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10日目

分かれ道

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「コイツは……酷えな」

 韮沢の司令を受け、生存者と物資の調査に来た駅地下。そこに広がっていた惨状に、行動を共にしている調査部隊の隊員が思わず呟く。その言葉に、華菜も迷わず頷いた。

 床に倒れ伏す多数の遺体。
 それらから流れ出す血で、辺り一面は正しく血の海だった。

「でも、弔ってもらったんだね……」

 遺体の一人一人に掛けられたシーツ。ここで何があったのかは分からないが、それは故人を偲ぶが故の行為だろう。
 しかし、その死因は容赦がなかった。何故なら、全員が射殺されていたからだ。

「物資の奪い合いか何かだろうな……酷いことしやがる」

 弱肉強食――その言葉が秩序や常識に取って代わると、ここまで人間というのは残酷になれるのだろうか。まあ、《彼》を物事の中心に置く華菜に、とやかく言うつもりはなかったが。

「とりあえず、生存者がいないかだけ確認しよう……この状態じゃ、望みは薄いがな」
「分かった。何かあったら大声で叫びなね。助けてあげるからさ」
「へっ、お前さんもな」

 憎まれ口を叩き合いながら、華菜は隊長と別れた。
 そのまま地下通路を奥に進み、商店の並ぶ場所まで来た。

(うん? あそこは何だろう?)

 見つけたのは空き店舗。ガラス窓から見える中は伽藍堂であり、特に気を向けるようなものは見当たらなかった。

「……………………」

 しかし、どうしてか華菜は立ち去ることが出来なかった。理由は分からないが、意識を奪われて仕方ないのだ。
 結果、華菜は何故か壊れていたドアを開けて室内へと入った。

「……………………ッ!!」

 瞬間、華菜の胸が締め付けられるような感覚に襲われる。
 しかし、それは嫌悪感を抱くものではなかった。例えるなら、強い片思いを募らせる時のような甘いものだった。

「…………兄?」

 思わず、彼のことを呼んでしまう。
 返答などあるはずないと分かっているのに、感じる切なさが呼び掛けることを強要しているようだった。

 それもそのはず。ここは能美がグループの拠点にしていた場所であり、この空き店舗は《彼》寝泊まりしていた場所だからだ。

「どうして、兄を感じるの……?」

 呟きながら、華菜は床に寝転がる。
 偶然か必然か、その格好も場所も、彼の寝姿と一致していた。

「兄……会いたいよ……」

 誰に聞かせるつもりもない言葉。
 その響きに包まれながら、華菜は静かに目を閉じた――


 ―――*―――*―――*―――


 ~その頃、モールの屋上では~


「……凄え数だな」

 視界に収まる光景を見ながら、俺は自然と呟いていた。
 俺たちが駆け込んだショッピングモールの正面入口に詰め寄るゾンビ――その圧倒的なまでの数に、恐怖を通り越して呆然としてしまったのだ。

「理由は分からないけど……一杯、集まってくる……」

 狙撃銃を手にした友恵が隣で口を開く。
 そんな彼女に頷きつつ、俺はモールまで辿り着けた自分達の幸運に感謝していた。

「車で突破……って、わけには行かねえよなぁ」
「うん……車 無いし」
「あっ、そうなの?」
「うん……全部、ガス欠……」

 つまり、動かせる車はあるが燃料が無いというわけだ。
 まあ、外に出る手段が無いのであれば《使えない》の一括りに収まってしまうが。

「とりあえず、戻るか。気分の良い景色でもねえしな」

 そう言うと、俺は踵を返した。友恵も小さく頷くと、俺の後ろをトコトコと付いてきた。

「やあ、どうでしたかな、外の景色は?」
「気分が暗くなっただけっすね」
「ははは……まあ、そうでしょうな」

 力の無い笑い声と共に、同調するような言葉を口にする間中。彼にしても、ここから出るすべが無いことぐらい、とっくに理解しているのだろう。
 とは言え、現状を受け入れるだけではダメだ。何とかして此処から脱出し、新たな拠点となる場所を探さなくては。

(でも、どうすれば……)

 頭を悩ませる俺。
 と、そこへ――

「ご飯できた……みんな呼んでる……」
「えっ?  あ、ああ、分かった。すぐに行くよ」

 突然の呼び掛けに驚きはしたが、俺は笑顔と共に言葉を返した。それで納得したのか、友恵は頷いてからトコトコと立ち去った。

「ふふふ……あの子から声を掛けるとは、珍しいこともありますね」

 嬉しそうに頬を緩めながら、間中が言う。
   その言葉の真意が分からなかった俺は、彼に対して小首を傾げた。

「あの子も理解し、感謝しているのでしょう――貴方が断行してくれたからこそ、敏文は誰も傷付けることなく逝けたのだと」
「……だったら、良いんですけどね」

 曖昧に言いながらも、俺は安堵に表情を緩めていた。
 昨夜のことから、何となく認めてくれているとは思っていたが、身内である間中も同じように考えてくれているならば間違いないだろう。

「さて……では、朝食と洒落込みましょう。1日の活力は、まず朝食からですよ」
「ええ、そうですね」

 笑顔で頷くと、俺は間中と共に歩き出した。


 ―――*―――*―――*―――


  ~1時間後~


「……で、どうする?」

 能美の問い掛けに、集まっていた俺・将吾・沙苗は頭を捻っていた。

「車が無い上に、外はゾンビだらけ……キツイよな」
「ええ……八方ふさがりです」
「やっぱり、外のゾンビをどうにかしないとダメか……」

 そう呟きながら、俺は考えを巡らせた。

「そもそも、どうして奴等は此処に――人の居る所に群がるんだ?」

 今までにも抱いてきた疑問。それを真剣に考えつつ皆んなに問い掛けてみる。

「ここに入るのを見たから……とか?」
「それだと、新しく来る連中の説明が付かん」
「コミュニケーション能力は無さそうですものね」

 知らせることが出来ないとなれば、新参者が詰め掛けている時点で視覚の線は消えることになる。

「じゃあ、妥当な線で嗅覚かな?」
「うむ……可能性としては高いな」
「でも、壁に阻まれて距離もあるのに、匂いを感じることなんて出来るんでしょうか?」
「確かに壁も距離もあるが、完全に密封されているわけではない。隙間などから漏れる匂いを嗅ぎ付けている可能性は否定できんな」
「だとすると、奴等の嗅覚は相当に強化されてるってことだな」

 それも半熟を見ていれば納得は出来る。
 奴等は身体能力が大幅にアップするが、腐食が進んで肉体的な強化が不可能となると、嗅覚にシフトするのかもしれない。

「共食いをしないのも、腐臭を嗅ぎ分けてるからというのなら説明も付きますからね」
「まあ、単純に美味く無さそうって理由かもしれないけどな」

 冗談交じりに言うと、辺りに笑いが起こった。
 それを見て、俺は安堵した。このような状況下でも笑えらなら、全員に余力があると分かったからだ。

 しかし、当たりが付いたからと言っても、それが解決策に結びつくとは限らない。生き物である以上、完全に臭いを消すことなど出来ないのだから。

「そう言えば、車があるって聞いたけど……」

 近くに座っていた間中に問い掛ける。
 すると、彼は苦笑を浮かべながら頷いた。

「うむ、私たちが使っていたものですけどね。生憎とガス欠ですが」
「それは、どこに?」
「モールの隣に併設されている立体駐車場です」
「もちろん、そことモールは繋がっているんですよね?」
「ええ。ゾンビに遭遇する心配もありません」

 つまり、燃料さえ調達できれば車に乗り込むことも出すことも問題ないということだ。しかし、気になることもある。

「立体駐車場の出口は?」
「……モールの正面入口の近くです」
「そう……ですか」

 結局のところ、燃料を手に入れたとしても外に出ることはままならないということか。根本的な解決策を何処かで手に入れなければならないわけだ。

(……やめやめ! 今は目の前のことだけ考えろ!)

 差し当たっての問題は燃料の確保だ。
 今は、そちらにだけ注力すべきだろう。

「ここら辺に、スタンドとかはありますか?」
「少し遠いけど……交差点の近くにある……」

 間中に代わり友恵が答える。
 そう言えば、ここに来る途中で見た記憶がある。
 普通に歩いて行けるなら大した距離ではないが――

「結局のところ、同じ問題に突き当たるな」
「……だな」

 出られないことに対するジレンマに、またも頭を悩ませる俺達。

「あ、あのぉ……」

  そこへ、一人の男が声を掛けてきた。

「実は……このモールの地下には、駅ビルに続く通路があるんですよ」
「えっ……?」
「都市開発の一環で、利便性を高めるためにと進められた事業なんですけどね。まあ、完成しなければ意味もありませんけど」
「完成してない?」
「ええ。通路の基礎工事が終了間近というところで、この状況になってしまいましたから……」

 なるほど、都市開発などと言っていられなくなったわけだ。

「どうして、そんな事を貴方が?」
「私、元は役所で都市開発関係の部署に就いていまして」

 つまり、本職というわけだ。それなら納得である。

「その通路の安全性は?」
「何とも言えません。駅ビルまで開通はしているのですが、基礎工事も完了に近かったとは言え、途中は途中でしたから……」

 保障はできないといったところか。
 しかし、現状として他に手段がないのも事実。俺は様々な迷いを頭の中なら追い出すと、力強く頷いて男に向き直った。

「その地下通路は何処に?」
「中庭にあります。ご案内しますよ」


 ―――*―――*―――*―――


  ~20分後~


「うわ……予想以上に暗いな」

 懐中電灯で先を照らしながら俺は呟いた。
 男に案内してもらった通路は、本当に基礎工事の段階を思わせるところだった。コンクリート……というか岩壁が剥き出しで、洞窟のような印象を与えてくる。
 その様な状態なので当然の如く明かりも設置されていなかったため、急遽、友恵たちに懐中電灯を用意してもらったのだ。

「まあ、地下の通路など こんなものだろう」

 俺の隣で能美が言う。一緒に付いてきているのは彼だけだ。
 理由は単純。この狭く密閉された空間では銃を使えないからだ。サプレッサーなどの消音・消炎装置が無い以上、暗い閉鎖空間で銃を撃てば、銃声とマズルフラッシュで身動きが取れなくなってしまう。そのため、近接戦闘に長けた能美に同行を願ったのである。

 俺にしても、モールのスポーツショップからバットを持ってきていた。一応、間中達から銃と弾薬を借り受けはしたが、ここで使う機会はないと思っていいだろう。

「よし……それじゃ、行くか」

 自分を鼓舞するように言うと、俺は能美と共に一歩を踏み出した。


 ―――*―――*―――*―――


  ~10分後~

 懐中電灯で足元を照らしながら歩を進める。
  だが、その歩みは意外な声によって止められた。

「うけけけ~、肉肉食べ食べ~」

 最早、今となっては聞き慣れた半熟の声。
 だが、今だけは聞きたくなかったものだった。

「どうするんだ?」
「……倒そう。奴に背を向けるのは得策じゃない」

 重火器の使用が出来ない状態で半熟と対したくはない。
 しかし、気付かれていないという保証もなく、奴に背を向ける危険を冒すわけにもいかない。ならば、倒すしかないのだ。

「分かった……油断するなよ」
「ああ、分かってるさ」

 軽い笑みと口調で返すと、俺は先に立って歩き出した。
 そして、突き当たりに辿り着いた時――

「うけけけけ~?」

 ライトに照らされて半熟が姿を現した。

「……行くぞッ!」

 気合を込めると、俺はバットを握り締めて突っ込んだ。

「これでも食らいなッ!!」

 そう叫びながら、バットをフルスイングする。
 しかし、その一撃は空を切ってしまった。

「右だ、避けろ!!」

 能美の言葉と同時に、右側から放たれる殺気に気付く。
 俺は咄嗟に前転して、半熟の一撃を躱した。

「そのまま伏せてろッ!」

 言うが早いか、能美が一気に踏み込んで渾身の斬撃を放つ。

『―――――――――ッ!!』

 能美の一撃が半熟の腕を斬り落とす。
 痛みがあるのか反射的にか、半熟が声を上げながら仰け反った。

「今だッ……!!」

 一瞬の隙に生まれたチャンス。
 俺は即座に立ち上がると、体勢を崩している半熟の頭に狙いを定めてバットを思い切り振り下ろした。

『―――――――――ッ!!』

 腕に伝わる鈍い感触。
 同時に、半熟が頭を変形させて崩れ落ちた。

「ふう……何とかなったな」
「ああ、危なかったがな」

 能美の言葉に俺は頷いた。やはり、肉弾戦を挑む相手ではないようだ。

「しかし、これだと抜けるのは大変そうだな」
「…………だな」

 能美の言葉に俺は頷いた。
 ゾンビ化から数時間の半熟が居たということは、少し前に此処を通ろうとした人間と、そいつらを変異させたゾンビが居るという事だ。
 つまり、これから先も戦闘は避けられないということなのである。

(それでも行くしかない……)

 改めて覚悟を決めると、俺は能美を伴って歩き出した。


 ―――*―――*―――*―――


  ~1時間後~

「ん?  あれは……」

 幾度かの戦闘を潜り抜けて1時間ほど、能美が何かに気付く。
 俺も反射的に前方へと視線を向けると、そこには上階へと向かうものであろう階段があった。

「これはゴールってやつか?」
「多分……な」

 湧き上がる喜びを意識しながらも、俺たちは気を引き締めながら階段を上っていった。

「おっ、ここは――」
「駅の地下通路……だな」

 急に開けた視界に映ったのは、どこにでもあるような下りと上りのホームを繋ぐ地下通路。壁沿いに多くのポスターが設置されており、色気のない空間を彩っている。
 詰まるところ、ここは目的地である駅ビルの地下という事だ。難関をクリアしたのである。

「よし……それじゃ、必要な物を調達しますか」

  言いながら、俺は駅ビルの中へと走った。
  まず、燃料を入れるポリタンクや、持ち運ぶための台車などが必要だからだ。


 ―――*―――*―――*―――


  ~30分後~

「はあっ、はあっ……あそこか」

 交差点の一角――そこに目当てのガソリンスタンドがあった。
 後は、あそこで燃料を調達して、みんなのところへ戻るだけだ。

 だが、その時――

「よお、そこの兄ちゃん達!」

 いきなり背後から声を掛けられる。
 この世界で身に付いた癖か、俺と能美は同時に銃を構えながら振り向いた。

 銃口の先――そこに居たのは、どことなく軽い感じのする男だった。

 茶色に染められた短髪。
 耳に光るピアス。
 犬系の人懐っこい笑みを浮かべてはいるが、その瞳には ある種の鋭さが見て取れた。

「おいおい、そんな物騒なものを向けないでくれよ。これでも気が小さいんだ。下手したらチビっちまう」

 そんな感じなど微塵も抱かせない態度。
 なので、俺達は銃を降ろしたりはしなかった。

「あらあら、強情なのね」
「……仲間に周りを囲ませてるような奴に心は開けないんでな」

 言いながら、視線だけを動かして辺りを探る。
 すると、俺と能美を取り囲むように立つ武装した連中が視界に映った。

「ただの用心さ。本当に撃つ気はないよ……今の所はね」

 つまり、俺達に反抗の意思があれば、すぐにでも鉛玉をプレゼントするということか。まあ、実際として いきなりの銃撃をしてこないところからも、何かしらの交渉を行おうとしているのは理解できた。

「それで……何の用だ?」
「なに、ちょいと協力して欲しくてね」
「協力だと?」
「ああ。どうせ、アンタ等の目的も燃料だろ? だったら、協力した方が早く終わるじゃんか?」
「別に、アンタ等の手を借りるまでもないさ」
「それは状況を知らないから言えるのさ」
「……どういう意味だ?」
「行けば分かるさ」

 そう言われては、どうしようもない。
 俺は能美に対して頷いてみせると、警戒は解かないまでも連中と共にガソリンスタンドまで歩いた。

「マジかよ……」

 目の前の光景に、そんな呟きが漏れる。
 スタンドに群がるゾンビ。何が目当てなのか知らないが、無視できない数が給油所付近をウロついていた。

「どうやら、奥の休憩所に生存者がいるらしくてね。その人達を狙ってるみたいよ」
「確かに、面倒な状況だな」
「でしょ?  だから、協力して欲しいってわけ」

 そういうことならば、話は理解できる。
 何より面倒なのは、場所がガソリンスタンドであるということだ。そこらの路上であれば撃ちまくって終了だが、火気厳禁のスタンド内では無理な相談だ。つまり、掛かる労力が半端ないのだ。

「さてさて……どうする?」

 問われ、考える。しかし、現状として取れる選択肢は一つだけだった。
 俺は能美に向かって確認するような視線を向けると、彼も納得していたのか迷うことなく頷いてくれた。

「……分かった。ここは協力しよう」
「オッケー。頼むぜ――っと、一応 自己紹介しとくね。俺の名前は《相川 春喜》って言うんだ。よろしくな」
「ああ、俺達は――」

 流れで軽く自己紹介をする。
 まあ、これくらいの時間ならば消費しても問題はないが。

「んじゃ、分担を決めようぜ。と言っても、燃料を取りに行くか、ゾンビを近付けないかのどっちかだけどね」
「燃料を双方から一人ずつ。残りでゾンビの相手をすればいい」

 結構な数のゾンビを相手にしなければならないのだ。燃料を手に入れるだけに何人も人員を割くわけにはいかない。

「了解しました、隊長ッ。ついでに、作戦も考えては頂けませんでしょうかでありますッ!」

 フザけた奴だ……まあ、それが不快でないから構わないが。

「まずはゾンビの誘導。それが成功したら、半数に分けて燃料の入手……で、どうだ?」
「イエッサー!」
「……大丈夫だろうな」

 誰に聞かせるつもりもなさそうな呟き。
 なので、俺も言葉は返さなかった。返す言葉がないという方が正確だが。


 ―――*―――*―――*―――


 そして、15分後――

「あぁああぁぁ…………!!」
「えあぁあぁああ…………!!」

 ガソリンスタンドから誘き寄せたゾンビ達が、路上に溢れ返る。とは言え、ここでも銃器は使えない。まだまだスタンドには近いため、流れ弾が当たりでもしたら俺達も無事ではいられないからだ。

「はっは~、おっかない光景だよねぇ」

 怯えているとも思えない口調。
 しかし、それは現実を直視できていない青臭さの残るものではなかった。逆に、現実を茶化すだけのタフさを感じさせるものだった。

「奴等を殴るのには慣れてる?」
「……銃を手にするまでは、必死に殴り倒してきたからな」

 バイオハザード発生当時の記憶――出来れば思い出したくないほど過酷なものだった。まあ、そのお陰で今の気骨が作られたのだから、全否定するつもりもないが。

「そっちは どうなんだ?」
「右に同じ。必死に戦ってきたさ」
「だったら、問題ねえな」

 そう言うと、俺はバットを握り直した。
 今 考えるべきは、無事に燃料を手に入れることだけなのだ。

「よし、それじゃ――」

 言葉を切ると、一度だけ深呼吸をして気持ちを落ち着ける。

「…………行くぞッ!!」

 気合を入れて地を蹴る。
 そして、目の前に迫ったゾンビにフルスイングの一撃を放った。

『―――――――――ッ!!』

 嫌な音と感触。
 一発で地面に倒れ伏すゾンビ。
 だが――

「ぐがぁぁああ…………!!」

 すぐに新たなゾンビが間を埋める。
 幾度となく直面してきた状況だが、どうにも力が抜けるのを抑えられなかった。

「はっは~! ほらほら、こっちだよッ!」

 春喜のバールがゾンビの眉間を貫く。
 間合いの取り方、倒した直後に距離を取る戦法、確かに戦闘慣れしている様子があった。

 しかし、感じる頼もしさとは対極に、ゾンビが数を減らすことはなかった。春喜以外のメンバーも善戦はしているが、数的不利は如何ともし難かった。

(何か策を練らないとな……)

 このままではジリ貧になる可能性がある。
 そうなる前に、奴等を纏めて片付ける策が必要だ。

(やっぱり肉弾戦が主体じゃ限度があるか……)

 そこそこの数なら相手に出来るが、これは許容量を超えている。
 やはり、ここは銃器に頼るべきだろう。

「おい、春喜ッ!」
「はいは~い。呼んだかい、隊長?」
「誰が隊長だ……」
「ええ~、だってさ そんな感じじゃん?」

 勘弁してほしい。隊長だとかリーダーだとか、そんな肩書きは もう要らない。

「いや……そんなことは どうでもいいんだ。ちょっと作戦を変えたいんだよ」
「ふ~ん、どんな感じのに?」

 目の前に迫っていたゾンビを殴り倒しながら、春喜が問いかけてくる。

「奴等を別の場所まで誘き寄せて、銃で一気に肩を付ける」
「うわぁ……ストロング・スタイル」
「このままチマチマとやってるより確実だ」
「……んま、そうだね」
「それは了承したと取っていいのか?」
「もち。隊長の命令には絶対でありますッ」

 相変わらずフザけた奴だ。まあ、反論がないのは助かるが。

「よし……じゃあ、俺とお前で行くぞ」
「オッケー。これでもチャカの扱いは得意なんだ」
「チャカって……筋者か、お前は」

 そんなツッコミを入れながら、俺は準備を始めた。


 ―――*―――*―――*―――


  ~10分後~


 派手な音を立てながら後退し、近付かれたら倒すということを繰り返すこと10分ほど――何とかスタンドから離れた場所まで連れてくることが出来た。

「ううん……そろそろかな?」
「ああ、ほとんど連れてくることが出来たからな」

 残りの連中は他の仲間達が片付けてくれるだろう。
 俺は春喜に視線を送ると、後ろ腰から銃を抜き取った。

「命中率の低かったほうが、高かったほうの命令に従うってのは どう?」
「何をバカな…………」
「それぐらいの緊張感がないと楽しくないじゃん?」

 群れるゾンビを目の前にする――これだけでも中々の緊張感だと思うが。

「……まあ、それで上手く行くなら構わないさ」
「へっへ~……よぉし、燃えてきたぞ!」

 隣で本当に楽しそうな笑みを浮かべる春喜を見てから、俺は苦笑を浮かべて照準を合わせた。

『―――――――――ッ!!』

 今までの鬱憤を晴らすかのように、俺達は銃弾をバラ撒く。
 そして、硝煙の匂いが辺りを覆い尽くす頃――ゾンビの姿は視界から消えていた。

「ああ……撃ち切っちゃったよ」
「つまり、俺の勝ちだな」

 使用した弾薬から考えて、俺のほうが命中率は良かったことが分かる。トニーにみっちりと稽古を付けてもらったのだ。どれだけ自信があろうとも、華菜ほどの才能がない相手ならば負ける気はしない。

「ちぇ……仕方ねーかぁ。それで、どんな命令?」
「……まだいい。ここぞって時に使わせてもらうさ」
「うわ、メッチャ怖いんですけど」

 そんなことを言う春喜に不敵な笑みを向けると、俺はマガジンを交換してから銃を後ろ腰に戻して歩き出した。


 ―――*―――*―――*―――


  ~20分後~


「終わったのか?」

 俺の姿を視界に収めた能美が、刀を鞘に仕舞いながら問い掛けてくる。

「ああ、付いてきた連中は片付けたぜ」
「そうか。こちらも残党は片付けた。燃料も手に入れてある」
「OK……お疲れさん」

 多少の笑みと共に言うと、能美は素直に頷いた。
 そんな彼の隣に並ぶと、俺はスタンドのほうへと目を向ける。

「後は、あの中の生存者だけだねぇ」
「ああ、そうだな……」

 頷きつつ、俺達は揃って休憩所の中へと入った。
 だが、そこに生存者はいなかった。
 恐らくはゾンビに噛まれたのであろう傷口を押さえながら、二人の男が絶命していた。

「仕方ない……な」
「ああ……仕方ない」

 俺たちは頷き合うと、倒れ伏していた二人が《起き上がる》前に対処策を施した。後味の悪さを感じながらも休憩所を出ると、無言のままにガソリンを入手する。

「さて……これで目的は達成できたな」

 十二分とまではいかないが、次の補給場所を見つけるのには過不足ない燃料は手に入れた。後はモールまで戻れば任務完了だ。

「ところで、お前たちは どうするんだ?」

 燃料タンクを手にしながら春喜に問う。

「うん? 俺達も拠点に戻るよ。燃料待ちの人たちがいるからね」
「そうか……世話になったな」
「どういたしまして……って言うか、まだ互いに世話をし合いたいなとか思ってるんだけど」
「…………? どういう意味だ?」
「俺達の拠点に来て欲しいってこと。有能な人材は幾らでも欲しいからね」
「随分と いきなりな話だな」
「そうでもないさ。俺達は いつでもウェルカムだからね」
「そんなに切羽詰まってんのか?」
「違う違う。本当に ただ有用な人材が欲しいだけさ。ウチのリーダーが掲げる理念のためにね」
「理念……?」
「そう、社会性の復元――そのための自給自足ってね」
「大層な事だな」
「ハハハ……言葉だけ聞くとね。実のところは、自分たちだけで生きていけるようになろうってだけさ」
「ふうん?」
「簡単に説明するとさ、このまま既存の食料に頼っていても、いつかは底を突くじゃない? だから、そうなる前に自給自足が出来るまでになろうって頑張ってるのさ」
「……………………」
「もちろん、食料だけじゃなくて武力も伴ってなくちゃならない。そのためにも、仲間になれそうな人達には声を掛けてるんだよ」

 そこで、俺たちに目をつけたという事か。
 まあ、悪い気分ではないが、かと言って諸手を挙げて賛同できるわけでもないというのが事実だ。

「一応、地図を渡しておくからさ。気が向いたら寄ってよ。百聞は一見に如かずってやつ? 見てもらったほうが早いからさ」
「……気が向いたらな」

 言いながらも、俺は しっかりと胸ポケットに地図を仕舞い込んだ。無意識のうちに、彼の話に何かを見出しているのかもしれない。

「じゃあ、俺等は行くよ。気を付けて帰りなよ」
「お前達こそな。それと、約束を忘れんなよ」
「ありゃりゃ、誤魔化そうと思ってたのに」

 戯けたように肩を竦める春喜。そんな彼に苦笑を向けると、俺は《じゃあな》と声を掛けてから踵を返した。


 ―――*―――*―――*―――


 ~数時間後・ショッピングモール~


「そうですか……そんな人達がね」

 今日の出来事を伝えると、間中は興味深そうに頷いた。人の良い彼からすると、春喜達の掲げていた理念とやらは好ましく思えるのかもしれない。

「それで、どうするつもりですか?」
「……何のことです?」
「これからの道行ですよ。その人達の所へ行くのか、独自の道を歩むのか――貴方の考えを教えてください」
「聞く必要はないでしょう。グループのリーダーは貴方なんだから」

 冷めたような、突き放すような口調で言い放つ。

 正直、誰かの前に立って何かを決めるのには疲れていた。どれほどの裁量が与えられようと、その先にある重責を思うと人を率いる肩書きが欲しいとは思えなかった。

「いけませんねぇ。貴方のような若者が、そんな冷めたことでは」
「えっ……?」
「このような世界になったことで、今まで以上に若い力が必要なんです。特に、人々を導ける若者がね」
「……………………」
「新しい世界には、新しい指導者が必要です。私達のような、固定概念に縛られた老兵では務まりません。生き残ることさえ難しいなら尚更です」
「間中さん……」
「その点、貴方なら申し分ありません。決断力も行動力もあり、他者に対する思いやりもある――リーダーの資質を十分に満たしています」
「……過大評価ですよ」

 苦笑を浮かべながら呟く。
 彼の言う通りの男ならば、ここで こうしているはずはない。

「そんなことはありませんよ。少なくとも、私は そう思っています」
「……………………」
「まあ、身の振り方を口出しする気はありませんからね。あまり悩まず、貴方は貴方の思う通りに行動してください」

 そう言うと、間中は俺の肩を一つ叩いて立ち去った。
 そんな彼の足音を聞きながら、俺は床に視線を落とす。しかし、そこに答えがあるはずもなく、俺は ゆっくりと目を閉じた――
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