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1.婚約破棄されました
しおりを挟む「本日、ディアナ・バルザレッティとの婚約破棄をここに宣言する」
そう声を張り上げたのは国の第三王子であるダニエルだった。濁りのない金髪をかきあげながら、隣にいる女の腰を抱いている。
女はというと、腰をくねくねさせながらダニエルの様子を嬉しそうに眺めていた。
ダニエルはディアナの方を向き、意地の悪そうな微笑みを向けた。
(私、どうしてこの人にここまで嫌われているのかしら)
婚約破棄を公衆の面前でされても、全くと言っていいほど動揺のないディアナはのんびりとそんなことを考えていた。どちらかと言えば呆れて物が言えず、苦笑いを浮かべる他ない。
「どうしたディアナ。何か言うことはないのかい?まぁ、何か言ったところで婚約破棄は変わらないが」
「ダニエル様ぁ!そんなこと言っちゃかわいそうですよぉ」
女の声はキンキンと耳につき、周囲にいる貴族たちも眉をひそめていた。品のない話し方からして、上等教育は受けていないだろうことは容易に想像できる。
(言いたいこと……ねぇ)
ディアナは、ふっと息をついた。そしてその後、取り繕うように悲しげな表情をして言葉を述べた。
「婚約破棄……でございますか。本当によろしいのでございますか」
我ながら素晴らしい演技だと自画自賛したいくらいだ。切なげな声を上げる伯爵令嬢のディアナに対し、周囲の貴族たちは同情的な視線を向けた。
「はっ、当たり前だろ。なにせ俺は愛する人を見つけたのだからな」
ダニエルは嫌味を含んだ口調で言った。その中には「お前のことなんて愛せるわけない」と言う意味が含まれていることをディアナは悟った。
「そうよそうよ!私たちは愛し合っちゃってるのよぉ」
ダニエルの隣にいる女は優越感に浸りつつも、ディアナに対し嘲笑の笑みをぶつけてくる。
「……そうなんですの」
ディアナというと持てる限りの演技力を発揮し、悲劇に打ちひしがれる令嬢を演じる。正直、そんな自分に対し滑稽だと感じるが、これも今後のために必要なことなのだ。ーー自分が婚約破棄をされた被害者であることを周囲に知らしめるために。
「分かりました。それならば婚約はなかったことで」
そう断定すると、ダニエルはディアナの様子をしきりに伺うように見つめてきた。
ディアナは分かっていた。ダニエルが何故、このような公衆の面前で婚約破棄をするのかという理由を。
ーー彼はディアナを傷つけたいのだ。
ダニエルにとって、幼い頃から付き合いのあるディアナは使い捨て出来る玩具なのだろう。
彼女は幼い頃からの何度も何度も傷つけられてきた。その度に、ディアナは笑って許すことを強要され、いつしかそれが当たり前のようになっていった。
仄かに抱いていた恋情は時が経つにつれ、灰になって崩れ落ちていった。
(この人に振り回されるのは、もううんざりなのよ)
いつしか彼から解放されたいと願う日が来るようになって、本日やっと自由の身を手に入れたのだ。
ディアナは開放感に身を浸したいと思ったが、この会場内では分が悪い。
そんなことをすれば不敬罪に当たるだろう。なにせディアナは王女様でも公爵令嬢でもなければ、ただの伯爵令嬢なのだから。
悲しみに暮れた令嬢の演技をしながら会場の外に出ようとすると、ポンと肩に手を置かれる。
「姉様……大丈夫ですか」
振り返れば、弟のナインが心配げな表情で見つめていた。「えぇ」と頷きながら、優しく微笑む。するとナインの表情も優しく溶けていった。
(早く会場を出ましょう)
心の中で呟いた後、二人はさっさと会場を後にした。ーーその後ろ姿をダニエルが眺めていたとは知る由もなかった。
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