『俺アレルギー』の抗体は、俺のことが好きな人にしか現れない?学園のアイドルから、幼馴染までノーマスク。その意味を俺は知らない

七星点灯

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第36話 運命は容赦ない

落ちる夕日を尻目に、俺は記憶を遡る。
が、いくら遡っても、彼女についての情報がヒットしない。
同い年であることはかろうじて分かる。
それも上靴の色で判断したので、今知ったことであるが。

「雨宮くんってさー、彼女とかいるの?」突然、彼女は話し出した。

スッキリとした声。たったそれだけで、明るい人なのだと分かる。
彼女の見た目は、普通の女子高校生。
視界の端に映っても、俺は見向きもしないだろう。

「彼女は、いないけど」「じゃあさ、彼女欲しくない?」

彼女は食い気味で話す。その圧に押されて、俺は一歩退いた。
しかしながら、退いた際に生じた『間』に、するりと彼女は入り込む。
結果、先ほどよりも距離が近くなった。

「彼女、欲しいよね?」上目遣いがわざとらしい。

「彼女は欲しくない。作る気もない。
 とにかく、もう離れて欲しいんだけど」彼女の体をほんの少し退けた。

彼女は案外軽かったので、俺が想定していたよりも大きく引き下がる。
2、3歩後ろによろめいたのち、地面に尻餅をつく。
が、ここで手を差し伸べてはいけないと、俺は知っていた。

いつの日か、涼音が言っていた。(あの時は四葉だったが)
振る時は、木っ端微塵にしろと。ワンチャンスも残してはいけないと。
こんな俺でも『告白』のシチュエーションくらいは分かる。

「……」彼女はふらふらと立ち上がった。

「ごめん、大丈夫?」

流石に罪悪感が勝った。俺は彼女に近づき、怪我が無いかだけ確認する。
幸い、彼女のスカートに土が付いているだけだった。

「突き飛ばしたのはごめん。
 でも、こういうのはしっかり言っておかないと──」「好きです」

まだ言うのか。俺は彼女に関心するが、鬱陶しさも感じた。
もう無視して立ち去りたかった。ただ、ここで逃げても解決しない。
だからこそ振る必要があるのだ。木っ端微塵に、ワンチャンスも残さず。

少し、涼音の気持ちを理解した。

「ごめん。俺はキミのことを好きじゃない。
 だから『好き』って言われても、俺はその気持ちに応えられない」

「……っ」

彼女の涙袋に輝きが溜まる。
オレンジ色の夕日が反射し、朝露のように見えた。

「でも好き……。私は好きです」

「それは──」「ずっと……ずっと前から好きでしたっ!」

彼女は相変わらず、食い気味に話してくる。
ただ、声はくしゃくしゃで、瞳のダムは崩壊していた。

「好きな人に『好き』って言うのは、いけないこと?」

「勇気があって、いいことだと思うよ。
 でも勇気を出したからって、報われるとは限らない」

本当に苦しい。俺が言葉を放つ度、目の前の少女を傷つける。
でもここで、情けを見せる方が悪党なんだ。
最後まで緩めない。俺は彼女を好きじゃないのだから。

「……やだ」

彼女は子供みたいに首を振る。

「わたしっ、勇気出し、てっ、今日しかなくて……。
 でも、私っ、みんなより可愛くないし。でも、雨宮くんのことは好きだし」

支離滅裂。言い訳をする子供の方がまだまともに話せる。
ボロボロと大粒の涙が、彼女の足元に落ちる。
すると同時に、罪悪感が俺の心に溜まってゆく。
まるで彼女の涙が直接、俺の心のコップに落下しているようだった。

「これ、受け取ってください」

「……ハチマキ?」

泣きながら彼女が手渡してきたのはハチマキだった。
さっき尻餅をついたから、土が付着している。
あまり綺麗とは言えなかった。でも、確かに彼女の心は籠っていた。

「まぁ、それくらいなら受け取るけど──」「……今じゃないよ」

俺はハチマキに手を伸ばしたが、ひょいとハチマキが避けた。
未だ彼女の手の中にある。俺には理解ができず、少しフリーズした。

「私、体育祭の日にもう一回告白する。
 その時に振られたらもういい。雨宮くんのこと諦める。
 でも、そうならないようにするから、覚悟してね?」

いつの間にか、彼女の涙は止まっていた。
小悪魔みたいな表情になっている。
仮面をつけたみたいに、さっきまでの彼女とは異なっている。

「俺は何もしなくていいの?」

「うん。これは私の我儘だから」

「ならいい。気持ちなんて、そう簡単に変わらないし」

「そうだね、今はそう思っててよ。そのほうが燃える」

彼女は涙で、不安を流したんだろうか。
それくらい自信満々だった。

涼音とか四葉とか、黒咲、海野に似た雰囲気を纏っている。
彼女たちに共通するものは分からない。探す必要もない。
ただ、目の前の彼女も纏っているのは意外だったから、
少しだけ興味が湧いた。

「じゃあ雨宮くん、また明日」

じゃあねと、俺が言う前に彼女は振り返り、歩いて行ってしまった。
この場に残ったのは俺と、少し湿った地面だけ。
罪悪感は何処かに旅立ち、跡すら残さなかった。



黒咲 明日香

「はぁーっ……」

木陰に隠れながら、暴れる心臓を押さえつける。

ドクドクドクドク

アイツの前から女が去って、校舎裏にはアイツが取り残されていた。
自覚した。私は焦っている。でもその根源が分からない。

なぜ?

貴重な部員を女に盗まれるから?

違う。

アイツが女と付き合っても、部活を辞めるわけではない。
というか辞めさせない。だったらどうして?

分からない。

けど、私が何か致命的なものを見逃しているだけだってことは、
なぜか本能的に分かる。
まるで登校するときにほんの少しの違和感で、忘れ物に気づくみたいな感覚。
ただ、この忘れ物は目に見えない。だから難しい。

今は考えなくていい。

そう勝手に結論づけて、私は木陰から出た。
アイツの所に走って向かう。途中、アイツが私に気づいた。

「もう遅い! 何してたの!?」

少し大きな声を出す。
アイツはこっちを向いているから、目と目が合う。
2人の距離は3メートルほど。
近くもなく、遠くもなく。手は届かない。

「あぁ、いや。ごめん、なんかぼーっとしてた」

アイツは嘘をつく。私が木陰から見てたなんて、微塵も考えていない。

「あっそ。言い訳もしないのね」私も嘘をついた。

あの女とアイツの会話は全て聞こえていたし、
ハチマキの件も嘲笑した。
アイツには未だ、好きな物なんてない。
それにあの女が好きなものになるわけもない。だから嘲笑できた。

「言い訳したって、遅刻は無くならないだろ」

「開き直るのもどうかと思うわよ……。
 まぁ、私に隠し事するくらいなら、正直に言うほうがマシよね」

「そりゃそう。下手したら人生終わるからな」

うんうんと、私は腕を組んでうなづく。

「そういう素直な所、私はすっ──」

『好きよ』という言葉を飲み込む。
誤解されたら困る。それに、コイツはさっき告白を断ったばかり。
『好き』なんて言葉には敏感になつっていると思う。

「すっ、素晴らしいと思う」なんとか言い換えた。

「あー、どうも」

アイツは嬉しそうじゃない。なんかムカつく。
私の褒め言葉を社交辞令として受け取ったのだとしたら、
とんでもない大馬鹿者ね。

まったく……

「あっ! 優くんみーつけたっ!」

私の後ろから涼音ちゃんの声。思わず舌打ちしそうになった。

「お前まだ帰ってなかったの? 暇人じゃん」

「理由あるから!」

「なんかあった?」

「いやぁ、優くん探して東奔西走……。
ずっと校舎内を走り回ってたからね。まさか外にいるとは……」

「ははっ! お前やっぱ馬鹿だな」

ズキズキ……

心が痛む。私を視界にとらえない雨宮に対して、怒りが沸く。
彼の声のトーンが上がって、私と話す時よりも楽しそう。
氷の女王とはなんだったのか。結局は女じゃないか。

こういう時、嫌でも人の好意に気づいてしまう私が憎い。
独りでライバルを増やしている私が憎い。
でも問題ない。雨宮はコイツのことを好きじゃない。

……まだ。

私にもチャンスがある。????
何を考えてるの? まるで、アイツのことが『好き』見たいな思考……。
いや、そうか。私はきっと、雨宮のことを、好きなんだ。

友達として。

うん、そうに違いない。
この焦りも、友達が盗られそうだから。
このドキドキは、さっき走ったから。
全部に理由がある。そして、全部に納得できる。

「そうだ! 優くんこのあと暇? 暇だよね!?
 デートしよ! デート!」

「あー、ごめん。俺今から部活」

「そうよ。コイツ、今から部活だから。
 てか、アンタもでしょ? なんで堂々とサボりの提案してんのよ!?」

キュッと、雨宮の服の裾を摘む。暖かかった。

「はっ! しまった!」くるりと涼音ちゃんは後ろを向く。

「それじゃあ頑張って! 私はお腹が空いたので帰りまーす!」

「おい待て! 逃げるな!」雨宮が手を伸ばす。

でも、涼音ちゃんの走り出しの方が早かった。
雨宮の掌は虚空を掴み、涼音ちゃんの背中は小さくなる。
雨宮も走り出そうとしたから、私は肩を叩いた。

「アンタ、追うふりして逃げようとしたでしょ」

「……チガウヨー、カエッテクルヨー」

機械みたいな返答。私は吹き出しそうになった。
猿芝居、一周回って開き直っている。

「いいわよ、追わなくて。あの子は結構きてるから。
 寧ろ、欠席は今日で初めてよ。どこかの誰かさんとは違って」

今度は雨宮の手首を掴んだ。そしてポッケから手錠を取り出す。
今日はコイツを強制連行するつもりだったので、予定通り。
私の右手首に手錠の片方をはめる。

カシャン

と、軽い金属音。そして、雨宮の左手首に手錠をあてがった。

「大人しくしてたら、部室で外すわね。
 これは今だけ、保険みたいなものよ」

「ちょい、黒咲さん!? 洒落になってないっすよ!?」

カシャン

彼の抗議よりも小さな音。
それでも、私たちを強く繋ぎ止める手錠。

「大丈夫よ。鍵はここにあるから」スカートの左ポッケに手を突っ込む。

昨日の夜、ハンカチに鍵を挟んでここに入れておいた。

「ここに、うん。ここに……あるから」

しまった。右ポッケに入れていた。
大丈夫、入れたはず。うん? 入れたはず?

「黒咲? なんか震えてない?」

「ちょっと静かにしてて! 今考え事してるから!」

右のポッケに左手を突っ込む。体を無理に捻っているので姿勢が苦しい。
……あれ? ハンカチがない。おかしい。
今日の昼休み、トイレに行った時にはあった。鍵もその時確認した。

そのあと体操着に着替えた。
そして、体育祭の練習が終わって、制服に着替えた。
この間にハンカチを落とすなんてことはありえない。

可能性としてあり得るのは……。

「ねぇ、私の制服の襟に、タグがついてるわよね?」

「どした? 急すぎる──」「いいから! 早くタグを見て!」

雨宮の顔が私の後ろにいく。首筋に彼の息が当たってこそばゆい。
心臓もうるさい。

「そこ、私の名前書いてる?」

「そこって、どこ? 書いてないけど?」

血の気が引いた。いや、首のタグにだけ名前を書き忘れていたような気がする。
そうだ、そうに違いない。

「ごめん、ちょっと目、瞑ってて」

「は? 今度はなに?」彼が私の首裏から帰ってきた。

今はニュートラル、真横からこっちを見ている。

「いいから! 目瞑ってて!」

私の気迫に押された彼。そして彼の瞼が閉じていることを確認した瞬間、
スカートの中を確認する。もちろんタグを見るために。
そして、タグを見つけ、確認する。

なにも書かれていなかった。

「あっ……」

目の前が真っ白になった。

「取り違えた……」

そう呟く。小さく、小さく、小さく。

「ヤバくない?」雨宮の言葉が耳に直撃する。

「ごめん、なさい……」

今はただ、そう言うしかなかった。
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