妖怪対峙は鋼の如く!

ユキトシ時雨

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新たなる刃

崩壊と打開策

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 ムラサメを積載したトレーラーは古風な作りの日本家屋の前に駐車する。
訓練校のカリキュラムの一環で免許こそ取得していたが、実際に公道を走るのは久々だった。

 事故などを起こそうものなら、指名手配の自分は一発でアウトだ。そう考えると、ハンドルを握る手も妙に強張る。

「……ここはどうだ?」

 ここは指定暴力団・北沢組の本拠地だった邸宅だ。スモーク張りの車窓を数センチだけ開けて鋼一郎は、白江へと問いかける。

 来るべき決戦の日までひたすらに姿を隠し続けた彼女に対し、梨乃は拠点を転々とする。彼女と彼女の生活圏(コロニー)傘下に属する妖怪たちは一定期間で拠点を捨て、新たな拠点に移ることで追手を避わしてきたのだ。

「微細だが、血の匂いがするの。乾きようからして、ざっと数週前と言ったところか」

「じゃあ、ここがそうなんだな」

 ここは今、梨乃のコロニーへと打って変わっていた。きっと中の人間を皆殺しにし、この邸宅を奪い取ったのだろう。四方は塀に囲まれ、監視の目も届かない。加えて暴力団の調査は警察の職務だ。

「祓刃はサツと仲が悪いからな……隠れ場所までよく考えてやがるよ。ほんと」

「梨乃は頭がとにかく頭が切れる。けれど、そういう輩は思考にある程度の〝せおりー〟があるのじゃ」

 梨乃はコロニーとする場所を選ぶのに幾つか見つかりにくい条件を選ぶそうだ。そして、彼女の親友だった白江なら、ある程度その条件を知っている。あとはその条件に合致する施設を仙道が絞り込むことで、彼女のコロニー候補を割り出すことが出来たのだ。

 プロテクターを忍ばせた迷彩服に身を包み、二人はトレーラーを降りる。その手にはムラサメの軌道キーと、遠隔操縦の端末も握りしめてだ。

「分かっておるな、鋼一郎。ワシらは今から犬飼梨乃と交渉をするのじゃ」

「あぁ。三柱の縁者・九尾とその傘下の妖怪総勢三百人。全員、俺たちの仲間になってもらうぜ」

 ◇◇◇

 白江が梨乃に共闘を持ち掛ける決心を固めたのは、ムラサメの整備基地で起こった殴り合いがきっかけだった───

 仙道が集めていた協力者のほとんどが妖怪対策法違反として捕縛され、一週間後に集合する予定だった妖怪たちも連絡が途絶える。そんな絶望的なニュースが二つ同時に舞い込んだのだ。

 あまりにドンピシャすぎるタイミングかつ、白江たちの内情を知らなければ起こらなかったはずの事態だには、誰もが皆、内通者の存在を疑ってしまう。

 互いが疑心暗鬼になり、遂には不満が爆発する。一昨日にはメカニックの一人と妖怪の一人が口論の末、殴り合いの大喧嘩にまで発展した。

 その場は仙道と白江が辛うじて収めたものの、やはり人間と妖怪の関係には危うい脆さがあることを痛感させられた。

 鋼一郎や仙道、それに由依や白江たちは整備基地に居合わせていたために運良く追跡の手を免れたが、それでも人妖入り乱れる総勢九十名の連合軍は決戦を前にして、すでに崩壊を始めていたのだ。

 ◇◇◇
 
 三柱の玉の持ち主であった梨乃は、かつて三柱と呼ばれていた妖怪たちの一柱、九尾の正当な血縁者にあたる妖怪だ。それに加え、多くの祓刃(はらいや)隊員を屠ってきた実績は彼女の名に大きな箔を付けた。総勢三百名の傘下という規模を見れば、彼女の影響力を伺い知ることも容易であろう。

 今夜、梨乃のコロニーを訪れることはごく一部の人員しか知りえない。ここで彼女を説得し、彼女らを戦力に加えることが瓦解しかけた連合軍を立て直す、唯一の策なのだ。

「……待った」

 分厚い門を叩こうとした鋼一郎を白江が呼び止める。

「やはり、これは先に明かしておくべきだと思っての……梨乃がお前さんら人間に異様な敵意を向け、頑なに団結することを良しとしなかった理由じゃ」

 梨乃にはかつて妖怪の恋人がいたという。一本の角を持つ精悍な鬼の青年だったそうだ。

 その恋人を祓刃の全身となる奈切直属の陰陽師一団に殺された。それもかなり惨たらしい方法でだ。

「生きたまま皮を剥され、挙句に首を晒しものにされたのじゃ。怒り狂った梨乃はその陰陽師どもを一族ごと根絶やしにしたさ。それでも彼女の焦がれた者は帰ってこん。ヤツの傘下にいる妖怪たちだってそうじゃよ。縁者や恋人、あるいは師とするものを惨たらしく殺されたのだ。そう簡単に分別が付くわけもない」

 鋼一郎も妖怪に両親と恩師を殺された人間だ。だから、彼女らの憤りが痛いほどよくわかる。

「……そうか」

「正直、理屈ではないのじゃよ。ワシの様に割り切ってものを考える方が少数派じゃ」

 返した白江の言葉にも哀愁のようなものこびりつく。それでも二人は立ち止まるわけにはいかなかった。

 数回ノックすれば、丸坊主の男が現れた。いかにもその筋の人間といった風貌だが、白江たちと同じ、人間に近い姿の妖怪であろう。

「久方ぶりじゃの、見上げ入道」

「おぉ、これは幸村のお嬢! ということは、遂に犬飼の姐さんに玉を返してくれる気になったんですね!」

 大入道の態度は想いの他、歓迎的なものだった。それはまるで、数年ぶりに帰郷した親戚の娘を出迎えるように。だが、その朗らかな表情も隣の鋼一郎を見た途端、一気に強張る。

「お嬢……俺の見間違いだったら申し訳ありませんが、お隣の方は人間じゃないでしょうか?」 

「指名手配中の元祓刃隊員、克堂(こくどう)鋼一郎。ワシの仲間じゃ」

「そうでしたか。それじゃあ、お嬢は姐さんに詫びを入れに来たわけじゃないんですね?」

「三柱の玉の相続権は梨乃とワシの両方にあるはずじゃ。詫びもクソもないじゃろう。それにワシが考えを改めないことは、アイツが一番わかっておるはずじゃ」

 鋼一郎の角度からは、白江の手の中に鋭利な氷片を忍ばせているのが見えた。
交渉と言いながらも、多少は強引にならねば圧し通れないことを彼女は弁えていた。

「梨乃を出してはくれぬか? ワシは彼女に用がある」

「なりませんね。……お隣の人間をぶっ殺す許可を頂けるなら、話は別ですが」

 差し向けられた鋭い殺気に鋼一郎もまた拳を構える。睨み合う三者の間に緊迫した空気が流れた。

 だが、その空気も彼女の一言でかき消される。


「──止めろッ! お前ら!」


 荒々しく蹴り破られた玄関の向こうには、灯りのない廊下が続いていた。その闇の中、金色をした彼女の双眸と尻尾はよく目立つ。

「なぁ、白江。アンタはそう簡単に死ぬようなタマじゃないとは思ってけど、まさかノコノコ訪ねてくるなんてね」

 羽織っているのは男物の着物は、恐らくこの邸宅の持ち主のものだったのだろう。不敵な笑みを浮かべ、両腕を組み交わした犬飼梨乃がそこに立っていた。

「せっかくなんだ、あがって行けよ。話なら中のほうが良いだろうしさ」
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