掌 ~過去、今日、この先~

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六章 表

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――――――

  あれが、何万年前もの世界・・・。
久しぶりの市原家での朝。
いつもならすがすがしい朝なのに、今日は気持ちがなんとなく重い。
体を起こす。
想真、生きていた。よかった。
友達でも何でもないが、心がほっとした。
  けど、この前はまるで歯が立たなかったのに、逆に圧倒していた。何があったの?
左手はなかった。前にガーゴイルにやられたからだと思う。あれは想真で間違いないはず。
―――また見たのか?
ケンジが聞いてくる。
私はコクリと頷く。
ええ。けど復興していたわ。それなのに滅んでしまったの?
―――例外なく滅んだ。お前らも、あのような未来を迎えるんだ。
「・・・・・・」
―――ウソではない。目をそらすのは勝手だがな。
コスモスの言うとおり、うそだと思うのは簡単。実際、先のことだし証拠はない。でも、うそだと思ってしまったらそこで終わりだ。
  もしかしたら、このまま夢が続いたら、滅んで終わるところまで見ることになるの。
この夢にも終わりがあると思う。それはきっと、あの世界が終わる時・・・。
―――どうした?
いえ、なんでもないわ。
どんな終わりが待っているのか、気になるというより恐怖しかない。
ベッドからでて、着替える。
そろそろ行かないと、ゆっくりしてる場合じゃない。
かばんの中にノートや教科書をぽいっ、とつめこんで居間に行く。
おばさんと恵理は朝食の準備をしていた。
「おはよう、虹」
「おはよ」
やっぱ病院と違って、気持ちがよい。このあいさつがたまらない。
「ひさしぶりね。家で会うの」
恵理は微笑みながら言う。
「そうね」
「虹ちゃん、大丈夫なの?学校行けるの?」
おばさんはすごく心配そうだ。
「大丈夫よ、たいしたケガしてないし。心配しすぎよ」
「そう、それならいいんだけど」
そう言うと、ほっとした表情をするおばさん。
「大丈夫よ。虹はタフなんだから」
コーヒーを出しながら言う恵理。
「タフって、女の子が言われてもうれしくないわね」
私はすることがなく、ただ立ちつくしているだけ。
「ちょっとまってて、もう朝ごはんできるから。テーブルの上にあるもの、整理してもらえないかな?」
そうおばさんに言われると、私は言われたとおりテーブルの上に置かれたチラシやら新聞紙やらを整理しはじめる。
「ん?」
新聞をふと見ると気になる文字が目についた。


「なんでもランキング」
プラスチックなどのゴミを減らす動きが高まっている。個人でできる工夫やテクニックはないものか。家事や環境問題などに詳しい専門家に聞いた。

1位  マイボトル・マイタンブラーを持ち歩く
2位  生ゴミコンポストを作る
3位  インターネット通販で「簡易包装希望」と書く
4位  コンビニなどで箸やスプーンを断る
5位  ラップの代わりにシリコンの蓋

ふーん、ほとんどがちょっとしたことでできるやつじゃない。
ページをめくると10位まで続く。また、右上に「ごみの内容確認。傾向と対策探る」と、小さなコラムがある。
  ゴミ袋代わりに使っていたレジ袋が2020年に有料になり、改めてごみの減量を意識した人は多いだろう。ゴミが減れば、袋も少なくて済み、処理も楽だ。日本の1年のごみ排出量は約4272万トンで、東京ドームの約115杯分にあたる。食品ロスは年612万トンと、世界食糧計画(WFP)の食糧支援量の1.5倍分だ。マイクロプラスチックや食品ロスの問題を改善するには、一人ひとりの努力が欠かせない。住生活ジャーナリストの藤原さんは「家庭ゴミの内容物を確認して、どういうゴミが出やすいのか傾向を探ろう」と提案する。食品が多いなら、無駄にしないよう食べきる工夫をするなど対策を考えると良い。プラスチックのゴミ削減に向けた「プラスチック資源循環促進法案」が今国会に提出される予定だ。飲食店などに使い捨てのスプーンやストローなどの使用減を求めるほか、家庭から出るプラゴミのリサイクルを進める。政府は22年4月の施行を目指す。日常生活でゴミの減量を意識する場面はますます増えそうだ。

  食品ロスかぁ、たまにテレビでやってる。まだ食べられるのにどんどん捨てられて、すごく心が痛む。確かにうちも気づいたら期限切れになって捨ててしまうこともある。そういうのを減らしていかなきゃね。一人一人の努力か。

「虹、どうしちゃったの?新聞なんか読んで」
恵理が病人を見るような目で見てくる。
「いいじゃない。気になる記事が書いてあるんだもん」
「芸能系の記事なんてあったかしら?」
恵理は新聞をのぞき込んでくる。
「ふーん、私もこの別紙、面白いから読むけど・・・」
新聞から私に視線を戻す恵理。その目はまだ「大丈夫かしら?」と訴えかけている。
「なにか変?病院は必要ないわよ」
と、言うと恵理は真面目な顔になり、
「・・・虹、変わったわね」
「そうかしら?」
  そうだとしたら、ケンジのせいね。
―――俺のせいだと。おかげだと言ってくれ。
おばさんが朝食を持って、テーブルに置いた。
「興味があることは、いいことよ」
おばさんが言ってきた。
「その通りだけど、虹がテニス以外に興味があるなんて」
「・・・ありがと」
嬉しいような嬉しくないような。
「さっ、朝ごはんよ」
おばさんが席についた。
私は新聞を片付け、恵理も席についた。
「いただきます」
みんなで食卓につき、手を合わせた。
「あなたたちに言わなきゃならないことがあるの」
急におばさんが話し始めた。
「?」
私と恵理は目と向き合う。
  何かしら?
「明日、留守をお願いしてもいいかしら?どうしても出かけなきゃならないの。せっかく虹ちゃんが帰ってきたとこなんだけど」
おばさんは申し訳なさそうに言う。
「私はいいわ。一日くらいどうってことないわ」
  それに留守って、もう高校生なんだからできるわよ。
「私もいいよ」
恵理も喜んでオーケーを出した。
「悪いわね」複雑な表情をするおばさん。「虹ちゃん。変なことに首をつっこまないのよ。お願いだから」
ビシッと私に向かって言ってくる。
「・・・はい」
  なんか私、やんちゃ坊主みたい。
「虹、ヘコむことないわよ」
励ましてくる恵理。
「本当は私が面倒見なきゃいけないんだけど、ごめんね」
「いいえ、大人しくしています」
―――まぁ、何もないといいんだがな。
  ちょっと、心配させるようなこと言わないでよ!
「一日だけだから心配しなくていいよ。家事とか虹と一緒にやれば大丈夫だから」
恵理はにこっとしながら言う。
「うん、私も家事ならできるし。なんとかなるわ」
  といっても、ほとんど恵理がやりそうな予感・・・。
「ありがとう。これなら安心して行けるわ」
ほっとするおばさん。
「さっ、冷めないうちに食べましょ」

学校につくと、まだ朝のホームルームは始まってなかった。
「って、なんで良一がいるの?」
横に向かって言う。
「なんだよ、いちゃいけねぇのかよ?」
朝食の菓子パンをむしゃむしゃ食べてる良一。
「うん。だってあんた、まだ1限よ。いつも2限とかからじゃない?」
気持ち悪いって言ったほうがよかったかな?いつも1限が終わってから来るのに。
「悪かったな」良一は足を組みなおす。「それよりお前、おとといは大丈夫だったのか?」
「なんのこと?」
教科書とかを机の中に入れながら言う。
「とぼけても無駄だ。俺の耳にはすぐ情報が入ってくるんだぜ。当然、おとといの事件のこともしっかり知ってる」
良一は目をぎらっとしてこっちを見てくる。
  この男、案外侮れなのよね。
「わかったわよ・・・べつにケガとかは全然ないわ。心配してくれてありがとう」
「?」
良一は何言ってんだこいつは、という顔をしてくる。
「だーかーら、ケガもなんもないわよ」
「はっ?お前、放火魔を相手にして、無傷、なのか。たしかに見た感じなんともない、な」
恐る恐る言う良一。みんなこの反応だ。そりゃそうなんだけど。
「そうよ。なんか変?」
  っていうか変だけど。
「ありえねぇだろ!おまえはそんな強いやつだったのかよ?」
「そうかもね」
「こえーな、おい」
ブルッと身ぶるいする良一。
「って、んなわけないでしょ!放火魔相手にして戦えるわけないわよ」
「・・・なんだよ。ウソかよ」
良一はガクッとへこんだ。
「当たり前でしょ。頭悪いわね」
「わるかったな、頭悪くて」
ムッとする良一。
「ホームルームはじめるぞー」
担任が来た。
「そいやあ、朝のホームルームってあったな」
「あんた、朝いるのなんてほんとめずらしいからね」
担任はたんたんと話している。放火魔のことはふれなかった。

放課後。
ひさびさに帰るこの帰り道。
恵理は相変わらず生徒会の用事があって残らないといけないらしい。
もう夕方の5時。あたりはだんだん暗くなってきてる。
ちょっと体を動かしたくて良一と軽くテニスをしたから、遅くなってしまった。
繁華街に入る。私と同じような学生が、店で買い物をしたり、ベンチに座って食べながら友達と話している。
いいなぁ、平和だなぁ。
この光景が、あのような瓦礫だらけになるとは想像できない。
  しかも、あんな状況になっても戦争なんて・・・いや、あの状況だからなるのかしら。
―――少しは考えられるようになったようだな。
ケンジが感心したように言ってくる。
どうもありがとう。考えたくないけど、やっぱ追い込まれるとそうなっちゃうのかなって
思っただけよ。
―――そうだ、人間とはそんな生き物だ。お前とて例外ではない。
「私はちがう!」
立ち止まって声を上げる。周りの人たちがこちらを見てくる。
「あっ」
恥ずかしい。うつむいて足早に歩き出す。
―――皆、そう言う。だが、状況が変わると人は変わるものだ。
ケンジは淡々と話す。
私は絶対に変わらないんだから!
ケンジと話していると時々口に出てしまう私が悔しい。
―――そうだといいがな。
あなたと話している場合じゃないわ。今日は絶対に問題を起こせないの。早く帰らなき
ゃ。  
これ以上おばさんに心配はかけるわけにはいかない。あたりは暗くなってきて、街灯の明かりが闇を照らしてる。
と、歩いていると目の前にクレープ屋が目についた。
  クレープ、たい焼き・・・たこ焼き、はこの前食べたっけ。
―――早く帰るのではなかったのか?
  ケンジはなにが食べたい?
―――はっ?
クレープ、たい焼き、たこ焼き、アイス、どれが食べたい?
通りすがりの人たちを見る。見たところ一番手に持っているものはたい焼きだ。
―――俺は食べられないし、お前が食べたものの味もわからん。
  そうなの?ケンジも味わえないんだ。残念ねぇ。
―――興味ないがな。
  まぁいいわ、てきとーに選んで。
クレープ屋の前で立ち止まってる。
―――早く帰るのではなかったのか?
  なんでもいいから4つの中から選んでよ。
―――話を聞かないやつだな。そこのクレープとやらでいいではないか。
少し怒りながら答えるケンジ。
  なかなかいい選択ね。
クレープ屋の列に並ぶ。ほとんどが高校生や大学生くらいの女性だらけだ。
  あんたに食べさせてあげられないのが残念だわ。
ちょっといやみったらしく言うが、ケンジから返答はない。
  ここね、けっこう人気があるのよ。
並ぶ価値はあるほどのうまさだ。
―――良かったな。
やっと順番が来た。安定のチョコバナナを選択。
やっぱこれにかぎるわね。
「おまちどうさま」
クレープ生地がまだ温かい。さっそくクレープにかぶりつく。
「んー最高」
口の中に広がる甘味。快楽の神経物質が頭の中で放出されているのがわかる。
ケンジにも味合わせてあげたいわ。
ケンジから返答はない。
あっ、怒ってる?
ケンジに話しかけるが、だんまりしている。
  ケンジも怒れるんだ。
―――いや、どうでもよいだけだ。
座ってゆっくり食べようかと思ったけど、ケンジの言った通り早く帰らなければならない。少し足早に歩きながら食べる。
  ところで、いつも私の頭の中にいるけど暇じゃないの?
―――暇ではない。見ているだけで退屈はせん。
そうなんだ。
確かに夢の世界を見ている時、映画を見ているような感覚で退屈はしなかった。
繁華街から遠ざかっていくたび、だんだん人が減ってきた。
・・・・・・・・
  ん?
足を止める。
―――どうした?
  なんか変な音しなかった?
―――いや。
人通りも少ないし、ここらへんは店の音楽も聞こえないところだ。人の話し声や車の音くらいしか聞こえない。
気にしすぎね。
と、思ったが、
「・・・・・・グッ」
―――!!
  いや、聞こえた。音じゃない、鳴き声みたいなの。
周りを見わたしてみる。左には店がつぶれてしまったビル。右はコンビニがある。
「・・・グル、グ・・・」
近い。音が聞こえるほうへ足を向ける。
  そっちかしら?
左のほうの、ビルとビルの間の路地裏のようなとこに入る。
―――おい、行くな。
  どうしたのよ、いきなり。
―――行かないほうが良い。そんな気がする。
  ケンジがそんな根拠もないこと言うなんて珍しいわね。
かまわず、足を進める。
薄暗く、奥が見えない。気味が悪いが、何か呼ばれているような気がする。
  ケンジ、なにか見える?
―――いや、見えん。だが、この感じは・・・。
  なに?
―――いや、なんでもない。そんなことはない。
「?」
少しケンジの様子がおかしい。私も嫌な予感はする。しかし、足が勝手に前へと進む。まだあともどりするなら間に合うのに。
カツン、カツン―――足音がひびく。
  なんか怖くなってきたわ。
路地裏に入ってから実際、そんなに奥には入っていないと思う。
だけど、もう何キロも進んだ気分だ。
「・・・・グググググ」
変な鳴き声が近くなってきた。
「ん?」
路地の右手の奥のほうに何かいる。
なにかしら?
路地を曲がり、ゆっくりと近づく。
よく見ると小さく赤い丸いものが2つ、宙にういて光っている。
―――まさか!
ケンジが声を上げた。しかし私は気にせず、
「誰かいるの?」
呼びかける。
でも、返事はない。
―――おい、この場から離れろ!
  そうね、誰もいないようだし。戻ろうか。
後ろをふりむいた瞬間、
―――急げ!
  えっ?
「グルルルルル!!」
「なっ、なに!?」
後ろには、あの夢の世界で出てきた、化け物がいる。ありえない。
「うっ、うそでしょ・・・」
腰が抜けて、その場に座り込んでしまう。
「グルルルルル」
闇の中から月明かりに照らされ、全身をあらわにした。竜のような顔、翼、そして鋭い爪。どう見てもガーゴイルだ。
「あっ、ああ・・・」
動けない。
―――はやく逃げろ!
頭の中で叫ぶケンジ。けど、私の耳には届いていない。
  なんで、この世界に・・・?
ガーゴイルは爪をシャァァと引きずりながら、ゆっくりと私に近づいてくる。
  死ぬ・・・殺される、あの爪で切りさかれる、跡形もなく・・・。
―――虹!
「はっ!」
  ケンジ!
  ケンジの声で我に返った。
―――逃げるんだ!
足に力が入る。立ち上がって全速力で来た道を走る。
ごめん、ケンジ!
―――さっさと走れ!
「グルルルルルルルル!」
バサッ、バサッ―――翼をひろげてガーゴイルが飛び始めた。
「まっ、まずいわね・・・」
体の力をふりしぼって、走る速度をあげる。
いつの間にかかなり奥まで来ていたようだ。路地から抜けるにはまだ距離がある。
―――急げ、来るぞ!
  わかってるわよ!
「はっ、はっ、はっ!」
心臓が口から出そう。
バサッ、バサッ―――だんだん翼の音が大きくなってくる。
「グルルルルルルルルル!!」
バサァ!!
「キャッ!」
ガーゴイルがものすごい速さで追ってきた。車くらい速い。
「はっ、はっ、はっ・・・!」
―――右の路地に入れ!
見ると、人ひとり入れるくらいの路地がある。
「ええーい!」
手を地面について倒れそうなる体をささえて曲がる。
「グルルルルル!」
ドーーーン!!
ガーゴイルは入れず、壁に激突した。
  やっ、やったの!?
―――バカ、安心するな!
  えっ、だって・・・。
ガーゴイルは進めず、こちらを見ている。
―――だってじゃない、行け!
ケンジの言うとおり、また走り出す。
―――相手はガーゴイルだ。簡単に逃げられると思うな。
ガリガリガリガリ!
「キャッ!」
体当たりして両側の壁を破壊しながら追いかけてきた!
「グルルルルルル!」
「そんなのあり!?」
全力で走る。
  いつまで追っかけてくるのよ!?
―――今は逃げるしかない。
  いつまでよ!?
―――いずれあいつはあきらめる。それまで逃げ切るんだ。
出口が見えた。しかし、そこは人通りがある。
こんなのが人通りに出たら大変なことになっちゃう!
―――よく見ろ、右だ。路地がある!
ガーゴイルがすぐそこまでやってきた。
  右・・・あった!
飛びこむようにさっきと同じように狭い路地に入った。
ドゴーーン!!
またガーゴイルはまた壁にぶつかった。
「はぁ、はぁ、はぁ・・・」
ガラガラガラ!
両側の壁が崩れ、ガーゴイルが下敷きになっていく。
やっ、やったの!?
ガーゴイルの姿が煙とともに見えなくなった。
―――まて、油断するな。
  これなら当分は動けないでしょ?
―――いや、この程度では何ともないはずだ。
ゴトッ!
「えっ?」
瓦礫が動き出した。
ガラガラガラッッッ!!
瓦礫の中から翼が出てきた。
「うそ、でしょ!?」
ガシャンッ!
ガーゴイルが完全に飛び出てきた。
―――だから言っただろ、気を抜くなと!
  あんなの反則よ!
全力でダッシュして狭い道を抜ける。と、
ドンッ!
「いてぇな!なんだ、てめぇは?」
なんと5,6人のゴロツキが路地の出口にたまっていた。しかも、勢いが止まらずゴロツキの思い切り体当たりして倒してしまった。
「ご、ごめんなさい・・・」
―――かまうな!
ケンジがそう言うが、一瞬で囲まれてしまった。
  こっ、こんなときに!
「ごめん、通して!」
行こうとするが、
「おい、てめぇ!」
胸ぐらをつかまれる。
  こんなことしてる場合じゃ・・・。
ガガガガガガガガッッッ!!
後ろからビルの壁を壊れる音が大きくなってくる。
  まずい!
「ここにいたらあなたたちも死んじゃうわよ!」
「ああん、何言ってんだ!?」
ゴロツキはさらに怒る。
―――こいつらはほっとけ!
しょうがないわね!
足に力をこめ、
「うぐっ!」
ゴロツキの腹を蹴った。手がゆるんだ。
「今だ!」
手を払いのけ、走り出す。が、
ガシッ!
違うゴロツキに腕をつかまれた。
「逃げんじゃねぇよ!」
「離して、しつこいわね!」
  このままじゃ追いつかれる!
「てめぇ、なめやがって!」
「こんなことしてる場合じゃない!」
「うるせぇ、この暴力女!」
ゴロツキが殴りかかった瞬間、
「グルルルルルルルル!」
「・・・なんだ?」
ゴロツキのこぶしが止まる。
ガガガガガガガガッッッ!!
音が大きくなっていく。
「おい、なんだよこの音」
異常を察したようだ。
「!」
手に力が抜けた。
「あっ、待て!」
今度はうまくよけて走り出す。
「あんたたちも早く逃げないと、死ぬわよ」
ドンッッッ!!
コンクリートの破片とともに、ガーゴイルが出てきた。
「わぁぁぁぁぁぁぁーーー!」
ガーゴイルにふっとばされるゴロツキたち。
「キャッ!」
コンクリートのちりの嵐がおそってきた。
「ゴホッゴホッ!」
塵でノドがやられる。それでも、足は止めない。
―――あいつら殺されてない。運がいいな。
まだ目の前は、砂ぼこりでよく見えない。
―――大丈夫だ、ガーゴイルはまだ後ろにいる。
でも、いずれ人通りのあるとこに出ちゃう!
こんなのが通りに出たら大変なことになる。
路地の先に人通りが見えた。もう左右には路地はない。
―――行くしかない。すぐに人気のないとこに移動するしかない。
「わかってる!」
被害が出ないよう祈りながら、路地裏から出る。
「え!」
見ると、繁華街に近いところに出てきた。
ウソ・・・いつの間に。
繁華街ほどではないが、人がまばらに歩いている。
人がいないところ!
あたりを見渡す。
繁華街から離れると住宅街だ。繁華街のほうはビルが密集していて、路地がある。
どっちもダメじゃない!
「グルルルルルルル!」
後ろからガーゴイルの鳴き声。
―――繁華街へ行け!
「みんな、ごめん!」
人をよけながら、全力で走る!
「キャァァァァーーーーー!!」
  ごめん!
「なっ、なんだあれは!!?」
混乱する人たち。そして、
「わぁぁぁぁぁーーーーー!!」
ガーゴイルに体当たりや払いのけられ、吹き飛ばされる人たち。
  このまま繁華街に行ったら、どんどん被害が・・・。
―――路地裏に逃げろと言ってるだろ!
「わかってる!」
近くの路地裏に入る。
  また強引につっこんでくるわよ、どうすんの?
―――逃げるしかない。
  なんとかなんないの!?
―――残念だが、逃げるしかない。
  もう私がもたないわよ!
通りに行けばすぐ追いつかれる、私が路地裏に入ればガーゴイルもはいってくる。逃げ場はない。
  私のせいで、みんなに迷惑が・・・。
「―――っ?」
なんか変だ。
「・・・わたし?」
ちょっとまって、
そいやあ、さっきからなぜ私ばっかり追いかけてきてるんだろう。無差別なら今まですれ違っていた人、みんな殺しているはず。
外では人々の叫び声が飛び交っている。ガーゴイルは見失っているようだ。
  ケンジ、なんであのガーゴイルは私しかねらってないの?
―――さぁな。
  絶対何かあるでしょ!?
路地裏を走り、曲がったところで壁にもたれかかり休む。ガーゴイルはまだ外にいる。
―――もしかしたら、俺のせいか?
ケンジを?
―――ああ。だが、なぜバレた?
「?」
ケンジの言っていることがよくわからない。
―――ずっと気配は消していたはずだ。
なにずっと独り言話してるのよ!
―――ガーゴイルは、自然から生み出された生き物なんだ。
  ちょっと質問に答えてよ!?
―――お前ら人間が自然を破壊しすぎるため、自然が自己防衛のするために人間たちを排除するために生まれた生物、それがガーゴイルだ。地球が生み出したともいえるがな。
「グルルルルル!!」
ガーゴイルが路地裏に入ってきた。。
  自然の生き物?
―――ああ、普通の人間じゃどうすることもできない。ガーゴイルは地球が生み出した生き物だからな。
  そうなの?夢の中では想真はガーゴイルを倒してたわよ。
―――ガーゴイルは人間の武器、刃物や銃器など一応は効果はある。が、一度は死ぬがまたよ
   みがえる。
よみがえる?
―――地球が作った生物だからな。つまり地球を破壊しない限り消えない。
  でも、想真はやっつけてたわ!
―――そいゆうやつもいた。あいつは特別だった。
  なによ、それ?
―――あいつだけガーゴイルに逆らえた。
ガガガガガァァァァーー!
こっちに気づいたかもしれない。また走り出す。
―――夢の中で見ただろう?想真の強さを。
  見たわ。ガーゴイルの上に乗って、首をはねてたわ。
気づいたら、路地裏を出てしまった。ほかに道がなかった。 
「!」
  ちょっ、ちょっと、それどころじゃないわ!
―――どうした?
  路地がないわ!
あたりを見わたしてみても、路地が一つもない。。
―――仕方がない、ビルの中に逃げこめ!
すぐ横を見るとビルがある。ちょうど門を閉めようとしている。
「ごめんなさい!」
「あっ、こら!」
警備員さんが止めようとする。が、
「うわぁぁぁ!」
追いかけてきたガーゴイルに吹っ飛ばされる。
ごめん!
ゴゴンッ!
そのままガーゴイルはビルにぶつかる。
「キャッ!」
入口が壊されてしまった。
―――どこか違う出口を探せ!
ビルの中はガーゴイルはとても入れそうにない大きさだ。しかし、逃げ場がない。
パラパラと瓦礫が落ちていく中、ガーゴイルはずっとこちらを見たまま動かない。
とりあえず一階を走りはじめる。幸いビルの中の人は帰宅して、人はいないようだ。
ビルの中を走り回る。
  よかった。人がいないのは不幸中の幸いだわ。
「はぁっ、はぁっ、はぁっ!」
息が切れてきた。
ビルも壊して、みんなをケガさせて・・・!
ぐっ悔しさがこみ上げる。
―――だからどうした。戦えるのか?
「はぁっ、はぁっ・・・」
そのとおりだ。戦うどころか、何もできない。
―――だから、逃げるしかないんだ。
  じゃあ、いつまで逃げてればいいのよ!?
―――あいつがあきらめるまでだ。
「そんな待てないわよ!」
―――それしかないんだ!
  あなたを狙っているなら、あなたが戦えばいいじゃない!
―――それができるのなら、もうやっている。
「もうっ、役立たず!」
非常口は鍵がかかっている。たぶん事務室だ。鍵を取りにいかないと。
しかし、つかれた。廊下の壁にもたれかける。
ガーゴイルはまだ外にいるようだが、なにもしてこない。
ケンジ、さっきも聞いたけど、
―――なんだ?
  なんであなたを狙っているの?
―――やつにとって、俺の存在が邪魔なんだろう。
  やつって、ガーゴイルのこと?
―――いや、あいつはただの部下にすぎん。
  部下、あれが?
―――ああ、本当の敵は他にいる。俺を嫌っている奴がいる。
ケンジはまじめだ。うそをついているようには聞こえない。
  なんで嫌っているの?
―――いろいろとあってな。殺し合うほどのケンカもしたさ。
冗談にしか聞こえないが、検事は淡々と話す。
「・・・それはすごいわね」
笑うに笑えないわ。
  あなたの存在がさらにわからなくなったわ。
ケンジはひと呼吸おいてこう言った。
―――簡単に言えば、俺はあいつと同じ存在だ。
「えっ!?」
  同じ存在って、ガーゴイルってこと!?
―――ガーゴイルではないが、似たような存在だ。自然から生まれた生き物だ。
「あなたも!?」
―――そうだ。
  そりゃそうよ!あんな生き物が私の中に入ってると思うと、ぞっとするわ。
幽霊に取りつかれるよりも怖いわ。
  でも待って、あなたが自然から生まれた生き物なら、なんで私を味方するの、それになんで同類のガーゴイルがおそってくるの?
―――ああ、それは・・・
ドーーーーーン!!
「!」
ビルが激しくゆれた。まるで大地震がきたみたい。
  外で何をやっているの!?
パラパラと天井から砂が落ちてくる。
  早く逃げなきゃ!
急いで立ち上がる。
―――あぶない!
「えっ?」
上からコンクリートのかたまりが落ちてきた。
「きゃっ!!」
とっさに走ってよけた。
「はぁっ、はぁっ!!」
  あっ、あぶなかった・・・。
―――安心してる場合じゃないぞ!
ドーーーーーン!!
「くっ!」
足元がグラグラする。
天井からどんどんコンクリートが落ちてくる。
  まさか、ビルをつぶすつもり!?
ビルがギシギシいいはじめてきた。
―――外に出ろ!
そんなこと言ったって!
非常口は鍵がかかっている。鍵を取りに行っている暇はなさそうだ。  
―――上に上がれ!
上に上がったら逃げ場がないわよ!
―――なくはない。それにここにいても死ぬだけだ。
ドーーーーーン!!
「キャッ!」
また足元が揺れ、パラパラとがれきが落ちてくる。
  わかったわよ。ビルと一緒におだぶつなんて、絶対にいや!
階段を上がる。
―――どんどん上がれ!
まだ上がるの!?
上に行けば行くほど逃げ場がなくなっていくのに。
と思った瞬間、
ガラガラガラ―――。
下の階段が崩れ落ちた。                                         
  もし私が死んだら責任取ってよね!  
階段を駆け上がっていく。
ドーーーーン!!
ガラガラガラ―――天井からコンクリートのかたまりが落ちてくる。
「!」
目の前に落ちてきた。
  早く出なきゃ・・・。
もうこのビルはもちそうにない気がする。ずっと上からかたまりやかけらが落ちてくる。
今何階かしら?
けっこう上ってきた。
―――もう少しだ!
まだ上がるの!?
後戻りできない。ケンジを信じるしかない。
一階上がるが、その上への階段は崩れ落ちていた。
「行けないわ。どうするの!?」
―――近くの部屋に入れ。
  近くの部屋?
と、その時、
ゴゴゴゴゴゴッッッ!
「なにこの音っ!?」
さっきよりも揺れが強い。ガラガラと天井からがれきが落ちてくる。砂煙が上がる。
―――まずい。ビルが崩れるぞ!
「急がなきゃ!」
階段近くにあった部屋に入る。
―――窓を開けろ。
  えっ、窓!?
言われた通り、窓を開ける。
  飛び降りて死ねっていうの!?
外を見るが、隣のビルの壁しか見えない。
―――ダメか。反対の部屋に行け。
なんなのよ、もう!
足元がぐらぐらする。気のせいか少し傾いてきた気がする。
「ゴホッゴホッ!」
がれきの煙がのどを痛める。前も見えずらい。
早く行かなきゃ!
反対の部屋にたどり着いた。
個室のようなデスクが20席ほど設置されている。
窓の外を見てみる。
「あっ!」
下には隣のビルの屋上が見えた。
隣はここより低かったんだ!
「開かない!?」
窓を開けようとするが、びくともしない。
―――そこの椅子を投げろ。
少しためらいがあったが、やるしかない。
「ごめん!」
椅子を思い切り投げる。
ガシャァァン!
大きな音を立てて窓が割れる。窓の外を見る。
何とか飛び移れそうだが、とはいえ2メートルくらい離れている。助走が必要だ。
窓の近くに足場を作らなきゃ!
と思ったとの時、ぐらりと目の前がゆがんだ。
あれ?
気づいたらしりもちをついている。
なんで座って、ってあれ、体が窓のほうに引き込まれているような。
―――おい、傾いているぞ!
「!?」
ケンジに言われてはっとした。気づいたらデスクが窓のほうへゆっくりと流れてきた。
手間が省けたわ!
流れてきた机を窓に並べる。
あとは行くだけ・・・。
―――さっさと行かないと、このビルと一緒にお陀仏だぞ。
  うるさいわね、心の準備くらい・・・。
ゴゴゴゴゴゴッッッ!
「!」
かなり傾き始めてきた。体がここにいたら危ないと感じるほどに。
「もうっ!」
心の準備くらいさせてよね!
思い切り走り、飛ぶ!
二メートルくらいとはいえ、実際はすごく遠い気がする。
  しっ、死ぬーーーーー!!
頭の中では危険信号がずっと鳴り響いている。
  あとちょっと!大丈夫!
ドンッ、ドサッ!!
変なふうに着地してしまい、反動が大きくてまえに転がる。
「ううっ、いたい・・・」
なんとか生きてる。でも、足がズキズキして痛い。
くじいたかも―――!!
ゴゴゴゴゴゴッッッ!
後ろを見ると、ビルぼろぼろと崩れ落ちながら倒壊していた。
「あ、あぶなかった・・・」
少しでも躊躇していたらきっと、あの中で巻き込まれていた。
もし、あの中に人がいたら・・・。
罪悪感がこみ上げる。煙がすごく、ビルの中の様子など全く見えない。
―――あいつが壊したんだ。気にするな。
そうだけど・・・。
―――あれだけの騒ぎだ。さすがに非難しているはずだ。
そっ、そうね。
そう信じるしかない。
「そうだ、ガーゴイルは!?」
―――いるはずだ。だがこれではどこにいるかわからん。
煙がすごい。ぜんぜん前が見えない。
「っ!」
立ち上がろうとするが、足が痛む。やはりくじいたようだ。
これじゃなにもできない!
煙が徐々に薄くなってきた。
―――おい、歩け。
  何言っているのよ、痛くてまだ無理よ。
―――そんなことも言ってられないぞ。
煙の向こうでガーゴイルのシルエットが見える。
ガーゴイル・・・なんでここにいるのがわかるの?
歩こうとするが、やはり痛みが強い。
―――逃げないと、殺されるぞ。
  また、逃げるの?
―――そうだ。それしかない。
  逃げたら、またほかの人が危険にさらされるわ。それに、この足じゃ無理よ。
煙が晴れてきた。ガーゴイルが飛んでくる。
―――ではどうするのだ?
  何もできないのはわかってる。でもこれ以上他人には迷惑をかけるわけには行かない!
ガーゴイルと目が合う私。
―――おい、何をする気だ?
もう逃げない。
ガーゴイルの鋭く憎しみをおびた目が私をつきさしてくる。
「――――――」
だけど目をそむけない。もう、こわくなんてない。
  目をそむけたら負けよ!
ガーゴイルもじっと私を見てくる。
「――――――」
ガーゴイルは何もしてこない。空を飛んだまま動かない。
同じように私も動かない。いや正確には動けない。
と、その時、
ブオンッ!――――ガーゴイルが勢いよく上に飛びはじめた。
「!」
風がすごい、前が見えない。
  まさか、来るっ!
―――いや、様子がおかしい。
ガーゴイルはどんどん上に飛んでいく。
  なんなの?
―――わからん。
  ガーゴイルはどんどん上に飛んでいき、夜の雲の中へ溶けるように消えていった。
―――撤退だと?
「・・・・・・」
急にしんと静かになった。さっきまでの騒ぎが何だったのか忘れるくらいに。
「ほんとに逃げたの?」
―――ああ、信じられないが。
「・・・そっ」
ガクン!
緊張がとけて地面に座りこんだ。
―――おい、大丈夫か?
  つ、つかれた・・・。
―――よく逃げきったな。
どっと疲労が体に襲いかかった。
「もう・・・うごけないわ」
―――少し休め。だが、騒ぎに巻き込まれる前に去ったほうがいいぞ。
  そのとおりね。
空を見上げてみると、空は雲に覆われている。                               
あの中にガーゴイルは消えていった。
ねぇ、なんで去っていったの?
殺そうと思えばやれたはずだ。
―――それは俺にもわからん。そう、なぜだ?
ケンジも少し戸惑っている。
ケンジがわからないんじゃ考えてもムダか。
とりあえず今は生きていることを喜ぼう。


※参考文献
日本経済新聞 2021年3月13日 プラスワン 1,2面                                                                  
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