【完結】王宮勤めの騎士でしたが、オメガになったので退職させていただきます

大河

文字の大きさ
3 / 37

3話

しおりを挟む
「レオンハルト・ヴィルヘルム・エルクレスト殿下は、セリル・グランツとの正式な婚姻を望み、ここに申し入れます……」

 母親の高らかな声が広間に響き渡る。オレの頭の中はぐるぐると回っていた。さっきから何度も同じ文面を聞かされているのに、意味が全く理解できない。

「ねえ、セリル! あなた、第三王子様からの正式な婚約申し入れよ! すごいわ!」

 母の興奮した声が、どこか遠くから聞こえてくるようだった。グランツ家の広間は、他の貴族の邸宅と比べれば質素なもの。暖炉と少し大きめのテーブルがある庶民的な雰囲気の空間で、その机の上に問題の書状が置かれている。

「いや、でも……これって、何かの間違いじゃ……」

 オレの言葉は途中で途切れた。冗談だと言いたいのに、声が出ない。

「そう思いたい気持ちもわかるが」

 父が暖炉の前から立ち上がり、書状を手に取った。

「この封蝋を見ろ。それにこの刻印。これは間違いなく王家の正式な書状だ」

 父の顔は普段より引き締まっていた。彼も元王宮騎士。こういった公文書の真贋を見分ける目は確かだ。

「わかってますよ……」

 オレも薄々気づいていた。あの封蝋、あの刻印。第三王子直属の部隊で働いていたオレにとって、見慣れたものだ。でも信じたくない。これが本物だとしたら、いったいどういうことなんだ?

「そもそも、レオン殿下が……なんでオレなんかと……」

 言葉に詰まる。あの几帳面で完璧主義の王子様が、規則破りの騎士だったオレを婚約者に選ぶなんて、どう考えてもおかしい。これは何かの罠か? 政治的な陰謀か? それとも単なる悪い冗謀?

「断ることはできるの?」

 何気なく口にした言葉に、両親は目を丸くした。

「なっ、何を言うの!」

 母は叫んだ。

「断るだなんて、そんなとんでもないことができるわけないでしょう! 立場が違い過ぎるのよ!」
「私たちは下級貴族の身分だ。王族からの申し出を断るなど許されることではない」

 父も厳しい口調で言った。彼の顔には珍しく緊張の色が浮かんでいる。

「でも……」

 オレの声は小さくなった。抗議する言葉が見つからない。そんなの理不尽だと言いたいのに、この国の掟ではそれが当たり前なんだ。オメガとなった下級貴族の息子に選択肢なんて、ほとんどない。

「まあ、とにかく!」

 母は再び目を輝かせた。

「明後日には王宮へ行かなきゃね。正式な面会の席が設けられるって書いてあるわ。準備しないと!」

 そう言って母は廊下へと駆け出していった。興奮しすぎて足取りが軽い。

 父はオレの肩に手を置いた。

「セリル、これは我が家にとって千載一遇の機会だ。第三王子の正式な伴侶となれば、グランツ家の地位も飛躍的に向上する」

 父の言葉には重みがあった。でも、それが余計にオレの胸を締め付けた。

「……わかってます」

 オレはただそれだけ答えることしかできなかった。


 夜になって、ようやく一人になれた。

 オレは自室のベッドに思い切り横になった。幼い頃の木刀が壁に飾られただけの質素な部屋だ。王都の騎士団に行くときに必要なものはほとんど持って行ったので、今はモノが少ない。それでも、木刀の手入れが行き届いているのを見ると、家族が今でもこの部屋をきちんと管理してくれていることがわかる。

 自室のベッドに寝転がりながら、もう一度書状を読み返す。

「いったい何が起きてるんだ……」

 オレは呟いた。レオン殿下との婚姻生活? 想像すらできない。朝、一緒に目覚めて……何を話す? 食事は? 日中は何をして過ごす? 夜は……

「…………」

 オレは頭を振って、いま一瞬だけよぎった変な想像を振り払った。顔が熱くなる。

「どう考えてもおかしいだろ!」

 部屋の中で独り言を叫ぶ。あのレオン殿下が、潔癖で完璧主義と言われる王子様が、どうしてオレみたいな破天荒な元騎士を選ぶんだ? 

 想像すればするほど、頭がこんがらがる。

 ノックの音がして、ドアが開いた。

「兄さん、まだ起きてたんですね」

 アーサーがそっと顔を覗かせた。

「ああ、入りな」

 弟は遠慮がちに部屋に入ってきた。

「その……レオンハルト王子様って、どんな方なんですか?」

 予想していた質問だった。でも、なんて答えればいいんだろう。

「まあ、几帳面で、完璧主義で……」

 オレは天井を見上げながら言った。

「規則に厳しくて、冷静沈着。感情をあまり表に出さない人だよ」
「兄さんとは正反対ですね」

 アーサーが小さく笑った。

「そうなんだよなぁ……だからこそ、今回の話がピンとこないんだ」
「でも、兄さんが王子様の婚約者になるなんて、すごいことですよ」

 アーサーの声には、羨望と自責の念が混じっていた。

「王子様の伴侶か……兄さんはすごいですね。僕なんて、ただの……」
「おいおい、何言ってんだよ」

 オレはアーサーの頭を軽くこづいた。

「お前が家督を継ぐんだ。そっちの方が大変だって。それに、たぶんこれは何かの間違いか、レオン殿下の質の悪いいたずらだよ。オレはすぐに出戻りになるさ」

 冗談めかして言ったつもりだったが、なんだか自分を慰めているような気がした。

 アーサーは笑った。本当に冗談だと思ったらしい。

「そんなはずないじゃないですか。王子様がそんないたずらするわけないです」
「……そうだよな」

 オレは無理に笑った。そうだ、レオン殿下がそんないたずらをするわけがない。彼はそんな人じゃない。だからこそ、この状況が理解できなくて頭を抱えてしまう。

「どういう顔して、レオン殿下の前に立てばいいんだろうな……」

 オレはベッドに倒れ込んだ。天井を見つめながら、明後日の正式な面会のことを考える。あの執務室で別れた時とは違う関係になって、どんな表情で彼を見ればいいのか。

 想像するだけで、今までにない緊張感で息が詰まる。

 ──いったい、これからどうなるんだろう?
しおりを挟む
感想 18

あなたにおすすめの小説

婚約破棄で追放された悪役令息の俺、実はオメガだと隠していたら辺境で出会った無骨な傭兵が隣国の皇太子で運命の番でした

水凪しおん
BL
「今この時をもって、貴様との婚約を破棄する!」 公爵令息レオンは、王子アルベルトとその寵愛する聖女リリアによって、身に覚えのない罪で断罪され、全てを奪われた。 婚約、地位、家族からの愛――そして、痩せ衰えた最果ての辺境地へと追放される。 しかし、それは新たな人生の始まりだった。 前世の知識というチート能力を秘めたレオンは、絶望の地を希望の楽園へと変えていく。 そんな彼の前に現れたのは、ミステリアスな傭兵カイ。 共に困難を乗り越えるうち、二人の間には強い絆が芽生え始める。 だがレオンには、誰にも言えない秘密があった。 彼は、この世界で蔑まれる存在――「オメガ」なのだ。 一方、レオンを追放した王国は、彼の不在によって崩壊の一途を辿っていた。 これは、どん底から這い上がる悪役令息が、運命の番と出会い、真実の愛と幸福を手に入れるまでの物語。 痛快な逆転劇と、とろけるほど甘い溺愛が織りなす、異世界やり直しロマンス!

悪役令息(Ω)に転生した俺、破滅回避のためΩ隠してαを装ってたら、冷徹α第一王子に婚約者にされて溺愛されてます!?

水凪しおん
BL
前世の記憶を持つ俺、リオネルは、BL小説の悪役令息に転生していた。 断罪される運命を回避するため、本来希少なΩである性を隠し、出来損ないのαとして目立たず生きてきた。 しかし、突然、原作のヒーローである冷徹な第一王子アシュレイの婚約者にされてしまう。 これは破滅フラグに違いないと絶望する俺だが、アシュレイの態度は原作とどこか違っていて……?

嫌われ魔術師の俺は元夫への恋心を消去する

SKYTRICK
BL
旧題:恋愛感情抹消魔法で元夫への恋を消去する ☆11/28完結しました。 ☆第11回BL小説大賞奨励賞受賞しました。ありがとうございます! 冷酷大元帥×元娼夫の忘れられた夫 ——「また俺を好きになるって言ったのに、嘘つき」 元娼夫で現魔術師であるエディことサラは五年ぶりに祖国・ファルンに帰国した。しかし暫しの帰郷を味わう間も無く、直後、ファルン王国軍の大元帥であるロイ・オークランスの使者が元帥命令を掲げてサラの元へやってくる。 ロイ・オークランスの名を知らぬ者は世界でもそうそういない。魔族の血を引くロイは人間から畏怖を大いに集めながらも、大将として国防戦争に打ち勝ち、たった二十九歳で大元帥として全軍のトップに立っている。 その元帥命令の内容というのは、五年前に最愛の妻を亡くしたロイを、魔族への本能的な恐怖を感じないサラが慰めろというものだった。 ロイは妻であるリネ・オークランスを亡くし、悲しみに苛まれている。あまりの辛さで『奥様』に関する記憶すら忘却してしまったらしい。半ば強引にロイの元へ連れていかれるサラは、彼に己を『サラ』と名乗る。だが、 ——「失せろ。お前のような娼夫など必要としていない」 噂通り冷酷なロイの口からは罵詈雑言が放たれた。ロイは穢らわしい娼夫を睨みつけ去ってしまう。使者らは最愛の妻を亡くしたロイを憐れむばかりで、まるでサラの様子を気にしていない。 誰も、サラこそが五年前に亡くなった『奥様』であり、最愛のその人であるとは気付いていないようだった。 しかし、最大の問題は元夫に存在を忘れられていることではない。 サラが未だにロイを愛しているという事実だ。 仕方なく、『恋愛感情抹消魔法』を己にかけることにするサラだが——…… ☆お読みくださりありがとうございます。良ければ感想などいただけるとパワーになります!

虐げられΩは冷酷公爵に買われるが、実は最強の浄化能力者で運命の番でした

水凪しおん
BL
貧しい村で育った隠れオメガのリアム。彼の運命は、冷酷無比と噂される『銀薔薇の公爵』アシュレイと出会ったことで、激しく動き出す。 強大な魔力の呪いに苦しむ公爵にとって、リアムの持つ不思議な『浄化』の力は唯一の希望だった。道具として屋敷に囚われたリアムだったが、氷の仮面に隠された公爵の孤独と優しさに触れるうち、抗いがたい絆が芽生え始める。 「お前は、俺だけのものだ」 これは、身分も性も、運命さえも乗り越えていく、不器用で一途な二人の成り上がりロマンス。惹かれ合う魂が、やがて世界の理をも変える奇跡を紡ぎ出す――。

悪役令息ですが破滅回避で主人公を無視したら、高潔な態度だと勘違いされて聖人認定。なぜか溺愛ルートに入りました

水凪しおん
BL
BL小説『銀の瞳の聖者』の悪役令息ルシアンに転生してしまった俺。 原作通りなら、主人公ノエルをいじめ抜き、最後は断罪されて野垂れ死ぬ運命だ。 「そんなの絶対にお断りだ! 俺は平和に長生きしたい!」 破滅フラグを回避するため、俺は決意した。 主人公ノエルを徹底的に避け、関わらず、空気のように生きることを。 しかし、俺の「無視」や「無関心」は、なぜかノエルにポジティブに変換されていく。 「他の人のように欲望の目で見ないなんて、なんて高潔な方なんだ……!」 いじめっ子を視線だけで追い払えば「影から守ってくれた」、雨の日に「臭いから近寄るな」と上着を投げつければ「不器用な優しさ」!? 全力で嫌われようとすればするほど、主人公からの好感度が爆上がりして、聖人認定されてしまう勘違いラブコメディ! 小心者の悪役令息×健気なポジティブ主人公の、すれ違い溺愛ファンタジー、ここに開幕!

エリートαとして追放されましたが、実は抑制剤で隠されたΩでした。辺境で出会った無骨な農夫は訳あり最強αで、私の運命の番らしいです。

水凪しおん
BL
エリートαとして完璧な人生を歩むはずだった公爵令息アレクシス。しかし、身に覚えのない罪で婚約者である王子から婚約破棄と国外追放を宣告される。すべてを奪われ、魔獣が跋扈する辺境の地に捨てられた彼を待っていたのは、絶望と死の淵だった。 雨に打たれ、泥にまみれたプライドも砕け散ったその時、彼を救ったのは一人の無骨な男、カイ。ぶっきらぼうだが温かいスープを差し出す彼との出会いが、アレクシスの運命を根底から覆していく。 畑を耕し、土に触れる日々の中で、アレクシスは自らの体に隠された大きな秘密と、抗いがたい魂の引力に気づき始める。 ――これは、偽りのαとして生きてきた青年が、運命の番と出会い、本当の自分を取り戻す物語。追放から始まる、愛と再生の成り上がりファンタジー。

過労死転生した悪役令息Ωは、冷徹な隣国皇帝陛下の運命の番でした~婚約破棄と断罪からのざまぁ、そして始まる激甘な溺愛生活~

水凪しおん
BL
過労死した平凡な会社員が目を覚ますと、そこは愛読していたBL小説の世界。よりにもよって、義理の家族に虐げられ、最後は婚約者に断罪される「悪役令息」リオンに転生してしまった! 「出来損ないのΩ」と罵られ、食事もろくに与えられない絶望的な日々。破滅フラグしかない運命に抗うため、前世の知識を頼りに生き延びる決意をするリオン。 そんな彼の前に現れたのは、隣国から訪れた「冷徹皇帝」カイゼル。誰もが恐れる圧倒的カリスマを持つ彼に、なぜかリオンは助けられてしまう。カイゼルに触れられた瞬間、走る甘い痺れ。それは、αとΩを引き合わせる「運命の番」の兆しだった。 「お前がいいんだ、リオン」――まっすぐな求婚、惜しみない溺愛。 孤独だった悪役令息が、運命の番である皇帝に見出され、破滅の運命を覆していく。巧妙な罠、仕組まれた断罪劇、そして華麗なるざまぁ。絶望の淵から始まる、極上の逆転シンデレラストーリー!

冷酷なアルファ(氷の将軍)に嫁いだオメガ、実はめちゃくちゃ愛されていた。

水凪しおん
BL
これは、愛を知らなかった二人が、本当の愛を見つけるまでの物語。 国のための「生贄」として、敵国の将軍に嫁いだオメガの王子、ユアン。 彼を待っていたのは、「氷の将軍」と恐れられるアルファ、クロヴィスとの心ない日々だった。 世継ぎを産むための「道具」として扱われ、絶望に暮れるユアン。 しかし、冷たい仮面の下に隠された、不器用な優しさと孤独な瞳。 孤独な夜にかけられた一枚の外套が、凍てついた心を少しずつ溶かし始める。 これは、政略結婚という偽りから始まった、運命の恋。 帝国に渦巻く陰謀に立ち向かう中で、二人は互いを守り、支え合う「共犯者」となる。 偽りの夫婦が、唯一無二の「番」になるまでの軌跡を、どうぞ見届けてください。

処理中です...