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4話 厄介者

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「……石炭で儲けるだ?」

 いぶかしむような目でアベルが私を睨む。
 ちょっと怖いけど、私は我慢して続けた。
 自分を売り込む為のプレゼンだ。会社で何回もやってきたじゃないか。

「この炭鉱が石炭を採掘しているのはわかっています。ですけど、石炭はいまだ木炭に押され、重宝されていない。違いますか?」
「ふん、妙に博識だな。ま、確かにそうだな。石炭は掘るのが面倒だが、木炭は木を切り崩すだけだ」
「いいえ、もっと単純な理由です」
「うん?」
「大衆主義ってのは右に倣えですから」

 私がそういうとアベルはドッと笑った。

「まぁ、そりゃそうだな。他人がやってるなら自分もってなるのは普通の事だ」

 なんとなく理解はしてくれたらしい。
 木炭を使って儲けてる人がいるなら、人はそれをまねする。事実、木炭は製鉄に適した資源だから。
 いやそれだけじゃない木材とは製鉄に限らず多くの生活にかかわる。極端な話、家や道具にしても木材は使われるのだから、まさしく木材こそが金の生る木だ。
 とにかく、私は続けた。

「木炭、いいえ森林資源は見渡せばどこにでもあるもの……ですが、私の見立てでは、もってあと二、三年……断言します。木材は枯渇します」

 私はアベルの目を見据えながら、きっぱりと言ってやった。

「ふん?」

 対するアベルはさっきよりは緩い視線を向けているけど、まだ完全にこっちに乗ってきたわけではなさそう。
 だけど腕を組み、その場に座り込む。ほんの少しだけこちらの話を聞く姿勢を取ってくれたようだ。

「なぜ、枯渇するといい切れる」

 アベルは顎をしゃくって話を続けろと催促する。
 私は深呼吸してから、答えた。

「理由は様々ありますが、一番の理由はその消費量です。国中の燃料を賄うんですよね? だとすると今ある森林資源では賄えない」

 燃料が無くなる、つまり火が熾せなくなる。
 結果何が起こるのかっていうと、まずご飯が作れない。暖が取れない。ついでに家が建たない。
 木というのはそれほどまでに用途が多岐にわたる。
 無計画に伐採して使ってたらそりゃ枯渇するに決まってる。
 だから、元の世界では過去に伐採禁止令なんてものが出たのだから。
 現代のように輸入、植林、再利用のシステムが循環できているわけでもないし。

「資源の枯渇はあっという間ですよ。今はまだ大丈夫だと思っていると根本からかつーんと蹴り飛ばされるぐらいには」

 人間ってのは枯渇より、目先の利益を優先するものだ。
 それは悪い事じゃないし、自分が経営者だったら確実にそうなっている。
 でも、私はまだそうじゃない。

「ははん、つまりその時に石炭が燃料資源の代わりになるってわけだな。だが、それじゃまだ優位性がないな。火を熾すだけなら魔法使いがいる」
「国中の生活を賄えるような人数はいないでしょう?」

 この世界に魔法が存在するのは何度も言った通り。
 でも魔法を使えるのは一部のみ。しかも全体的な母数が少ないと来た。
 とにかく、魔法使いは貴族と思っていればオッケー。

「火を熾すのはそりゃ簡単です。魔法を使えばね。でも火を使い続けるのは無理です。伝説の魔法使いでも呼んで来いって話です。それに、木炭がなくなったらもっと困ることが起きますよ?」
「それは?」
「鉄が作れなくなりますよ? 鉄は重要ですよね。剣を作るにしても、農具を作るにしても……」

 人類の進歩は鉄の進歩だ。
 確かに木材は重要で貴重だ。だが、同時に鉄も。
 鉄があるからこそ、人類は発展できたといっても過言ではない。

「はっはっは! 確かに鉄は重要だな。でもお嬢ちゃん、悪いが石炭じゃいい鉄は作れねぇ」
「そうですね。石炭に含まれる硫黄は鉄の質を悪くするから」
「イオウ?」

 アベルは首をかしげる。
 どうやらそこらへんの細かな物質までは知らないようだ。

「あぁ、えぇと、とにかく鉄を悪くする成分と思ってください」

 石炭は確かに燃料資源としてはもうしぶんない火力を生み出す。
 だけど、一つだけ致命的な欠点があった。それこそが石炭に含まれる不純物だった。
 特に硫黄などは鉄を作る際に邪魔となる物質なのだ。これらの不純物は鉄を作る過程でどうしても混ざってしまうものだ。それがあると鉄は脆いものとなる。

「そういや屋敷の錬金術師がそんなこといってたな……よくわからんが。ま、質が悪くても鉄は鉄。我慢をすることになるだろうが」
「いえ、木炭で作る並の鉄、できますよ?」

 それこそが人類の知恵だ。

「あ? 錬金術師にでも頼むのか?」
「いいえ、違う」

 そんなファンタジーパワーにだけ頼る方法じゃあない。

「一日は二十四時間、一年は三百六十五日、その期間延々と錬金術師たちが鉄鉱石を鉄に変えてくれるというのなら、そうしてもらいましょう」

 魔法、なんでもありだ。マヘリアの記憶が教えてくれるのだ。
 この世界の錬金術は鉄鉱石をそのまま鉄に変えられる。しかし、これは高度な魔法で、できる人も多くはない。そんな多くない数の錬金術師に国中の生活に必要な鉄を全て作れというのは不可能だと思う。
 休みなく、錬金術師たちは鉄を作る為に働き続けろ言うようなものだ。そんなこと実行したら間違いなく反乱が起こる。
 錬金術師にだってプライドはあるのだし。

「じゃあ、どうするんだよ。石炭じゃ……」
「コークスを作るんですよ」
「なんだ、そりゃ」

 その瞬間、アベルは目の色を変えたように思った。
 私の話に興味を向け始めている。これは、チャンスだ。

「コークスとは、石炭を蒸し焼きにして不純物を飛ばしたものです」

 ここでいう不純物は硫黄などの事だ。古代中国じゃすでに利用されていたものであるに対してヨーロッパ諸国がこのコークスを発見したのは遅く十八世紀に入ってからなのだ。
 このコークスという存在が製鉄の分け目となったと言っても過言ではない。

「とにかくやってみましょう。うまく行けば鉄だけじゃなく、鋼も作れますよ?」

 鉱物の事は得意だ。
 何をどうすればいいのか、私にはわかる。
 あとは、アベルが乗るか、どうかだ。正直、どこの馬の骨とも知れない小娘の言うことを果たして信じるのかと言う疑問もある。
 現に、アベルは口をへの字にしながら、私を見て押し黙っていた。
 時間は、そんなに流れていないはずだけど、妙に長く感じた。

「実物を見ないことには何とも言えねぇし、そもそも、俺はお前のことをこれっぽっちも知らん。それに、ここの連中が納得するかどうかもわからん」

 アベルはため息交じりだった。
 彼の言葉はもっともだ。会ったばかりの女の言葉をそうですかと信じられるわけがない。どうやら私自身もかなり焦っているようだ。
 そんなこと、少し考えればわかることなのに。
 これは、駄目かもしれない。
 そう思った矢先だった。

「旦那ぁ、ちょいときてくだせぇ!」

 炭鉱夫の一人が慌てた様子がやってきた。

「なんだ、どうした?」
「そ、それが……」

 その炭鉱夫は一瞬だけ、私の方をちらっと見てから、アベルにこそこそと耳打ちをする。
 すると、アベルの目つきが変わり、また一瞬だけ私をにらんだ。

「お前……どんな厄介ごとを持ってきたんだ」
「あの……何か、あったのですか?」
「王国の騎士団様がやってきたんだよ。ここに、貴族の娘が逃げ込んでないかってな」

 その時、私はバクバクと心臓の鼓動が早くなるのを感じた。
 それを見透かすかのようにアベルは言い放つ。

「娘の名前はマヘリア・ダンスタンド・キリオネーレ……つい先日、国外追放を受けた家の、一人娘だそうだ」
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