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王位継承編① ヒロインをかけてヒロインと戦うゲーム
リル⑰ 最強のリラックス法
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軽い吐き気と頭痛を覚えながら、瞼をゆっくり開く。
爽やかな空気と晴れわたる空、眩しい太陽。
その中に、リルの顔があった。
「――目が覚めた?」
「介抱してくれた……のか」
「もうっ、ハヤトくん本気で国王になる気、ある?」
見上げたところで、『呆れた……』と言いたげな表情を見せられてしまう。
でもどこか愛情が籠もっていて、もう少しこのままでいいかな――なんて思ってしまった。
…………だって膝枕されてるし!
なにこのシチュエーション!? まだ酔いが残っているせいもあるかもしれないけど、過去最大級に胸が高鳴ってる!
それなのに、不思議とリラックスできる。
膝枕か……。これは、いいものだ……ッ。
「ずーっと。いつまでこうしていられたら、いいのにね」
「リルの寝取られ願望がなくなったら、日本でいくらでもできる」
「ふふっ、それ、寝取られさえなかったら私のこと好きだって言ってるのと、同じだよ?」
幸せそうに笑いやがるなぁ。
「あんまり、そういうのを口に出さないでくれ。……本気で惚れちまう」
「――ありがと。嬉しいよ」
本当に幸せそうだ。ライカブルは、あのまま光りっぱなし。
もうこれ、ラブコメじゃん。ラブコメの展開じゃん。
こういう関係、好きだなぁ――。戦争とか召喚とかでドタバタするより、この甘ったるい空気に浸っていたい。
それでも現実は現実としてあるわけで、こればかりを満喫していられる状況ではないわけだ。悲しいのぅ。
「あのあと考えてみたんだ。ハヤトくんの言葉の、意味」
「俺の……?」
何を言ったっけ。
――ああ。酒場で三人組の話を聞いていて……。
って。俺、本当にダメなやつじゃん。酒に飲まれてるし。
よく呆れるだけで許してくれたな、こいつ。今すぐ結婚してくれないか?
「お祖父様は本当に国民から慕われているけれど、王族の横暴な態度は、嫌われている――。そして次の国王がどんな人になるか、基本的には王族の中から出てくるわけだから、名君の次だけに不安がある」
まだ退位と王位継承者の選抜方法が発表されただけで、立候補者の公示はされていない。昨日の今日どころか、俺たちだって聞かされたのは今朝のこと。
これから東西南北各地方にこの話が伝わって、それから立候補者の募集をして、ようやく広く知らされることとなるだろう。
公示されれば全ての国民は、こう思うはず。
『次の国王は、あの、いけ好かない王族の中から選ばれる』
だから王族でない俺や、王族の中で異質な存在であるリルの立候補は、好意的に受け止められる可能性を持っている。
しかし可能性のままでは、ダメだ。全く足りない。
保守的な人間であれば王族外や妾の子なんて認めるはずもなく、俺たちの出自そのものは、むしろ裏目に出る可能性のほうが高い。
「一番気になったのは、『俺たちは上の言いなり』――という言葉」
「そうだな。これは一種の諦めだ」
「そうじゃないって、ちゃんと伝えることができれば、何かが変わるかもしれない?」
頷きたいところだけれど、ここには難しさがある。
――真面目な話になってきたし、そろそろこの天国から離れて、起き上がるとするか。
上半身を起こして、リルの隣に座った。
どうやらここは人気のない公園のようで、俺たちはそこにあるベンチで座っていたようだ。
芝が綺麗に刈り揃えられていて、植樹もあり、物凄く良い公園である。城下町にこれほど品の良い場所があるのか……?
「諦めを希望に変えることができれば、その人たちは必ず票を投じてくれるだろう。だが、諦めってものは、色んな希望が打ち砕かれた末に至るものだ。覆すことは中々に難しい」
「……そうだよ、ね」
「リルも、何かを諦めたことがあるのか?」
「…………うん。王族の中で疎まれるのは、そんなに楽じゃなかったから。お父さんが失踪してからは特に――」
俺がリルを仲間に誘った理由の一つが、これだ。
王族であるにも拘わらず、王族に苦しめられる人生を送っている。
そこに国民の感情が上手くリンクすれば、一発逆転の可能性がある。
王族外の俺と一緒に行動することも、少なくとも悪手とはならないだろう。マイナスとマイナスを掛けてプラスへ――――。そういうことをやってのけなければ、勝ちは無い。
先を考えながらベンチから遠くの芝生を見ていると、ふと、そこに人の足が伸びた。
「もう、酔いは覚めましたか?」
「レイフさん――」
国王が抱える侍従の一人、レイフ・チェンバーズさん。
「なんでレイフさんが、城下町に?」
「城下町――というより、ここはチェンバーズ家の庭でございます」
「はっ!?」
驚いて、リルの顔を見る。
「酒場を出たところで偶然会って、そのままハヤトくんを一緒に運んだのよ」
そりゃ公園にしちゃ品が良すぎるとは思っていたけれど。
まさかレイフさんにまで迷惑をかけていたとは。……俺、そんなに沢山飲んだっけ? この国の酒が安定したアルコール度数だとは限らないし、疲れていると酔いやすくもなるからなぁ。気をつけよう。
「すみません。ご迷惑をおかけして――」
「いえいえ。王族と英雄をそのままにして放ったらかす貴族など、どこにもおりませぬ」
俺が気を遣わないで済むように言ってくれているのだろう。
貴族は王族ほど横暴な人は少ないと思うけれど、そんなにできた人間ばかりってわけでもない。
「おじいちゃん。準備できたよっ、早くやろう!」
ん……?
十歳に届かないぐらいだろうか。子供が走って、レイフさんのそばへやってきた。
お孫さん――ってことかな。
「はいはい。爺やが、こっちの棒でいいのかな?」
「反対ーっ。ボクが赤の棒で、爺やが普通の棒!」
俺とリルが見ている前で、子供――、少年は棒術の構えを取る。
ヤマさんと同じ構えだから、これはチェンバーズ家の『型』なのだろう。
更に棒を華麗に振り回しはじめ、攻撃。しかしレイフさんはそれを完璧に捌いてみせた。
どういう状況か飲み込めない俺に、リルが説明を付してくれる。
「レイフさん、お孫さんに棒術の稽古を付けてるんだって」
「へぇ。まあレイフさんもそこそこにお年を召しているわけで。ヤマさんの年齢を考えても、これぐらいの甥っ子が何人かいたって不思議じゃないか」
血筋なのだろう。子供ながらに、棒術としてかなり良い動きを見せている。
顔もどことなくレイフさんとヤマさんどちらにも似ていて、ここでも血縁を感じた。
「んー…………。あの子、ヤーマンさんの息子さん……だって」
「はっ? ――うぇえッ!?」
変な声で驚いてしまった……。
「でもヤマさん、そんなことは一言も――っ」
「戦場で家族の話はしない。これがチェンバーズ家に代々伝わる、教えみたい」
「そう……だったのか」
「まあ、貴族に生まれた人間が戦地の最前線へ行くなんて、もう百年以上も無かったみたいだけれど」
チェンバーズ家について詳しくはない。
もしもあの頃の俺が、ヤマさんの抱えている事情を知っていれば、強引にでも返して――――。悔しくて、思わず唇を噛んだ。
「ハヤトくん……」
「わかってる。命の価値を俺が決めるなんて馬鹿げている。それでも、悔しいものは悔しい」
「…………ヤーマンさんの命、ちゃんと受け継がれてるじゃない」
リルは俺を宥めるように言ってくれた。
確かに面影はあるし、武術の型だって瓜二つ。間違いなくヤマさんは、命のバトンを彼に渡したんだ。
「悪い。こういうの、もうとっくに慣れてないといけないんだけどな」
「どんなに人が死んでいっても慣れない。私はそういう人のほうが、好きだよ」
隣に座る、恋人のようで恋人でも何でもない女の子の言葉を、俺の頭はうまく受け入れきれなかった。でも慰めてくれることは嬉しいし、ありがたい。
少しの間、口を閉じて、孫とお爺ちゃんの稽古に視線をやり続ける。
ヤマさんが武術の達人。そしてレイフさんも年齢に見合わないスリムな体型で身のこなしが達人級。
今だって音を聞く限りでは、お孫さんに本物の堅い木の棒を使わせている。子供の扱う棒術とは言え、全てを完璧に捌ききるというのは、熟練の技が必要だろう。
一歩間違えるだけでかなりの痛い目にあうはずだ。
「なあ、ひょっとしてチェンバーズ家は有名な武術家系なのか?」
「うん。この国では『チェンバーズ』と『ミューレン』と言えば、古くから武術で王家に仕えた家で、名が通っている。――ハヤトくん、戦場にいたのに知らなかったの?」
「どっちの名前も聞いたことはあるけれど……。貴族事情まではちょっと」
この世界にあまり感情移入をしてしまうと、日本に帰れなくなるかもしれない。
そして何より、人となりを知りながら人がそれぞれに抱える事情までは見たくないという複雑な感情もあった。
後で悔いたように、家族や子供がいると知っていれば、俺はヤマさんを帰そうとしたかもしれない。
しかしそれは他の誰かが犠牲になるだけで、その誰かもまた、誰かの子供であったり恋人であったり親であったりするわけだ。
俺が私情を挟んでいいことでは、ない。
こういった思いが、無意識の間に情報を遮断していたのだろう。
「どっちかって言うと、チェンバーズとミューレン家は、兄弟の話が有名だったな」
「どんな話?」
それでも会話を交わせば、自ずと知ることもある。
「剣術で最強と呼ばれたチェンバーズ家の長男と、槍術で最強と呼ばれたミューレン家の次男。二つの家に生まれた男の子は宿命のように同じ年の同じ日に生まれて、家名を背負って戦い続けた。長男同士の対決はチェンバーズに、次男同士の対決はミューレンに――」
「へえ。そんなことが……」
「最後はヤマさんが得意の棒術でも二番になってお終い、っていう自虐話だったけどな。人を笑わせるような軽妙な語り口だったから、まさか名門の家名を背負っていたとは知らなかったよ」
「んー……。じゃあ、ミューレン家の勝ちってことかな?」
「そういうことだろうな。――ま、俺は武術の強さよりも人柄のほうが大事だと思うけれど。少なくともヤマさんには戦場で笑える強さがあった。ミューレン家のほうは誰も前線へ来なかったから、知らないしな」
「なんとなく私は、ミューレン家のほうが血気盛んな気がしていたけどなぁ」
「不思議なことに、血気盛んな連中が戦場に集まるってわけでもないんだ。どっちかというと責任感とか、そういう要素のほうが強いかもしれない」
俺とリルは平和な昼下がりに、孫を鍛えるお爺ちゃんの姿に目を細めながら、ゆっくりと会話を続けた。
戦争、統一、召喚、王位争奪。
暖かな日差しに包まれた庭は、そういった日頃の喧噪が嘘のように、穏やかだ。
爽やかな空気と晴れわたる空、眩しい太陽。
その中に、リルの顔があった。
「――目が覚めた?」
「介抱してくれた……のか」
「もうっ、ハヤトくん本気で国王になる気、ある?」
見上げたところで、『呆れた……』と言いたげな表情を見せられてしまう。
でもどこか愛情が籠もっていて、もう少しこのままでいいかな――なんて思ってしまった。
…………だって膝枕されてるし!
なにこのシチュエーション!? まだ酔いが残っているせいもあるかもしれないけど、過去最大級に胸が高鳴ってる!
それなのに、不思議とリラックスできる。
膝枕か……。これは、いいものだ……ッ。
「ずーっと。いつまでこうしていられたら、いいのにね」
「リルの寝取られ願望がなくなったら、日本でいくらでもできる」
「ふふっ、それ、寝取られさえなかったら私のこと好きだって言ってるのと、同じだよ?」
幸せそうに笑いやがるなぁ。
「あんまり、そういうのを口に出さないでくれ。……本気で惚れちまう」
「――ありがと。嬉しいよ」
本当に幸せそうだ。ライカブルは、あのまま光りっぱなし。
もうこれ、ラブコメじゃん。ラブコメの展開じゃん。
こういう関係、好きだなぁ――。戦争とか召喚とかでドタバタするより、この甘ったるい空気に浸っていたい。
それでも現実は現実としてあるわけで、こればかりを満喫していられる状況ではないわけだ。悲しいのぅ。
「あのあと考えてみたんだ。ハヤトくんの言葉の、意味」
「俺の……?」
何を言ったっけ。
――ああ。酒場で三人組の話を聞いていて……。
って。俺、本当にダメなやつじゃん。酒に飲まれてるし。
よく呆れるだけで許してくれたな、こいつ。今すぐ結婚してくれないか?
「お祖父様は本当に国民から慕われているけれど、王族の横暴な態度は、嫌われている――。そして次の国王がどんな人になるか、基本的には王族の中から出てくるわけだから、名君の次だけに不安がある」
まだ退位と王位継承者の選抜方法が発表されただけで、立候補者の公示はされていない。昨日の今日どころか、俺たちだって聞かされたのは今朝のこと。
これから東西南北各地方にこの話が伝わって、それから立候補者の募集をして、ようやく広く知らされることとなるだろう。
公示されれば全ての国民は、こう思うはず。
『次の国王は、あの、いけ好かない王族の中から選ばれる』
だから王族でない俺や、王族の中で異質な存在であるリルの立候補は、好意的に受け止められる可能性を持っている。
しかし可能性のままでは、ダメだ。全く足りない。
保守的な人間であれば王族外や妾の子なんて認めるはずもなく、俺たちの出自そのものは、むしろ裏目に出る可能性のほうが高い。
「一番気になったのは、『俺たちは上の言いなり』――という言葉」
「そうだな。これは一種の諦めだ」
「そうじゃないって、ちゃんと伝えることができれば、何かが変わるかもしれない?」
頷きたいところだけれど、ここには難しさがある。
――真面目な話になってきたし、そろそろこの天国から離れて、起き上がるとするか。
上半身を起こして、リルの隣に座った。
どうやらここは人気のない公園のようで、俺たちはそこにあるベンチで座っていたようだ。
芝が綺麗に刈り揃えられていて、植樹もあり、物凄く良い公園である。城下町にこれほど品の良い場所があるのか……?
「諦めを希望に変えることができれば、その人たちは必ず票を投じてくれるだろう。だが、諦めってものは、色んな希望が打ち砕かれた末に至るものだ。覆すことは中々に難しい」
「……そうだよ、ね」
「リルも、何かを諦めたことがあるのか?」
「…………うん。王族の中で疎まれるのは、そんなに楽じゃなかったから。お父さんが失踪してからは特に――」
俺がリルを仲間に誘った理由の一つが、これだ。
王族であるにも拘わらず、王族に苦しめられる人生を送っている。
そこに国民の感情が上手くリンクすれば、一発逆転の可能性がある。
王族外の俺と一緒に行動することも、少なくとも悪手とはならないだろう。マイナスとマイナスを掛けてプラスへ――――。そういうことをやってのけなければ、勝ちは無い。
先を考えながらベンチから遠くの芝生を見ていると、ふと、そこに人の足が伸びた。
「もう、酔いは覚めましたか?」
「レイフさん――」
国王が抱える侍従の一人、レイフ・チェンバーズさん。
「なんでレイフさんが、城下町に?」
「城下町――というより、ここはチェンバーズ家の庭でございます」
「はっ!?」
驚いて、リルの顔を見る。
「酒場を出たところで偶然会って、そのままハヤトくんを一緒に運んだのよ」
そりゃ公園にしちゃ品が良すぎるとは思っていたけれど。
まさかレイフさんにまで迷惑をかけていたとは。……俺、そんなに沢山飲んだっけ? この国の酒が安定したアルコール度数だとは限らないし、疲れていると酔いやすくもなるからなぁ。気をつけよう。
「すみません。ご迷惑をおかけして――」
「いえいえ。王族と英雄をそのままにして放ったらかす貴族など、どこにもおりませぬ」
俺が気を遣わないで済むように言ってくれているのだろう。
貴族は王族ほど横暴な人は少ないと思うけれど、そんなにできた人間ばかりってわけでもない。
「おじいちゃん。準備できたよっ、早くやろう!」
ん……?
十歳に届かないぐらいだろうか。子供が走って、レイフさんのそばへやってきた。
お孫さん――ってことかな。
「はいはい。爺やが、こっちの棒でいいのかな?」
「反対ーっ。ボクが赤の棒で、爺やが普通の棒!」
俺とリルが見ている前で、子供――、少年は棒術の構えを取る。
ヤマさんと同じ構えだから、これはチェンバーズ家の『型』なのだろう。
更に棒を華麗に振り回しはじめ、攻撃。しかしレイフさんはそれを完璧に捌いてみせた。
どういう状況か飲み込めない俺に、リルが説明を付してくれる。
「レイフさん、お孫さんに棒術の稽古を付けてるんだって」
「へぇ。まあレイフさんもそこそこにお年を召しているわけで。ヤマさんの年齢を考えても、これぐらいの甥っ子が何人かいたって不思議じゃないか」
血筋なのだろう。子供ながらに、棒術としてかなり良い動きを見せている。
顔もどことなくレイフさんとヤマさんどちらにも似ていて、ここでも血縁を感じた。
「んー…………。あの子、ヤーマンさんの息子さん……だって」
「はっ? ――うぇえッ!?」
変な声で驚いてしまった……。
「でもヤマさん、そんなことは一言も――っ」
「戦場で家族の話はしない。これがチェンバーズ家に代々伝わる、教えみたい」
「そう……だったのか」
「まあ、貴族に生まれた人間が戦地の最前線へ行くなんて、もう百年以上も無かったみたいだけれど」
チェンバーズ家について詳しくはない。
もしもあの頃の俺が、ヤマさんの抱えている事情を知っていれば、強引にでも返して――――。悔しくて、思わず唇を噛んだ。
「ハヤトくん……」
「わかってる。命の価値を俺が決めるなんて馬鹿げている。それでも、悔しいものは悔しい」
「…………ヤーマンさんの命、ちゃんと受け継がれてるじゃない」
リルは俺を宥めるように言ってくれた。
確かに面影はあるし、武術の型だって瓜二つ。間違いなくヤマさんは、命のバトンを彼に渡したんだ。
「悪い。こういうの、もうとっくに慣れてないといけないんだけどな」
「どんなに人が死んでいっても慣れない。私はそういう人のほうが、好きだよ」
隣に座る、恋人のようで恋人でも何でもない女の子の言葉を、俺の頭はうまく受け入れきれなかった。でも慰めてくれることは嬉しいし、ありがたい。
少しの間、口を閉じて、孫とお爺ちゃんの稽古に視線をやり続ける。
ヤマさんが武術の達人。そしてレイフさんも年齢に見合わないスリムな体型で身のこなしが達人級。
今だって音を聞く限りでは、お孫さんに本物の堅い木の棒を使わせている。子供の扱う棒術とは言え、全てを完璧に捌ききるというのは、熟練の技が必要だろう。
一歩間違えるだけでかなりの痛い目にあうはずだ。
「なあ、ひょっとしてチェンバーズ家は有名な武術家系なのか?」
「うん。この国では『チェンバーズ』と『ミューレン』と言えば、古くから武術で王家に仕えた家で、名が通っている。――ハヤトくん、戦場にいたのに知らなかったの?」
「どっちの名前も聞いたことはあるけれど……。貴族事情まではちょっと」
この世界にあまり感情移入をしてしまうと、日本に帰れなくなるかもしれない。
そして何より、人となりを知りながら人がそれぞれに抱える事情までは見たくないという複雑な感情もあった。
後で悔いたように、家族や子供がいると知っていれば、俺はヤマさんを帰そうとしたかもしれない。
しかしそれは他の誰かが犠牲になるだけで、その誰かもまた、誰かの子供であったり恋人であったり親であったりするわけだ。
俺が私情を挟んでいいことでは、ない。
こういった思いが、無意識の間に情報を遮断していたのだろう。
「どっちかって言うと、チェンバーズとミューレン家は、兄弟の話が有名だったな」
「どんな話?」
それでも会話を交わせば、自ずと知ることもある。
「剣術で最強と呼ばれたチェンバーズ家の長男と、槍術で最強と呼ばれたミューレン家の次男。二つの家に生まれた男の子は宿命のように同じ年の同じ日に生まれて、家名を背負って戦い続けた。長男同士の対決はチェンバーズに、次男同士の対決はミューレンに――」
「へえ。そんなことが……」
「最後はヤマさんが得意の棒術でも二番になってお終い、っていう自虐話だったけどな。人を笑わせるような軽妙な語り口だったから、まさか名門の家名を背負っていたとは知らなかったよ」
「んー……。じゃあ、ミューレン家の勝ちってことかな?」
「そういうことだろうな。――ま、俺は武術の強さよりも人柄のほうが大事だと思うけれど。少なくともヤマさんには戦場で笑える強さがあった。ミューレン家のほうは誰も前線へ来なかったから、知らないしな」
「なんとなく私は、ミューレン家のほうが血気盛んな気がしていたけどなぁ」
「不思議なことに、血気盛んな連中が戦場に集まるってわけでもないんだ。どっちかというと責任感とか、そういう要素のほうが強いかもしれない」
俺とリルは平和な昼下がりに、孫を鍛えるお爺ちゃんの姿に目を細めながら、ゆっくりと会話を続けた。
戦争、統一、召喚、王位争奪。
暖かな日差しに包まれた庭は、そういった日頃の喧噪が嘘のように、穏やかだ。
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