畑の隣にダンジョンが生えたので、農家兼ダンチューバーになることにした件について〜隠れ最強の元エリート、今日も野菜を育てながら配信中〜

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第1部:農家の納屋にダンジョンが生えた 

第53話:虚影盟の痕跡

 その日の農作業は、朝から雨だった。

 農業スキルが昨夜のうちに「明日は昼前まで雨」という感触を伝えていた。農地品質AAAになってから農業スキルの感知精度が上がり、天気の変化を今まで以上に早く読めるようになっていた。その情報通りに朝から雨が降っていた。

 雨の農作業は雨の農作業のやり方がある。翁から教わった。雨の日は土が緩んでいるから収穫作業は午後に回す。代わりに農地内の排水路の確認と、支柱の固定確認を先にやる。農地品質AAAになってから土の水分保持能力が上がっているが、過剰な雨水は排水しないと根腐れの原因になる。

 排水路を一本一本確認しながら農地を歩いた。農業スキルが「北西の排水路が少し詰まっている」という感触を伝えてきた。農地に入って確認すると、落ち葉が排水路の入り口を塞いでいた。取り除いて排水を確認する。

 ルナが農地の上空を旋回していた。雨の中でも農地守護スキルを展開しながら飛んでいる。黒金幻龍の翼は雨に濡れても動きが落ちない。農地守護スキルが最高強度で展開されているせいか、ルナの周囲だけ雨粒の密度が少し低い気がした。

「きゅ(農地の北東のダンジョン、昨日から魔素密度の上昇が続いている)」

「農地から何キロですか」

「きゅる(十二キロ先のC級ダンジョンだ。先週から変化があったが、昨日から速度が上がっている)」

 先週から変化があって昨日から速度が上がっている。農地守護スキルの感知の変化が加速しているということだ。

「桐島さんに連絡します」

***

 雨の縁側から桐島さんに電話した。

「蒼さん、おはようございます。農業は」

「雨なので排水路の確認をしていました。農地北東十二キロのC級ダンジョンについて報告があります。先週から魔素密度の上昇が続いていて、昨日から速度が上がっています」

「……把握しています。実は昨夜の段階でそのダンジョンについて分析チームから報告が上がっていました」

「分析チームが把握していたんですか」

「はい。そのC級ダンジョンのコアに干渉痕跡が確認されました。虚影盟のシンボルと一致する痕跡です」

 俺は排水路の確認を止めた。

「農地から十二キロ先のダンジョンに虚影盟の干渉痕跡が」

「そうです。先週の段階では微量だったため、自然なコアの変動と区別がつきにくい状態でした。昨日の魔素密度の急上昇で干渉痕跡が明確になりました。今朝の早い時間に確認が取れました」

「対策庁の対応は」

「現在、そのダンジョンへの調査部隊の派遣を検討しています。ただし今日は全国で三件の別の緊急案件が重なっていて、リソースの配分が難しい状況です。蒼さんの農地に近いこともあって……直接の依頼をすることを今日お伝えしようと思っていました」

「農地の農作業が終わってから確認に行きます」

「農業が先ですね」

「農業が先です。ただし今日の雨の農作業は午後になります。昼に農作業を終わらせてから確認します」

「助かります。農地から十二キロということは、車で十分程度ですか」

「フェラーリで七分です」

「……フェラーリで農地を守りに行く農家さん」

「農家ですので」

***

 雨の農作業を続けながら、ルナに状況を共有した。

「ルナ、農地から十二キロのダンジョンに虚影盟の干渉痕跡が確認されました」

「きゅ(農地守護スキルが感知していた変化の正体が虚影盟の工作か)」

「そうです。今日の午後に確認に行きます。農地はソルに任せます」

「きゅる(俺も行く)」

「農地の守護は」

「きゅ(農地守護スキルは農家が農地から離れても最高強度で展開し続けられる。農地から十二キロ程度では守護範囲の圏内だ)」

「農地守護スキルの範囲が五十キロだから農地から十二キロは圏内ということか」

「きゅ(そうだ。農地を離れても農地守護スキルで農地を守れる。農家が農地を守るために農地の外に出ることを、農地守護スキルが支える)」

 農地守護スキルの半径五十キロという数字が今日初めて実践的な意味を持った。農地を離れても農地守護スキルの圏内に農地があれば、農地守護を維持しながら動ける。

「ソル、今日の午後に農地を頼みます」

「ぷよ!(任せろ。農地の皇として農地を守る)」

「農地品質AAAを維持してください」

「ぷよぷよ(農地活性化スキルを全力で動かす。農地守護スキルがなくても農地品質AAAを維持する)」

「ありがとう」

***

 昼に雨が上がった。農業スキルが「午後は晴れる」という感触を伝えていた通りだ。

 午後の農作業を集中してこなした。収穫、追肥、誘引。全部を二時間で終わらせた。農業スキルと農地品質AAAの組み合わせで農作業の効率が上がっていることが実感できた。

 翁に声をかけた。

「翁、午後に農地から少し離れます。北東のダンジョンに確認に行きます」

「農地の農作業は終わったのか」

「全部終わらせました。ソルに農地を任せます」

「ルナはどうする」

「一緒に行きます。農地守護スキルの範囲内なので農地守護は維持されます」

「農地の状態を出かける前に確認したか」

「農業スキルで確認しました。問題ありません」

「フェラーリで行くのか」

「はい」

「農家がフェラーリで農地を守りに行く。……農業の仕事の形が俺の四十一年とは全然違う」

「翁の農業哲学が基盤にあるから行けます」

「行ってこい。農地はここにある」

 翁の言葉はいつも短くて正確だ。

***

 フェラーリをアイテムボックスから出した。

 ルナが農地守護スキルを最高強度で展開しながら上空に上がった。フェラーリと並走するルートで農地を出発する形になる。

「農地を頼みます」

「ぷよ!!(任せろ!農地品質AAAを守る!)」

 ソルが農地の正門の前で光を強めた。虹天皇スライムの農地活性化スキルが農地全体に広がっている。農地守護スキルはルナが外から維持している。農業スライムが農地の端で農地を確認している。翁が隣で農業を続けている。

 農地は守られている。

 農道を走った。農地から離れていくに従って農業スキルの感知が弱くなっていく感触がある。農地が農業スキルの根拠地だということを、農地から離れることで体で感じた。翁が「農地が体の一部だ」と言っていた言葉の意味が、農地を離れることでわかる気がする。

 七分で目的のダンジョンが見えてきた。

***

 廃村近郊のC級ダンジョンだ。以前詩織が取材に入って強化コボルトに囲まれたダンジョンとは別のものだが、同じ廃村近郊エリアにある。

 ゲートリングが不規則に光っていた。

 正常なゲートリングは一定のリズムで発光する。今日のこのゲートリングは、光の間隔が不規則で強度が変動している。コアが不安定化しているときの典型的な光り方だ。

 農業スキルで周辺の土を読んだ。

「……農業スキルが反応しています。ゲートリングの周辺の土の魔素が、自然な分布ではない形で集中しています」

「きゅ(人工的な痕跡がある。農地守護スキルがコアの不安定化を最大強度で感知している)」

「ルナ、周辺に人の気配はあるか」

「きゅ(ゲートリングの周囲五十メートルには今は誰もいない。ただしゲートリングの内部に設置物がある可能性がある)」

「内部の確認が必要か」

「きゅ(そうだ。外からの農業スキルの感知だけでは干渉装置の有無が確認できない)」

 桐島さんに状況を報告した。

「ゲートリングが不規則発光しています。周辺の土の魔素分布が人工的な痕跡を示しています。ルナの感知では内部に設置物がある可能性があります」

「内部の確認をお願いできますか。対策庁の調査部隊が到着するまでに状況を把握したいんです」

「農地から離れて行動するのは今日が初めてではないですが、農業の延長として対処します」

「農業の延長として、ですね。……いつも農家さんらしい言い方をされますね」

「農家ですので」

***

 ゲートに踏み込んだ。

 内部の空気が重かった。農業スキルが「このダンジョンの魔素密度が通常の三倍以上に達している」という感触を伝えてきた。コアの不安定化が進んでいる。

「ルナ、先行確認を」

「きゅ(了解)」

 ルナが先行した。農地守護スキルを展開しながら内部を確認していく。俺は農業スキルで土の魔素の流れを追いながら後に続く。

 C級ダンジョンの構造は単純で、通路が二本に分岐して最深部でコアに至るパターンだ。農業スキルが「右の通路から不自然な魔素の流れがある」という感触を伝えてきた。

「右から行きます」

 右の通路を進んだ。

 五十メートルほど進んだところで、農業スキルが「ここだ」という感触を出した。通路の壁に、岩に擬似した物体が設置されていた。見た目は岩の一部だが、農業スキルで読むと「これは農地の土の成分とは全く異なる人工物だ」という感触がある。

「干渉装置を発見しました」

「きゅ(同じ構造のものが三か所ある。農地守護スキルが全て感知した)」

「三か所か。前回の東北の現場は一か所でした。農地に近いほど複数設置するということか」

「きゅ(農地の周辺のダンジョンを優先的に不安定化させようとしている。農地帯域を狙っている)」

 農地帯域という言葉をルナが使った。桐島さんから聞いた虚影盟の内部用語だ。ルナが農地守護スキルを通じてその概念を認識しているということだ。

「農地帯域を狙っていることをルナが農地守護スキルで感知している」

「きゅる(農地守護スキルは農地を狙うものを感知する。虚影盟の工作が農地を標的としているなら農地守護スキルがより精確に反応する)」

***

 三か所の干渉装置を確認した後、コアに向かった。

 コアの状態を農業スキルで読む。以前の東北での経験と同じ感触があった。コアが「傷ついた土」のように農業スキルに感じられる。農地の土が化学的な過剰処理で傷んだときの感触だ。

「農業スキルとテイムスキルを使ってコアの安定化を行います」

 前回と同じ手順だ。農業スキルで「土の養分補充」に近い感覚でアプローチしながら、テイムスキルの「繋がりを作る」機能でコアとの感応を確立する。

 ただ今回は三か所の干渉装置が残っている状態での安定化だ。装置を除去しなければ安定化しても再び不安定化する。

「装置を先に除去します」

 農業スキルで三か所の装置の位置を正確に把握して、それぞれに向かった。装置の構造を農業スキルで読んで、電源に相当する部分を天穿一閃で極小出力で焼く。農業スキルが「農地に害のある不純物を焼く」感触で処理する。

 三か所を五分で除去した。

 コアの状態を再確認した。農業スキルが「装置の影響が弱まった。安定化作業が通じやすい状態だ」という感触を伝えてきた。

「安定化作業を行います」

 農業スキルとテイムスキルを同時発動した。コアに農地品質AAAの農地の魔素に近い成分が補充されていく感触がある。「農地の土を耕すように、コアの成分を整える」という農業的な感触で作業が進む。

 十分後、コアが安定した。

「安定化完了しました」

「きゅ(農地守護スキルの感知でも確認した。このダンジョンのコアが安定した)」

***

 ダンジョンを出て桐島さんに報告した。

「干渉装置を三か所確認して除去しました。コアの安定化完了です。装置の構造が前回の東北より精巧になっています。農業スキルで読んだ感触では魔素の注入効率が前回の二倍以上あります」

「装置が改良されているということですか」

「同じ手法ですが精度が上がっています。技術が向上しているか、より高精度の装置の供給を受けているかのどちらかだと思います」

「……蒼さん、一つ報告があります。今日別の現場で確保した工作員から情報が取れました。虚影盟の活動拠点が東北から関東に移動しているという情報です。活動の中心が農地帯域、具体的には蒼さんの農地を中心とした半径百キロ圏内に移行しているという証言です」

「農地帯域の中心に移動している」

「農業スキルを持つ特総の農地が農地帯域の中核だと虚影盟が認識しているということです。……蒼さん、農地から離れる距離と頻度を最小限にしてください。農地が狙われている可能性があります」

「農地は今ソルとルナが守っています。農地守護スキルが最高強度で展開されています。農地から離れる場合は農地守護の範囲内での行動にします」

「今日の行動はその通りでした。ルナの農地守護スキルの範囲内での活動として農地を離れた。それが正しい判断です」

「農業の延長として農地を守るために動きました」

「そうですね。……農家さんが農地を守るために農地の外に出た。農業スキルとテイムスキルとルナの農地守護スキルで農地周辺のダンジョンを安定化した。これが今日の仕事です。農家の仕事として」

「農業が先です。農地に帰ります」

***

 農地に帰った。

 ソルが正門の前で待っていた。「ぷよ!!(帰ってきた)」と光を強めた。

「農地の状態は」

「ぷよ(問題なし。農地品質AAAが維持されている。土の活性度も安定している)」

「ありがとう」

「ぷよぷよ(農地の皇として当然だ)」

 翁が農地の端から声をかけてきた。

「帰ったか」

「帰りました。農地周辺のダンジョンのコアを安定化させました」

「農地の農作業以外の仕事だったということか」

「農地を守るための農作業の延長として対処しました」

「農地を守るための仕事なら農業の一部だ。農作業を終わらせてから動いたのは正しい判断だ」

「翁の教え通りです」

「農地に帰ってきた。それで良い」

***

 夕方の農作業を終えてから、システムを確認した。

```
---------------------------------
 究極進化システム v2.0
---------------------------------
 宿主     : 木嶋 蒼(35歳)
 現在 Lv  : 2
 EP       : 9,190
 SP       : 360
 現金     : 1,763,247 円
---------------------------------
 農地品質(地上): AAA
 農地守護      : 最高強度展開中
 感知範囲      : 半径50km
---------------------------------
 全国ブレイク予兆
 確認件数 : 28件(本日時点)
 農地周辺 : 1件(本日安定化)
 農地直接影響 : なし
---------------------------------
 タスク達成
 農地外ダンジョン安定化 : EP x 300
 虚影盟干渉装置除去    : EP x 200
---------------------------------
 合計獲得 EP : +500
 現在 EP    : 9,690
---------------------------------
```

「農地周辺のダンジョンを安定化した」

「ぷよぷよ(農地が守られた)」

「きゅ(農地守護スキルの範囲内で農地を守った。農地を離れても農地守護が機能することを確認した)」

「農地守護スキルが農家の行動範囲を農地の外まで拡張している。農家が農地を守るために農地の外に出ることを、農地守護スキルが可能にしている」

「ぷよ(農地の主権が農地守護スキルと繋がっている)」

「きゅる(農地主権の下で農家と龍が農地を守る。農地守護スキルが農地主権の実行手段だ)」

 農地の夜が来た。

 農業スキルが農地全体の状態を伝えてきた。農地品質AAAが今日も維持されている。ソルの農地活性化スキルが農地を育てている。ルナの農地守護スキルが農地を包んでいる。

 虚影盟の活動拠点が農地を中心とした半径百キロに移行している。農地周辺のダンジョンに干渉装置が設置されていた。桐島さんが農地から離れる距離と頻度を最小限にするよう言っていた。

 農業が先だ。農地を守ることが農家の仕事だ。農地が良い状態である限り農家として動ける。

「明日も農作業から始まる」

「ぷよ(農地の朝が来る)」

「きゅ(農地を守る朝だ)」

 農地の夜が深くなっていった。

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