 そして、鐙に足を通した。


ヨーイチ
「よし。行くぞカゲトラ」


 ヨーイチは、ゲームで飼っていた猫と同じ名で、飼い猫を呼んだ。


サーベル猫/カゲトラ
「みゃみゃおー」


 飼い主に名前を貰い、猫は嬉しそうに鳴いた。


レヴィ
「カゲトラちゃんっていうんですか? その子」

ヨーイチ
「ああ」

レヴィ
「撫でても良いですか?」

ヨーイチ
「止めろよ。幽霊に撫でられたら怖いだろ」

レヴィ
「幽霊じゃないんですけど!?」

カゲトラ
「んみゃーお」

レヴィ
「あれ……?」

レヴィ
「この子、私のこと、見えてませんか?」

ヨーイチ
「まさか」

レヴィ
「ですけど、ほら……」


 レヴィはカゲトラの周囲を、ふわふわと飛んだ。

 すると、カゲトラの視線が、レヴィを追いかけてきた。


ヨーイチ
「……見えてるのか?」

カゲトラ
「みゃー」

レヴィ
「撫でて良いですか?」

ヨーイチ
「カゲトラが、嫌がらないならな」

レヴィ
「はい」


 レヴィは、カゲトラの正面に舞い降りた。

 そして、両手をカゲトラに伸ばした。

 カゲトラは、動かずそれを受け入れた。

 レヴィの手が、カゲトラに触れた。


レヴィ
「ふわぁぁ……」


 レヴィはカゲトラを、もふもふした。

 そして、5分後。


レヴィ
「ふわああぁぁぁ……」

ヨーイチ
「そろそろ行くぞ」

レヴィ
「えー?」

ヨーイチ
「えーじゃない」

ヨーイチ
「ゆっくりしてたら、コースの使用時間が無くなっちゃうだろ」

レヴィ
「……分かりました」

ヨーイチ
「さ、コースに行くぞ。カゲトラ」

カゲトラ
「んみゃ」


 カゲトラはてくてくと、猫レースのコースに向かった。

 そして、コースのスタート地点の、中央に立った。

 ヨーイチはカゲトラに命じた。


ヨーイチ
「よし。走れカゲトラ。全速力だ」

カゲトラ
「みゃみゃみゃー!」


 カゲトラは、勢い良く地面を蹴った。

 そして……。


ヨーイチ
「のわああああああぁぁぁっ!」


 ヨーイチは、猫の背から放り出された。

 そしてゴロゴロと、地面を転がっていった。


カゲトラ
「みゃ!?」


 カゲトラは、驚きつつ足を止めた。

 そして、ヨーイチの方へ戻って来た。


レヴィ
「だいじょうぶですか? あるじ様」

ヨーイチ
「ああ……」

ヨーイチ
(俺のレベル3じゃ、足りなかったか)


 ……50分後。

 スタッフが、コースの様子を見に訪れた。

 コースでは、猫が全力疾走していた。


スタッフ
「えっ?」


 スタッフは、驚きの声を上げた。


ヨーイチ
「ん」


 ヨーイチは、スタッフの来訪に気付いた。

 猫を止め、スタッフの方へと向かわせた。

 スタッフに近付くと、ヨーイチは彼に声をかけた。


ヨーイチ
「時間ですか?」

スタッフ
「あと2分ほどですが……」

スタッフ
「……青いですね?」


 ヨーイチの体から、青いオーラが立ち上っていた。


ヨーイチ
「気にしないでください。ちょっと青いだけなので」

スタッフ
「……はぁ」

ヨーイチ
「……レヴィ。止めてくれ」


 ヨーイチは、小声でそう呟いた。


レヴィ
「はい」


 青いオーラがおさまった。


ヨーイチ
「ほら、青いだけで何の問題もありません」

スタッフ
「…………」


 スタッフは、胡散臭げな視線を、ヨーイチに向けていた。


ヨーイチ
「あー、それじゃ、失礼しますね」


 ヨーイチは、気まずくなった。

 猫に跨ったまま、そそくさとコースから出て行った。

 コースには、スタッフ1人が残された。


スタッフ
「あんな青い人に、猫を売ってしまって、良かったのでしょうか……?」



 ……。



 ヨーイチは、カゲトラと共に帰宅した。

 家の外に、フサコの姿が有った。

 庭の掃除をしているらしかった。


ヨーイチ
「ただいま帰りました」


 ヨーイチは、フサコに声をかけた。


フサコ
「お帰りなさいませ」

フサコ
「宅配便が来ていたので、お部屋の方へ運ばせていただきました」

ヨーイチ
「どうも」

カゲトラ
「みゃー」

フサコ
「こんにちは。猫ちゃん」

カゲトラ
「みゃ」

ヨーイチ
「カゲトラって言います。今日から家に住みます」

ヨーイチ
「今晩から、ごはんの用意をお願いします」

フサコ
「はい。分かりました」

ヨーイチ
「すいません。仕事を増やしてしまって」

フサコ
「いえいえ」

フサコ
「こんな可愛い猫ちゃんのお世話なら、やりがいが有りますよ」

カゲトラ
「みゃふ」


 ヨーイチは玄関で、『ねこクリーン』を使った。

 小型の魔導器で、猫の足を綺麗にしてくれる。

 それから家に入り、カゲトラを連れたまま、自室に移動した。

 部屋に入ると、勉強机の上に、宅配便のダンボール箱が見えた。

 箱は2つ有った。

 ヨーイチは机の前に立ち、ダンボール箱を開けた。

 片方の箱には、大量の薬瓶が入っていた。

 ダンジョン産の回復ポーションだ。

 そして、もう片方の箱には、金属製のブーツが入っていた。


ヨーイチ
「見ろよレヴィ。ハイダッシュブーツだぞ」


 ヨーイチは、レヴィが見やすいように、ブーツを持ち上げた。

 そのブーツは、薄い緑色をしていた。


カゲトラ
「みゃ?」

レヴィ
「凄いモノなのですか?」

ヨーイチ
「まあな」

ヨーイチ
「今度ダンジョンに行ったら、見せてやるよ」


 ヨーイチはそう言うと、にやりと笑った。



 ……。



 宅配物を腕輪に収納し、ヨーイチはベッドに腰かけた。

 彼はポケットから、携帯を取り出した。

 そして、インターネットブラウザを立ち上げ、調べ物を始めた。


ヨーイチ
(……モン○ンってこんなに出てるのかよ)


 ヨーイチは、モ○ハンについて調べていた。

 ウヅキが○ンハンの話題に、やけに食いついてきたからだ。

 ボロが出ない程度の知識は、仕入れておこうと思っていた。


ヨーイチ
(昔のやつも、PCで普通に遊べるっぽいな)

ヨーイチ
(オーサコは、モン○ンやったこと有るはずなんだよな)

ヨーイチ
(プレイしてみたら、何か思い出すか?)

ヨーイチ
(……試しにポチってみるか)


 ヨーイチは、ノートPCを起動した。

 あまり使わないくせに、無駄に高スペックで、持て余していた代物だ。

 それを使い、有名なゲーム販売サイトで、PC版のモンハ○を購入した。

 いくつも有るタイトルの中で、オーサコの記憶に、馴染みの有るモノを選んだ。

 ヨーイチの家は、ネット回線も最高級プランだ。

 ダウンロードはあっという間に完了した。

 ヨーイチは、すぐにゲームを起動し、プレイを開始した。


ヨーイチ
(やっぱりやったこと有るよな……)


 オーサコの記憶が、ゲームの内容に対して、既視感を訴えていた。

 強い戦法や、ゲームの先の展開まで分かる。

 明らかに、このゲームを知っている。

 ヨーイチには、そう思えてならなかった。

 ただの思い込みだとは、到底思えなかった。


ヨーイチ
(まさか、この世界の細かい部分は、オーサコの記憶から作られてるのか?)

ヨーイチ
(……分からん)


 ……翌日。

 火曜日の朝になった。


ヨーイチ
「行ってきます」


 ヨーイチは通学のために、玄関前に立っていた。

 それを、フサコとカゲトラが、見送りに着ていた。


カゲトラ
「みゃおっふ」

フサコ
「言ってらっしゃいませ。カゲトラちゃんは、どうなされますか?」

ヨーイチ
「教室は、たしか猫禁止なんですよ」

フサコ
「そうなのですか?」

ヨーイチ
「猫が居ると、授業に集中できませんからね」

フサコ
「それはそうですね」


 猫は可愛い。

 可愛いものは、人の集中力を削ぐ。


フサコ
「ですがそれでは、ダンジョンに連れて行くのに不便ではないですか?」

ヨーイチ
「学校には、託猫所-たくねこじょ-も有ったはずですけど……」

フサコ
「なるほど。ヨーイチ様はどうされるのですか?」

ヨーイチ
「ん……」

ヨーイチ
(どうせ託猫所に預けるなら、家に置いていっても、大して変わり無いよな)

ヨーイチ
(それに、冒険猫を飼い始めたこと、ウヅキにはバレたく無いんだよな……)


 猫のことがバレれば、ダンジョンに潜っていることも知られるかもしれない。

 早く健康な体を手に入れて、ウヅキを納得させるつもりでは有る。

 だが、それには少し、時間が必要だった。

 今のところは、波風を立てるようなことは避けたかった。


ヨーイチ
(家に置いていった方が賢明か)

ヨーイチ
「放課後になったら電話をするので、ドームまでカゲトラを連れてきてもらえますか?」

フサコ
「かしこまりました」

ヨーイチ
「それじゃ、放課後までおとなしくしてるんだぞ」

カゲトラ
「みゃぁ……」


 猫は、飼い主と離れることを嫌う。

 カゲトラは、不服そうな様子を見せた。

 だが、文句を言われても仕方が無い。

 ヨーイチは、カゲトラを置いて学校に向かった。



 ……。



 授業を終え、放課後になった。

 ヨーイチはまっすぐに、ダンジョンドームへと向かった。

 ドームに向かいながら、フサコに電話をかけた。

 そして、ドームの前に着くと、少し待った。


フサコ
「ヨーイチさま」


 フサコが、カゲトラを連れて現れた。


ヨーイチ
「ありがとうございます」

ヨーイチ
「カゲトラ。良い子にしてたか?」

カゲトラ
「みゃあ」

ヨーイチ
「そうか。よしよし」


 ヨーイチはもふもふと、カゲトラの頭を撫でた。


ヨーイチ
「それじゃ、俺たちはダンジョンに行ってきます」

フサコ
「はい。それでは」


 ヨーイチはフサコと別れ、ダンジョンドームに入った。

 そして転移陣を使い、ダンジョンに入った。

 1人と1匹が、ダンジョンの1層に立った。

 それと1コアは、ふよふよと浮かんでいた。


レヴィ
「…………」

ヨーイチ
「行くぞ。カゲトラ」

カゲトラ
「みゃふ!」


 初めてのダンジョンだ。

 カゲトラは、気合のこもった声を上げた。


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