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外伝
狙撃の極意03
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~~~それから1週間後~~~
「うん…………大分 安定してきたね」
包帯を巻き直しながら間中が呟く。
まだまだ完治とはいかないが、落ち着いてきたのは糸目も感じていた。
「すみません……世話になりっぱなしで」
「気にしないでください。こういう時こそ、助け合いが必要なんですから」
本当に人の良い御仁だ。
この世界になってからは、かなり珍しい人種だろう。
「……っと、これで良し。お疲れ様でした」
最後に包帯をキッチリと留め、間中が言う。
それを受けて、糸目も一息ついた。
だが、その時――
「間中さん、大変だ!! 外に出ようとした奴等がゾンビまで中に入れちまった!!」
「何ですって!?」
「ここに居るのは嫌だって言って飛び出しちまったんです! その時にバリケードを退かしたから……」
どこにでもある問題だ。
安定を手にした人間は、とかく理想郷を外部に夢見てしまう。囲いの中に居るからこそ、その安全が保たれているというのに。
「現状は どうなっているんですか!?」
「敏文くん達が戦ってます! でも、数が多くて……」
そうとなれば ゆっくりしている場合ではない。糸目は愛用の狙撃銃を手にすると、迷うことなく立ち上がった。
「俺も行ってきます。間中さんは女性と子供を安全な場所に」
そう言うと、糸目は間中の言葉も待たずに走り出した。
『―――――――――ッ!!』
響き渡る銃声。
それだけで、激しい戦闘であることが理解できた。
「先生ッ……!!」
同じく現場に駆けつけた友恵が、糸目の姿を見つけて走り寄る。
「おう、友恵。今日は実戦練習だ。とりあえず、お前はフリーの奴から狙っていけ。混みあった場所にいるのは俺が片付ける」
「うん、分かった……」
素直に返事する友恵に頷き返すと、糸目は愛用の狙撃銃を構えた。
―――*―――*―――*―――
『―――――――――ッ!!』
一体ずつ、確実に屠っていく糸目。
しかし、思っていた以上に入り込んでいたのか、一向に数が減らなかった。
「……ったく、出掛ける時は戸締りしてけよ」
今はいない、出ていったという連中に向けてボヤく。
「敏文くん!!!」
そこへ、男の声が響き渡る。
知った名前だっただけに、糸目は反射的にスコープを向けていた。
「クッ……離せ!!」
背後からゾンビに掴み掛かられる敏文。
それは、まるで初日の友恵と重なるようだった。
「兄さんッ……!!」
友恵が焦りの声を上げる。
しかし、糸目は これがチャンスだと思った。
「友恵……お前がやるんだ」
「えっ……そ、そんなの……」
「ここでやらなきゃ、いつまで経っても子供のままだぞ?」
少し酷かとも思ったが、強引に背中を押す。
そんな糸目の気持ちが伝わったのか、友恵は表情を新たに顔を上げると、ポケットから例のキーホルダーを取り出した。
「兄さんは……私が……」
誰に言うともなしに呟くと、友恵は覚悟を決めた。
迷いのない動きで銃を構えると、スコープを覗いて狙いを定める。
「……………………」
その瞬間、糸目は確かに見た。
瞬きにも満たない刹那の間、友恵が微笑んだのを。
絶対に成功する――その確信を持って、糸目もスコープを覗き込んだ。
高まっていく集中力。
それと同時に、周囲から全ての音と 標的と自分以外の存在が消えていく。恐らく、友恵も同じ感覚を抱いていはずだ。
そして、やがて機は熟す――
『―――――――――ッ!!』
友恵が放った1発の銃弾は、見事にゾンビの頭を撃ち抜いた。瞬間、驚きからか場が沈黙に支配される。
「……おら、何を止まってんだよ! 俺と友恵が背中を守ってやるから、目の前の敵に集中しな!!」
大声で喝を入れながら、迫り来ていた一体を撃ち倒す。それで我に帰ったのか、全員が戦闘に戻った。
だが、その瞬間、敏文が笑顔で友恵を振り返った。
それは、兄が妹を認めた瞬間だった――
―――*―――*―――*―――
~~~騒動から3日後~~~
「本当に お世話になりました」
言いながら頭を下げる。
左目の状態も落ち着いているので、糸目は基地へと戻ることにしたのだ。
「でも、本当によろしいんですか? ウチの基地なら此処よりは安全だと思いますけど」
「ありがとうございます。でも、まだ落ち着きを得ていないメンバーもいます。彼等が立ち上がる勇気を得るまで待ってあげたいのです」
「そうですか……分かりました。自分も、その日が早く来ることを願っています」
「ハハハッ……まずは、無事に帰れることを願わないと」
確かに、その通りだ。
糸目は苦笑を浮かべながら頭を掻いた。
と、そこへ――
「先生、ちょっと待ってッ……!」
友恵が焦りながら駆け寄ってくる。
息が切れているところを見ると、走り回ったようだ。
「おう、友恵。どうかしたのか?」
「これを渡したくて……」
言いながら、友恵が何かを差し出してくる。
反射的に受け取りながらも視線を落とすと、それは友恵の持っているものに似ている犬のキーホルダーだった。ブルテリアと呼ばれる犬種だ。ご丁寧に、糸目が失った左目に黒い模様が入っている。
「ハハハッ、サンキュー。気に入ったよ」
言いながら、銃のストラップに取り付ける。
新たな相棒の誕生だ。
「先生……元気でね……」
「ああ、友恵もな。皆のこと、ちゃんと守ってやるんだぞ」
「うん、大丈夫。任せて」
珍しく笑みを浮かべながら言い切る友恵。
そんな彼女の姿に何も心配はいらないと確信して、糸目は顔を上げた。
「それでは、皆さん! 本当に お世話になりました!」
そう言って頭を下げると、一気に踵を返す。これ以上の長居は腰が重くなりそうだったからだ。
「……先生ッ!!」
だが、友恵の呼び掛けが足を止める。
その響きに哀切を感じた糸目は、彼女のほうへと振り向いた。
「また……会えるよね?」
本来なら答えるに容易い問い。
しかし、今では最も難しい返答だった。
だが、それでも――
「……ああ、もちろんさ。当たり前だろ?」
ハッキリと言い切ってやる。
形も保証もない口約束だが、彼女の笑顔を得られるなら幾らでも与えたかった。
「だから、それまでに腕を磨いておけよ? 次は競争だからな!」
そう言うと、今度こそ踵を返して歩き出した。
まだ、糸目は立ち止まることをする時ではないからだ。
それでも、いつかは共に歩める日を。
糸目は、心の中で そう呟いていた――
―――*―――*―――*―――
~~~それから暫くの後~~~
「うむ……もう毒素は霧散したようだね」
満足気に白衣を揺らしながら片瀬は呟いた。
昨日から周辺を警戒している井川の部下にも変調は見られない。すでに、この辺りは安全だと決定していいだろう。
「……あんな事をしておいて、それだけなの?」
内に宿る憤怒の感情を何とか抑えながら小百合は問い掛けた。
人間をホストとする変異体ウィルスによる襲撃――そんな事は小百合に許容できるものではなかった。
「そう言われてもね……私はウィルスの存在を提示しただけだよ」
都合のいい弁解だ。
だが、そこを追求したところで意味はない。小百合とて、知らなかったとは言え止められなかったのだから。
「さて……私は情報収集に行く。その間の警護は任せたよ」
それだけを言うと、片瀬は本部の方へと消えていった。
しばらく、その後ろ姿を睨んでいた小百合だったが、意味の無いことだと悟り周辺の哨戒を始めた。
『……………………ッ』
と、その時、爪先に何かが当たり軽い金属音を鳴らす。疑問に思って目を向けてみると、何かのキーホルダーが落ちていた。
それは、犬を象ったキーホルダーだった。
ブルテリアという犬種で、可愛らしい顔立ちをしている。左目を覆うような黒ぶちの模様が印象的だ。
「君の御主人様は どうしたの?」
答えはないと分かっていながら問い掛ける。それでも、犬は何処か寂しげに、でも誇らしげにしているような印象を受けた。
「そうだ、君は今日から此処の番犬ね」
そう言うと、小百合は近くに落ちていた狙撃銃を拾い上げる。ここで起こった爆発によりボロボロだったためか、誰も手にしなかったようだ。
「これで……よしっ!」
近くの木箱に狙撃銃とキーホルダーを置く。その様は、何故か一分の違和感もなかった。
「ちゃんと守ってよね」
任せてくれ。
そう言うかのように、キーホルダーが陽光を受けて輝いたーー。
「うん…………大分 安定してきたね」
包帯を巻き直しながら間中が呟く。
まだまだ完治とはいかないが、落ち着いてきたのは糸目も感じていた。
「すみません……世話になりっぱなしで」
「気にしないでください。こういう時こそ、助け合いが必要なんですから」
本当に人の良い御仁だ。
この世界になってからは、かなり珍しい人種だろう。
「……っと、これで良し。お疲れ様でした」
最後に包帯をキッチリと留め、間中が言う。
それを受けて、糸目も一息ついた。
だが、その時――
「間中さん、大変だ!! 外に出ようとした奴等がゾンビまで中に入れちまった!!」
「何ですって!?」
「ここに居るのは嫌だって言って飛び出しちまったんです! その時にバリケードを退かしたから……」
どこにでもある問題だ。
安定を手にした人間は、とかく理想郷を外部に夢見てしまう。囲いの中に居るからこそ、その安全が保たれているというのに。
「現状は どうなっているんですか!?」
「敏文くん達が戦ってます! でも、数が多くて……」
そうとなれば ゆっくりしている場合ではない。糸目は愛用の狙撃銃を手にすると、迷うことなく立ち上がった。
「俺も行ってきます。間中さんは女性と子供を安全な場所に」
そう言うと、糸目は間中の言葉も待たずに走り出した。
『―――――――――ッ!!』
響き渡る銃声。
それだけで、激しい戦闘であることが理解できた。
「先生ッ……!!」
同じく現場に駆けつけた友恵が、糸目の姿を見つけて走り寄る。
「おう、友恵。今日は実戦練習だ。とりあえず、お前はフリーの奴から狙っていけ。混みあった場所にいるのは俺が片付ける」
「うん、分かった……」
素直に返事する友恵に頷き返すと、糸目は愛用の狙撃銃を構えた。
―――*―――*―――*―――
『―――――――――ッ!!』
一体ずつ、確実に屠っていく糸目。
しかし、思っていた以上に入り込んでいたのか、一向に数が減らなかった。
「……ったく、出掛ける時は戸締りしてけよ」
今はいない、出ていったという連中に向けてボヤく。
「敏文くん!!!」
そこへ、男の声が響き渡る。
知った名前だっただけに、糸目は反射的にスコープを向けていた。
「クッ……離せ!!」
背後からゾンビに掴み掛かられる敏文。
それは、まるで初日の友恵と重なるようだった。
「兄さんッ……!!」
友恵が焦りの声を上げる。
しかし、糸目は これがチャンスだと思った。
「友恵……お前がやるんだ」
「えっ……そ、そんなの……」
「ここでやらなきゃ、いつまで経っても子供のままだぞ?」
少し酷かとも思ったが、強引に背中を押す。
そんな糸目の気持ちが伝わったのか、友恵は表情を新たに顔を上げると、ポケットから例のキーホルダーを取り出した。
「兄さんは……私が……」
誰に言うともなしに呟くと、友恵は覚悟を決めた。
迷いのない動きで銃を構えると、スコープを覗いて狙いを定める。
「……………………」
その瞬間、糸目は確かに見た。
瞬きにも満たない刹那の間、友恵が微笑んだのを。
絶対に成功する――その確信を持って、糸目もスコープを覗き込んだ。
高まっていく集中力。
それと同時に、周囲から全ての音と 標的と自分以外の存在が消えていく。恐らく、友恵も同じ感覚を抱いていはずだ。
そして、やがて機は熟す――
『―――――――――ッ!!』
友恵が放った1発の銃弾は、見事にゾンビの頭を撃ち抜いた。瞬間、驚きからか場が沈黙に支配される。
「……おら、何を止まってんだよ! 俺と友恵が背中を守ってやるから、目の前の敵に集中しな!!」
大声で喝を入れながら、迫り来ていた一体を撃ち倒す。それで我に帰ったのか、全員が戦闘に戻った。
だが、その瞬間、敏文が笑顔で友恵を振り返った。
それは、兄が妹を認めた瞬間だった――
―――*―――*―――*―――
~~~騒動から3日後~~~
「本当に お世話になりました」
言いながら頭を下げる。
左目の状態も落ち着いているので、糸目は基地へと戻ることにしたのだ。
「でも、本当によろしいんですか? ウチの基地なら此処よりは安全だと思いますけど」
「ありがとうございます。でも、まだ落ち着きを得ていないメンバーもいます。彼等が立ち上がる勇気を得るまで待ってあげたいのです」
「そうですか……分かりました。自分も、その日が早く来ることを願っています」
「ハハハッ……まずは、無事に帰れることを願わないと」
確かに、その通りだ。
糸目は苦笑を浮かべながら頭を掻いた。
と、そこへ――
「先生、ちょっと待ってッ……!」
友恵が焦りながら駆け寄ってくる。
息が切れているところを見ると、走り回ったようだ。
「おう、友恵。どうかしたのか?」
「これを渡したくて……」
言いながら、友恵が何かを差し出してくる。
反射的に受け取りながらも視線を落とすと、それは友恵の持っているものに似ている犬のキーホルダーだった。ブルテリアと呼ばれる犬種だ。ご丁寧に、糸目が失った左目に黒い模様が入っている。
「ハハハッ、サンキュー。気に入ったよ」
言いながら、銃のストラップに取り付ける。
新たな相棒の誕生だ。
「先生……元気でね……」
「ああ、友恵もな。皆のこと、ちゃんと守ってやるんだぞ」
「うん、大丈夫。任せて」
珍しく笑みを浮かべながら言い切る友恵。
そんな彼女の姿に何も心配はいらないと確信して、糸目は顔を上げた。
「それでは、皆さん! 本当に お世話になりました!」
そう言って頭を下げると、一気に踵を返す。これ以上の長居は腰が重くなりそうだったからだ。
「……先生ッ!!」
だが、友恵の呼び掛けが足を止める。
その響きに哀切を感じた糸目は、彼女のほうへと振り向いた。
「また……会えるよね?」
本来なら答えるに容易い問い。
しかし、今では最も難しい返答だった。
だが、それでも――
「……ああ、もちろんさ。当たり前だろ?」
ハッキリと言い切ってやる。
形も保証もない口約束だが、彼女の笑顔を得られるなら幾らでも与えたかった。
「だから、それまでに腕を磨いておけよ? 次は競争だからな!」
そう言うと、今度こそ踵を返して歩き出した。
まだ、糸目は立ち止まることをする時ではないからだ。
それでも、いつかは共に歩める日を。
糸目は、心の中で そう呟いていた――
―――*―――*―――*―――
~~~それから暫くの後~~~
「うむ……もう毒素は霧散したようだね」
満足気に白衣を揺らしながら片瀬は呟いた。
昨日から周辺を警戒している井川の部下にも変調は見られない。すでに、この辺りは安全だと決定していいだろう。
「……あんな事をしておいて、それだけなの?」
内に宿る憤怒の感情を何とか抑えながら小百合は問い掛けた。
人間をホストとする変異体ウィルスによる襲撃――そんな事は小百合に許容できるものではなかった。
「そう言われてもね……私はウィルスの存在を提示しただけだよ」
都合のいい弁解だ。
だが、そこを追求したところで意味はない。小百合とて、知らなかったとは言え止められなかったのだから。
「さて……私は情報収集に行く。その間の警護は任せたよ」
それだけを言うと、片瀬は本部の方へと消えていった。
しばらく、その後ろ姿を睨んでいた小百合だったが、意味の無いことだと悟り周辺の哨戒を始めた。
『……………………ッ』
と、その時、爪先に何かが当たり軽い金属音を鳴らす。疑問に思って目を向けてみると、何かのキーホルダーが落ちていた。
それは、犬を象ったキーホルダーだった。
ブルテリアという犬種で、可愛らしい顔立ちをしている。左目を覆うような黒ぶちの模様が印象的だ。
「君の御主人様は どうしたの?」
答えはないと分かっていながら問い掛ける。それでも、犬は何処か寂しげに、でも誇らしげにしているような印象を受けた。
「そうだ、君は今日から此処の番犬ね」
そう言うと、小百合は近くに落ちていた狙撃銃を拾い上げる。ここで起こった爆発によりボロボロだったためか、誰も手にしなかったようだ。
「これで……よしっ!」
近くの木箱に狙撃銃とキーホルダーを置く。その様は、何故か一分の違和感もなかった。
「ちゃんと守ってよね」
任せてくれ。
そう言うかのように、キーホルダーが陽光を受けて輝いたーー。
応援ありがとうございます!
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ゾンビ系の小説を作ろうと思ったので参考にさせていただきます(´・ω・`)
よかったら私の小説もよろしく!
コメント ありがとうございます!
拙作ではありますが、参考にしたいと思って下さったなら嬉しい限りです(´∇`)
作品制作、お互いに頑張りましょう!