タイムリミット ~ゾンビになるまで~

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最終日

結末B

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「…………大好きだよ」

  最後の一言として呟かれる甘い囁き。
  その言葉に、一瞬だけ手が震える。
  だが、迷うことは出来ない。
  今はただ、一瞬での安息を―――

  だが、その瞬間、どこかからヘリコプターのプロペラ音が聞こえてきた。
  一瞬、希望に縋り付く自分の心が聞かせた幻聴かと思ったが、
  どうやら本当に聞こえているらしい。

「どこから…………」

  明菜にも聞こえたのか、驚きの表情で辺りを見回している。
  すると、そんな俺たちの気持ちに応えたのか、立ち上る黒煙の向こうから一機のヘリコプターが現れた。

「今から縄梯子を降ろす!  それを使って上がってこい!」

  拡声器を使っての指示が俺たちの鼓膜を震わせる。
  それは、失われた希望を繋ぎ止めるほどの力強さがあった。

  だが、ヘリコプターが立てる轟音は余りにゾンビの注目を集め過ぎた。
  周りを見渡すだけでも、とんでもない数のゾンビが俺たちに注視していることが分かった。

  事実、俺たちを取り囲むゾンビの輪は急速に狭まりつつあった。
  このままでは数分もしないうちに襲われるだろう。

「さあ、これを使え!!」

  そこへ、ホバリングしたヘリコプターから縄梯子が降ろされる。
  それを見た明菜が問い掛けるような視線を向けてきたが、俺は敢えて無視をすると迫り来ていたゾンビの頭を撃ち抜いた。

  先に行け―――そう言外に伝えたのを理解したのか、明菜は急いで梯子を登り始めた。

「もう大丈夫よ!  早く来て!!」

  ある程度まで登ったところで明菜が声を張り上げる。
  だが、俺は振り返ることはしなかった。

「何してるの!?  早く!!」
「ダメだ!!  俺に構わず行け!!」

  今 俺が背を向ければゾンビの進軍を止められなくなる。
  そうなれば、ゾンビが梯子に群がって離脱は不可能。
  つまり、初めから助けられるのは一人しかいなかったのだ。

  だが、それでいい。
  元から俺には時間など残されていない。
  変わらぬ結末を辿るなら、せめて明菜は救いたかった。

「馬鹿なこと言わないで!!  早く来て!!」

  明菜が必死で手を伸ばす。
  しかし、俺は構うことなく目の前のゾンビと対峙し続けた。

「もうダメだ!  離脱する!!」

  その言葉と共に、ヘリコプターが高度を上げる。
  同時に明菜の気配も遠ざかっていった。

  だが、それは俺に孤独を与えるものではなかった。
  事実、俺の顔に浮かぶのは笑み。
  彼女を守り切ったという充足の表情だった。

「ははっ……俺の勝ちだな」

  迫り来るゾンビに言い放つ。

  この先に何が起こるのかなど誰にも分からない。
  だが、俺は自らの命が果てる瞬間まで彼女を守り抜いた。

  ならば、俺の人生には意味が出来たということになる。
  それは紛うことなく―――俺の勝ちを示しているのだ。

「さあ、最後の瞬間まで楽しく遊ぼうぜ!!」

  もう思い残すことはない。
  だったら、後は派手に散り行くだけ。
  人間としての最後を彩るだけだ―――


  ……………………
  ………………
  …………
  ……


  
         ~~~1年後~~~



「……今日も良い天気ね」

  抜けるような青空を見上げながら、そっと明菜は呟いた。
  降り注ぐ陽光は暖かく、彼女の心までも包んでくれるようだった。

「お休みのところ失礼します!  準備が整いましたので、お知らせに参りました!」

  ガタイの良い軍服姿の青年が、直立不動で明菜に報告する。
  その瞳には絶対的な信頼感が宿っており、それだけで彼が明菜を慕っているのが分かる。

「分かったわ。すぐに行くからメンバーを集めておいて」
「了解しました!」

  ビシッと敬礼をすると、明菜の命令を遂行するため走る。
  その後ろ姿を微笑みで見送ると、明菜もユッタリとした足取りで歩き出した。

  あれから―――あの〝理想郷〟から明菜だけが飛び立って一年。
  筆舌に尽くしがたい様々なことがあったが、明菜は自らの生を繋いでいた。

  結果、今では自分を救ってくれた自衛隊員が結成した組織の部隊長を務めている。多くの人間が彼女の行動力と決断力を評価したからだ。

  実際、彼女が守り抜いた命も、救い出した命も相当な数になる。
  今では組織にとって切り離すことの出来ない重要な存在となっているのだ。

  それでも、彼女に驕ったところは一切ない。
  変わらず己の命を危険に晒しても多くの命を救おうと努力を重ねているのだ。

  その理由を聞いても彼女は答えない。
  曖昧な苦笑を浮かべて誤魔化すだけだ。

  だから、自然と誰も聞かなくなった。
  そのようなことが気にならないぐらい、多くの人間が彼女を信頼しているからだ。

  現に、こうして歩いているだけでも、あちらこちらから声が掛けられる。
  その口調には例外なく親しみが込められていた。それだけ明菜は慕われているのだ。

  だからだろうか、明菜のワガママは他の者に比べるとスムーズに認められる傾向にある。特別な申請など必要としないぐらいに。

  事実、彼女が組織の拠点となっている街に移り住んだ際、防衛網の外れに居を構えることにも誰一人として異を唱えなかった。何か意味があるのだろうと、誰も問わずに許可したのだ。

  はっきり言って不便な場所だ。
  集合にも伝達にも時間が掛かり過ぎるのである。
  それでも、そんな家を彼女は気に入っているらしく転居の素振りを見せたことはなかった。

  今も、その【不便な家】に明菜は向かっていた。
  心なしか足取りは軽く、スキップに近いものがある。

  そのまま玄関に到着すると、鼻歌交じりに中へと入る。
  そして、地下へと続くドアの前に立つと、やたらと厳重に施錠されたドアを開けて階段を降りていく。

  どことなくヒンヤリとした空気を纏っている地下室。
  そんな空気と反比例するように明菜の表情は明るくなっていく。

  そして、弾むような足取りで一番奥にある部屋へと入る。
  すると、部屋に居た【誰か】がピクリと動いた。

「ゴメンね、待たせちゃって。思ったより打ち合わせが長引いちゃって」

  まるで恋人に言い訳するような口調。
  事実、そのつもりで明菜は喋り掛けていた。

「…………………………………………」

  だが、相手は何の反応も返さない。
  ただ部屋の奥で身動ぎするだけだ。

「もしかして……怒ってる?」

  近寄り、不安を覗かせながらも甘えるような視線で相手を見上げる。
  すると、部屋の【主】が緩慢な動きで明菜へと手を伸ばした。

「ありがとう……許してくれるんだね」

  言いながら、伸ばされた手を取り自分の頬と重ねる。
  ガサガサとした感触が柔らかな頬を傷付けるように擦るが、明菜は気にもせず甘え続ける。

「あっ……ゴメンね、暗いままで!」

  部屋の電気を着けもせず駆け寄っていた自分を恥じるように、明菜が戯けて舌を出す。そんな茶目っ気タップリの仕草にも、相手は無反応を貫いていた。

  だが、薄暗く抑えられた明かりが灯った瞬間、その理由が判明した。
  とは言え、見知らぬ人間には―――いや、明菜以外には判別不可能だろう。

  
   そこに居るのが―――ゾンビと化した【彼】だとは。


「ふぐううぅぅ……んんん……」

  厚い布で口元を覆われ、くぐもった呻き声を上げる彼。
  目の前にいるのが明菜だと理解しているのか、それとも食べる人間として見ているのか、掴み掛かろうと手を伸ばす。

「んもう……分かったってば」

  照れ臭そうに言いながら、明菜が彼の身体を抱き締める。
  そして、本当に幸せそうな表情で彼の胸へと頬を埋めた。

「ふぐうううううッ……!」

  それを好機と彼が明菜に手を掛ける。
  だが、手先の方にも厚手の布がグルグル巻きにされており、決して危害を加えることが出来ないようになっていた。

「はあ……ずっと、こうしていられればいいのに……」

  そう言いながら、深呼吸するように彼の匂いを肺一杯に吸い込む。
  それは普通の人間からしたら腐臭に他ならないのだが、明菜は心から安堵したように微笑んだ。

「でも、あと少しで終わるから……こんな生活を送らなくて済むようになるから」

  彼にも自分にも言い聞かせるように呟くと、明菜は彼から離れて壁に近付く。
  そして、足元に置かれていたラッカースプレーで大きく【正】の文字を書いた。

「これで……残り10人……」

  今度は自分にだけ聞こえるように呟く。
  その口調には、待ち焦がれるような焦燥感だけが含まれていた。

「約束したよね?  100人を救ったら、ずっと側にいてくれるって……」

  問い掛けるが、彼は答えない。
  当然だ。それは明菜が一方的に突き付けた約束なのだから。

  彼が救ってくれた命を無駄には出来ない。
  でも、彼がいない世界に意味を見出せない。

  だから、明菜は彼と約束を交わしたのだ。
  100人を救い自分の命に意味を持たせたら、彼と同じ世界に生きることを許してもらうと。

  その契約を果たすまでの残り人数が、あと10人なのだ。
  そして、今回の作戦を成功させれば、その数値に届くのは確実なのである。

「今回の任務を成功させて戻ったら、あなたを解放する……」

  解放―――例え心から愛した相手であっても、ゾンビを目の前で解き放てば待っている結末は一つだけである。

「その時は、浮気しないで私だけを見てね……」

  そう言うと、明菜は彼の頬にキスをした。
  すでに体温を失って久しいはずの彼の肌なのに、触れた唇に温もりを感じた気がした。

「じゃあ、行ってくるね!」

  務めて明るく告げると、明菜は踵を返した。
  そして、そのまま振り返ることなく部屋を出て行く。

  だから、見ることが出来なかった。
  ドアが閉まる瞬間、彼の瞳から零れた一粒の涙を―――
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みんなの感想(1件)

バレパンマン

すごく面白い
鳥肌立ちました

2019.03.09 7 HIRO 7

読んで下さいまして、ありがとうございます! 久しぶりに創作スイッチをONにして書いた作品なので、面白いと言って頂けるのは とても嬉しいです!

解除

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