更新される景色

オオタニメイ

文字の大きさ
7 / 10

選択

しおりを挟む

 病院を出た僕と君は、沈黙を貫いていた。

 僕はもう……ほとんど喋れなくなっていたし、途方にくれる君へかけるべき言葉も、上手く見付けられない。

 ろくに働かない自分の思考はまさに寿命という言葉が相応フサワしかった。

 診察を受けていた時から頭の中で鳴っているカタカタという音も、やむ気配がない。

「そこ、座ろっか」

 もうじき家に着くタイミングで、君が足を止める。

 僕も少し遅れて立ち止まる。

 帰り道の公園で、君はそそくさとベンチに向かった。

「座ってよ」

 先に腰を下ろして、催促する君。

 僕は君の隣に座る。

 それと同時に手を重ね──指を絡めた。

 ベンチの向かいにある遊具では、幼稚園帰りだろうか、子供たちが遊んでいる。

 その横で子供たちの母親が見守っている。その母親は君と同じくらいの歳だった。

 遊ぶ子供の声が平和に響くこの公園で……固まっていた君の表情も、少しだけ穏やかになる。

 そうか、君は子供が大好きだったよね。

 いつもこの公園で遊ぶ親子を眺めて──羨ましそうに目を細めていたような。


「ねぇ、わたしね」

「──僕を捨ててほしい」


 君が何かを言いかけて、そして、僕の言葉が遮る。


「僕のことは気にしないで。僕は君と長い時間を過ごせて……もう十分に、幸せだったさ」


 不思議だ。

 のろまになった僕なのに、この時だけスラスラと声が出てくる。

 まるで……初めからプログラムされていたみたいに。君に捨てられるこの時のために、最初から。

 そうさ。

 決まっていた。これが運命。

 運命に逆らおうとするから、こうなったんだ。

 たった三十年かそこらで壊れてしまう……不完全な僕が、君の側にしがみついた報いだ。

 君がくれた景色はあまりに濃くて、鮮やかで

 人間ですらない分際で抱え込もうとしたから、その輝きに堪えきれず……コワレタ。



 できるなら、壊れたくなんてなかったさ──。



「いいえ。わたし、あなたを捨てないわよ?」

「──…?」

「わたし……病院からずっと考えていたの。ううん今も考えてる。これからの未来をあなたと過ごす為にとるべき選択を」

 今も悩んで、今も迷っている。君はそう言った。

 泣き疲れていただろうに、あの沈黙の中で君が考え事をしていたとは知らなかった。

「病院の先生は……あなたの記憶を消せばもう少し長く生きられると言ったわ。でも別の人は、他の身体にあなたの記憶を移せばいいと言ったわ……っ」

「でも……君は、どちらも」

「……そうね。どちらも悲しいわ」

 男に渡された白い精密機械を鞄から取り出して、君はそれを震える手の中で持て余している。

「ねぇ……もし本当に、あなたの記憶を受け継いで、今と同じようにわたしを見て、呼んで、笑いかけてくれる人がいたとして」

 そういえばさっき渡された男の名刺はどこにいったのだろう──

「──…その人は、いったい誰なんだろうね」

「……僕にはわからない」

「あなたにもわからないコトあるんだ?」

「……」



 そうか、あの名刺

 僕がポケットの中で握りつぶしたままで、君に渡していなかったね



「わからないけれど……
 きっとソレは、僕ではないよ」






········




 不自然な沈黙

 僕は、答えの選択を間違えたと気が付いた。


「…っ」


 慌てて隣を見ると君が──君が僕を真っ直ぐ見上げて、グッと引き結んだ唇を、血が出るのではというくらい最後に食い縛って……ほどいた。

 ほころんだ唇が笑みを浮かべる。道草の蕾が花開いたかのように可憐に、そして堂々と。



「わたしもそう思う」


「…………ち、違う」


「決めたわ──…わたし、今夜にでもあなたを」


「……駄目だ」


「初期化するつもり」






しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い

青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。 神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。 もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。 生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。 過去世と同じ轍を踏みたくない……

悪意のパーティー《完結》

アーエル
ファンタジー
私が目を覚ましたのは王城で行われたパーティーで毒を盛られてから1年になろうかという時期でした。 ある意味でダークな内容です ‪☆他社でも公開

さようなら婚約者

あんど もあ
ファンタジー
アンジュは、五年間虐げられた婚約者から婚約破棄を告げられる。翌日、カバン一つを持って五年住んだ婚約者の家を去るアンジュ。一方、婚約者は…。

三十年後に届いた白い手紙

RyuChoukan
ファンタジー
三十年前、帝国は一人の少年を裏切り者として処刑した。 彼は最後まで、何も語らなかった。 その罪の真相を知る者は、ただ一人の女性だけだった。 戴冠舞踏会の夜。 公爵令嬢は、一通の白い手紙を手に、皇帝の前に立つ。 それは復讐でも、告発でもない。 三十年間、辺境の郵便局で待ち続けられていた、 「渡されなかった約束」のための手紙だった。 沈黙のまま命を捨てた男と、 三十年、ただ待ち続けた女。 そして、すべてを知った上で扉を開く、次の世代。 これは、 遅れて届いた手紙が、 人生と運命を静かに書き換えていく物語。

あなたが決めたことよ

アーエル
恋愛
その日は私の誕生日パーティーの三日前のことでした。 前触れもなく「婚約の話は無かったことにしよう」と言われたのです。 ‪✰他社でも公開

思いを込めてあなたに贈る

あんど もあ
ファンタジー
ファナの母が亡くなった二ヶ月後に、父は新しい妻とその妻との間に生まれた赤ん坊を家に連れて来た。義母は、お前はもうこの家の後継者では無いと母から受け継いだ家宝のネックレスを奪うが、そのネックレスは……。

可愛らしい人

はるきりょう
恋愛
「でも、ライアン様には、エレナ様がいらっしゃるのでは?」 「ああ、エレナね。よく勘違いされるんだけど、エレナとは婚約者でも何でもないんだ。ただの幼馴染み」 「それにあいつはひとりで生きていけるから」 女性ながらに剣術を学ぶエレナは可愛げがないという理由で、ほとんど婚約者同然の幼馴染から捨てられる。 けれど、 「エレナ嬢」 「なんでしょうか?」 「今日の夜会のパートナーはお決まりですか?」  その言葉でパートナー同伴の夜会に招待されていたことを思い出した。いつものとおりライアンと一緒に行くと思っていたので参加の返事を出していたのだ。 「……いいえ」  当日の欠席は著しく評価を下げる。今後、家庭教師として仕事をしていきたいと考えるのであれば、父親か兄に頼んででも行った方がいいだろう。 「よければ僕と一緒に行きませんか?」

処理中です...