28 / 41
27〈ノル〉Sing it back
しおりを挟む「真央?」
肥田は我が目を疑った。
其処に居たのは真央だった。
頭には漫画や映画に出てくる様なフチの大きな魔女帽子を被り、上半身は金の装飾が施された濃い紫のサテン地でプリーツのついたビキニに胸元には液体の入った香水瓶のネックレスなど多数の首飾りや宝石のついたイヤーカフとイヤリング、下半身は前が大きく開いて緩いプリーツの施された紫のロングスカートにヒールのついた編み上げの金のサンダル。やや褐色味を帯びた肌の色。おかしな衣装に身を包んでいるが自分がたった今殺した真央と同じ顔の女が立っていた。
「肥田君?」
ノルは自分を見つめる視線の主に気が付いた。AWAパッキングの後輩の肥田だ。そして其の足元に倒れる女性を見た。
霧のような細かな雨によってしっとりと濡れた公園の土の上に女性が仰向けに倒れていた。モコモコした生地の白いトップスの腹部は赤く血に染まり、その赭色は路面をゆっくりと染めていく。そばに立つ肥田は髪を濡らし、引き攣った唇をピクピクと震わせて曇った眼で其れを見下ろす。そして其の右手には抜き身の刀が握られているのをノルは見た。
「ノックバック!」
ノルの呪文で肥田は靴底を地面に擦りながら3m程後方に強制的に移動させられる。ノルは呪文詠唱と同時に女性に駆け寄り、身体を起こして絶句した。自分と同じ顔、そう、樫井真央だった。
「樫井君…」
「樫井君!」
雨に濡れる樫井真央は少しだけ目を開きしばらくノルの顔を見つめた後、呟いた。
「どうして……私?…その…顔」
真央の腹部に回復魔術を集中させるが魔女の与回復力には限度がある。致命傷を癒すほどの力が無かった。
「真央君、真央君!」無意識の内にそう呼んでいた。
樫井真央はノルの頬に手を伸ばし少し触れ
「そう…呼ぶのは、弓削さん…だけ」と少し笑う。
次の瞬間、真央の腕は力を失い、そっと目を閉じ、永遠に其の儘となった。
真央が言った『弓削さん』が何の事か分からなかった。ただ樫井真央が肥田慎二に殺された事だけは分かった。自分が樫井真央と同じ顔なのは何故なのか覚えていなかった。然し、何故か肥田に激しい憎しみを感じていた。
突然何か巨大な物体に押された様に後ろに弾き跳ばされた肥田は、女に異様な空気を感じながらも三つの生命を奪った感触に酔っていた。見られた以上この女も殺すしかない。
「お前は、真央の何なんだぁ!?」
刀を上段に構えながらゆっくりと女に近付く。
ノルは真央の体を優しく地面に横たえ、肥田に向き直る。
「人を殺すなんて、肥田君」
「俺の事も知ってる?」正眼に移行しながら肥田がジリジリと近づく。
「ヤェイッ!!」気合の雄叫びと共に肥田が女の喉元目掛けて突きを放つ。剣先が女の居た場所に届いた時には既に彼女は2m後方に居た。肥田は正に魔法を見せられた様な驚きの表情で
「何だお前は、真央の顔をして、おかしな服を着て、先刻から間合いを狂わせるよなぁ」と呟いた。
ただこの女はこっちを攻撃しては来ない。あの小さなトカゲ人間ほどの危険は無さそうだ。手に黒い杖を握っているがそれも金の植物の彫刻が施された、とても武器とは呼べないまるで美術工芸品だ。
《パツン、パツンッ》
斜めに被った帽子の大きなつばに雨粒が跳ね返る音を、ノルは妙にはっきりと聴いていた。頭の中に色んな思考が巡っていた。こんな世界になってしまっている事。人類の存亡の危機。人間同士で戦うなんて馬鹿げている。でもどうしても、今、眼の前にいる男が憎くて仕方が無い。
〈憎しみは何も生まない、新しい憎しみが連鎖するだけ〉
何処かで何度も聞いた言葉が頭の中を渦巻く。肥田にも家族が居るだろう。肥田を愛してる人も居るかも知れない。《ビシャッ、ビシャッ》とサンダルの音を泥濘んだ地面に響かせてノルは肥田に近付いていく。
「肥田君」
瞬間、肥田は上段から女の頭部目がけて面を放つ。つばの広い帽子を深く被ったこの女からは肥田の上腕の動きは全く見えていない。肥田には其れが能く分かっていたのだ。
振り下ろされる刀身が帽子ごと女の頭を切り裂いたと思ったその時、その正面、女の頭部の前に突如黒い杖が現れ《キィイン!》と音を立てて刀は弾き返された。女の動きは人間の尋常の速さを遥かに超えている。
「肥田君」
『昏き森の雫』を正面に構えたノルが肥田を見据えていた。
「肥田君、もう無理だよ」
ゆっくりと頭を上げて女が言う。涙で濡れた瞳だが氷の様に冷たい視線。
「くっそ、何だコイツ」
あんな木製の杖なのにまるで鋼鉄の塊に弾かれた様な感触だった。肥田は刀を握る手が熱くなるのを感じていた。
「肥田君、もう戦えないよ」
ノルは肥田の間合いを無視して踏み込んでいく。
「戦えない?降参か?」女の喉元に突きを打つ。しかし刀は肥田の思った様に動かなかった。
何だ?刀がしっかり握れていない。
「そんな鍔のついていない刀で振りかぶるからだよ」
女の言葉に自分の手を見る。
肥田の左手の人差し指は第二関節の辺りで切断され、皮だけでぶら下がっていた。中指、薬指、小指にも深い切れ目が入り日本刀の木柄は血で真っ赤に染まっている。自分の足元はいつの間にか赤い血溜まりが出来つつあった。面打ちを正面から弾かれた時にその衝撃で鍔のない白鞘の柄から指が滑り、自分の刀の刀身で指を切断していたのだ。其の手の様を見た肥田を突然激痛が襲った。其れまでアドレナリンの効果で気付いて居なかった自分の傷を脳が認識してしまったのだ。
「ああああああっっ!!ちっくしょぉぉおおお」
刀をその場に落とし、肥田が膝を着いて左手を必死で庇っている。ノルは其れを見下ろし
「ノックバック」と唱え、肥田をその場から吹き飛ばした。泥の地面を左手を庇ったままの肥田がゴロゴロと転がっていく。
「ノックバック」
更に弾かれる。
《ビシャ、ビシャッ》美しい爪先が泥を蹴って、容赦無くノルが近付く。
「ノックバック!」
公園の外周を囲う金属のフェンスに激突し、肥田の身体が其処にめり込んだ。
「やめろ!やめろ!やめろ、馬鹿野郎!!」
全身泥に塗れて茶色になった肥田が叫んだ。
「殺す気か、お前も人殺しだ!」
泥跳ねでノルのサンダルも足首までもが汚れていた。
「どうしてかな?何時だったかサンダルが汚れるのがとっても嫌だった事があったんだ」
汚れた自分の足を眺めながらノルは呟いた。
「…それってきっと、余裕があるって事なんだよね」
「何だ、何を言ってる」肥田の左手は真っ赤に染まり、何度も吹き飛ばされて全身は打撲と骨折でとても動けない。
「今はサンダルが汚れてもどうでもいい気分なんだ」
ノルは『昏き森の雫』を寝転がる肥田に向け
「静寂」と詠唱し、続けて膝目掛けて
「水圧球」と詠唱する。
高圧の水球の直撃を受けた肥田の膝から《メキメキボキッ》と言う音が鳴り膝から先は真横にひん曲がり、脛の辺りから折れた骨が白く飛び出した。肥田は絶叫している様子だがその声は魔法の効果で音を発する事が無かった。
「憎しみや復讐は何も生まないけど…何かが生まれる必要なんて無いよね」
「納得が欲しいだけなんだよ、きっと」
フェンスにめり込み、血と泥に塗れて涙をボロボロ流す肥田を見下ろしたノルはそう呟くと踵を返し、真央の元へ向かった。
雨に濡れた真央の体は冷たくなっていた。ノルは其の体を抱き上げ、公園の隅まで運ぶ。真央の体を立たせるように持ち上げると
「こんな所で、ごめんね」と呟き、呪文を詠唱した。
真央の足元から幾つもの美しい植物が芽吹いた。みるみる成長した無数の其れ等はやがて真央の身体を護るように取り込み、成長を続け、やがてとうとう一本の大きな樫の木になった。
《パツン、パツンッ》帽子のつばに跳ねる雨音。
ノルはその眼からポロポロと大粒の涙を流しながら、その木の成長を仰ぎ見ていた。
そして樫の木が成長しきった時、この木が何なのか、自分が何故泣いているのかを忘れてしまった。
0
あなたにおすすめの小説
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
そのほかに外伝も綴りました。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
「魔物の討伐で拾われた少年――アイト・グレイモント」
(イェイソン・マヌエル・ジーン)
ファンタジー
魔物の討伐中に見つかった黄金の瞳の少年、アイト・グレイモント。
王宮で育てられながらも、本当の冒険を求める彼は7歳で旅に出る。
風の魔法を操り、師匠と幼なじみの少女リリアと共に世界を巡る中、古代の遺跡で隠された力に触れ——。
中身は80歳のおばあちゃんですが、異世界でイケオジ伯爵に溺愛されています
浅水シマ
ファンタジー
【完結しました】
ーー人生まさかの二週目。しかもお相手は年下イケオジ伯爵!?
激動の時代を生き、八十歳でその生涯を終えた早川百合子。
目を覚ますと、そこは異世界。しかも、彼女は公爵家令嬢“エマ”として新たな人生を歩むことに。
もう恋愛なんて……と思っていた矢先、彼女の前に現れたのは、渋くて穏やかなイケオジ伯爵・セイルだった。
セイルはエマに心から優しく、どこまでも真摯。
戸惑いながらも、エマは少しずつ彼に惹かれていく。
けれど、中身は人生80年分の知識と経験を持つ元おばあちゃん。
「乙女のときめき」にはとっくに卒業したはずなのに――どうしてこの人といると、胸がこんなに苦しいの?
これは、中身おばあちゃん×イケオジ伯爵の、
ちょっと不思議で切ない、恋と家族の物語。
※小説家になろうにも掲載中です。
三十年後に届いた白い手紙
RyuChoukan
ファンタジー
三十年前、帝国は一人の少年を裏切り者として処刑した。
彼は最後まで、何も語らなかった。
その罪の真相を知る者は、ただ一人の女性だけだった。
戴冠舞踏会の夜。
公爵令嬢は、一通の白い手紙を手に、皇帝の前に立つ。
それは復讐でも、告発でもない。
三十年間、辺境の郵便局で待ち続けられていた、
「渡されなかった約束」のための手紙だった。
沈黙のまま命を捨てた男と、
三十年、ただ待ち続けた女。
そして、すべてを知った上で扉を開く、次の世代。
これは、
遅れて届いた手紙が、
人生と運命を静かに書き換えていく物語。
おっさん武闘家、幼女の教え子達と十年後に再会、実はそれぞれ炎・氷・雷の精霊の王女だった彼女達に言い寄られつつ世界を救い英雄になってしまう
お餅ミトコンドリア
ファンタジー
パーチ、三十五歳。五歳の時から三十年間修行してきた武闘家。
だが、全くの無名。
彼は、とある村で武闘家の道場を経営しており、〝拳を使った戦い方〟を弟子たちに教えている。
若い時には「冒険者になって、有名になるんだ!」などと大きな夢を持っていたものだが、自分の道場に来る若者たちが全員〝天才〟で、自分との才能の差を感じて、もう諦めてしまった。
弟子たちとの、のんびりとした穏やかな日々。
独身の彼は、そんな彼ら彼女らのことを〝家族〟のように感じており、「こんな毎日も悪くない」と思っていた。
が、ある日。
「お久しぶりです、師匠!」
絶世の美少女が家を訪れた。
彼女は、十年前に、他の二人の幼い少女と一緒に山の中で獣(とパーチは思い込んでいるが、実はモンスター)に襲われていたところをパーチが助けて、その場で数時間ほど稽古をつけて、自分たちだけで戦える力をつけさせた、という女の子だった。
「私は今、アイスブラット王国の〝守護精霊〟をやっていまして」
精霊を自称する彼女は、「ちょ、ちょっと待ってくれ」と混乱するパーチに構わず、ニッコリ笑いながら畳み掛ける。
「そこで師匠には、私たちと一緒に〝魔王〟を倒して欲しいんです!」
これは、〝弟子たちがあっと言う間に強くなるのは、師匠である自分の特殊な力ゆえ〟であることに気付かず、〝実は最強の実力を持っている〟ことにも全く気付いていない男が、〝実は精霊だった美少女たち〟と再会し、言い寄られ、弟子たちに愛され、弟子以外の者たちからも尊敬され、世界を救って英雄になってしまう物語。
(※第18回ファンタジー小説大賞に参加しています。
もし宜しければ【お気に入り登録】で応援して頂けましたら嬉しいです!
何卒宜しくお願いいたします!)
レオナルド先生創世記
ポルネス・フリューゲル
ファンタジー
ビッグバーンを皮切りに宇宙が誕生し、やがて展開された宇宙の背景をユーモアたっぷりにとてもこっけいなジャック・レオナルド氏のサプライズの幕開け、幕開け!
冤罪で辺境に幽閉された第4王子
satomi
ファンタジー
主人公・アンドリュート=ラルラは冤罪で辺境に幽閉されることになったわけだが…。
「辺境に幽閉とは、辺境で生きている人間を何だと思っているんだ!辺境は不要な人間を送る場所じゃない!」と、辺境伯は怒っているし当然のことだろう。元から辺境で暮している方々は決して不要な方ではないし、‘辺境に幽閉’というのはなんとも辺境に暮らしている方々にしてみれば、喧嘩売ってんの?となる。
辺境伯の娘さんと婚約という話だから辺境伯の主人公へのあたりも結構なものだけど、娘さんは美人だから万事OK。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
