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四章 裏
しおりを挟む目を開ける。茶色い木でできた天井が見える。
起き上がって周りを見てみる。机とタンスがある。ちょっと殺風景だけど、ちゃんとした部屋だ。
―――もしかして、あの夢は終わったのかしら?
またあの夢を見るんじゃないかと思っていたけど、今は昨日の夢みたいに瓦礫の上じゃなくて、ベッドの上にいる。
―――でも変ね、私の部屋じゃない。
似ているけど、違う。
「ふぁーあ、よく寝た」
背伸びする私。いや、私じゃない。
「久しぶりのベッド。サイコーだな」
彼の声。想真だ。
―――いや、やっぱり夢の続きだわ。これで3回目。
ぽんぽんとベッドをたたく彼。
―――ずっと続くのかしら。って、それより、ここはどこなのかしら?
昨日までのあの殺伐とした瓦礫だらけの風景とは一転、私のいる世界と同じような風景だ。
―――昨日の夢からだいぶ時間がたったのかしら。たしか地下室で爆撃をしのいでいたんじゃなかったっけ?
場面が違いすぎて、頭の整理が追い付かない。
彼は窓に向かっていき、カーテンを開けた。
―――えっ?
窓の外は、木造の小屋のような家がたくさん建っている。その中央にはバザーのように果物や野菜など食料を持ち寄って人が集まっている。持ち寄った物を物々交換して、人々がにぎわっている。
―――なに、これ?
昨日までのあの荒れ果てた土地や、人一人いない世界とは別世界だ。
―――いったいどうしちゃったの?
「・・・昨日までの風景がうそのようだ」
つぶやく彼。
「起きてたの?」
後ろをふり向くと彼女、ガーベラがいた。服装が昨日まで着ていたボロボロの服じゃない。きれいなワンピースの服を着ている。そのせいか、一瞬別人に見えた。
「ああ、おはよう」
「気持ちよさそうね」
ガーベラが部屋へと入ってくる。
「ん、そうか?」
「そんな顔してるわよ」
くすっと笑うガーベラ。
「そういうお前もいい顔してんぞ」
「美人なのは元からよ。それよりどう、この服似合う?」
ガーベラは手を広げる。
「似合うに決まってんじゃないか」
少し顔を赤らめる彼。
「ありがと」
「久々の着替えられたもんな。大地震の日からずっと同じ服だったからなぁ」
「体中砂とほこりだらけで気持ち悪かったわ」
こっちによってくるガーベラ。
「生き返った気分だ」
ガーベラは彼の横へ行き、窓の外を見る。
「いい町ね」
窓に手を触れて、ささやいた。
「四ヶ月前はこんな感じの景色が当たり前の風景だったんだよな」
彼も一緒に窓の外を見る。
―――四ヶ月前、そんなに時間はたってないわね。
「そうね。今じゃ考えられない風景ね」
「偶然だよな。地震や津波、そしてあの爆撃。多少被害にはあったとはいえ、もう復興しているなんて信じられない」
「ほんと。ここだけ別世界に見えるわ」
「ちょっと遠くに行くと、ずっと俺たちが歩いてきた廃墟だもんな」
遠くを見てみると、急に別世界だった。向こうには瓦礫と爆撃の痕だらけ。よく見ると人がたくさん死んでいる。爆撃だけでなく、人と人が戦う、戦場になっていたようだ。
―――ひどい、映画以上の風景・・・これが戦争の痕。
体はないけど、ぞっと寒気がした。
「私たち、あんなところを歩いてきたのね。しかも、こんな派手な爆撃をよく耐えられたわね」
「ほんとぞっとする。よくあの地下室も耐えたよな。後半はいつどんな奴が入ってくるかビクビクしてたし。見つかってたら殺されていただろうな」
笑いながら言う想真。
「結局ラジオも電波入らなくなっちゃったから、出る時もビクビクだったものね」
「ずっと敵兵がいるんじゃないかって、心休まらなかったもんな」
ため息をつく想真。
「とはいえ、やっぱり降伏するしかなかったのね」
そうガーベラが言うと、想真はグッと手を握る。
「くそが!」
「もう、終わったことよ。これ以上悪いことはないと思いたいわ」
ガーベラもため息をつく。
「・・・そうだな」
結局、あの爆撃はA国によるものだったらしい。目的はこの国の石油。石油のとれる量が徐々に減ってきたので、輸出量を減らす交渉をA国としていたが折り合わず、この災害で弱っていたところを攻撃してきたらしい。結果としては我々は負け、石油はA国のものとなった。とはいえ、大半は誤爆でコンビナートが破壊され、海に流れてしまい、汚い海が残っただけ。しかも、あれ以来、天気がおかしくなった。という話を村の人が教えてくれたみたい。
―――ひどい話・・・それであんな何気ない日常がこんなにも一変してしまうなんて。
私の世界でも、その可能性がゼロではないと思うとぞっとする。
二人ともまた外の景色をほんやりと眺める。
よく見ると、ここは高台になっている。そのためか津波の被害がなかったのかもしれない。
「いいところ。私たちの町も・・・」
そっとつぶやくガーベラ。
「ガーベラ?」
窓から離れるガーベラ。
「こればかりはどうしようもないさ。ここにいた人たちは運が良かっただけだ」
「・・・そうね」
ガーベラは部屋から出て行く。
そりゃ俺だって、もし俺たちの町がこのように高台だったら、町は無事だったんじゃないかって思うさ。でも・・・。
遠くへ、もっと遠くを見つめる。彼の視線には、彼らがいたと思われる町が見える。だいぶ低い位置にあり、爆撃の痕だけでなく、地面が浮き上がったり割れてたりと、原型をとどめていない。
「くそっ」
ぐっとまた手を握る。
―――想真・・・。
部屋を出て、階段を下る。そこは豪華ではないが小さなホテルのロビーのように、テーブルと椅子が2セット置かれている。その一つの椅子に座って、外をぼーっと眺めているコスモスがいた。
「おはようコスモス。お前もたそがれてんのか?」
「・・・・・」
返事がない。
「目開けて寝てんのか?」
そーっとゆっくりコスモスに近づき、耳元で、
「おはよう!」
「わあっ!」
びくっと、コスモスの体が飛び上がる。
「そ、そうま。びっくりした」
胸に手をあてながら、ふり向く。
「何ぼーとしてんだよ」
パンパンと彼の背中をたたく想真。
「驚かせないでくれよ、心臓止まるとこだったよ」
「ははっ、ごめん。全然気づかないからさ」
「目を開けて寝ちゃってたよ」
コスモスも、以前のホコリだらけの姿とは違い、ビシッと黒いズボンに白いYシャツを着ていて、きれいな格好をしている。
―――かっこいいわね。
「足はもう大丈夫か?」
ちらっと足を見てみる。汚れ一つない革靴を履いている。しっかりと手入れしているみたいだ。
「さすがにもう大丈夫だよ」
コスモスは立ち上がり、足を軽く動かす。
「ほんとだ。骨も異常なかったみたいだし、不幸中の幸いだったな」
「そうだね。下敷きにされてたのに、これだけのケガですんだのが信じられないよ。それに君たちに救ってもらえたのも奇跡だし」
「なに言ってるんだよ。たまたまだよ。それに、こっちとしてはコスモスのおかげで爆撃もしのげたし、こんないい村に連れてきてくれたんだから、俺たちのほうが命を救ってくれたようなもんだよ」
そう言って想真は頭を下げる。
「お互い様だよ。想真たちが助けてくれなかったら僕だってここにはいなかったんだから」
頭を下げられて、少し困惑しているコスモス。
「やさしいなコスモスは」
想真は頭を上げる。
「おはようコスモス」
ガーベラがやってきた。
「おはよう、よく眠れたかい?」
「うん。ひさしぶりにぐっすり寝たわ。これもコスモスのおかげだわ」
「そうだよな。俺も今コスモスをほめちぎっていたとこ」
コスモスは顔を赤らめる。
「そんな事言わないでくれよ。さっきも言ったけど、君たちが僕を助けてくれたからここにいられるんだよ。これはちょっとした恩返しだよ」
「そう言ってくれるなら、お互いさまっていうことにしましょうか」
ガーベラは遠慮ない様子だ。
「それにしても、コスモスが一人でこんなきれいな宿を経営しているなんて」
ガーベラが周りを見渡す。よく見ると、そこそこ年期が経っているように見えるが汚れがほとんどない。
「ありがとう。あの爆撃でなくなっちゃったと思ったけど、ほとんど損害がなかったのはほんと奇跡だったよ」
コスモスはここで宿を経営していて、あの時は隣町に用事があって出かけていたときのことだったらしい。そこで大地震が来て、近くの家の下敷きになっていたとのこと。部屋は6部屋あり、2つ想真とガーベラが使っていて、ほかの部屋はほぼタダ同然で部屋を貸している。
「ここが無事じゃなかったら、みんなで野宿だったね。ほかの家も余裕ないし」
「あはは、そうだな」
笑う想真たち。
「それにしても、災害のせいというかおかげというか、地域外の人間が入れるとは思わなかったな」
想真が言う。
「そうね。私たちの町では考えられないわね。基本的に受け入れ拒否だし」
「まぁ、もともとこの村はおおらかなところだから。あまり地域がどうだとか気にしないからね」
「たしかに、そういえばこの村の人、肌の色とか微妙に違っているから違う地域から来ている感じよね。その割にはいざこざがないわね」
―――地域、私たちでいう国のようなものなのかしら?
「そうだな。家賃高そうな場所だな」
「そいゆうことじゃないでしょ!」
バシッと、想真を叩くガーベラ。
「たしかに、ほかの地域よりもちょっと家賃は高いよ」
コスモスはにこにこしながら言う。
―――コスモス・・・。
「良かったわね、想真。コスモスがいなかったら一生住めなかったわね」
ガーベラが言う。
「そうだな。人生で最大の贅沢だ!」
コスモスが笑う。
「まあ、地域が違うもの同士だけど、今はそんなこと言っている場合じゃない。お互いこれからも協力して生きていこうな」
想真がガーベラとコスモスの肩にポンと手を置く。
「あら、たまにはいいこと言うじゃない。想真にしては」
「失礼な。たまにじゃないぜ、いつもだろ」
笑いながら言う想真。
「ふふっ。地域がありすぎて、時々すれ違いが合ったりもするけど、こんな状況じゃ地域とか文化の違いがどうとか言っていられないわね。想真と同じだけど、つらい思いをした者同士、協力して行きましょ」
そう言って、ガーベラは右手を伸ばす。想真もガーベラの意図が伝わったようで、右手を伸ばしガーベラの手の上に置く。
「二人の言うとおりだね。君たちからしてみれば、僕はよそ者だけど、そんなことどうでもいい。一緒にこの状況を切り抜けよう」
コスモスも手を伸ばし、二人の手にのせる。気づいたら小さな円陣ができていた。大きさは小さいけど、団結力はそれ以上だ。
―――一つのチームみたい。
特にかけ声とかもない。沈黙が続き、ただただ手を組み合う。
「・・・で、いつまでこうしてるの?」
「・・・そうだな。まわりから見たら、怪しい集団だな。朝っぱらからなにやってんだか」
そっと、小さな円陣は解散した。
「君たちの地域ではこいゆうあいさつの仕方があるんだね」
コスモスが聞いてくる。
「ん、あ、ああ?」
想真が言葉に詰まる。
「いや、ないわよ」
ガーベラが恥ずかしそうに答えた。
外に出る。村の中心では村人が野菜や果物、はたまた拾った物を持ち寄って、物々交換している。
にぎわっていると言いたいところだが、2,30人くらいでこじんまりとやっている感じだ。
「おっ、大きいテレビだ」
野菜の隣にドンと置いてある。
あれくらいのテレビで映画見たかったな。今ではあんなものただの粗大ごみでだもんな。
―――電気が通ってなさそうだしね。もったいないな。
みんな珍しそうに見るが、それで終わり。そんなものより、今では食料のほうが大事だ。
皮肉なもんだ。俺も今だったらテレビより肉だなぁ・・・。
はぁと、ため息をつく。ここは裏手に森林豊かな山があるが、動物がいない。だから肉類はまず食べられない。魚も海が石油で汚れてしまっているため、仮にとれたとしても食べるのはリスクが高い。
「おう。想真!」
フライドチキンの味を思い出していたところ、中年のおじさんに声をかけられた。
「あっ、キムおじさん」
キムさんという方は、アジア系の顔で、体ががっしりとしており、服装も誇りだらけのタンクトップで手にはハンマーと腰には工具が刺さったベルトをしている。いかにも今まで大工仕事をしていたような感じだ。
「なに、しょんぼりしているんだよ」
笑いながら言うキムさん。
「だって、久々に肉食べたくてさ。キムさんもそう思わない?」
「そりゃそうだ。肉がなきゃ力が出ねぇ!」
だよね、と想真が相槌を打つが、キムさんはこう続けた。
「だけどな、俺の仕事はみんなが快適な家に住んでもらうこと。そして、みんなに安心して食いもんを作りに行ってもらうことだ」
「キムさん・・・」
「想真もどうやったら肉が食えるか考えてみな」
ポンと肩をたたくキムさん。
「そうだね。もし肉が手に入ったら一緒にハンバーガーにしよう」
想真は両手をハンバーガーをほおばる仕草をする。
「おう、楽しみにしているぜ!」
キムさんは立ち去ろうと想真に背を向けて歩こうとするが、
「おっと、忘れてた」
立ち止まってまた振り向く。
「想真。申し訳ねぇが、物資調達と埋葬をお願いできないか?」
キムさんは少し申し訳なさそうに言う。
―――埋葬?
「ああ、大丈夫。やるよ」
物資調達は、爆撃を受けた町から使えそうなものを調達すること。埋葬は物資調達のついでで、見つけた死体を墓場に運んで埋葬することだ。最初はそんなことしている暇がなかったが、いくらか余裕ができ、目をそらせなくなったのだ。今ではどちらがメインかわからなくなってきている。
「すまないな。死体の片づけなんてな」
「みんな被害者だし、俺は気にしてないよ」
と、想真は言うが、心の中では少し雲がかかった。
―――想真?
「それより、いいもの見つけて、肉を食べられるようにしなきゃいけないし」
想真はにかっと笑う。するとキムさんは、
「ハンバーガーのためな!」
ぐっと親指を立て、背を向け去っていった。
気にしてはない。ただ、関係のない人が死んでいるのを見るのが、ただ、つらい・・・。
想真はうつむき、ぐっと手を握る。
すると、頭にポツリと何かが当たった。
「?」
上を向く。
「!」
いつの間にか真っ黒の雲が辺りを覆っていた。夜のように暗くなり、急に肌寒くなってきた。
「こりゃ来るな!」
キムさんが走り出す。つられて想真も走り出す。
くそっ、さっきまであんな晴れてたのに!
―――なんで、こんな雨であわてるの?
雨は小雨程度で、そんなに慌てる必要はないように思える。だが、キムさんが近くに家に入り、想真も一緒にその家に入る。
「おや、雨宿りかい?」
褐色肌の目が青いおばあさんが、驚く様子なく二人に話す。
「ああ、少しの間お邪魔するよ」
キムさんがふぅと、息をつき、ダイニングテーブルの椅子に座る。
家の中は広くはない。キッチン、テーブル、棚が2つで3人いるだけでだいぶ窮屈に感じられる。
「ああ、降ってきたね」
パチンパチン―――。
おばあさんが言うと、外から水がはじける音が聞こえてきた。
想真は窓から外の様子を見る。
ザァァァァーー―――。
さっきまでの景色と一転変わって、人ひとりいない。
それに徐々に視界が悪くなる。
ゴォォォォーー―――。
外の様子が音とともに見えなくなる。屋根からも先ほどのやさしい水の音ではなく、破壊するかのような音にかわっている。
「まだ、屋根の修理中の家があったんだが、大丈夫かな?」
キムさんが心配そうに窓を覗きに来る。
「みんな、慣れているから避難しているよ。きっと」
想真はそう答えるが、手をぐっと握った。
「冷えてきたな」
キムさんがぶるっと震える。
「また、すぐ止むよ。暖炉の近くに行きなさい」
おばあさんがそう言って椅子を暖炉の近くに持っていく。暖炉の火は弱弱しくなっている。
「ばぁちゃん。ありがとな」
キムさんは椅子に座り、火が消えないように薪を入れていく。
想真の分の椅子も用意してくれたが、想真は動かない。
これでまた復興に時間がかかる。作物に影響がでるかもしれない。また家の修理をしなき
ゃいけなくなるかもしれない。足止めだ。
―――想真?
こうなるようになったのも、あの戦争の後からだ。なんで関係のない俺たちが巻きぞいに
ならなきゃなんないんだ。それに争っている場合じゃないだろ!
想真は窓の外を見ながらさらに手に力が入った。
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