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10 付与術師とダイキとユウキ
しおりを挟む〈マズイマズイマズイ〉
今晩の寝場所に決めた乗り捨てられた市バスの荒れた車内でししゃも・エンデバーは自分が元の名前を忘れている事に気付いた。異変以来、新しい事が出来るようになる度に代償として何かを忘れてしまう事には気付いていた。自分の名前は忘れたくない、と名前をメモしたのに、そのメモを何処にしまったかすら思い出せないのだ。
調子に乗ってダーク・シーの技術や技法を試しすぎた。
ダーク・シーで出来る技能を一つ現実で使えるようになる度に現実の記憶を一つ失う。そういうルールなのだ。もはや俺はししゃも・エンデバーとしか自分を認識出来ていない。名前をししゃも・エンデバーにするか、ししゃも・ディスカバリーにするか悩んでた、なんてどうでもいい事は覚えているのに本当の名前が思い出せない。
ししゃも・エンデバー!一生ししゃも・エンデバーなのか??
世界には怪物が溢れ、生き残るにはダーク・シーのキャラクターの力を使うしかない。普通の人間のままでは避難所までも独力で辿り着けないだろう。ここに来るまでにも数え切れない程の死体を見てきた。だから記憶を失う事に気付いていながらもギリギリの線でダーク・シーの力を得てきたつもりだったのに。
ししゃも・エンデバー、種族・絡繰人型、職業・付与術師レベル63。
彼は生身の肉体を持っていなかった。頭部は古いラジオの様な真四角の機械。二つのレンズが静かに前を見つめ、無数のケーブルが首から金属製の骨格だけの身体へと繋がっている。深い緑色の一枚のマントが、剥き出しの機械栓を風から守るようにその身を覆い、身体には華美な装飾も、屈強な装甲もない。その姿は、世界の終わりに取り残された、一体のSF映画のフィギュアのように見えた。
彼の職業、付与術師は直接的な戦闘力は低いが強力な付与術で敵への状態異常等、味方への戦闘補助を得意とする。
でも、味方って一体どこに?
安全な避難所が設置されているという情報が断続的に入るラジオや時々繋がるネットから得られてはいるが、そこまで辿り着けるのかししゃもには不安があった。ダーク・シーにおけるレベル63は本の出演者としては最上位層だが、単独では倒せない強い怪物や魔物がいくらでも居る。今は問題なく倒せる怪物にしか遭遇していないが、これから先もそうだとは限らない。こんな事ならもっと単騎で火力のある職業を選んでおけば良かった。サブキャラだったら単独でも戦える強さがあったのに。
ししゃも・エンデバーがイラつく度に背中の冷却ファンが《フィイイン》と回転する。
クソッ、何だこのギミック!バカみたいじゃねーか。
バスの窓に貼り付けて置いた術符が《キキキキキキ》と警告音を発した。このバスに近付く者があることを知らせている。
ししゃもは咄嗟にバスの床に身を伏せ、息を潜める…積りになった。
変異が起こりダーク・シーのキャラクターになって以来、彼は絡繰人型の特性として呼吸をする必要が無くなっていた。バスのフロントガラスから中を覗き込む人影が見える。バスのステップ部に足を入れれば符術罠が作動するようにしてある。
ゴソゴソと動く物陰がバスの前部折戸をゆっくりこじ開け、声が聞こえた。
「大丈夫そうだよ」子供の声
「ユウキ、ここ入ろ」
子供とわかり慌てて符術罠を踏まれる前に解除するが、伏せた体勢の儘状況を見守る。
やがて子供が二人、バスにゴソゴソと潜り込んでくる。
「ユウキ、ちゃんと閉めて」先に入ってきた子供が後ろの少年に声を掛ける。
「お兄ちゃん待って」
兄の方は12歳、弟は10歳と言ったところか。
「誰も居ないね」
「今日はここで寝よ」
子供二人だけでここまで来たのだろうか。
「お腹空いた」
「今日はもう食べ物無いよ」
《ガラガラガラガラ》と音を立ててししゃも・エンデバーは座席の下から姿を現した。体を可能な限りバラバラにして人の形に認識されないようにしていたのだ。
「うわああああああああ!」
子供二人は同時に叫びドアに向かって這いずるように逃げようとする。兄の方は弟を先に逃がそうとユウキのお尻を押していた。
「落ち着け落ち着け、人間だ」
ししゃも・エンデバーは術符を投げてバスのドアを一時的に重くした。その折戸を必死で引っ張りながら二人の子供は泣き叫んでいた。
「黙れって、怪物が来るぞ」
もちろんバス内の音は外に漏れない符術を施してあるが先ずは泣くのを止めさせなくては。兄はユウキを守るように覆いかぶさって震えている。
「どう見ても人間じゃない!」
「あー、まあそうだよなあ、傷付くけど」
「でも人間だ、お前たちの味方だ」
兄弟を安心させる為にししゃも・エンデバーはバスの後部座席まで移動した。
しばらくの時間、じっと待つと兄が口を開いた。
「名前は?」
くっそ、最初の質問が名前か。機械の体のこととかあるだろう。
「ししゃも・エンデバー」
「え!?」
「ししゃも・エンデバーだ」
兄の後ろでユウキが笑っているのが分かる。
「ししゃもが苗字なの?」ユウキがそっと顔を出して尋ねる。
「知るか、全部名前だ」
聞かれたくない事を聞かれて少しぶっきらぼうになってしまった。
「それで…?お前たちの名前は?」
「ダイキ、あと弟のユウキ」
少し警戒心が和らいだようだ。
「そうか、ダイキ、ユウキ、食べ物ならあるぞ」
ししゃも・エンデバーは自分のカバンから幾つかの缶詰を取り出した。
「いいの?」
いつの間にか二人は近くまで来ていた。
「ああ、俺は食べなくて平気なんだ」
「機械だから?」
「そうだ」
ししゃも・エンデバーは二人に缶詰を見せる。
「牛肉の煮たやつだ」
カバンから取り出したメスティンを携帯バーナーの火にかけて中身の牛肉を全部入れる。
「これも入れたら旨いぞ」
牛肉に熱が通ったところでレトルトのパスタソース『イタリア食堂 ガーリックが美味しいトマトソース』を加えてよく混ぜてからひと煮立ちさせる。《グツグツ》と心地よい音と鼻孔をくすぐる匂いにダイキとユウキはすっかり心を許したようだった。
「食べないのにゴハン持ってるの?」とダイキが聞く。
「ああ、お前たちみたいに腹を空かせた奴に会うかも知れないからな」
牛肉はいい具合に煮えたようだ。
「ほら」キャンプ用の金属皿に取り分け、二人に差し出す。
「ありがとう、ししゃもさん」
「ありがとう」
二人は礼を云って受け取った。
《カチャカチャ》と食器の立てる金属音がバスの車内に静かに響く、二人はかなり空腹だったようだ。子供二人でよくも今まで生き延びたものだ…。ししゃも・エンデバーは夢中で食事を頬張る二人の横顔を見ながら思った。
そんな視線に気付いたのか、ユウキは食事の手を止め
「変な名前の人、前にも会ったよ」と言う。
名前まで失ったのは俺だけでは無かったか。
「なんて名前だった」
兄弟は互いに顔を見合わせて思い出し笑いをするようにクスクス笑いながら答える。
「聖剣ゴムボーイさん」
「ふはっ!」思わずししゃも・エンデバーも噴き出す。
俺よりかわいそうな奴がいたかも。
ししゃも・エンデバーは久しぶりに少し明るい気持ちになった。
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