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狼が参上!

不幸ヤンキー、”狼”と共有する。【2】

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 少々膨れた頬を見せては憤りを感じている彼に友人のジュジュが声を掛ける。それは幸が…悪人のような顔でふて腐れている彼が一気に青ざめてしまうほどの…囲戸 心に関してのことであった。
「…幸君。やっぱり、で怒ってる…のかな? …心ちゃんの。…やっぱり酷いよね。そんな顔しちゃうのも分かるよ…」
「っえ…、何…それ?」
「あれ、違うの? …心ちゃんと内緒で住んでるって聞いたから、のことで怒っているのかな~って。結構酷いこと書かれていたし。…じゃあ何で怒っていて…?」
 ―『もう私は誰の迷惑も掛けません』―
 幼い、自分よりも年下の少女が放って言われた意味深な言葉を思い出し、幸は異常なほど寒気を催した。そういえば言っていたではないか。彼女には親戚はおらず、嘘を吐いては幸や哉太に迷惑を掛けぬよう…1人で亡くなった母の墓で眠っていた事実を。彼女は親が作った罪を自分の罪だと思い込んでは1人で抱えていて…それなのに自分は、自分は哉太のことでしか浮かんでいなくて。…たとえ押しかけられても、彼女が孤独になっていても聞くことすらしていない愚かな人間だったのだと彼は分かってしまったのだ。
 …俺。なんて馬鹿な奴なんだよ。あんな小さな子を1人で悩ませて、しかも野宿までさせてしまっていて…。それに、ネットニュースって…。
 普段からネットニュースやテレビを観ておけば良かったと果てしなく後悔の念を抱くが、その前にジュジュの言っていることを知りたかったので彼は血相を変えて問い掛けた。
「怒っていたのは怒ってはいたけど、ジュジュちゃん。心ちゃんに何があったんだ? …俺、あの子のこと分かってあげられなかったから」
「…ちょっと待ってて? え~と…、あっ。これ…とか。…本当は知らない方が良かったのかも知れないんだけど…」
 すると彼女は申し訳なさそうにスマホを操作し、とあるニュースの記事を見せた。それはあまりにも酷いコメントで…。
『囲戸 心なんかシねよ』
『あんな詐欺師親子なんかこの世に居て欲しくない』
『まぁ非難も殺到するでしょう? あんな悪魔みたいな少女は本来であれば法で裁くのが賢明でしょうからね~。このようなコメントが続々と書かれていますが、皆さんはどう思われますか? あのようなペテン師の子供など…』
 ―居なくなった方が良かったのに―
 切り抜きではあるが心の存在を罵倒し、晒し吊し上げては罵る世間の目に幸は激しい怒りを覚える。
 彼女は敵だったはずの哉太に頭を下げてまで生きたかったはずなのに。幸や哉太との関係性も言ってはいないが、もしかしたら分かっていたのかも知れない。…それでも1人で生きるのが大変だから幸の家に押しかけて…でも幸や哉太は自分のことで精一杯だから自分のこの状況など言わずに1人で耐えて…それなのに。自分は…。
「…俺、本当に馬鹿だ。勉強とか哉太さんとか、大切だけど…そんなことよりも―」
 ―助けを求めてきた幼い女の子を救う方が大事だったのに…。
 発言と共に顔色が青ざめていくのが実感していく幸。だがジュジュはそんな彼の様子を見て慌てて付け足したように話すのだ。
「でも、こういう記事を書いて名誉棄損ってなって逮捕されたりとかあるよ! だから幸君、自分をそこまで追い詰めなくても。…ただ、後が絶たなくて…」
 ―『もう私は誰の迷惑も掛けません』―
 自分の心の中で彼女の言葉が反芻し脳内を支配する。…だから彼は授業が始めるにも関わらず、教科書をカバンに乱雑に入れては2人に言い放つのだ。
「哉太さん…じゃなくて、俺。心ちゃんが心配だから探してくる! フライ、俺が無断で休んだらもっとあの子との…心ちゃんとの距離が遠くなるから、テキトーな理由を付けて俺を早退扱いにしてくれないか?」
「えっ! 大丈夫だけど…って、ちょっとさっちゃん、どこ行くの!? 行く手あるの?」
「無いけど行ってくる。…俺はあの子を救いたいから」
 フライの静止を待たずして心が心配になった幸は、教室を抜け出して心との連絡を図る。しかし心はスマホの電源を切っているようで連絡がつかない。だから幸は急いで喧嘩中である哉太に連絡を取るしかなかった。
 数回のコール音の中で哉太は出てくれた。
『もしもし? 花ちゃん学校じゃ―』
「俺が悪かった!! 悪かったから、もう喧嘩はおしまいだ!」
『…っえ?』
 さすがの哉太でも、尋常じゃない幸の焦りに問い掛けようとすれば、彼は校門を出て走りながら全てを話そうとする。
「心ちゃんから今日、電話があったんだ! 『誰にも迷惑掛けたくない』って! …俺、その言葉が引っ掛かっていたんだけど、自分のことで精一杯だったからあの子の状況を知っても何も思えなくて…。だから、あの―」
『落ち着いて! 花ちゃん、今は学校でしょ? 俺、今から向かうから―』
「俺のせいだ…。俺が心ちゃんに気を遣わずに…哉太さんも傷つけて…。呑気にしてたから…。…その報いなんだ」
『…花ちゃん』
 後悔の積年が伝って幸は彼女が、心がどこへ行っているのか分からないまま無我夢中で走っている。全速力で走っっているのが、それは心の苦しみと比較すればどうってことは無い。…彼女は弱音など吐かずにただ1人で耐え続けていたのだ。
「心ちゃんの苦しみに比べ…れば…俺なんて」
 自分の責任だと嘆く幸に哉太は危機感を察したようで、走り続けている幸へ諭すような言葉掛けをする。
『幸だけのせいじゃないよ。俺もその1人だからさ。…だからとりあえず落ち着いて。…俺も悪かったからさ。…ね?』
「…哉太、さん」
 哉太の優しげな声に幸は一旦走るのを止めた。さすがに疲れたし、彼の声をちゃんと聴きたかったから。
 だが…事態は急変する。
「おい! 女の子がビルに!!?」
「警察呼んでー!!! 女の子が屋上に居るわ!!」
「…もしかしてあれ、 じゃね?」
「…えっ?」
 とある声に耳を傾けばまだらの髪色ををした少女…心がそこに居た。…彼女のその悲痛に歪んだ表情を幸は忘れもしない。彼の脳裏に焼き付けるほどであった。

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