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一章〈代えは利かず、後には戻れず〉
第20話 行く先不明の旅路①
しおりを挟む突然という言葉は俺のためにある。
今日ほど、そんな言葉を強く意識した日はなかった。
「おいナオ、釣り行くぞ!」
「突然だな、サトヤ」
「いいから行くぞ!」
それは、突然のことだった。
◇~~~◇
旅館従業員にも、もちろん休日はある。
三日働き、一日休む。それがこの旅館の従業員の休みのサイクルだ。中には、二日休みを連続させる代わりに、六日間連続で働いてるやつもいるらしい。
それに、特定の時期にはまとまった休みも取れるとのこと。
さて、そんな今日日、俺は四日ぶり休日にありついているわけだが……
「あれ、前に俺をこっちにのせてきたときと船と違うな」
「あれは外出用。こっちは漁業用だ」
「でもちっちゃい」
「文句言うなミィ。それに趣味の釣りなんだから、こんぐらいでいいんだよ」
俺は釣りに出ることになった。同行者は二人。釣竿をもって早朝からドカドカと鍵をかけているはずの俺の部屋の扉をけ破って入ってきたサトヤと、いつの間にか俺の後ろに追従していたミィの二人だ。
「しかし、ミィの奴やたら元気だな」
「サトヤよ、忘れたのか? こいつは吸血鬼だぞ。たぶん夜行性だ」
「なるほどな。確かに、今は朝って言うには早すぎる。寝る前の子供が跳ね回ってるのとおんなじか」
「子供じゃないよ」
「はいはい」
用意された釣り具の点検をサトヤがしている間に、俺は船に積まれた備品の確認をする。その間を手持無沙汰なミィをあやしながら俺たちは出向の準備を進めていた。
時間は早朝。日が昇るか上らないかの時間帯。霧の向こうでそれらしい光が顔をのぞかせてきたときが出向の合図だとサトヤはいっていた。
「む、あっちが光りだしたぞ」
「んじゃそろそろだな」
準備を進めているうちに太陽が顔を出し、やっと出発かと待ちわびていたミィが一番乗りに船へと乗り込んだところで、遠くから声が聞こえてきた。
「サトヤさーん!」
「ん?」
「ああ、そういや弁当頼んでたの忘れてた」
「忘れないでくださいよ、もうっ!」
本館の方から船着き場までの道を走って現れたのは、少し眠たげに目をこするアイリだった。
「あ、ナオさんおはようございます」
「おう、おはよう」
「同行者ってナオさんのことだったんですね」
「らしいな」
「らしいって……」
あいさつついでにと会話するが、やはり彼女は眠たげだ。よく見ずともいつもサイドテールに縛られている彼女の象徴的なシルエットがなく、適当に結われたであろうおさげが彼女の背中でゆらゆらと揺れている。
そんな彼女は、少し大きめの弁当を俺に手渡すと、サトヤの方に駆けていった。
「今回はさすがに前みたいなことはしないでくださいよ」
「まあ、今日はナオたちもいるし大丈夫だろ」
「本当ですかー……?」
「本当だから、そんな怖い顔しないでよアイリちゃん」
……何やら不穏なやり取りを聞いてしまった気がする。
「おいミィ」
「なに?」
「お前、これから俺たちがいく釣りの行き先をしってるか?」
「知らない。どこ行くの?」
「逆によくそれでついてこようと思ったなお前は」
「えへん。すごいでしょ」
と、慎ましやかな胸を張って自慢げにするミィは置いておくとして、俺は先ほどの不穏な会話の正体を暴くため、サトヤの奴を問い詰めること決心をした。
「おいサトヤ」
「どうしたナオ」
「なんか不穏な会話が聞こえたんだが、これから一体何をするんだよ」
「釣りだよ釣り。きっと面白いもんが釣れるぜ」
びゅんびゅんと釣竿を振る予行練習をするサトヤは、随分と楽しそうに笑っていた。
にやりとニヒルな笑みを浮かべるサトヤは、それから少しずつ上る太陽を遠目に見ながら、ちらりと俺の方を向いて言うのだった。
「それともなんだ。もしてかしてだが……初めて行く場所は怖いか、ナオ?」
「こ、怖くねぇし!」
この瞬間、プライドをとった俺の運命は決まった。
「それじゃあ、くれぐれも船から落ちないように気を付けてくださいね~!」
「おう、行ってくるわ」
「いってきま~す!」
「……くっ!」
後悔してももう遅い。
気づいた時には俺は、行き先不明の船の乗車賃を支払ってしまっていたのだった――
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