掌 ~過去、今日、この先~

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七章 表

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―――――――

目が覚めた。
「・・・・・・・」
いつもの市原家の風景だ。しかもちゃんとベッドで寝てる。
  ん?
目の前がぼやけている。
「なに、これ?」
涙が止まらない。顔がなみだでぐしょぐしょだ。
  こんなに・・・。
グイッと、寝巻きの袖でぬぐう。でも、涙が止まらない。
  あっちの世界では、泣けなかったのに。
かわりにこっちの世界で泣いてたみたい。
・・・ガーベラ。
袖を目にあてる。涙が止まらない。
言ってしまえば、友達でもなんでもない。テレビドラマの一人が亡くなっただけだ。だけど、他人事に感じられなくて、すごく悲しい。
涙がどんどん流れてくる。
「まくらまで、ぬれてる」
袖ももうあっという間にびっしょりだ。
止まらない・・・。
「・・・・・・・・」
   見ているだけで、何もできないのは知っているけど、悔しい。
私が動けなくて何もできないことは、しかたないことだってのはわかっているんだけど、見てるだけって言うのがなんとも無力だった。映画を見ているだけで、自分では映画の内容を変えられないような、そんな感じだった。
自分で行動できたら、まだ納得できた。
・・・だめ、つらすぎる。
そう思うと、止まりかけていた涙がまたでてきた。
  もう、あんな夢、見たくない。人の死ぬとこなんて・・・。
あんな目の前で人の死を見て、ショックを受けずにはいられない。
  でも、こんなに泣いた日、いつぶりだろう? 


「えーん、えーん!」
おんなの子のなきごえ。ここは公園みたい。
「にじのなきむしー」
おとこの子4人がとりかこんでる。ほかに人はだれもいない。
「えーん、えーん!」
おんなの子は・・・私だ。
「なきむしー、なきむしー」
おとこの子たちが私をからかってくる。だれもたすけてくれる人がいない。
「えーん、えーん!」
  こわい、こわいよ・・・。
「いつまでないてるんだよー」
くやしいけど、なにもできないよ。
だって、4人じゃどうやってもかなわないし。
「ひとりじゃなにもできないのかよ」
「あはははは!」
おとこの子たちが笑う。
  けんじくん・・・けんじくんなら、どんな勝ち目がなくったってたちむかっていく。こんなときでも・・・。
「あはははは!」
  わたしは、そんなゆうき・・・ないよ。
こうやっていつも、ただただおわるのをまつだけ。
私にはそれしかできなかった。
「おいっ、おまえらなにやってんだよ!」
「!」
ビクッと、おとこの子たちはおどろいた。
うしろをふりむくと、
「・・・けんじ、くん」
どうどうと立っているけんじくんがいた。
「げっ、けんじ!」
おどおどするおとこの子たち。
私は心のそこでほっとした。
「にじをいじめてんじゃねーよ」
「なんだよ、いーじゃんか。たのしいんだから・・・もしかしておまえ、にじのことが好きなのか?」
ヒューヒューと、からかうおとこの子たち。
「うるせー!」
ボコッと、ひとりをグーでなぐる。
「ううっ、わーん!」
しりもちをついて、なきはじめた。
「このー!」
ポコッと、けんじくんはこんどはちがうやつからなぐられた。
でも、ぜんぜんひるまない。
「やったなー!」
ボコッと、やりかえす。
「やっちまえー!」
3人でけんじくんにおそいかかる。
「きやがれー!」
ボコボコボコと、なぐりはなぐりかえされのくりかえし。
私はみてることしかできない。けんじくんは、あんなにもゆうかんにたたかっているのに。
だって私がくわわっても、なんにもできない。
けんじくんのあのゆうきが、うらやましい・・・。
けっきょく、けんじくんは3人あいてじゃ勝てなかった。でも、みんなボロボロでにげるようにしてかえっていった。
けんじくんは、じめんに大の字でねている。
「けんじくん、だいじょうぶ!?」
私はなきながらボロボロのけんじくんにきく。
「・・・ああ、だいじょぶだ。こんなのへでもねー」
むくっと、じょうはんしんをおこす。
「さすがに4人はむりだったな」
イテテテ、とたんこぶをおさえる。
「けんじくん、ほんとにだいじょうぶ!?」
しんぱいしてなみだが、ぽろぽろでてくる。
「うるせえな、だいじょぶだって」
「だって、だって!」
なみだがとまらない。
「だってじゃねー!」
ボコッと、私のあたまをたたいた。
「いたっ!」
てかげんなし。
「えーん、えーん!」
あたまがズキズキする。
「なくなよ!」
けんじくんがどなる。
「だって、たたくんだもん!」
「おまえがなくからだよ!」
なきつづける私。でも、ほんとうはけんじくんがたすけてくれて、うれしかった。
なんかちょっとだけ私のおうじさまみたいなかんじもした。
「にじ、あのよー・・・」
けんじくんがかおをそらす。
「なくなら・・・わらえ、よ」
ぼそっとつぶやいた。
「えっ、なに?」
きのせいか、けんじくんの顔が赤い。
「だから・・・わらえ、よ」
「・・・・・・?」
よくわからない。
「だーかーらー、わらえっていってんだよ!!」
「!?」
耳がキーンとする。
「・・・わらうの?」
私がきくと、けんじくんは顔をまたそらした。
「・・・ああ」
「なんで?」
そっときいてみる。
「・・・おまえは、えがおが・・にあうんだよ」
また顔を赤くしながらけんじくんはいった。
「・・・そう、なの?」
すると、けんじくんは首をたてにふった。
私はうれしくておもわず、顔がニコッとなった。
「おまえのえがお、ほんと虹をみてるみたいなんだよ」
またぼそっとつぶやいた。
「ん、なにかいった?」
「うるせー」
いきなりこわいかおになった。
「ねぇ、けんじくん」
「なんだ?」
「なんで、かちめのないケンカができるの?」
  わたしにはわかんない。
「ばか、かてたよ。ちょっとあいてをなめて、てかげんしただけだ」
くやしそうな顔をするけんじくん。
「さいしょからほんきだしてりゃ、まけなかったぜ」
「うそだー、あははははは」
おもわずわらっちゃった。
「うそじゃねぇよ!」
「ごめん」
「それにしても、なんでなんにもしない、あいつらちょうしのるだけだぞ?」
「だって、かてるわけないじゃない・・・」
なんともいえない顔をするけんじくん。
「やってみなきゃわかんないぞ。ちょっとは立ちむかってみろよ」
「むりだよ。けんじくんみたいにそんなゆうきないし」
わたしがよわよわしく言うと、
「ゆうき?」
けんじくんはそう言いかえしてきた。
「そんなもん、おれにもねぇよ」
「でも、あの3人にかちめのないケンカしてたじゃん」
「ばか、だからかてたって。そもそもあんなやつらぜんぜんこわくねぇ」
「こわくない?」
「うちのかあちゃんにくらべればぜんぜんこわくねぇ!」
「あははははは」
「とりあえず、おれもゆうきなんてない。ただ、やるかやらないかだけだ」
「・・・やるかやらないか?」
「だっておまえはすぐへこたれるし、ひとのたすけをまつだろ。ちょっとはじぶんでなんとかしてみたらどうだ?」
「うーん・・・」
けんじくんの言ってることは、そのとおりだとおもう。
「あいつらにほんきで立ちむかえば、きっとビビるもんだぜ」
「でも、やっぱ・・たたかれるといたいし―――」
ポカッ。
「いたっ!」
けんじくんがげんこつで、わたしのあたまをたたいた。
「いいか、これがおれのげんこつのいたさだ。あいつらのパンチなんてこれのはんぶんいかだ」
「ううっ・・・」
あたまがジンジンする。
「だから、たたかれるのなんて、たいしたことねぇ」
「・・・けんじくんの、すごく、いたい」
あたまがわれそう。
「す、すまん。いまのはやりすぎた」
「ひ、ひどい」
とは言うものの、けんじくんにははげまされた。それに、けんじくんの言ったとおり、私はいつもあまえてた。このままじゃいけない、そうおもった。
そして私は、いつものいじめっこに歯を食いしばって、立ちむかった。正直こわくてこわくて逃げ出したかった。でも、賢治君の言葉が頭の中をよぎって、こわくても立ちむかえた。その結果、最初はいつものようになにもできずに終わった。でも賢治君のいったとおり、あのげんこつよりぜんぜん痛くなかった。それで私は毎回いじめてくる子達にしつこく立ちむかった。そしたら後のほうは、逆にビビってもういじめにこなくなった。いままでのがウソのように。
それ以来、賢治君も私にたいしていたずらをしなくなった。学年があがって、ちょっとだけ大人になったからかもしれないけど。
すべては賢治君のおかげ。いまの私があるのも。

あの日以来か・・・。
思い返しているうちに涙が止まっていた。
だめ、泣いてちゃ。これじゃあのころと変わりないわ。
グイッと、そでで涙をふいて、パンパンと顔をたたく。
へこたれてちゃ、賢治君がいたらきっとまた頭を叩かれるわ。
まだあの賢治君のげんこつの痛さをはっきりと覚えている。
  へこんでちゃだめ。どうせまた明日あの夢を見るんだし。逃げたくても逃げれないわ。
なんか心がすっきりした。
「・・・賢治君」
彼には礼を言っても言いつくせないほどの恩がある。命の恩人と言ってもいいくらいだ。
コンコン―――恵理だ。
「虹、起きてる?」
寝ぼけた顔をした恵理が部屋に入ってきた。
「うん。おはよう」
  あ、しまった。
すると恵理はおどろいた顔をして、
「どうしたの虹!?」私の前に駆け寄る。「なんで泣いてるの!?」
恵理の顔が急にしゃきっとなる。
  見られた。恥ずかしい・・・。
説明ができない。困った。いまさら顔も隠せない。
「・・・ちょっと、悪い夢みたの」
「そうなの、すごい最悪の夢だったのね?」
ベッドに腰を掛ける恵理。
「うん、人が死ぬ夢だったわ。やけにリアルでさ」
「うげっ、そりゃ最悪ね」
恵理が苦い顔をする。
「泣きたくもないのに涙が出ているわ」
恵理はうんうんと同情してくれている。私は罪悪感ありつつもなんとか納得してくれてほっとする。
「昨日なんかあったのかと思って心配しちゃった」
「昨日?」
記憶を頑張ってたどってみる。
たしか・・・ガーゴイルをなんとかふりきった後、屋上でちょっと休んで、それでふらふらしながら帰って・・・あれ、どうしたんだっけ?
「なんにも言わないで寝ちゃうんだもん。それに服がほこりだらけだったし、また放火魔におそわれたかと思っちゃったわよ」
恵理はパシッと私の太ももをたたく。
  そうだ、疲れ果てて寝ちゃったんだ。
だんだん思い出してきた。言われてみれば自分の体がとても汗臭い。
「昨日はなにしてたの?最近この町、ぶっそうなんだから」
恵理は本気で心配してる。
「・・・ちょっと面倒なこと巻きこまれてね」
  あ、まずい。
恵理は目を丸くする。
「ちょっと面倒なことって?」
あやふやなことが逆に心配させてしまう。
  こ、こまった・・・ガーゴイルに襲われたなんて言えない。
―――部活はどうだ?
「そう、ちょっと部活行ってたのよ」
  ケンジ、たすかったわ。
「部活、いったんだ。面倒なことって?」
疑う恵理。
「うん、良一にまたしつこく誘われたのよ。それも負けたら部室の掃除だーって。んで、結局ぎりぎりで負けて掃除して、帰ったはいいけど疲れてすぐ寝ちゃった」
「そっか、元気だわね。けど、制服で掃除する必要なかったでしょ」
疑う恵理。さすがだ。とっさのウソではぼろが出てしまう。
「まぁいいわ。帰りは大丈夫だった?」
「帰り?」
「うん。昨日の夜、大変なことが起こったんだから。この前の放火魔よりすごいわよ。それに巻きこまれたんじゃないかと思ったわ」
恵理はふうと息をつく。
「大変なこと?」
まさかとは思ったが、あれだけ大きなことを起こしたのだから、たぶんあのことだと間違いないと思う。
「とりあえず、お風呂入ってきてからにしようか」
恵理は改めて私の全身を見て言う。
「そ、そうね」
急いでお風呂に入る。
うわ、意外とあざだらけ。全然気づかなかったわ。
幸い背中や腕とかで服に覆われている場所だ。
お風呂から上がり、リビングに行く。
するとちょうどテレビがついてた。アナウンサーが何かの事件なのか淡々と読み上げている。
「!」
見てみると、でかでかと”謎の生物出現”。それに動画も流れている。しかもしっかりとガーゴイルがビルを壊すところまで映されている。
  なんてこった、だわ。
「昨夜、繁華街に謎の生物が出現し、ビルや民家を次々と破壊するという事件が起きました。一部では映画の撮影の可能性もありましたが、特にそのような事実は現時点で確認できていません」
思わずずっと見入ってしまっていた。
・・・すごい映像。こうしてみると映画にしかみえないわ。
あのビルの中に自分がいたとは到底思えない。
「―――ご覧の通り、謎の生物は破壊し、消えていきました」
そこで映像は終わった。
「幸いけが人や死傷者はでませんでした」
よかった・・・。
その言葉を聞いて、ほっとした。テレビの中ではどこかの専門家と目撃者の話が何人も続く。
―――よかったな、お前は映ってなさそうで。
  そう、ね。
「しかしこの謎の生物については、どこからやってきたのか、なぜ人ではなくビルや建物だけを破壊したのか、すべてが謎に包まれています」
ガーゴイルの映像が出てきた。
それにしても、あんな化け物を怖がらずに撮っているなんて。ほんと怖いもの知らずね。
私には考えられない。たぶん本当の恐ろしさを知らないからだと思うが。
「これについて、本日ゲストの―――――」
そして、何の専門でテレビも初めてかと思われる専門家やら学者がでてきた。
―――これは大事件だな。
そりゃそうよ。あんな化け物、私たちの歴史上見たことないわよ。しかも動画ではっきり
と映ってるし。本当に建物壊しているし。
チャンネルを変えても、どこもこのことを映してる。
  きっと今頃、現場の繁華街のほうは大変なことになっているわね。
―――それにしてもまさかガーゴイルがあんな大胆に人の目につく場所に出てくるとはな。
ケンジは話した後、考えられんとつぶやいた。
  全然コソコソとする気配なかったわよ。見られてもどうってことないって感じだったわ。
―――ああ。そんな感じだったな。だが、正確に言うと、人間に見られてもいいから殺さなき
   ゃいけない、だ。
「・・・え?」
―――それほど、俺を殺したいらしい。
「・・・え?」
また同じことを言ってしまった。けど昨日言っていたことを思い出した。
  そうだった。ケンジ、あなたの存在が邪魔とかなんとか言ってなかったっけ?
―――ああ、そうだ。きっとあいつが殺しに来たのだろう。ただ、これまで俺の存在がバレな
   いよう気を付けていたはずだ。
  そう、あいつって誰なの?同じような存在って言ってたけど。
リビングにあるいつもの椅子に座る。
―――知りたいか?
ケンジは真剣な口調だ。
  うん、そりゃ知りたいわよ。
でも、あまり期待していない。
―――あいつとはただ考えの違いから、戦いが始まったんだ。何千年も前にな。
と思ったら、予想外に教えてくれた。
  考えの違いからって、なにその恋人の取り合いみたいな。
―――お前の考えていることとは全然違う。もっと重いことだ。
  おもい・・・?
―――ああ、人類を破滅させるか否か、という考えの違いだ。
「!!!」
  なにそれ!?
壮大すぎて信じられない。それに神様同士のケンカみたいだ。
―――たしかに俺たちは人間を滅ぼすための存在だった。ただ、俺はもう少し待てと言ったのだが、あいつはすぐにでも滅ぼさなきゃならないと急かしてきたんだ。それでお互い引くことができなくなって、殺しあったんだ。本気でな。
「・・・・・・・」
ケンジはいつも通りの口調ですらっと言う。嘘はついていないと思うが、嘘にしか聞こえない。
―――で、結果は引き分けだ。それでお互い傷が癒えるまで何千年と自然に帰ったんだ。
・・・人類はどうなったの?
まだ信じられないが聞いてみる。
―――滅んだ。あいつはなんとか止めたが、ほかにも敵はいたからな。
「そうだったんだ・・・」
  それで一度人類は滅んだってことなのね。
―――そうだ。
  でも、なんでケンジは仲間に反発したの?ケンジも人間を滅ぼしたい存在なんでしょ。それなのに人間の味方   するのはおかしいんじゃない。
―――言っとくが、俺は人間の味方ではない。それにお前の言う通り、俺の目的は人間を滅ぼすことだ。だがな、ただその時はもう少し滅ぼすのを待ってもいいと思ったんだ。
  なん、で?
―――人間たちは地球が汚れ始めてきたのを分かってきたんだ。だから、俺は人間が反省してこの地球のためにどれくらい考えられて行動できるのかをもう少し待ってもいいと思ったんだ。
ケンジ、やさしいのね。
というより、なにか人間味がある。
―――優しいとはではない。ただ、その時はなぜかそう思っただけだ。
そもそもケンジが人類の敵のような存在だったことに驚きだが、なぜかまったくと言っていいほど恐怖心を感じない。
―――だが、あいつはすぐ実行した。俺の意見を聞かずに。だから、俺はそれが気にくわず止めた。何度も言うようだが、お前ら人間を守るためじゃない。気に食わなかっただけだ。
ケンジはいつもと変わらない口調だ。人間なら歯を食いしばるかのような口調になるところだ。
それだけで仲間みんなを裏切った、のね?
私からしたら、それだけの理由で仲間を裏切るなんてできない。けど、なにかケンジらしい気がする。
―――今思えばとても馬鹿げている。そう、馬鹿でそんな考えを持つなんて欠陥品だ。
ふぅとため息をつくケンジ。
欠陥品なんかじゃない!
心の中で叫んだ。
ケンジはそんなんじゃない。たしかに命令に背いたのは事実だけど、考えを持たない生き
物はただのロボットと同じよ!
なぜ頭にきたのかわからない。けど、私の中ではケンジは冷たいけど、人のような感情に近いものがあるように思える。
―――そう言ってくれるのはありがたいが、地球から作られたロボットみたいなものではある
   がな。
ケンジらしい返しだ。
―――まぁ、馬鹿げていたが、後悔はしていない。
ふふっ、ケンジ・・・。
―――なぜ笑う?
  賢治君にちょっと似てるなって思って。
賢治くんならやりそうだ。
―――賢治、お前の記憶にいたあいつか。
  って、そんなことはいいわ!
―――どうした?
  あなたが私の中にいるってことは、これからも私が危険にさらされるじゃない!
巻きぞえはごめんだわ。
―――ああ、それについては悪いと思っている。
私まで殺されるのは勘弁よ!
昨日のことを思い出すだけでもぞっとする。
―――すまないが、お前の中から出られないし、そもそもなぜ俺がまだ生きているのかがわからない。
   どういうこと?
―――裏切ったのに、なぜまた生かされているのかだ。
  生かされたって、死んじゃいなかったんでしょ?
―――いや、ほぼ死んでいた。そのまま自然に帰ったまま消えていてもおかしくなかった。
  たしかにそうね。なんでかしら?
―――俺にもわからん。なぜ傷を癒して、こうしてお前の中で生きているのか。なにか意味があるのかもしれん。
ケンジはいつもの口調で言う。悩んでいるようには聞こえない。
―――ただ、同じ時期にあいつも現れたということは、あいつをまた止めなければならない。
  つまり、私も戦えと?
―――すまないが、そうなる。
正直昨日のこともあるし、これ以上は危険な目にあいたくない。
  戦えるわけないでしょ。昨日だって逃げることしかできなかったんだから。
―――昨日はそうだった。だが、手はある。
  どんな?
―――それは・・・。
「虹、まだここにいたの!?」
恵理が驚いている。
「はやく準備しなきゃ、学校遅刻するよ」
恵理が制服に着替えて居間に来た。
「あっ、ついテレビに見とれちゃったわ」
時計を見るともう家を出る時間だ。
これじゃゆっくり朝ごはん食べてる暇がない。
  長く話しすぎたわね。
急いで鞄を取りに行く。
「虹、今日はお弁当ないからねー」
後ろから恵理が言ってきた。
「えっ、おばさんは?」
「忘れたの?今日の夜帰ってくるのよ」
そうだった。一日留守って言ってたっけ。
「じゃあ今日は食堂かぁ」
  お弁当ないのかぁ・・・ざんねん。
「虹、だらだらしてたら、おいて行っちゃうぞー」
ぷんぷんと、恵理が急かしてくる。


学校につくと、みんな昨日のガーゴイルの事件のことで盛り上がっていた。
こいつも例外じゃなかった。
「おい虹!ニュース見たかよ?すごいことになってんぜ」
良一がいつもよりひどく興奮して、私に絡んできた。
「はいはい、すごいすごい」
教室に着き、かばんを机におきながら適当にあしらう。
「おいおい、お前。俺たちの身近であんな事件が起きたんだぜ。それなのに興味ねーのかよ?」
良一は、なぁそうだろ、と私に同意をもとめてくる。
「まぁ、そりゃびっくりしたわよ。でもあんな危ない生物、びっくりより脅威しか感じないわよ」
どさっと席に着く。
  あの事件に巻きこまれた私が言ってるんだから。
「たしかに、あれは怖い生き物ね」
恵理はうんうんと、頷く。
  さすが恵理。わかってる!
「あれはきっと、昔封印された火の神が蘇ったのよ」
恵理がまじめな顔で言う。
「は?」
私たちはあっけにとられる。
「ひの、かみ?」
「そうよ。古代封印された破壊の神が、何らかの影響で封印が解けてしまったのよ」
「えり・・・」
けど、ちょっといい線いってるかも。
「まぁ、けどまた出てこないといいわね」
私はそう言うが、
「そおかぁ?俺はまた出てきてほしいし、見てみたいぜ」
ちょっとくやしがる良一。
「あんた被害にあった建物見てみた?」
「ああ、見たぜ」
「あれを見てよくそう言えるわね?」
「そりゃ、恐怖心より俺の好奇心が勝っているからだ」
「・・・・・・・・」
あきれたわ。
自分の席に着く。良一は私の机の上に座る。
「あいかわらずね、木村君は」
と、恵理は言うが、あきれてんだか、あきれてないんだかわからない。
「でも木村君の言うとおり、あの生物については私も興味あるわ。虹は興味ないの?」
私に話をふってきた。
「あんな恐ろしい生き物に興味なんかないわ」
「ないのかよ!?」
驚く良一。恵理も意外だったのか驚いてる。
  みんなガーゴイルの正体を知らないから、こう楽しく話せるのよね!
「好奇心ゼロなのか、虹は。人間としてつまんねぇやつだな」
ピキッ―――頭にきた。
「そんなんじゃないわよ、ただ興味がないだけよ!!」
そう怒鳴ると、良一は口を丸くして黙った。気づくと、クラスのみんなもこっちを見ていた。
  まったく、こっちは大変な目にあったのよ。
―――怒鳴ることはないんじゃないのか?
  いいの。こいつにはこれくらいがちょうどいいの。
「なんだ虹?ピリピリしてんな」
「そうね。今日の虹は変ね」
恵理も心配そうな顔で見てくる。
「・・・ちょっと昨日の疲れがとれてないのかも」
  みんな、関係ないからいいな。
なんか私だけ仲間はずれな気分。
「でももしまたあの生き物が近くに出てきたら、また破壊していくのかしら?」
恵理は思い出すかのように言った。
「そうだろ、破壊神なんだろ?」
「そうよ。今回は幸いケガ人がいなかったけど、今度来たらどうなるかわかんないわよ。もしかしたら、木村君があの生物のエサに・・・」
ふふふと、不気味に笑う恵理。
「なっ!?」
ビクッと驚く良一。
「そうね。今度は腹を空かせて出てくるかもしれないし」
私も恵理に続く。
「おっ、俺は、エサなんかにはなんねぇぞ!」
一気に顔色が変わり、ダッシュで廊下へ出てった。
・・・やっと、うるさいのが行った。
そして入れかえるように、担任がやっと来た。
「ホームルームはじめんぞー」
恵理はまた後で、と言って席についた。
  良一・・・まぁ、いっか。


ガラッと教室のドアが開き、先生が入ってくる。これからいつも通り授業が始まる。
「?」
と思ったら、先生は窓を開け、空を見る。
「濁っているな」
目を細めて、そうつぶやくと、窓際の生徒たちに窓を閉めるよう指示する。
閉め終わるとこう先生は言った。
「黄砂だ」
みんなきょとんとする。
「ほら、よく見てごらん」先生が窓の外を指さす。「向こうの空が黄色いだろ」
みんな目を凝らして外を見る。首をかしげる人もいれば、うなづく人もいる。
「黄砂ってのは乾燥地域で、風によって数千メートルの高度まで巻き上げられた土壌・鉱物粒子が偏西風に乗って飛来し、大気中に浮遊あるいは降下する現象だ」
先生は教壇に戻る。
「ただ視界が悪くなることや、外の物が砂だらけになるだけではないんだ。黄砂が飛んでくる過程で、PM2.5のような大気汚染物質の発生が多い地域を通過する場合、それと一緒に飛んできているかもしれないと言われているんだ。ただの自然現象かと思われていたけど、最近は森林の減少や砂漠化など、我々の暮らしの影響がかかわっているかもしれないと考えられてきているんだ。せっかくだから教科書を使おうか。221ページ」
先生が教科書を開く。みんなも開き始める。
「そもそも大気汚染とは、自動車の排気ガスや工場の煙など人間の生活から出る化学物質により、空気を汚染することなんだ。もちろん火山の噴火や森林火災など、人が原因じゃないのもある。だが、一番の原因は我々人間だ。経済や生活の豊かさを求めることで本来出るはずのない二酸化窒素や二酸化硫黄などのせいだ。空が濁っているのは黄砂だけじゃない。きれいな空を犠牲にして我々は生活や経済成長を優先している。やっと最近このままではマズイと気付き、二酸化炭素の排出量の取り決めを始めた。ここに書いてあるように京都議定書やパリ協定、名古屋議定書が採択された。だが、脱退する国もあった。最後の段落に大事なとこが書いてある」
先生が読み始める。
「地球温暖化と生物多様性は、ともに国家の枠を超えて取り組まなければならない課題です。しかし、国家間や地域間での利害が異なり、具体的な目標の設定や義務づけが難しいのが現状です。多様な生物を育む【生命の星】地球を守るために、持続可能な発展に向けて、粘り強く対話と調整を続けていくことが重要です」
先生は少し間を開けた後、
「生きているうちに、きれいな空を見ることができるのかな」
少し悲しそうに言った。


授業が終わって、昼休みになった。
  さて、お弁当でも食べようかしら。
鞄の中からお弁当を―――
「ない!」
いつものようにお弁当があるはずなのに。
―――おいおい、忘れたのか?
  いや、私がお弁当を忘れるなんてことはないはず!
がさごそと鞄をあさる。
―――そうではなくて、恵理の言葉だ。
  えっ?
「虹、買いに行きましょ」
手を洗いに行ってた恵理が帰ってきた。
「買いに?」
なんだかわからない。
「もう、今日の虹はほんとおかしいわね」
首をかしげる恵理。
「あっ、思い出した」
  今日はおばさんがいなかったんだ。なんでこんなこと忘れてたんだろ?
「まだまだ若いんだから、ボケちゃだめ」
「ははっ、そうね」
恵理の言うとおりだ。
「食堂はもう混んでるだろうから、パンでも買って屋上いこっか」
「うん、いいね」
青空を眺めながらお昼を食べるのは、最高にきもちいい。そこらのレストランで食べるよりも私は好き。
廊下に出ると、いつものように学食へと走って席取りしにいく生徒でにぎわう。
それとは逆に、私たちはゆっくりと歩いて売店へと向かう。
「ねぇ、虹」
「ん、なに?」
売店に並びながら、恵理が聞いてきた。
「昨日の夢って、そんなにリアルだったの?」
ドクンと心臓が大きく動いた。一瞬血だらけのガーベラの姿が頭に浮かぶ。
・・・ガーベラ。
「そう、ね。いやな夢だったわ」
人の死、これほど嫌な夢はない。
「そっか、ごめんね。なんか嫌なこと思い出させちゃったみたいで」
「いいのよ、夢だからなんともないわよ」
  まぁ、夢とは言えないけど・・・。
前の人が買い終えて、順番が来た。
恵理はあんパンとプリンとパックのジュースを買い、私も同じようにメロンパンとゼリーとパックのジュースを買った。
「たまにはお弁当じゃなくてこいゆうのもいいわね」
恵理がうれしそうに屋上へと歩き出す。
「そうね。でも私はおばさんのお弁当が食べたかったわ。だって本当においしいんだもん」
「そりゃそうよ。うちのおばさんが作ったのは絶対おいしいんだから」
一歩一歩、階段を上る。
「恵理の家から出たくなくなるわ」
屋上へのドアを開ける。
  まぶしっ・・・。
あたたかい太陽の光がみんなに元気を与えるのように、あたりを照らしている。
「いい天気ね」
にっこりと恵理が言ってきた。
「そうね」
うーんと背伸びする。
屋上には人がパラパラとしかいなくて、いつもより広く感じられた。
「ところで、虹はもう進路決めた?」
いつもの場所に座りながら、恵理が聞いてきた。
「・・・いや、まだかな」
そうだ。最近いろいろとあったせいで、そのことをすっかり忘れてた。
「うーん、そうよねぇ・・・」
空を眺めながら言う恵理。
「私は決まったはいいけど、どうなんだか」
そして、あんパンを食べ始めた。私もメロンパンが太陽の光でぐちゃぐちゃになるまえに食べ始めた。
「なんか問題でも?」
恵理はやっぱりやりたいこともあって、能力もある。問題なんてないと思う。
「大学にいこうとは思うけど、その学校が難しいって評判なのよね」
でも恵理なら大丈夫だと思う。
「大丈夫よ、恵理なら。恵理がだめならみんな入れないわよ」
えへんと、ちょっといばって言ってみる。
「ふふっ、ありがと」
にっこりと笑う恵理。
「私もさっさと進路決めなきゃな」
不安とあせりを感じる。でも、あせったっていいことはないことはわかってる。
「虹はきっといい進路が見つかるわよ」
今度は恵理がちょっといばって言ってきた。
「ははは、恵理が言うとなんかそう思えてきたわ」
  でも、その前にガーゴイルをなんとかしないと・・・。
まきこまれてしまったからには、もう逃げ出せない。
「そいやあ夕飯は、簡単に作れるようにしてあるからね」
「さすが恵理。本当に優秀ね」
  なんか会話が姉妹みたい。
「そんなわけで、最近は危険がいっぱいだから学校終わったらすぐに家に帰ってきてね。お母さんも遅くには帰ってくるし」
ニコッと微笑む恵理。
「う、うん」
とはいえ、今日は平和に帰れるかしら?
ケンジに聞いてみる。
―――さぁな。
  ってことは、また昨日のようなことが起こるかも?
―――さぁな。
同じ答えが返ってくる。
  役立たず。
ため息が出てきた。
「どうしたの?ため息なんてついちゃって」
「ううん、なんでもないわ」
どっと疲れがきた。
「早く帰ってこないと、話題の謎の生き物に食べられちゃうわよー」
「!!」
  食べられる!?
一瞬頭の中でそのイメージが浮かび上がった。
「・・・・・・・」
「どうしたの?顔色悪いわよ」
恵理が不安そうに顔を覗きこむ。
「やめてよ。怖いわね」
恵理、なかなかこわいことを・・・。
思わず、メロンパンを落としそうになった。
「やっぱ今日の虹はおかしいわね」
ふふっと笑う恵理。


放課後。
恵理は生徒会のほうへ行った。まだ時刻は夕方の4時。日が赤くなってきたころだ。
私は特に用事がないので今日こそはまっすぐ帰り、家でくつろぐ予定。
  今日はなにも起こらなきゃいいんだけど。
帰り道がこんなに怖いとは思いもしない。
  いつもと違う道、繁華街を通らないで帰ろう。
―――いつも通りで行け。そうビクビクしていると寄ってくるぞ。
そうはいっても、怖いものは怖いわよ!
昨日は相手が去って行ってくれたけど、次現れたらきっと本気で殺しにかかってくると思う。
  ねぇ、やっぱまた現れると思う?  
―――ああ、出てくるだろうな。俺が生きている限り。
ケンジは迷いなく言ってくる。それを聞いてガクッときた。
じゃあ、今日も平和に家に帰ることはできないのね・・・。
とぼとぼと学校を出る。足取りが重い。
―――俺の予想では、あいつが直接来る気がする。
あなたと大喧嘩した相手?
―――そうだ。なんとなく気配がする。
気配がするって、もう逃げられない感じね。
さらに足取りが重くなった。むしろ学校に泊まりたくもなった。
―――いや、ただの勘だ。それに、今度は俺も何とかする。
何とかするって、私の中から出てきて戦ってくれるの?
―――それはできん。違う方法がある。
違う方法?
―――力を貸すことはできる。
そんなことができるの?
―――ああ、その時になったらやってやる。
ケンジは安心しろと言わんばかりの様子。
ほんと、大丈夫かしら・・・。
とぼとぼと住宅街を歩く。街灯の明かりがついてきたが、まだ周りは明るい。人も少ない。
―――大丈夫だ。お前の命がなくなったら、俺もどうなるかわからん。
  また自然に帰るんじゃないの?
―――俺は裏切り者だ。帰るとこはない。存在が消えることは確かだ。
ケンジは悲しさのかけらもなく言ってきた。まるで機械みたいに。
あなたも大変ね。
―――自分が勝手にやったことだ。気にするな。
  同情して損したわ。
―――気持ちだけ頂いておこう。むしろこちらこそ巻き込んでしまってすまないな。
「!?」
ケンジが、私に、謝った。
ど、どうしたの?
突然のことであたふたしてしまう。
―――どうしただと。ただ、思ったことを言っただけだ。
  急に言われるとびっくりするわよ。
―――そうか。では、次からは予告する。
ケンジは淡々と答える。次あるかわからないが、本当に次謝るときは、予告してきそう。
  ガサッ!
「!」
急に公園の茂みが揺れた。
きっ、きた!?
音のほうを向いて、身構える。心臓がバクバクいっている。
―――落ち着け、ただ風で揺れただけだ。あいつの気配はない、大丈夫だ。
  そっ、そうなの?
―――近くにいたら、気配でわかる。それに、そもそもあいつは不意打ちなどしてこない。
なんでわかるの?
茂みはガサガサいっているが、結局何も出てこなかった。
―――そんなやつなんだ。俺らにも人間並みではないが、ある程度意思を持っていて自分の判
   断で動いている。だが、俺はそのある程度を超えてしまったのであろうな。
確かに、ケンジと話していると機械みたいな冷たさはあるけど、意思で動いている感じが
するわ。
さっきの謝ってくれたのだって、ケンジの意思を感じたわ。
―――わかればいい。
夕日は町を赤くしながら沈んでいく。風も冷たくなってきた。
いつもならどこに寄り道して、なにを食べようかとか考えてるけど、今日は違う。こんなに疲れる帰り道は初めてだ。
住宅街を抜けて、河川敷を歩く。ここをあと10分くらい歩けば家に着く。
  これだけ広いところで、人の目につくところだから、襲ってこないわよね。
―――いや、場所は選んでこないと思ったほうがいい。
  えっ、それじゃまた関係のない人が!
周りを見ると、同じように帰宅している人や河川敷の下でボール遊びをしている少年たちもいる。
「早く行こっ」
と、駆け出した瞬間、
ブワッ、と風が吹き荒れた。まるで台風が来たみたいに。
「!?」
  なにこれ!?
前が見えない。草や砂が舞い上がる。腕で顔を守る。
「わぁぁぁ!」
周りの人も急なことで驚いている。
―――これは・・・来たか。
コスモスはつぶやいた。
  えっ?
急に風がやんだ。
そして、私はゆっくりと腕を下ろす。
「!」
目の前には、灰色の足、鋭い爪を持つ両手、強風をつくりだす翼、そして相手を燃やしつくすかのような赤い目、やつだ。
「ガ、ガーゴイル!!?」
地上に足をつき、翼をおりたたむ。
  きっ、きた・・・。
―――ああ。
ガーゴイルはじっと赤い目で、私を見てくる。しかも昨日のと雰囲気が違う。
  すごい殺気・・・。
足が震える。まさに蛇ににらまれた蛙だ。
「きゃぁぁぁぁぁ!!」
周りを見る。河川敷にいた人たちが一斉に逃げ出す。
そう、みんな逃げて!
ガーゴイルは私を見たまま動かない。
―――やはり、お前か。
  あなたのお友達ね。
緊張しすぎで息が苦しい。
―――お友達か、そうかもな。
と、ガーゴイルが口を開けた。
来るっ!
―――いや、待て。
「・・・そこに、いるな?」
ガーゴイルがしゃべった。
「しゃ、しゃべった!?」
信じられない。しかも、直接私の耳に響いている感じ。
なに、これ?
―――これはお前の頭の中に直接流しているんだ。そうして俺に話しかけているんだろうな。
「聞こえているのだろ?」
また、ガーゴイルの声が私の耳に響く。
この声、ケンジにちょっと似ている。感情がこもってない感じが。
ケンジ、何か言ったらどうなの?
ケンジはだんまりしている。
―――答えてしまったら、俺の存在がバレる。
  いずれバレるわよ!?
「匂うぞ。黙っていても分かるぞ」
どんどん私の頭の中に言葉が流れてくる。
―――うるさいやつだ。
  あなたが黙っているからでしょ。
―――ああ。
「まぁ、いい」
ガーゴイルはそう言ってバッと翼を開いた。
その勢いで、砂嵐のように地面の土や草が舞い上がる。
「うっ!」
顔を手でかばう。
―――くるぞっ!
「どうやら喋らせないといけないようだな!」
バサバサと、ガーゴイルは飛びはじめた。
や、やばっ!
何とか動こうと息を整える。
―――焦るな。
ガーゴイルが羽ばたくたび、私も飛ばされそうになる。
  すごい風圧!
立っているのがやっとだ。
―――倒れるなよ。
  簡単に言ってくれるわね!
すると、
バッ!!
ガーゴイルが爪を向けてこっちに向かって来た。
げっ、きたっ!
逃げられない。そう思ったが、
―――横に跳べ!
ケンジの声。聞こえるとともに体が動いた。
「えっ?」
体がやけに軽い。宙に浮くような感じだ。
  いや、これ、浮いてない?
さっきいた場所から5,6メートル跳んでいる。どんどん地面から遠のいてく。まるでトランポリンでジャンプしたみたい。
ゴオオオオ!!
ガーゴイルが横を通りすぎる。
  よけられた、けど・・・・。
落ちていく。3,4mくらいの高さから。
「わわわわわっ!」
手をジタバタさせる。
  落ちるー!!
―――落ち着け、大丈夫だ。
「だ、大丈夫って、そんなわけないでしょ!?」
―――信じろ。普通に着地できる。
  ウソでしょ!?
だんだん地面が近づいてきた。
―――大丈夫だ!。
  ウソだったら許さないから!
覚悟を決める。頭では足の骨が折れるイメージしかない。
シュタ―――両足が地面につく。手を地面につこうとしたが必要なかった。
「・・・なんともない」
足も全然痛くない。まるで体操選手が着地成功した気分。
  なんなの、これ?
―――俺の力を少しだけお前に流した。分けたと言ってもいいな。
  そんなことができるの!?
―――ああ、だがあまりやりたくない。分ければ分けるほど、お前の体に負担をかけてしまう
  そうなの?でも、これで少しって・・・。
「やはり、いるな?」
また、頭の中に言葉が流れこんでくる。
「だが、なぜ人間の中に隠れる?」
相変わらずケンジはだんまりしている。
もうバレてるわよ。
―――ああ、そのようだな。
「もう一度確かめるか」
私をつぶすかのように、平手がとんできた。
―――後ろに跳べ。
軽く地面を蹴る。
うわっ、なにこれ!?
2,3mくらい飛び上がる。
ドゴンッ!――――ガーゴイルの平手が地面につっこむ。
ぽっかりと地面に穴が開いた。
  あんなの当たったら、ひとたまりもないわ!
―――おいっ、気を抜くな!
ビュンッ!
ガーゴイルのもう片方の手が、私に目がけて飛んできた。
「!?」
空中で体をそらすが、
「キャッ!!」
右足をかすった。
「いたっ!」
バランスが崩れた。
―――しっかりしろ!
そんなこと言われたって!
ドスーーン!!
背中から地面に思いっきり落ちた。
「いった・・・」
―――大丈夫か?
  大丈夫なはず、ないでしょ・・・。
ゆらりと立ち上がる。
  全身が、いた・・・くない?
立ち上がるが、なんともない。
「なに、これ、すごい・・・」
―――これくらいではケガなどしない。
なんか自分の体じゃないみたい。
「なんともなさそうだな」
ガーゴイルが言ってきた。
「そうね」
「お前に聞いていない」
「・・・えっ?」
スッと私に指をさしてきた。
「裏切り者、いい加減出てきたらどうだ?」
「!」
  お友達が会いたがっているわよ。
―――ああ。久しぶりだな。
ケンジがガーゴイルに話しかける。
「本当に人間にのりうつるとは、恐ろしいやつだ」
―――お互いな。
「だが、なぜ人間の中に隠れたままなのだ?」
―――さぁな。隠れているわけではないんだがな。
ガーゴイルが首をかしげる。
「出られない、のか?」
―――そのようだな。
「はははっ、これが裏切った結果のようだな。元々生きているのが不思議ではあるが」
―――その通りだ。
ケンジは納得して、言い返そうとしない。
なにか言い返したらどう?
―――いや、本当のことだ。
あなたねぇ・・・。
「人間の中では何もできないではないか」
―――ああ、この小娘に話しかけることしかできん。
小娘・・・。
「悲しい運命だな」
―――お前が同情してくれるのか?
「同情、なんだそれは?」
―――一緒に悲しんでくれると思ったがな。
「逆に始末しやすくなって手間が省ける」
―――そうだな。これではあっさり片が付くだろうな。
ケンジ!?
あっさりと負けを認める。
―――俺と勝負せずに終わらせるのは楽であろう。
「確かに、一方的にいたぶっても面白くはない」
ガーゴイルは目をつぶり、少しの間口を閉じたまま動かなくなった。
  どうしたのかしら。それに、ガーゴイルだったら容赦ないと思ってたけど。
―――あいつも退屈だったのであろう。長い時間生きていると、我々も退屈になるものだ。
ケンジ以外のガーゴイルは機械みたいだと思っていたけど、意外とそうでもないことに驚きだ。
「受け取れ」
ガーゴイルは目を開くとともに、何か投げた。
「?」
ガシャンと私の前に落ちた。
―――これは!
黒く長い棒だ。拾ってみる。
「なに、これ?」
―――刀だ。あいつ、俺をなめているな。
「刀!?」
黒いのは鞘だ。鞘を抜いてみると、銀色に光る刃が顔を出した。
  この刀、なんか懐かしい。
初めてこんな物騒なものを持ったが、不思議と親しみを感じた。
軽く刀をふる。空気も簡単に切れるかのような感触で、とてもしっくりくる。普段の私なら重くて持っているので限界だと思う。けど、今はケンジのおかげでこんな軽々と扱えているのだろう。
―――後悔しても知らんぞ。
「どっちにしろ、そんな小娘に勝ち目はない」
  なんか、とってもなめられているわね。
―――ああ。だが、実際あいつは強い。気をつけろ。
  そ、そうね。
武器を手にして浮かれていたが、あいつはケンジと互角くらいの実力だ。
「来い」
ガーゴイルは余裕そうに、私が攻撃するのを待っている。
「行くわよ!」
ダッと走り出す。今度はこっちから攻撃だ。
「でぇぇい!」
振りかぶり、切りつける。
ギィィン!
あっさりと爪で防がれる。
「やはりその程度か」
「まだまだ!」
上に飛ぶ。
「人間でも、こっちにはケンジがいるのよ!」
「!」
ズバッ!
「ぬう!」
さっき受け止めた手の指を一本切った。
―――やるじゃないか。
  なめてるからよ!
切った指は、砂のようになり、風に吹き飛ばされていった。
「人間のくせに少しはやるようだな」
「負け惜しみかしら?」
―――調子に乗るな。痛い目見るぞ。
  そうかしら?
この刀を持ってから、なぜか自信がわき起こってくる。
「もう一度!」
また走る。
―――おい、落ち着け。
  首を切れば!
ジャンプして、刀をふりかぶる。
「調子に乗るな」
「!」
バシッ!
翼ではたかれた。
「いたっ!」
ドスンと、大きな音を立てて背中から地面へとたたきつけられた。
「いたたたたたた・・・・」
  さすがにこれは痛いわ。
でも、骨折とか全然していない。打撲くらいですんでいる感じだ。
―――おいっ、前を見ろ。
「ん?」
すかさずガーゴイルが爪を突き出してきた。
「わっ!」
ドゴンッ!
転がって何とかよける。
「あ、危なかった・・・」
ケンジの言う通り、痛い目にあった。
―――分かったか。調子に乗るからこうなったんだ。
  次から気を付けるわ。というか、いつものようにアドバイスはないの?
―――いや、あいつが相手では毎回はアドバイスできない。
  なんで!?
―――あえてお前の判断のほうがいい。あいつとやりあったことがあるから、俺の動きは何と
   なく読まれてしまうからな。
  なにそれ!人任せすぎない!?
―――そうかもしれんが、負けたら俺も消える。覚悟の上だ。しかし、先ほどアドバイスなし
   で攻撃を当てたのは見事だったぞ。
  すごい賭けにでたわね・・・。
ふと、急にあたりが暗くなった。
―――上だ!
ガーゴイルがいつのまにか、私の頭上にいた。
「キャア!」
急いでその影から出る。
ドスン!!―――地面が軽く揺れた。
「わわわわわ!」
かたむく体をなんとか立てなおす。
  ふぅ、あぶなかった。
あんなのに踏みつぶされたら、絶対に死んでた。
「やはり力を貸しているようだな」
ガーゴイルの足元にはまた穴が開いてる。
―――ああ。そうしないと、数秒で終わってしまうからな。
ケンジが答える。
「だが、所詮は人間だ。我々の力を十分に発揮はできない。知っているのだろ?」
ガーゴイルは地面に埋まった足を持ち上げ、こちらを向く。
  十分に発揮できない?
―――もちろん承知している。そもそも十分に発揮できなくて良い。
「ほお、余裕そうだな」
―――確かにお前が人間である限り十分に発揮できない。だがな、人間は何が起こるかわからん。
「え?」
―――人間は奥が深い。俺の力を与えるだけで、何が起こるかわからん。
  急になによ。ケンジらしくないわね。
ケンジにしては珍しく不確定なことを言ってくる。
―――それに、やつは人間を甘く見すぎている。
「人間の中で何もできないくせに、ほざくな」
爪を突き出してきた。
横に跳んでよける。
このまま!
すかさず間を詰めて、切りつける。
ブワッ!
「うっ!」
飛んでよけられた。
「人間は飛べないから不便だな」
バサバサと翼をはばたかせながら言ってくる。
「知っているなら降りてきて戦いなさい!」
と言って、降りてくる相手ではない。
―――無理に行くな。降りてきたところを狙え。
わ、わかったわよ。
ケンジの言葉がなければ、行っていたと思う。
じっと、上にいるガーゴイルを見る。じわじわと手から汗が出てきた。
このちょっとした間も、気が抜けない。
ガーゴイルが翼を大きく羽ばたきはじめた。
―――来るぞ!
「うっ!」
強風がまきおこる。砂や落ちていたごみが私に容赦なくぶつかってくる。
両腕で顔を守る。でも、
いたたたた!
顔以外に当たり、なかなか痛い。それに、風が強くてわたしも飛ばされそうだ。
―――頑張れ!
  うん!
ゴオオオオ―――まるで台風だ。
「いたっ!」
目に砂が入った。
  目がっ!
―――おい、来たぞ!
「えっ!」
目の前が真っ暗。わからない。
  えーーいっ!
後ろに跳ぶ。勘で動くしかない。
  何もないことを祈るしかない!
見えないことがすごく怖い。
運がよければ助かる。でも、逆だったら爪で一刺しされるかもしれない。
ォォォォォォォ―――風の音しか聞こえない。
風の力もあり、すごい距離を跳んでいる気がする。
その時、
ガンッ!!
「!」
背中に痛みがはしった。
何かにぶつかった!?
下に落ちている。
  目を開かなきゃ!
でも、まだ砂が入ってて目が痛い。
―――痛くても開けるんだ!
  簡単に言わないで!
やっと砂が取れ、目を開ける。だが、涙であたりがぼやけて見える。
でも、それだけで十分だった。
―――爪が来るぞ!
爪が上から突き刺しに来ていた。
「わっ!」
グルンと体操選手のように一回転し、体勢を整える。
「なにっ!」
驚くガーゴイル。
キィィィィン!!
刀を振り、爪の軌道を変えた。
―――よし。
着地と同時に爪が地面に突き刺さる。
  もう、目も大丈夫ね。
ぐいっと涙をぬぐう。と、次の瞬間、
「!」
ガーゴイルがもう片方の手で鋭い爪を突き刺してきた。
  休む暇もないわね!
上にジャンプしてかわす。
―――お前に力をさらに注いだ。勝負をつけてやれ。
なっ、なにこれ!?
ガーゴイルの動きがゆっくり見える。
  これ、腕に乗れちゃうじゃん。
イメージ通り、軽々とガーゴイルの腕の上に乗った。
ガーゴイルは腕を伸ばしながら、私を見ている。その目は少し驚いているように見える。
・・・すごいわね。体が羽のように軽いし。
頭をめがけて腕の上を走る。
  いける!
「はあああああああ!!!」
跳びながら刀を振りかぶる。
「仕方ない!」
思い切り振り下ろす。
スパンッ!
「!」
首を目がけたはずが、左の翼を切っていた。
―――とっさによけたか。
体を前傾させて首を守ったが、かわりに翼を犠牲にしたようだ。
ガーゴイルの背中に着地する。ぐらりと、背中が揺れる。
  もう一度!
と思った瞬間、頭から落ち始めた。
  首は無理。なら!
スパンッ!
右の翼を切る。
「ぐああああああ!!!」
ガーゴイルが悲鳴を上げる。
「よっと」
ガーゴイルから飛び降り、地面に着地する。
と同時に、
ズゥゥゥゥゥン!!
大きな音を立てながら、ガーゴイルは地へと落ちた。
―――よくやった。
あの巨体を支えていた二つの翼が胴体から切断され、まるで羽をもがれた鳥のようだ。
やっ、た・・・。
刀を下げる。
―――いや、首を切るまで安心できない。
ガーゴイルは倒れたまま動かない。
「今のうちに!」
刀をぎゅっと握り、走る。
―――待て!
首をめがけて刀を振りかぶる。
今度こそ!
と思った瞬間、ガーゴイルの顔の上で何かが動いた。
尻尾!?
ドコッ!
「ぐっ!」
気づいた時には遅かった。鈍い音とともに、尻尾が私の胸に当たっていた。
弾き飛ばされ、ゴロゴロと地面に転がる。
「いたたたた・・・」
胸に風穴が開いたみたいで、ものすごく痛い。
―――大丈夫か?
だいぶきいたわ。
「やるじゃないか。そこまで力を出せるとは思わなかった」
ゆらりと立ち上がるガーゴイル。
「えっ!?」
ゆっくりとこちらに向かってくる。
―――やはり、まだ動けるか。
私も、負けて、られない!
刀を杖代わりにして立ち上がる。
ガーゴイルが右手を上げる。
―――おい、来るぞ!
「分かってる!」
とは言ったものの、まだ動くと痛む。
ドンッ!
叩きつけてきた。
なんとか横に跳んでよける。
―――まだ来るぞ!
「!」
左のこぶしがなぎ払うかのように横から来ていた。
えっ!?
また跳んでよけようとするが、
「いつっ!」
まだ痛みで体が動かない。
しまった!
ドゴンッ!
鈍い音とともに吹っ飛ばされ、ゴロゴロと地面に転がる。
「ううう・・・」
やっと転がり終えたころには、ガーゴイルが遠いところにいた。
  全身の骨が折れたかと思った・・・。
―――とっさに刀で防いだおかげで、骨折もなく死なずにすんだな。
たしかにまともに当たっていたら、死んでいたと思う。ただ、さっきのダメージもあり、体のあちこちが痛い。
ケンジの力があっても、まともにやられたらダメだったのね。
―――ああ。さすがにあいつはな。
ガーゴイルがズンズンと足音を立てて、こっちにやってくる。
「つっ!」
動こうとするが、全身が痛む。
―――立てないか?
すぐには、ね・・・。
ガーゴイルはいつの間にかあともう少しの距離まで来ていた。
―――そうか。
ケンジはあっさりとそこで終わった。
そうかって、何とかならないの!?
―――ほんの少しだけまた力を注ぐ。それでカタを付けてくれ。
「わ、わかったけど・・・」
また、刀を地面に突き刺し、立ち上がろうとするが、足が言うこと聞かない。
一気に力をくれればいいじゃん!
―――それはだめだ。お前の体に負担がかかりすぎる。
今何ともないけど?
刀にしがみつく感じで、なんとか立ち上がる。
―――今は俺の力を受けているからだ。効果が切れたら、一気に反動が来る。つまり、与えす
   ぎたら、下手すると死んでしまう。
劇薬なのね・・・。
ガーゴイルが目の前までやってきた。
「お終いのようだな」
爪をそろえる。突き刺そうとしているようだ。
「ま、まだよ」
「その状態で何ができる?」
足はガタガタで立っているのがやっと。なんとか刀を構える。
「やれる、わ・・・」
「見苦しい。さっさと終わらせよう」
そう言うと、ガーゴイルの爪が私の胸を狙って突き刺してくる。
―――行け、今だ!
ケンジの声と同時にガーゴイルの手の動きがスローモーションになった。
「!」
軽々とかわす。体が急に軽くなった。
  これなら!
刀を思いきり、振り上げる。
ズバッ!
伸びきった右腕を切断する。
「なんだと!?」
ガーゴイルの右腕が砂のようになり、消えていく。
「はぁぁぁぁ!」
首を狙ってジャンプする。
ガーゴイルの首は真下にある。刀を振りかぶる。
―――やれ!
刀を振り下ろす。
「させるか!」
ガーゴイルが急に上を向く。
「!」  
ギィィィン!
―――なにっ!
刀を口で受け止められた。
「キャッ!」
そのまま、放り投げられる。
「とっ、とと」
転ばずに着地する。
すごい、あそこで反応するなんて。
勝てそうで勝てない。相手はもう両手、翼もないのに。
  あと少しだけど、詰められない。
むしろ、流れはあちらにあるように思える。
―――気にするな。あいつはもう何もできない。
ガーゴイルがこちらに歩いてくる。
「まさか、人間の姿でそこまで力を出せるとはな」
―――この刀を与えたのは間違いだったようだな。
「そうかもしれないな」
ケンジが直接ガーゴイルと話している。
―――お前は人間を甘く見すぎだ。
「その通りだった。今回は俺の負けだ」
―――人間には俺たちの知らない力があるようだ。
「知らない力だと?」
ガーゴイルの頭が砂のようになって、風にとばされていく。
  あれ、終わったの?
―――ああ、お前にはわからんだろうが。
「あれっ?」
頭がなくなり、徐々に胴体も消えていくが、何か影が見える。
「わからんな。やはりお前とは対立するしかないようだ」
―――そのようだな。
「えっ!」
胴体部分が消え、人影らしきものが出てきた。
  だっ、誰かいる。
「そしてお前の帰る場所はもうどこにもない。永遠に裏切り者だ」
―――そんなことはわかっている。なぜ俺もここまでやっているのかわからない。だが後悔は
   していない。
  人!?
少しずつ消えていくガーゴイルの中から人が出てきた。
「命令に背いて後悔していないだと。どこまで欠陥品なんだ」
声はその人のほうから聞こえる。
―――否定はしない。
足まで消え、全身をあらわにした。黒い服を着た大人の男性だ。両腕がない。
「なぜ貴様が生かされているのも不思議だ」
  ん、気のせい、見覚えがあるような。
―――さぁな、俺にもわからん。
「以前の戦いで、そのまま消えててもおかしくはなかったが」
その男は淡々とこちらを見て話している。
―――ああ、俺もそう思う。
  あれ、もしかして・・・。
「せ、先生!?」
目を疑った。でも、
  間違いない、あれは政治経済の横井先生だ!
近づいてみる。
―――おい、むやみに近づくな。
ケンジが私に言ってきた。
「あっ・・・」
ピタッと足をとめた。先生とは10歩くらいの距離がある。
―――まだ何かしてくるかもしれん。
「用心深いな、両手がこんななのに」
先生は自分の腕を見渡す。
―――息の根を止めるまでは何があるかわからん。
ケンジはまったくスキをみせない。
「横井先生・・・ガーゴイルだったの?」
おそるおそる聞いてみる。
「見ての通りだ」
見てわからないのか、という顔だ。
「なんで、人間に化けてたの?」
「俺は裏切り者を何年もの間探してきた。どこか土か海の中で眠っていると思い、時には動物に化け、地球の隅から隅までな。だが、なかなか見つからなかった。気配はするのに」
―――だがついに見つけた。
「ああ、まさか人間の中にいるとはな。しかもこんなひ弱な人間に・・・」
―――人間は俺が選んだわけではない。気づいたらこいつの中にいたんだ。
「そうか、やはり隠れているわけではなかったのか。この人間を殺せば出てくると思い、一度殺してみたが、どおりで出てくる気配がなかったのか」
「ん、まって、私を一度殺した?」
意味がわからない。
―――どいゆうことだ?
「貴様がこの人間の中にいることが分かり、お前が目覚める前にこの人間を殺した」
「・・・わ、わたしを?」
殺したんだ、この言葉が耳にこだまする。
「そうだ。あの時お前の家が火事で騒がしい時だった。それに便乗して木を刺して殺した・・・はずだった」
はぁと、ため息をつく先生。
  なっ!!
「あ、あなたが犯人だったの!?」
怒りとかそいゆうものより、驚きのほうが大きい。
  やっぱり、あの時あの炎の中に人がいて、私を・・・。
「だが、お前は生きていた。その裏切り者のおかげでな」
―――残念だったな。おかげで俺を目覚めさせたようだったな。
「この人間が死ねば、お前も今度こそ死ぬはずだった。だが、簡単にはいかなったようだ」
先生は淡々と話す。本当に私を殺したかったのがすごく伝わる。その冷たさがとても怖い。
「先生・・・」
信じられない。こんな身近に怖い人がいたことに、今さら身震いを感じる。
―――だがお前も用心深いな。わざわざ学校の先生として監視してくるとは。
「ああ。殺したはずの人間が生き返ったんだからな。それに貴様の気配がより強くなったこともある」
たしかに先生がこの学校に来たのは、私が退院するちょっと前だ。
「そんな・・・そいゆうことだったの」
意外な真実。
「ずっと確信が持てなかったが、昨日仲間を行かせてやっと分かった。この人間から貴様のにおいが感じられた」
―――そうか、やはりにおいでバレたか。まぁ、時間の問題だとは思ってはいたが。
  先生・・・。
普通に先生だと思ってた。だけど、実は私を見張っていて、確信を持てたら殺すつもりだった。
「ずっと、だましてたのね・・・」
怒りより、悔しさが強い。
「だましていた?」首をかしげる先生。「裏切者を探していただけだ。お前が悪いわけではない」
「でも、結局は私を殺そうとしてたじゃない!」
「何度も言うが、この裏切り者が悪い。お前には申し訳ないが、その犠牲だ」
―――確かに、お前は悪くない。だが、俺は犠牲にさせるつもりはない。
ケンジがすぐに言い返した。
「ケンジが私の中に来たのも何かの縁。簡単に死んでたまるものですか!」
いい先生だと思っていたのに、私が裏切られた気分よ!
こんな近くに私を刺した犯人がいて、私を見張っていたという悔しさ。怖い気持ちもあるが、ケンジを守りたいという気持ちがこみ上げてきた。
「今度こそ死ぬ覚悟はあるようだな」
冷たい目つきになる先生。
うっ!
ぞっと、鳥肌が立つ。
―――ひるむな。奴はもう何もできない。こちらから行け。
ケンジがそう言うが、足が言うこと聞かない。
動け!
先生の殺気で、体は行くなと言っている。
―――ん?
先生の足が土と一体化している。
―――まずい。逃げる気だぞ!
徐々に地面へと沈んでいく先生。
「逃がさない!」
体の危険信号を振り切り、走る。
先生の下半身はもう地面に埋まっている。
「このー!!」
刀を振りかぶる。
「福原君」
「!」
先生が私の名前を呼んだ。思わず手が止まる。
「君は私を殺せるのか?」
先生はもう肩から上しかない。
「うっ・・・」
中身はガーゴイルだが、人の姿をしている。それがためらわせる。
―――おい、何をやっている!?
もう頭だけだ。
―――最後のチャンスだぞ!
違う、この人は人間じゃない・・・私を殺した・・・。
「人間じゃない!」
目をつぶり、思い切り刀を振り下ろす。
ドンッ!
目を開けると、地面に刀が埋まっていた。
―――逃げられたか。
「逃げられ、た・・・」
私が躊躇しなければ!
グッと刀を握りしめる。
―――そんなことはいい。終わったことだ。
悔しい、私がしっかりしていれば、戦いを終わらせることができたのに。
ペタンと地面に座り込む。
―――気にするな、虹。
「!」
ケンジが頭をなでてくれたような気がした。
―――やつはまた明日にでも現れる。その時にその悔しさをぶつけろ。
いつものように淡々と話すが、なんとなく温かい感じがする。
「・・・ありがと。ケンジ」
心のモヤがとれた。
―――さぁ、帰ろう。恵理とやらが待っている。きっと心配しているぞ。
「そうね」
刀を持って立ち上がる。
さっきまでここで暴れまわっていたせいか、まわりには誰ひとりいない。被害がなさそうでよかった。
今日はおばさんがいなかったんだ。恵理、今まで以上に心配してるに違いない。
「また怒られちゃうな」
制服も泥だらけだし。
そんなこと考えていると、体から緊張が抜けていく。
―――よくやった。まさかお前があそこまで戦えるとは思えなかった。
「まぁ、ケンジの協力があったからだけどね」
刀を鞘に納める。
―――さぁ、早く帰って休め。俺の力もそろそろ終わる。そしたら大変なことになるぞ。
「大変なこと?」
―――ものすごい疲労と、筋肉痛。それだけですめばよいがな。立っていられないことは確実だ。
それを聞いて、軽く駆け足で走り出す。
こんなとこで夜を明かしたくないわ。
帰ってから恵理にどう言い訳しようか考えながら走る。

「ただいま・・・」
おそるおそる玄関に入り、ささやく。母親に叱られた子供が家に帰ってきたような気分だ。
刀は家の外の目立たないところに立てかけておいた。
「虹!」
奥のほうからドタドタと駆け下りてくる音。しかもこの声は絶対に心配してる声だ。
  うー、絶対に怒られるわ。許してもらえるかしら?
5秒もしないうちに恵理が私の前に現れた・・・心配している顔で。
「え、恵理、ただいま」
おそるおそる声を出す。
  これはまずいわね。
「虹・・・」
恵理の表情が、まるで迷子になった子が帰ってきたように安堵の表情になった。
「よかったぁ。なんかあったのかと思ったわ」
ほっと息をつく恵理。
「ごめんね。心配させちゃって」
心の中が痛んだ。友達をこんなに心配させてしまった。
「もう一体何時だと思ってるの?それに、制服がホコリまみれじゃない」
一気に質問してきた。
「あ、これはその・・・」
言い訳が思い浮かばない。
「ケガしてるじゃない!?」
「へっ?」
よくみたら左足に切り傷があった。
「ちょっときて」
リビングのソファーに座らされて、恵理が救急箱をもってきた。
「虹は昔っからやんちゃなんだから」
恵理が傷の手当てをし始めた。
なんか恵理が私の母親みたいだ。
「また良一とテニスでもやってきたの?」
「まぁ、そんな感じかな」
  ぜんぜんそんな感じじゃないけど。
「まったく、やるのはいいけど制服でやるのはだめ」
「ごめん」
怒られた。
「はい、これでオッケー」
バタンと救急箱を閉じる。消毒して絆創膏をはってくれた。
「ありがと、恵理」
「いいの、それよりお風呂入りなさい」
「うん、そうするわ」
―――おい、そろそろ俺の力がつきるぞ。
  えっ、もうちょっとがんばってよ。
風呂場に行く。
―――いや、だめだ。もう終わるぞ。
  でも、体を洗い流したいんだけど。
急いで服を脱いで風呂に入る。
―――急げよ。動けなくなるぞ。
  わかったわよ。急ぐわ。
体をパパっと洗い、湯船につかる。
「はぁ、生き返るわ」
あたたかくて体にしみこんでくる。
・・・んで、あとどのくらい?
―――もう終わりだ。
「えっ?」
その瞬間、体が重りのように重くなった。また、全身にだるさと痛みが走る。
  なに、これ、ちょっと、早く言ってよ!
目の前がくらくらしてきた。
  あ、眠気が。
・・・・・・・。


参考資料
成田喜一郎ほか、中学社会 公民 ともに生きる:教育出版株式会社.2021.221P
環境省「大気汚染が引き起こす問題」
https://www.env.go.Jp/policy/hakusyo/kodomo/h27/files/22-23.pdf
独立行政法人環境再生保全機構「大気汚染の原因と対策」
https://www.erca.go.Jp/yobou/taiki/taisaku/index.html
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