妖狩りの鉄機兵~この復讐は、白髪年齢不詳の少女と共に

ユキトシ時雨

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エピローグ

妖怪対峙は鋼の如く

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 二〇三八年 九月二十日 午後一時二十分 
 東京 柄沢市・榑沢霊園へと続く道中

 九月も後半に差し掛かろうというのに、まだ外は異様に蒸し暑い。

 異常気象のせいなのか。じりじりと照り付ける炎天下を恨めしそうに睨みながら、克堂鋼一郎は額に浮かんだ汗を手の甲で拭った。

「それにしても、この暑さ……お前は大丈夫なのかよ?」

 報告のため、二か月という短なスパンでも百千咲楽の墓前に足を運ぶことはさして珍しいことでもなかったが、誰かと二人でというのは初めてのことだ。

「大丈夫なわけがあるか……こんなのワシの身体がいつ溶け落ちてもおかしくはないぞ」

 右目に黒い眼帯を当て、車椅子に腰かけるのは私服姿の鋼一郎だ。そして、後ろでは日傘を指した白江が同じように手の甲で汗を拭っていた。

 奈切と決着からおよそ一か月。鋼一郎が入院している間に随分といろんなことがあったらしい。

 まずは妖怪に纏わる真実の公表。奈切が消えた今、真実を隠すものはいない。それによって社会は大きな論争に発展するも、「妖怪と共存を目指す会」の設立や政府の迅速な対応、新法案の準備など、ことは辛うじて前向きに進もうとしていた。

 その他にも祓刃の解体が決定したことや、奈切コーポレーションが倒産に追い込まれたこと。押収された〈ムラクモ〉と〈百鬼〉の台数がデータ上の数字と会わなかったこと。大規模なデモが起こったこと。問題を数え出してはキリがないのだが、そのほとんどを鋼一郎が知ったのは全て退院後のことだった。

 そんなニュースを鋼一郎が聞いてしまったら、入院中など関係なくベッドから抜け出すだろうと、由依が情報規制をかけていたのだ。

 おかげで病室にテレビやラジオの類はなし。おまけにスマホまで取り上げられるものだから、退屈な時間を筋トレで潰し、医師と看護師に本気で怒られれてしまった。

「のう、鋼一郎……あっ、いや、」

 白江が途中まで言いかけて、押し黙る。口をへの字に曲げ、悩んでいるようだ。

「どうした? いまさら隠し事かよ?」

「そういうわけじゃなないのだが……お前さんはすでに数多の未来が見えているのだろう? ならば、わざわざワシが言う必要があるのかと思って、」 

 何だ、そんなことか。

 確かに「超並列演算処理能力」をもってすれば、彼女の次の言葉を予測するのも容易なことだ。だが、あれは脳への負担が大きすぎる諸刃の剣である。

「安心しろよ、今は薬でB・Uの症状を抑制してる。だから未来も何も見えねーよ」

 というか、それが世間一般なのだ。B・Uの特異性を生かせる仕事だって限られているのだから、ほとんどのB・U発症者は抑制剤を用いて脳への負荷を軽減している。寧ろ、これまでの鋼一郎の立ち振る舞いの方がイレギュラーなのであった

「歩けなくなったのも抑制剤の副作用だが、ある程度回復すればの量を減らしてもいいって説明された。まぁ、そのうち松葉杖でもついて歩けるようになるだろ」

「随分と適当じゃな。……もしや、また無茶をする気じゃ、」

「そこまで俺もバカじゃねーよ。悲観しても仕方がないって話だ。それより、お前は何を言いかけたんだ?」

「おっと、そうじゃった」

 白江の言いかけたのは、鋼一郎の身の回りについてだ。

「仙道はどうなったのじゃ?」

「あの人なら、指名手配が解かれたあとも働き詰めだって聞いたな。全部の責任を取ってくれるとは言ってたけど、あの人はマジで全部の後始末をやろうとしてくれてるみたいだ」

 ここ数日、記者会見で仙道を見ない日はなくなった。

 あの決戦の夜だって奈切の送り込んだ百鬼の襲撃を察知し、皆を逃がしてくれたんだ。あの人が有能なのに間違えはないが、今は有能が過ぎるせいで、その仕事量を案じてしまう。

「というか、梨乃の方はどうなったんだよ? 胸を撃たれてたんだよな」

「あぁ、アイツなら」

 妖怪たちの間では、ずっと姿を隠していた白江よりも、活動を続けていた彼女の方を慕う声の方が多いらしい。白江自身も柄ではないと割り切っているし、今は梨乃が妖怪代表として生き残った妖怪のまとめ役や、人間たちとの対談を務めているらしい。

「梨乃が多くの人間の命を奪ったことに間違えはない。ただ、人間と妖怪にために尽力するアイツの姿は、恐ろしい妖怪に思えないというのがもっぱらな評価のようじゃ」

「そういえば、たまに仙道さんとも仕事してるんだっけ?」

「そうらしいの。ところで、彼女とはどうなったのか? ほら、特にお前さんと仲の良かったあのメカニックじゃ」

 すると鋼一郎が露骨に顔をしかめた。

 どうにもバツが悪そうに目を逸らす。

「由依とは絶賛、喧嘩中……というか口を聞いて貰えてない」

 やはり「怪我をしない」という約束を破ったのが不味かったのだろう。傷だらけな上に右目まで潰れた鋼一郎を見て、彼女は約半日泣き続けた。

 そのあと、泣き疲れた彼女は寝てしまい、目を覚ましたらいつものお説教が始まったというわけだ。

「いい加減、謝らないと思ってるんだけどな……いまいちタイミングが掴めないんだよ」

「というか、それ。悪いのはどう聞いても約束を違えたお前さんだからな!」

「うっぐ……! けど、仕方ねぇだろ、あれは!」

「言い訳無用ッ! 乙女とした約束を死んでも守るのが男というものじゃ。約束を守れぬ男など、死んだ方がマシじゃというもの!」

 そうこう言い合っているうちに、彼女の墓前まで辿り着いた。こんな喧しい二人での墓参りも初めてだ。ただ、賑やかなことが好きだった彼女のならば、笑って許してくれるのだろう。

「実はの、ワシが千年氷楼閣を使ったせいで気を失っているとき、彼女の……咲楽の声がしたのじゃ」

 線香を上げようと鋼一郎がライターを弄っていると、白江は少し改まって口を開いた。

「お前さんを助けてやってくれとな。お陰でワシは飛び起きてしまったわ」

「それって……」

 思い返せば白江と知り合ったのも、墓参りの時だった。そして、白江は咲楽と顔見知りであると言っていた。

 改めて考えなくとも妙なことだ。

「なぁ……白江。お前は百千咲楽について、いや奈切咲楽について、どれだけのことを知っていたんだ?」

「そうじゃの。それも話しておかねばならなかったな」

 ◇◇◇

 それは遡ること千年前──

 白江は陰陽師の一団に追い詰められ、命からがら森の中へと逃げ込んだ。しかし、それは彼女の仕掛けた罠である。木陰に身を隠し、氷の妖術で一人、また一人と追手を葬っていったのだ。

 だが、一人の陰陽師だけが白江の動きを見切っていた。その筋の人間だと言うに刃物の扱いに長け、二振りの短刀から繰り出された連撃に、白江は一気に距離を詰められてしまう。

「やぁ、君が三柱・雪女の娘さんだね」

 そして、気がつけば白絵の視界は百八十度回転していた。投げられたと自覚するにも数秒を要しただろう。

 その無防備な背中に腰掛けた彼女こそ、当時の百千咲楽であった。

 ◇◇◇

「それじゃあ……お前もあの人にボコられたのか……」

「あぁ……じゃから、お前さんの話を聞いていて、彼女も変わっておらんのだと呆れてしまったわい」

 本当に彼女は千年間変わっていない。

 奈切を討つために必要な仲間を集めていたところもそうだ。

「追い詰められたときは、死期を悟ったさ……けれど彼女は陰陽師の癖にワシに取引を持ち掛けた。ここで死ぬか、ワシに奈切を討つための協力者になるか、とな」

 後者を選んだ白江に対し、彼女は「時が来るまで生き延びろ」とだけ言い残し去って行った。

「正直わけが分からんかった。イカれてるとさえ思ったし、二度と会うこともないと思っていたんじゃがのう」

 それから五百年後。彼女はまた人間に追い詰められていた白江の前に現れ、その命を救って見せた。陰陽師の頃と何も変わらぬ姿で現れた彼女に、白江は心底驚かされたという。

「『あと数百年もすれば、技術も進みもっと強い武器が手に入る。戦闘経験を重ねれば私だってもっと強くなれるし、君のように強い仲間を集めることだってできる。だから、まだ待っていてくれ。時が来たら、共に奈切を討つんだ』と誘われた。そしたら、また何処かへ消えてしまったよ」

 次第に白江は彼女に興味を持つようになっていった。

 奈切の持つ不滅の妖術を不完全な形で引き継ぎ、何度も彼女が生まれ変わっていたこと。そして、彼女が影で奈切を討つために暗躍していたこと。それらを知るのにも、そう時間は掛からなかった。

「というか、探ってる途中に彼女に捕まって、ことのあらましを全部聞かされた。今日までこのことをお前さんに黙っておったのは、決戦前にいらぬ動揺を与えぬためじゃ」

「所詮ワシは百千咲楽の計画を引き継いだに過ぎない」と白江は、自嘲気味に笑ってみせた。

「『彼女は父を止めたい。その為なら手段は選んでいられない』とも言っておった。その特異な定め故に、当時は奇病とされたB・Uを患って尚も彼女の心はブレなかった。幾度とない生まれ変わりは、いつ発狂してもおかしくはないというのにだ」

 そして、最後に咲楽に会うことになったのが今から二年前。またしても彼女の方から白江の前に現れたのだ。

 祓刃隊員として多くの妖怪に恐れられる一方で、彼女の計画は大詰めに入ろうともしていた。奈切に対抗できる力を秘めたカラクリ人形の「凱機」。そして自分と同じようなB・Uを患うこととなった教え子たち。

 ──あと五年もすれば、ようやっと決着を付けられる。だから、最後にもうちょーっと待っててね。

 ──それから、こんな私の妄言に付き合ってくれてありがとう、白江。君が生きていてくれたから、私も今日まで一人じゃないって頑張れたんだよ。

「……ワシは確かに百千咲楽という人間を千年前から知っていた。けれど、過ごした時間はほんの僅かじゃったから……だからワシは彼女がどんな人物なのかを知らぬ。ずっと……ずっと千年もの間、互いを信じ合った仲間だというのにな」

 白江の言葉にはどこか寂しさが滲んでいた。

 咲楽の末路は知っての通り。決戦を前に、奈切に勘付かれた彼女はそのまま消されてしまった。

「…………ッ!」

 もっと彼女と一緒にいたかった。もっと彼女のことを知りたかった。そう思うのは白江も同じなのだ。

「最後にもう一つ。彼女はより厳密に言えば奈切の娘ではない」

「えっ……」

「捨て子だったそうじゃよ。それを何かの偶然で拾った奈切が、自らの不滅の術を付与した。じゃから、咲楽は不完全な形で特異な体質を引き継いだのじゃ。奈切も奈切なりの情があったのだろうし、そう思うからこそ咲楽だって一度も父を憎いとは言わなかった。誤りを正したい。その凶行を止めたい。と、ただそれだけを願っていたのじゃ」

「それじゃあ、咲楽教官は」

「命を弄ばれていたわけではない。報われなかったわけではないのじゃよ」

 それがせめてもの救いになるだろうか。ただ、胸に広がるのは複雑な、言葉にし難いような感情だ。

 鋼一郎にとって咲楽は自らを喧嘩に明け暮れる日々から救い出してくれた恩師であり、彼女が恩師だったからこそ今の自分があることに変わりはない。けれども自分は彼女の背負うものを何も知らなかったのだという虚しさが心のどこかにはあった。

「俺は…………」

「そんな顔をするでない! 咲楽もお前がそんな顔をすることは望んでない。それにワシらは彼女の悲願を成し遂げたんだ! もっと誇ったていいくらいじゃぞ!」

「分かってはいるけどよ……やっぱそう上手くは整理もつけられねぇよ……」

 奈切との決着はつけられた。咲楽にとっての千年もの悲願が果たされたなら、彼女は次に何を望むのだろうか?

「咲楽教官、俺は…………いや、」

 墓石は何も語らない。そこまで言いかけて首を振った。答えを彼女に求めるようでは、きっとまた叱られてしまうだろう。

「鋼一郎。それでお前さんはこれから、どうするわけだ? 祓刃は解体されたようじゃが、行く当てはあるのか?」

 鋼一郎は押し黙って考える。近しい親族もいなければ、一般の高校にも通ったこともない自分に働き口があるのだろうか?

 片目のハンデだってある。強いていうのなら、今からでも大学に入って猛勉強をする選択が無難であろうが……ただ、やるべきことならば一つハッキリとしたものがある。

 人間と妖怪────その関係は真実が明かされたところで、自分と白江のようなものになるとは限らない。人間の中には全てを知って尚、憎しみを拭えないものがいる。そして妖怪達もそれは同じだ。

 現に今だって仙道と梨乃の両方が騒ぎを抑えてこそいるが、「妖怪追放運動」や「反人間思想」といった聞きたくもない単語を度々ニュースを耳にする。

「俺は人間と妖怪、その両方を護りたい。きっとあの人もそれを望んでくれると思うから」

「そうか、ならば一つ提案なのじゃが──」

 彼女はニヤリとほくそ笑む。

「ワシはこれから祓刃の後任となる、人間と妖怪の両者の間に起こるトラブルを取り持つ組織を作ろうと思うのじゃが、人手が足りてなくてのう……うーむ、なんとも困ったものじゃ」
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