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EP11 君が願ったのだから

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 怪獣が初めて確認されたのは三年前であった。だが、ARAs(エリアズ)が〈エクステンド〉を回収したのは、さらにその三年前へと遡る────

 廃棄された工場区画で急激な現実固定(メルマー)値の変動と、周囲一体の建造物が砂塵と化したニュースを聞きつけた組織は、未那月美紀(みなつきみき)と工作員・竜胆鈴華(りんどうれいか)を派遣。そこで彼女らは降り積もる砂塵が鋼の巨人を形作っていく過程に立ち会った。

 周辺にフェイズⅢへと覚醒したエゴシエーターの存在が確認されなかったことから、この存在はフェイズⅡ以前のエゴシエーターが生み出したものと断定。

 以降〈エクステンド〉は外付けの制御AIと武装を積載した上で、ARSsの「対巨大現実改変存在用・戦略兵器」として運用が為されてきたのだった。
 
 ◇◇◇

「私たちが勝手に〈エクステンド〉を回収してしまったから、君は今まで自らの力を自覚せず、フェイズⅡの未覚醒状態を維持してきたんだろうね」

 けれど、夕星(ゆうせい)は〈エクステンド〉に乗り込むことで、自らの力を理解してしまった。バイク運転が精々の高校生が、〈エクステンド〉の巨体を手脚のように動かせた理由だってそこにある。

 幼い夕星は『カッコよくて大きなロボットにのってみたい』と願ったのだから、その願いを叶えるため生まれたに〈エクステンド〉は他の誰でもない「神室(かむろ)夕星」に操れる存在でなくてはならないのだ。

「それじゃあ〈エクステンド〉を作ったのは俺で、」

 美紀が抜いた大太刀には、歯車状と化した自らの瞳孔が写り続けている。それこそがフェイズⅢのエゴシエーターへと覚醒した何よりの証明であった。

「あとからウチのスタッフに能力の診断をしてもらうと良い。あの怪獣との戦闘中に私が提示した能力の概要や範囲は、あくまでこれまでに確認されたエゴシエーター能力の統計から予測したものだからね」

 だとしてもだ。今の自分が宿すのは現実を歪め、願うままに願いを叶えてしまう力に他ならない。

 ぐるぐると回る瞳孔は微かに震えてもいた。冷たい汗が頬を伝い、それが足元へと滴り落ちる。

「ちょっと休憩を挟もうか。色々いっぺんに話しちゃったら聞いている君も疲れたろ?」

 話し疲れたように伸びをした美紀は、大太刀を腰に収め部屋を発とうとする。

「ま……待ってくれ!」

 聞きたいことなら、まだ山程残っているのだ。夕星は彼女の腕を掴み、呼び止めた。

「えっと、その……あっークソ! 考えがまとまれねぇよ!」

「ふむ……だったら、気分を変えるためにも別の話題を提示しようじゃないか」

「別な話題……ですって?」

「君たちをこの基地に運んだ転送装置について、なんかはどうかな? あれも、とあるエゴシーター能力を研究した結果製造できた副産物でね。指定した対象を瞬時に粒子へと分解し座標を跳躍させるわけだが、大量のバッテリーを食い潰すし、使用できる回数にも上限があってね」

 しかも複数の対象を転送したい場合には、それぞれを一度ずつ転送しなくてはならないそうだ。

 だが彼女は、どうして唐突にこの話題を切り出したのか?

「だけどさ、ちょっと変だとは思わない? 私はあのとき〈エクステンド〉だけを回収して君を放り出すことも出来たはずだ。というか、仮にも秘密結社を名乗ってるわけだし、できることなら組織の存在自体を知られたくもない。それなのにだよ、わざわざ貴重な転送装置のカウントを減らしてまで、君に招き、あまつさえ私は組織の秘密を包み隠さず明かしているんだ」

 彼女はネクタイピンに彫り込まれた「ARAs」の文字を指でなぞりながら、天井を仰いだ。

 だが、視線の先は天井程度では留まらず、もっと上の遥か彼方を見つめている。

「私たちARSsの最終目的は、この世界を改変される前の正常な状態に戻すことだ。このままエゴシーターが好き勝手に現実固定(メルマー)値に干渉を続ければ、世界にはそれだけの負荷が掛かる。そうやって負荷が掛かり続ければ、いつかはドカン! なんてこともあり得るわけで。そんなバッドエンドを避けるためにも私たちはエゴシエーターの真実を探求しているんだ」

「じゃあ、もしも、先生たちがその真実を見つけられなかったなら」

「果ては神のみぞ知るってとこかな?……残念なことに私たちの調査は停滞し続けているというのが現状なんだ」

 現状を打開するには、いつだって何かきっかけを要する。

 夕星が「陽真里を守りたい」と願い、大破した〈エクステンド〉を復活させたように。

 未那月もまた何か、きっかけを探していた。

「単刀直入に言おう、神室くん。私はこの停滞した状況を打破するために、エゴシエータ―として覚醒した君をスカウトしたいと思っている」

 差し出されたのは、彼女の掌だ。向けられる眼差しは期待でとっぷりと満たされている。

 だが、夕星にはその手を掴むことができなかった。

〈エクステンド〉を初めて操縦した時に理解したのだ。操縦桿を握るのは、ゲーセンの操作レバーを握るのと訳が違うことを。

「……俺に特別な力があることは解りました。この力を役立てれば、皆の役に立つってことも……だけど、自信が湧いて来ないんです」

 あの怪獣に勝てたのだって、ほとんどビギナーズラックのようなもの。同じようにやれる自信もない。

「それに俺は大事な親友を守れないどころか、巻き添えにしちまった。アイツは……十悟(じゅうご)は、ただあそこに立ってただけだってのにッ!」

 鼻腔には未だに血液の鋼臭さが染み付いていた。熱を持って流れる鮮血に対し、冷たくなってゆく身体のことを忘れられるわけがないのだ。

「だけど、君は結果として怪獣から多くの人々を守ってみせた。それにあの怪獣は何度も藤森(ふじもり)委員長の名前を呼んでいたからね、彼女を守るためにも君は戦うことを選んだじゃなかったのかい?」

 確かに、それも一つの事実だ。

 だが幼馴染と親友に優劣を付けられる訳がない。夕星にとってはどちらか一人を守れたとしても、もう一人が傷ついてしまえば意味がないのだ。

「そういう問題じゃないんですってば!」

「というか、神室くん……君は何故だか友達が死んだと思っているようだが、彼は一命を取り留めているぞ。ちゃんと基地内の集中治療室に搬送して処置を行ったから、すぐにでも意識を取り戻すはずだし」

「へ…………?」

 あまりにサラッと言われたものだから、思わず思考が止まってしまう。それからしばし、「十悟が一命を取り留めている」という一文を頭の中で反芻させて、夕星は素っ頓狂な声を上げてしまった。

「えっと……それはマジなんすか?」

「マジもマジ。大マジさ」

「はぁぁぁぁ⁉ んなこと聞いてねぇぞ!」

「言ってなかったもん。けど、悪くないサプライズだろう」

 しれっとした態度で彼女は再び、夕星へ手を差し出した。

「実はな、私たちがエリアズ確認した限り、〈エクステンド〉と怪獣の戦闘で死者が出たケースは一件もないんだ。二五メートル級の巨体が殴り合っているのにだよ」

 それは何故か? という疑問に対し、彼女は一つの仮定を立てる。

「私が思うに〈エクステンド〉を生み出したエゴシエーターが、〈エクステンド〉に〝そういう存在〟であることを望んだからじゃないかな?」

 幼い日の夕星は巨大ロボットに、人々を傷つけることを望まなかった。寧ろ、願ったことは真逆。当時の自分でさえ稚拙だと思いながらも〈エクステンド〉には「正義の味方」であることを望んだのだ。

「確かにエゴシエーターの力は君のような少年が手にするにはあまりに大きすぎる力だ。けれど大きな力を振るったからといってそれが必ずしも最悪の結果に辿り着くとは限らない」

 その話を踏まえて上で、彼女は期待に満ちた眼差しをする。

「神室夕星くん。この歪な世界を元に戻し、多くの人々を救うには君の協力が不可欠だ。だから私たちに力を貸してくれないだろうか?」
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