4 / 10
4 襲撃の烽火
しおりを挟むオーガが明日の襲撃に向け、ガヤガヤ騒いでいる中で、イブリースはその中に紛れていくと、何気なく持っている酒や置かれている料理にぽとりと指先から滴る毒を垂らす。ガハハ、と笑うオーガたちと手を組んだりして遊びながら、疲れたフリをして先の少女のもとに行った。
この少女はどうせもう長くない。ならば、有効活用するのみ。
死んだ目の少女に触れると、ぴくりと動いてそのくすんだ赤い瞳がイブリースを映す。イブリースは無表情のまま、それらの場所に毒を仕込んだ。
イブリースが村に戻れたのは、すでに月が空に上がってしまっているころだった。見張り番に立っていた若い男が、暗闇の中で動くイブリースの影を見たときにはオークではないかと度肝を抜かして、警鐘を鳴らそうとしたときはビックリしたが、何とか誤解も解けて村の中に入れてくれた。その知らせを聞きつけたのか、村に入って見張り番の若い村人と話している最中に、村長のトロメーオが飛び込んできた。
「オーガは? オーガはやったのか!?」
「えぇ。罠に掛けて、何とか。僕自身はほとんど無傷で済んだのですが、自慢の名刀が犠牲になっちゃいました」
本当はオーガたちへの裏切らない信頼の証として、宝剣でありそこそこの価値があるあの剣を洞窟に置いてきただけなのだが、まあそれは言うまい。
そんなことを言って剣の入っていない腰の鞘を見せつけるイブリースに、トロメーオは安心したように肩を下ろした。「だが」とトロメーオはイブリースを鋭くにらみつける。
「貴方が本当にオーガを討伐したのか、証拠がないとな」
トロメーオが言うことは正しい。適当にオーガを倒したフリをして帰ってくることも可能なわけだ。村の命運が掛かる大仕事の成功に、証拠を求めるのは当然である。イブリースがオーガを倒したという場所まで若者数人とトロメーオとで確認しに行く、という話になったのだが、夜に出歩くのは危険だから明日になってから確認しに行こう、という意見と、いますぐに、という意見で対立が起きてしまった。
しかしイブリースはこうなることをある程度は思い描いていた。だからその論争を始めた民衆をかき分けて、トロメーオのもとに行く。
「白いワンピースに、長い黒髪。あとは、赤い瞳でしたね」
「――」
それは、4日前にオーガに攫われた捨て子の容姿だった。トロメーオは確かにひとりの村娘が攫われたとイブリースに話したが、その詳細な容姿までは話していない。それを聞いたトロメーオは目を丸くして、イブリースが本当にオーガを、少なくてもオーガ達の拠点に行ったことを確信しただろう。無表情のイブリースに、トロメーオは静かにうなずいて騒ぎ立てる村人たちを宥めに動いた。
トロメーオの村長権限より、オーガの死体確認は明日に行われることになった。イブリースは空き家のひとつを寝床として与えられ、遅めの夕ご飯もその家にわざわざ運ばれてきた。適当に食べ終えて、少し埃くさいベッドに横になる。
オーガ達の襲撃は日の出になるはずだ。それまでには起きて、作戦通りの場所につかないといけない。というよりも、宴だとか言って酒を飲みまくっていたオーガ達が早朝の襲撃を寝過ごさないか、とても心配だった。遅れると全ての計画がおじゃんになってしまい、とても面倒なことになる。そもそも、村人やらオーガやらと、自分が楽をするために取引をすること自体が面倒くさかった故に、本末転倒になっている感は否めない。けれど、『どういう苦労をするか』という二択で、こちらの苦労を選んだというだけなので、どちらにしろ面倒なことには変わりない。ただ失敗すれば苦労が2倍になるというのは事実だ。オーガ達には、しっかりと作戦を執行してほしい。
悩んでいても仕方ない。イブリースはランプの明かりを消して、布団に潜り目を閉じた。
朝、薄い霧が立ち込めている。一連の支度をしてイブリースは家を出た。さすがに日の出前の時間に村を歩き回る人はおらず、しんと静まっている。イブリースの手には、空き家の中で見つけた薪は握られていた。
イブリースがその足で向かったのは、見張り台のある入口の門だ。村の中から登れるその見張り台に登っていき、見張り番の係になっている男に話しかけた。
「お疲れさまです」
「うおっ、なんだアンタか」
眠気と緊張で声にあたふたと驚く若者は、その声の主がイブリースであると気づくと安心して胸をなでおろした。
「なんか用か」
「朝のトレーニングですよ。村の外でやるつもりなので、ひと声かけておこうかと」
「そうか。早朝とはいえ、気をつけろよ。ま、オーガをやったアンタは大丈夫か」
どうも、とイブリースが会釈して戻ろうとした際に、彼の持っていた薪がその若者の目に入った。「ちょっと待った」と疑問に思った若者はイブリースを呼び止める。
「その薪は?」
「ああ、素振りの時に使おうかと。僕の剣はなくなっちゃいましたし、代わりに」
「なら、そこの木刀を持っていきなよ。訓練用のやつだ。終わったら返してくれればいいよ」
ここは微笑む見張り番の男の言う通り、ありがたく木刀を持ち出すとしよう。薪は、まあ適当に置いていくことにした。お礼を言って見張り台から降り、そのまま村から出て、森の中に入っていく。
見張り台から見えなくなったところで、イブリースは獣道からそれて、イブリースの持ち場所に足を運んでいく。もうそろそろ日の出だ。計画通りオーガは襲撃してくれるのだろうか。まあもし洞窟で酔い潰れて寝ていたのなら、この足で殺しに行けばいいと自身を宥める。
ついに持ち場についた。イブリースが持ち場として訪れたのは、村唯一の緊急の逃げ口である、村の中から柵の下を経由し掘られた穴の出口だった。
見張り番の男は村の外に消えていくイブリースという旅人の背中を見ながら、ふうと息をついた。まさか、あれだけ悩んでいたオーガの対処を一晩のうちに終わらせてしまうとは。なんだかとてもあっけなかったが、これで村の平和は守られたのだ。そんな旅人をよこした神に感謝しなければ、と両手のひらをつけて祈る。
「おう、交代だよ」
ふと後ろを振り返ると、次の見張り役の男が立っていた。空を見るとすでに日が上がりかけている。もう徹夜での見張りは終わりか、と自覚するとやけにしょぼしょぼしてくる目をこすりながら、その男の肩をたたく。
「おう、よろしくな」
「――」
反応がない。どうしたのだろう、とその男の顔を見た。――震えている。不審に思った男は「オイ!」とその震えている体を揺さぶると、ようやく小さく口を開いた。聞き取れず、もう一度頼もうとしたところで、それよりも先に男は叫んだ。
「オーガだよ! オーガが、門の前にいやがるんだ!」
その声に押されて、男は見張り台から身を乗り出した。叫んだ男もそれに続く。
いる、確かにいた。4対のオーガが。のっそりと、確かにこの村に向かっている。男は交代に来た男の両肩をつかみ、思わず悲鳴と似つかわしい声を張り上げた。
「オーガは、あいつが倒したんじゃないのかよ!?」
「おい! あぶねえ!」
「――え」
掴まれた男は両目を大きく広げ、その男に警告するがすでに遅い。男が後ろを振り返ったところで、黒い影が眼前にまで迫っていた。影、否、それは投げられてこちらに向かってくる斧だ。ぐるんぐるんと、上下に回転しながら向かってくるそれがやけにスローモーションに見えて、男がその結末を理解するまでの余裕はあった。
――死ぬ。
斧の刃が男の顔にぐさりとのめりこんだ。切断の角度からして一瞬にして鼻が削げ、飛び出す鮮血と共に男の鼻がぼとりと落下する。命を刈り取られたその男は、糸の切れた操り人形のようにぴくりと無機物の動きをすると、そのまま後ろへ仰向けに倒れた。その顔はあまりにひどいもので、片方の眼球が飛び出ており、細い糸が数本だけなんとか繋がっている状態で、下の歯茎に至っては口の範疇を超えて異様に飛び出ている。交代に来た男は、その凄絶な最後により震えながら、警鐘を鳴らした。
警鐘が鳴り響き、村人たちがいそいそと武器を持って家から出てきた。見張り番の男は、すでにこと切れた男に手を合わせると、震えた手で門を閉じ、張り台から降りて行った。
「オイ、殺しはまずいんじゃなかったか」
「なに、ひとりぐらい。残りを生け捕りにすればいいだろうが」
「男は門の近くで待機! 女子供は裏口に隠れていなさい!」
警鐘響く中、トロメーオの怒声が村人を動かしていく。男は各々の武器を持って、勇み叫びながらオーガの現れた正門へ向かっていった。その異常事態に泣き叫ぶ子供をあやす女は、そんな子供をつれて裏の緊急用の逃走経路に向かっていく。
「オーガは倒したんじゃなかったのか!?」
「騙したのか!」
「くそっ! やっぱ昨日のうちに死体を確認しておくべきだったんだ!」
「戯言はあとだ! まずはオーガをどうにかせなあかん!」
村人にトロメーオが喝を入れる。トロメーオ自身も大きな剣を持ち、正面入り口あたりで待機している若者たちの前に立った。そして考える。
イブリースという旅人は確かに攫われた女の特徴を言い当てて見せた。つまり本当に奴らのアジトには行ったいうことだ。ならば、オーガの手中にくだったか、もしくはあの失くしたといっていた剣を材料に逃がしてもらったか。警鐘がなってすぐ後に、イブリースに貸した空き家を覗いたが、もぬけの殻だった。あの男は、あんな誠実なフリをして自分たちをはなから騙す気だったのかもしれない。今みればあの動作ひとつひとつが誠実すぎた気がする。
木製の大きな閉門が、ゴンと鳴らされてヒビが割れる。それはオーガたちの攻撃を意味していた。この門の向こうに、オーガがいる。トロメーオ含む村人が息を呑んだ。
――門が、大きな音をたてて崩れ落ちた。
「ウォォオオおおおおおお!」
砂煙から現れる大きなシルエットに向かって、村人たちは飛び出した。
0
あなたにおすすめの小説
大根令嬢の雑学無双、王弟殿下を添えて。~ 前世を思い出したので、許婚をほったらかして人助けしまくります!!
古森真朝
恋愛
気弱な伯爵令嬢のカレンは、自分勝手な婚約者レナートに振り回されていた。耐え続けていたある日、舞踏会で何者かに突き飛ばされ、階段から落ちてしまう。
その傷が元で儚く……なるかと思いきや。衝撃で前世を思い出したカレンは一転、かの『ド根性大根』みたいな超・ポジティブ人間になっていた。
『モラハラ婚約者の思惑なんぞ知るか!! 今度こそ好きなことやって、目いっぱい幸せに長生きするんだから!!!』
昔ひたすら読書に耽って身に着けた『雑学』を武器に、うっかり採れ過ぎた作物や、開墾しようとすると不幸に見舞われる土地、不治の病にかかった王族、等々の問題をどんどん解決。
領地の内外で心強い友人が出来たり、いつの間にかものすごく有名になっていたり、何かと協力してくれる王弟ヴィクトルから好意を寄せられたり(注:気付いてない)する中、温かい家族と共に仕事に励んでいく。
一方、前世から因縁のある人々もまた、こちらに転生していて――
貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。
黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。
この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。
はじめまして、私の知らない婚約者様
有木珠乃@『ヒロ弟』コミカライズ配信中
ファンタジー
ミルドレッド・カーマイン公爵令嬢は突然、学園の食堂で話しかけられる。
見覚えのない男性。傍らには豊満な体型の女性がいる。
けれどその女性から発せられた男性の名前には、聞き覚えがあった。
ミルドレッドの婚約者であるブルーノ王子であることを。
けれどミルドレッドの反応は薄い。なぜなら彼女は……。
この世界を乙女ゲームだと知った人々による、悪役令嬢とヒロイン、魔女の入れ替え話です。
悪役令嬢を救いたかったはずなのに、どうしてこんなことに?
※他サイトにも掲載しています。
第5皇子に転生した俺は前世の医学と知識や魔法を使い世界を変える。
黒ハット
ファンタジー
前世は予防医学の専門の医者が飛行機事故で結婚したばかりの妻と亡くなり異世界の帝国の皇帝の5番目の子供に転生する。子供の生存率50%という文明の遅れた世界に転生した主人公が前世の知識と魔法を使い乱世の世界を戦いながら前世の奥さんと巡り合い世界を変えて行く。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
妻からの手紙~18年の後悔を添えて~
Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。
妻が死んで18年目の今日。
息子の誕生日。
「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」
息子は…17年前に死んだ。
手紙はもう一通あった。
俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。
------------------------------
スーパーのビニール袋で竜を保護した
チー牛Y
ファンタジー
竜は、災害指定生物。
見つけ次第、討伐――のはずだった。
だが俺の前に現れたのは、
震える子竜と、役立たず扱いされたスキル――
「スーパーのビニール袋」。
剣でも炎でもない。
シャカシャカ鳴る、ただの袋。
なのにその袋は、なぜか竜を落ち着かせる。
討伐か、保護か。
世界の常識と、ひとりの男の常識が衝突する。
これは――
ビニール袋から始まる、異世界保護ファンタジー。
「がっかりです」——その一言で終わる夫婦が、王宮にはある
柴田はつみ
恋愛
妃の席を踏みにじったのは令嬢——けれど妃の心を折ったのは、夫のたった一言だった
王太子妃リディアの唯一の安らぎは、王太子アーヴィンと交わす午後の茶会。だが新しく王宮に出入りする伯爵令嬢ミレーユは、妃の席に先に座り、殿下を私的に呼び、距離感のない振る舞いを重ねる。
リディアは王宮の礼節としてその場で正す——正しいはずだった。けれど夫は「リディア、そこまで言わなくても……」と、妃を止めた。
「わかりました。あなたには、がっかりです」
微笑んで去ったその日から、夫婦の茶会は終わる。沈黙の王宮で、言葉を失った王太子は、初めて“追う”ことを選ぶが——遅すぎた。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる