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第23話 目を閉じていたい

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本日2回目の就寝から目覚める。
倦怠感は消え去り、頭の中はよく晴れていた。

ポケットからスマホを取り出す。
GPSの位置情報で、四葉の居場所を割り当てる方法を思いついた。
涼音は既に起きており、背伸びをしながら階段に腰掛ける。

「……刑務所やったんかい」

ここが刑務所であるという事実確認。
そんなことはどうでもいいので、四葉の居場所を特定しよう。
まさか、アイツの車椅子に取り付けた機械が役立つとは思わなかった。

盗聴器、小型の隠しカメラ、GPS。
あくまで安全上のため取り付けた機械類である。
無鉄砲かつ好奇心旺盛な四葉は、目を離せばすぐに見失う。

「なにそれストーカー?」

涼音が俺のスマホを覗き込む。

「あの自己中な奴らと一緒にすんなよ。俺はアイツのことを守ってんだから」
「過保護だよ、それ」
「まぁな、過保護じゃねぇと、また事故るかもわからねぇだろ?」

涼音の納得していない表情を流し見る。
すぐに四葉の居場所がわかったので、現在の魂の量と相談。

「走れば間に合いそうだな」

残り魂の量はおそらく3時間。
隣に涼音がいることも考慮しても、1時間分の余裕はありそうだ。

「さっさとここを出て、四葉に会おう。
そしたら全部終わり。体を交換して、四葉と涼音の苦しみはなくなるよ」

涼音には、いい知らせを聞かせたつもりだ。

だってそうだろう?

自分の体に戻って、自分の人生を過ごすことができるんだから。
俺なら嬉しくてたまらない。
だがしかし、涼音の反応はその反対だった。

「……私、元に戻るの嫌かも。ううん、嫌じゃないけど、戻るのが怖い」
「いやおかしいって。戻ろうぜ、今のままの方が怖いだろ?」

涼音は膝をさする。
まるで、妊婦が膨らんだ自分の腹をさするように。
その姿は案外、俺からすると新鮮な光景だった。

「足、動かしたい。元に戻ったら車椅子生活なんて、……私、耐えられない」

尻すぼみで小さくなる声、尻上がりで大きくなる声の震え。
足が動かなくなる恐怖、確かにそれは存在する。
足を失うのと、自分の体はというのは天秤にかける価値がある。
だが、今は一刻を争う事態。俺の命に関わる。

「とりあえず四葉のいる所まで行くぞ。足を失うか自分を失うかは、その時に考えてくれ」
「……私より四葉を優先するんだ」
「お前も四葉だろ? ていうか、お前が四葉だろ」

すぅ、涼音は息を大きく吸う。
まるで、何かを決心したかの如く。
嫌な予感が背中を伝う、俺は彼女の口を咄嗟に塞いだ。

「んぐぅ! んー!」
「それ以上言うな! 黙ってろ!」

コイツが涼音であり続ける決断をしたように見えた。
もし、その言葉を聞いたら終わり、俺が死ぬ。
だったら、このまま強引に四葉の所まで走ろう。

「……ごめん」

涼音の耳元で、俺の好きな人を囁く。
俺アレルギーの耐性を持っている涼音でも気絶してしまった。
口から泡を吹いていないので一安心。
涼音を背負う、じんわりと彼女の熱が伝わってきた。

あの日もたしか、俺は四葉を探し回っていた。

──────────

ショッピングモールの帰り道、両手に大量の紙袋を引っ提げて歩く。
周りを見渡して、四葉の姿を探し回る。
すると視界の端、見覚えのある柄の服が目に映った。

「アイツ……」

交差点の向こう、したり顔で手を振っている四葉。こちらに向かってくる。
歩行者信号は青、俺を背後から追い抜かす少女、白い髪の少女。
その瞬間、自動車の音がやけに大きく聞こえた。

ふと、右を見る。そこは車道。
当然、全ての車は停止しているはずだった。

ブゥゥゥン!

スピードを緩めない車。
交差点には、四葉と白髪の少女。
四葉は車に気づいた、立ち止まって、後ずさる。
少女は気づかない、俺は考えるよりも先に、紙袋を落としていた。

「危ない!」

少女の肩を掴み、抱き寄せる。
その瞬間、四葉は宙を舞っていた。

──は?

車は少女との衝突を避け、反射的にハンドルを切っていた。
だが、そこには四葉。
結局、トロッコ問題であることに変わり無かった。



あの日以来、四葉は変わった。
何というか、俺以外の人物にも優しくなった。
前までは全てを拒絶して、俺としかまともに話せなかったのに。
足は動かないけど、愛嬌のある女の子になった。

正直、嬉しくなかった。

──────────

太陽は空高く。
快晴な今日は鬱陶しいくらいの暑さ。
息切れしながらも、ついに海野の自宅までやってきた。
位置情報によると、四葉はここにいる。

玄関の呼び鈴を鳴らす。
ガチャリ、と開いた扉の向こうから、スーツを着た雫さんが出てきた。
心臓が跳ねる。

「知ってる、中、入りな」

全てを見透かしたような瞳。
俺は会釈したあと、吸い込まれるように家の中に足を踏み入れた。
リビングのソファ、四葉と涼音が眠っている。近くには車椅子。
雫さんは食卓に座っていた。俺も彼女の向かい側に座る。

「その子、嫌がってたのに無理やり連れてきたね」

雫さんは頬杖をついて、目を細める。

「俺の命がかかってたんです。だから──」
「そう、仕方ない。……私がやったことも、全部仕方ない」

反射的に否定しそうになるが、できない。
俺はもはや、目の前にいる人間と同じ行為をしたのだ。

「おかしいね。今までなら、すぐ否定するのに」
「おかしいのはアンタです。最初から、ずっと嫌いでしたよ」
「へぇ? 嘘もつけるようになったの?」

雫さんの視線が、俺の顔を舐め回すように動く。
気持ち悪いという感覚、未だに襲われた記憶が再起する原因だ。

「嘘じゃないです。嫌いなんです」

幾ら強い言葉を使っても、睨んでも、雫さんには効かない。
俺を力づくでどうにかできると、ずっと思ってるから。

「そんなこと言っても──」雫さんは俺の隣に座る。

耳元で、囁かれる。「優の罪は消えないよ……」

ピクッ、と膝が跳ねる。
前も、同じことを言われた。
俺に罪なんて無いはずなのに、この人に言われるとなぜか罪悪感を覚える。

「2人を会わせて得するのは、優だけだよ? ほーら、やっぱり自己中」
「違います。2人とも、元に戻りたいはずです。ただ、現実が受け入れられていないだけです」
「妄想癖……、優の悪いところ。そんなこと、いつ言ったの?」

言ってはない。けど、誰だって自分の体がいいはずだ。

「一般的に、そう思っただけです」
「じゃあ、自分勝手だね。……ほら見て、あのまま2人を放置してたら、どっちかが起きた瞬間に元に戻っちゃうよ」
「別に、それでいいんですよ」

俺の命だ、俺の好きなようにさせてくれ。

「……ほら、そう言ってる間に」

雫さんはソファを指差す。
四葉が目を覚ましたようだった。
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