私の上官に手を出すな

こる

文字の大きさ
6 / 9

第六話 生きる意味

しおりを挟む
 王弟殿下の差し出すハンカチに手を伸ばしかけた――その時

「ま、てっ、エイ、シャッ!」

 低く掠れた声が、一瞬で私の意識をハンカチから引きはがす。

 声! 彼の声はどっちから? どっから聞こえた!?
 目を大きく見開き、周囲を見回す。

 みぎ、ちがうっ。
 ひだり、ああ、違う、どこっ!?

 うしろを振り向いたそこに、居た……っ!

「エンボルグ隊長ぉぉぉっ!」
 転びそうになりながら、従僕のジェイクに支えられている彼の前に立って、彼を見上げる。
「い、生きて、らしたんですねっ、じ、自分はっ、も、もうっ、もうっ、よ、よがったですっ! よがったです、ほんと、に……っ」
 さっきの比では無い量の涙が、頬をぼろぼろと伝い落ちる。
 毅然としていたいのに、できない。
 せめて、このみっともない顔を見せないように下を向いて、喜びに両手を握りしめる。

 ああ、ああ、ほんとうに、よかった。生きてた、よかった、よかったっ! 神様、仏様、ありがとう、彼を生かしてくれて、本当にっありがとうございます。

「心配を掛けたな、エイシャ副長」
 先程よりははっきりとしたエンボルグ隊長の言葉に、下を向いたまま首を横に振る。
「隊長がご無事なら、それで十分ですっ!」
 頭の上に大きな手のひらが乗り、ちいさく撫でてくれた。
 嬉しい、嬉しい、嬉しい!
 尻尾があれば千切れるほど振っていただろう。
「もう少し休んで居ればよいものを」
 殿下の声に、私の頭を撫でていた手が肩にまわり、私を引き寄せる。
 彼の厚い胸にむぎゅっと顔を押しつけ、肩にまわった手が私が振り向くのを許さない。
「ルシエド殿下、お戯れはおよし下さい。うちの副官は殿下のお側に侍らせる程、熟してはおりません。それに……王族から物を贈られるという意味を知らぬ者に、贈ろうとなさるとは、だまし討ちではありませんか?」
 贈る? ……ああ、ハンカチのことか。
 太い腕が私を逃がさないかのように、強い力で囲うから。私は彼の腕の中で大人しく、頭上で交わされる会話を聞く。
 ああ、隊長の匂いだ、安心する。
「早い者勝ちだろう? 私はめぼしい人材は多少の犠牲を払っても、疾く手に入れる事を信条としておる。おぬしと違って、熟すまで待つなどと、気長なじじいのようなことはできん」
 私からも隊長の背中に手を回して、ぎゅうってしたいな。いや、駄目だ駄目だ、我慢。
「本人の意思もなく、忠誠を誓わせるのが王族のやり方ですか」
 ギュウなんて……早々に一度フラれてるんだから、もう二度と、ご迷惑を掛けないって決めたんだから、我慢、我慢っ。
「彼女の能力を放置するわけにはいかぬからな」
 それにしても、ハグ、幸せすぎる……もう、思い残すことないなぁ。
 忘れないように、もっとしっかり隊長の匂い、覚えておこう。
 うっとりしながら、くんかくんかと呼吸する。
「放置せねば、問題ありますまい」
 やりたい放題やっちゃったから、もう軍には居られないし。
 これからどうしようかな。王都には居たいんだよね、一緒に働くことはできなくても、エンボルグ隊長のお側に居たい、恋心。
「ほう? 朴念仁のお前が、とうとう腹をくくったか」
 なんでこんなに好きになっちゃったんだろう。最初は一目惚れで、それから隊長にすこしでも近づきたくて頑張って生き抜いて。隊長の側に立てたなら、彼の内面まで好きになっちゃった。
 もしかして、隊長と出会う為にこの世界にきちゃったの? なんてことは流石に言わないけれど、隊長という存在が私の生きる意味になったのは確かだった。
「括りました」
 何度も死にかけて、何度か命を手放しそうになってしまったけれど。必死で生きた。
 生きたから、化け物級の魔術師にもなれたし。――血肉が毒に染まったとしても、生きるのを諦めなかった。
 ああ、そうだった、いけない、いけない。
「『浄化クリーニング』」
 涙を染みこませてしまった彼の服を綺麗にして、隊長の固い腹筋を手で押して体を離す。
「ん?」
 私の腕の長さ分だけ離れたけれど、隊長の腕からは逃れられなかった。
「どうした、エイシャ副長」
 いつにない近距離で隊長と視線を交わすことになり……えと、いつになく柔らかな視線に、なんだかお尻がむずむずする。
 いつも――訓練のときなんか、本気で殺りに来てるのかと思う程の殺気だし、仕事中は笑顔なんかほぼ無いし、こっちもそれに合わせて始終真面目に過ごしているし。そもそも、恥ずかしくて目を合わせられない、身長差があるからこっちから見なきゃ、目が合うこともないし。
 大人と子供、というのに相応しい身長差。それを埋めるために、必死で背伸びしてきた。
 背伸びした結果、こうして副長の座を得て少しは差が縮まったかと言えば。そうでもなかったな。やっぱり、この体格差は如何いかんともし難い。
「エンボルグ隊長こそ、この手を離して下さいませんか」
 肩甲骨辺りを支える手を、押して外そうとしたけれど、頑として動かない。そればかりか、その手に引き寄せられてしまう。
「エンボルグ、その手を離してくれるなよ」
「もとより、その覚悟です」
 固い声音の殿下に、エンボルグ隊長が柔らかく返し、そしてあろうことかひょいっと私を担ぎ上げた。
 腕にお尻を乗せるように……お子様だっこか!
 大人と子供の身長差だけど、さすがにこんなことをされたのははじめてだ。
「隊長っ! 隊長っ! 降ろして下さい、自分で歩けます! それに、あなた、けが人でしょうっ! こんな無理はいけませんっ」
「ああ、暴れると、傷に響く」
 淡々とした声に、思わず体が硬直した私を持ったまま、歩き出す。
「くっついてくれないか。歩きにくい」
「へ、へぁっ!」
 至極事務的に言われて、反射的に目の前の彼の首根っこに抱きついた。

 朝焼けが眩しいなぁ、なんだか太陽が黄色く見えるぜ。―――なんて、現実逃避している間に、そのまま彼の屋敷まで運ばれてしまった。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました

蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈ 絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。 絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!! 聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ! ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!! +++++ ・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

義妹がピンク色の髪をしています

ゆーぞー
ファンタジー
彼女を見て思い出した。私には前世の記憶がある。そしてピンク色の髪の少女が妹としてやって来た。ヤバい、うちは男爵。でも貧乏だから王族も通うような学校には行けないよね。

サレ妻の娘なので、母の敵にざまぁします

二階堂まりい
大衆娯楽
大衆娯楽部門最高記録1位! ※この物語はフィクションです 流行のサレ妻ものを眺めていて、私ならどうする? と思ったので、短編でしたためてみました。 当方未婚なので、妻目線ではなく娘目線で失礼します。

主人公の恋敵として夫に処刑される王妃として転生した私は夫になる男との結婚を阻止します

白雪の雫
ファンタジー
突然ですが質問です。 あなたは【真実の愛】を信じますか? そう聞かれたら私は『いいえ!』『No!』と答える。 だって・・・そうでしょ? ジュリアーノ王太子の(名目上の)父親である若かりし頃の陛下曰く「私と彼女は真実の愛で結ばれている」という何が何だか訳の分からない理屈で、婚約者だった大臣の姫ではなく平民の女を妃にしたのよ!? それだけではない。 何と平民から王妃になった女は庭師と不倫して不義の子を儲け、その不義の子ことジュリアーノは陛下が側室にも成れない身分の低い女が産んだ息子のユーリアを後宮に入れて妃のように扱っているのよーーーっ!!! 私とジュリアーノの結婚は王太子の後見になって欲しいと陛下から土下座をされてまで請われたもの。 それなのに・・・ジュリアーノは私を後宮の片隅に追いやりユーリアと毎晩「アッー!」をしている。 しかも! ジュリアーノはユーリアと「アッー!」をするにしてもベルフィーネという存在が邪魔という理由だけで、正式な王太子妃である私を車裂きの刑にしやがるのよ!!! マジかーーーっ!!! 前世は腐女子であるが会社では働く女性向けの商品開発に携わっていた私は【夢色の恋人達】というBLゲームの、悪役と位置づけられている王太子妃のベルフィーネに転生していたのよーーーっ!!! 思い付きで書いたので、ガバガバ設定+矛盾がある+ご都合主義。 世界観、建築物や衣装等は古代ギリシャ・ローマ神話、古代バビロニアをベースにしたファンタジー、ベルフィーネの一人称は『私』と書いて『わたくし』です。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます

菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。 嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。 「居なくていいなら、出ていこう」 この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし

処理中です...