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「騎士団を辞めさせていただきます」
オレの声が、静かな執務室に響いた。
レオンハルト殿下の執務室は、彼自身みたいに完璧に整頓されている。キチンと角を合わせて並べられた書類の山。カテゴリー別に色分けされたインク瓶。真っ直ぐに揃えられた羽ペンたち。窓から差し込む朝日が、磨き上げられた床に反射して、まるで執務室全体が彼の威厳を表現しているようだ。
そしてその空間の主、第三王子レオンハルト・ヴィルヘルム・エルクレスト殿下。綺麗に整えられた金髪と、澄み切った碧眼。真っ直ぐに伸びた鼻筋と、常に真剣そうな表情を浮かべている端正な顔立ち。王族の血を引く威厳が、彼の周りには常にオーラとなって漂っている。王子なのに軍人としての鍛え抜かれた体つきは、書類仕事をしているだけでも分かる。
その完璧な人間が、一瞬だけ動きを止めた。
「……何?」
冷静沈着な彼にしては珍しい反応だ。オレの言葉が予想外すぎたのか? でも彼はすぐに平静を取り戻し、ペンを置いて真っ直ぐにオレを見た。表情からは何も読み取れない。まあ、いつもの殿下だ。
「騎士団を辞めます。王宮も出ていきます。正式な退職届はもう書きました。あとは殿下の捺印をいただければ……」
「待て、セリル。突然何を言い出すんだ? 理由を説明しろ」
オレは軽く肩をすくめた。説明するのは面倒だけど、まあ仕方ない。これまでオレを近衛騎士として雇ってくれた恩もある。キチンと説明するのが筋ってもんだろう。
「実はオレ、オメガになっちゃったんですよ」
レオン殿下の瞳が、ほんの一瞬だけ見開かれた。でもすぐに元の冷静な表情に戻る。さすが感情を滅多に表に出さないと言われる理論派の王子様だ。オレみたいな下級貴族の騎士がオメガになろうとどうなろうと、彼にとっては些細な問題なんだろう。
「それは……東の国境での戦いの時のせいか?」
「そうですよ。覚えてます? オレが殿下をかばって、毒矢を受けたときのこと」
オレはあの日のことを思い出して、ニヤリと笑った。オレにとっては誇らしい思い出だ。主君を守るために命を賭けるなんて、騎士の鑑じゃないか。
「もちろん覚えている」
レオン殿下の声に、何か暗いものが混じっているような気がした。気のせいかな?
「あの毒が原因で熱を出して、数日間寝込んじゃったじゃないですか。熱が下がったと思ったら、どういうわけか第二性がベータからオメガに変わっちゃって。医者も『珍しいケースだ』って驚いてましたよ。ベータからオメガへの転換なんて、ほとんど前例がないらしくて」
オレは明るく笑いながら話したけど、その実、胸の奥では苦い気持ちが渦巻いていた。でもそんなの表に出したってしょうがない。ましてやレオン殿下の前で弱音を吐くなんて、オレのプライドが許さない。
「なるほど……」
レオン殿下は真剣な表情で頷いた。机の上の書類を無意識に指で整えながら、何か深く考え込んでいるようだった。
「まあ、規則は規則ですからね」
オレはできるだけ明るく続けた。
「オメガは騎士団には所属できない。それに、家督も継げなくなっちゃいました。弟のアーサーが継ぐことになるでしょうね。あいつ、真面目だから大丈夫だと思うけど」
レオン殿下はまだ何も言わない。ただオレを見つめている。その視線が妙に重くて、オレは少し落ち着かない気持ちになってきた。いつもなら「規則違反はするな」とか「報告が遅い」とか叱られるところなのに。
「……それで、これからどうするつもりだ?」
予想外の質問に、オレは一瞬戸惑った。オレのことなんて、そんなに興味あったっけ? 殿下は普段、オレの型破りな行動に頭を抱えてばかりだったのに。
「さあ。たぶん、どこかに輿入れすることになるんじゃないですか?」
オレは軽い調子で言った。
「オメガになった貴族の行き先なんて、そんなもんでしょ。王都に近いところがいいんですけどね。まあ、オレみたいな野郎を嫁に迎えたいって奴は少ないだろうから、贅沢は言ってられないっスよ」
冗談めかして言ったつもりだけど、レオン殿下の表情が固くなった気がする。オレの言葉に何か問題でもあったのか? いや、オレの想像だろう。彼がオレのことを特別気にかけるわけがない。
沈黙が流れた。レオン殿下は何も言わない。オレは軽く会釈をした。
「じゃあ、これで失礼します。今までありがとうございました」
オレは踵を返して、扉に向かった。背中からレオン殿下の視線を感じる。何かを言いかけているような気配もあった。でも、結局何も言葉は届かなかった。
オレは軽く溜息をついて、扉を開けた。これで王宮での生活も終わりか。新しい人生の始まりってヤツだな。胸の奥に広がる寂しさを無視して、オレはいつもの明るい笑顔を作った。
「さて、荷物をまとめるか」
そう呟いて、オレはレオン殿下の執務室を後にした。
オレの声が、静かな執務室に響いた。
レオンハルト殿下の執務室は、彼自身みたいに完璧に整頓されている。キチンと角を合わせて並べられた書類の山。カテゴリー別に色分けされたインク瓶。真っ直ぐに揃えられた羽ペンたち。窓から差し込む朝日が、磨き上げられた床に反射して、まるで執務室全体が彼の威厳を表現しているようだ。
そしてその空間の主、第三王子レオンハルト・ヴィルヘルム・エルクレスト殿下。綺麗に整えられた金髪と、澄み切った碧眼。真っ直ぐに伸びた鼻筋と、常に真剣そうな表情を浮かべている端正な顔立ち。王族の血を引く威厳が、彼の周りには常にオーラとなって漂っている。王子なのに軍人としての鍛え抜かれた体つきは、書類仕事をしているだけでも分かる。
その完璧な人間が、一瞬だけ動きを止めた。
「……何?」
冷静沈着な彼にしては珍しい反応だ。オレの言葉が予想外すぎたのか? でも彼はすぐに平静を取り戻し、ペンを置いて真っ直ぐにオレを見た。表情からは何も読み取れない。まあ、いつもの殿下だ。
「騎士団を辞めます。王宮も出ていきます。正式な退職届はもう書きました。あとは殿下の捺印をいただければ……」
「待て、セリル。突然何を言い出すんだ? 理由を説明しろ」
オレは軽く肩をすくめた。説明するのは面倒だけど、まあ仕方ない。これまでオレを近衛騎士として雇ってくれた恩もある。キチンと説明するのが筋ってもんだろう。
「実はオレ、オメガになっちゃったんですよ」
レオン殿下の瞳が、ほんの一瞬だけ見開かれた。でもすぐに元の冷静な表情に戻る。さすが感情を滅多に表に出さないと言われる理論派の王子様だ。オレみたいな下級貴族の騎士がオメガになろうとどうなろうと、彼にとっては些細な問題なんだろう。
「それは……東の国境での戦いの時のせいか?」
「そうですよ。覚えてます? オレが殿下をかばって、毒矢を受けたときのこと」
オレはあの日のことを思い出して、ニヤリと笑った。オレにとっては誇らしい思い出だ。主君を守るために命を賭けるなんて、騎士の鑑じゃないか。
「もちろん覚えている」
レオン殿下の声に、何か暗いものが混じっているような気がした。気のせいかな?
「あの毒が原因で熱を出して、数日間寝込んじゃったじゃないですか。熱が下がったと思ったら、どういうわけか第二性がベータからオメガに変わっちゃって。医者も『珍しいケースだ』って驚いてましたよ。ベータからオメガへの転換なんて、ほとんど前例がないらしくて」
オレは明るく笑いながら話したけど、その実、胸の奥では苦い気持ちが渦巻いていた。でもそんなの表に出したってしょうがない。ましてやレオン殿下の前で弱音を吐くなんて、オレのプライドが許さない。
「なるほど……」
レオン殿下は真剣な表情で頷いた。机の上の書類を無意識に指で整えながら、何か深く考え込んでいるようだった。
「まあ、規則は規則ですからね」
オレはできるだけ明るく続けた。
「オメガは騎士団には所属できない。それに、家督も継げなくなっちゃいました。弟のアーサーが継ぐことになるでしょうね。あいつ、真面目だから大丈夫だと思うけど」
レオン殿下はまだ何も言わない。ただオレを見つめている。その視線が妙に重くて、オレは少し落ち着かない気持ちになってきた。いつもなら「規則違反はするな」とか「報告が遅い」とか叱られるところなのに。
「……それで、これからどうするつもりだ?」
予想外の質問に、オレは一瞬戸惑った。オレのことなんて、そんなに興味あったっけ? 殿下は普段、オレの型破りな行動に頭を抱えてばかりだったのに。
「さあ。たぶん、どこかに輿入れすることになるんじゃないですか?」
オレは軽い調子で言った。
「オメガになった貴族の行き先なんて、そんなもんでしょ。王都に近いところがいいんですけどね。まあ、オレみたいな野郎を嫁に迎えたいって奴は少ないだろうから、贅沢は言ってられないっスよ」
冗談めかして言ったつもりだけど、レオン殿下の表情が固くなった気がする。オレの言葉に何か問題でもあったのか? いや、オレの想像だろう。彼がオレのことを特別気にかけるわけがない。
沈黙が流れた。レオン殿下は何も言わない。オレは軽く会釈をした。
「じゃあ、これで失礼します。今までありがとうございました」
オレは踵を返して、扉に向かった。背中からレオン殿下の視線を感じる。何かを言いかけているような気配もあった。でも、結局何も言葉は届かなかった。
オレは軽く溜息をついて、扉を開けた。これで王宮での生活も終わりか。新しい人生の始まりってヤツだな。胸の奥に広がる寂しさを無視して、オレはいつもの明るい笑顔を作った。
「さて、荷物をまとめるか」
そう呟いて、オレはレオン殿下の執務室を後にした。
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