掌 ~過去、今日、この先~

ののの

文字の大きさ
上 下
14 / 17

八章 表

しおりを挟む

――――――――

・・・・・・・・
「想真まで・・・」
昨日の朝と同じように涙がぼろぼろ流れる。
「ガーベラ・・・」
ついに二人とも・・・。
  これじゃあっちの世界の人はガーゴイルにみんな殺されちゃうじゃない!
涙が止まらない。また枕はビショビショだ。
それに、ガーベラは想真のことを利用しようとなんてしていない。最後に一緒に痛かった
って言ってたじゃない!
ドンっと、布団に向かってこぶしを振り下ろす。
想真に思いを伝えられず、行き場のない悔しさと怒りがふつふつと沸き起こる。
「みんなガーゴイルのせい・・・いや」
  ガーゴイルだけじゃない、あんな世界にした人も悪い。
さっきよりも強く手を握り、布団をたたく。
「両方悪いわ」
  そうだ。本来なら想真とガーベラはずっと一緒にいられたのに・・・。
ぐいっと、袖で涙をぬぐった。
なぜか他人事とは思えない。別に私の友人でもないのに。
想真たちは悪くない。これっぽっちも。なんで罪のない人がガーゴイルに裁かれ、元凶を
つくった人たちが裁かれないの?
グッと布団を握る。
  おかしい・・・おかしすぎる!
想真たちはふつうに、平和に暮らしていたいだけなのに。
「・・・横井先生」
横井先生の顔が浮かび上がった。
あの先生がまさかガーゴイルだったなんて。しかも私を殺そうとした、いや殺したといってもおかしくないわ。
胸に手を当てる。ここを刺された。想真も・・・。
「・・・・・」
自分が刺されたことと、想真が刺されたことを思い出すだけで胸が痛む。
  まさかあの先生が・・・。
私はケンジのおかげで、死なずにすんだ。とはいえ、ケンジがいなければこんなことにならなかったけど。
「ねぇ、ケンジ?」
ケンジに話しかける。
「・・・・・」
返事がない。
「聞こえないの?」
―――なんだ?
「聞こえているじゃない。無視しないでよ」
―――いや、泣いていたからな。
「あら、気遣ってくれたのね」
―――昨日も朝泣いていたからな。もう落ち着いたのか?
  いや、まだ、なんとも。
―――また嫌な夢を見たのか?
「うん」
―――だいぶ辛そうだな。
私がいつものりうつっていた人が、ガーゴイルにやられたの。
―――何?
想真がやられちゃった。もう誰もあのガーゴイルを止められない。みんな殺されちゃう。
―――夢の中の話だ。と言いたいところだが、実際ガーゴイルが滅亡まで追いやった。
これが人類の終焉・・・。
自分が人類の終わりを見たということがまず実感できない。本当に夢の中の話のようだ。
しばらくの間、じっと手を見たまま動かない私。何か考えるわけでもない。
―――おい、しっかりしろ。
ケンジの声で我に返る。
―――おまえ自身に何かあったわけではないだろう。
そうだけど。あれだけ現実的な世界だとね。
私も死んだ気分。突き刺される感じがまだ残っている。
―――だが、実際この世界でガーゴイルが出てきてしまった。お前が見た夢の結末と同じよう
   になる可能性がある。
「横井先生・・・」
ケンジの言う通り、あの人を止めないと人類は終わる。そう考えると、ぞっとする。
―――次は本気で来るぞ。昨日みたいに上手くいくと思うな。
  でも、昨日はこっちが押してたじゃない?
―――あんなものではない。あいつの力は。
「えっ?」
―――本気を出される前に、押し切れただけだ。相手はガーゴイルのリーダーだ。忘れるな。
ケンジは真剣な口調で言ってくる。
そう、ね。たまたま生き残れたって考えたほうが正しいわね。
―――そうだ。ギリギリまで俺の力を使って生き残れた。
脅しではない。背中がまたぞっとする。
・・・また来るわよね?
―――ああ、俺が生きているかぎりな。
ふぅ、とため息をつき、天井を見上げる。
今度こそ死ぬかもしれない。けど、逃げられない。ケンジを恨む気持ちはない。別に人類を守
るためなんて正義感もない。いろいろと思いが交錯するが、
  仕方ないわ。何かの縁だし、最後まで付き合うわ。
ほぼあきらめではあるが、その答えに行き着いた。
―――すまない。
ケンジは少し間を開けて、少し申し訳なさそうに言った。
「さてと」
起き上がって、顔を洗いに行く。
「あ、虹」
制服姿ですがすがしい顔をした恵理がいた。
「恵理、おはよう」
目をこすりながら言う。
「だいじょうぶ?」
「ん、なにが?」
「昨日、お風呂の中で寝てたけど」
「あっ!」
  そうだ。ケンジのせいよ!
―――俺のせいではない。
「びっくりしたわ。疲れていたとはいえ、お風呂の中で寝ちゃうなんて」
くすくすと笑う恵理。
「ははっ、どおりで朝から体があったかいのね」
「まぁ、あんまり無茶しちゃだめよ。部屋まで運ぶの大変だったんだから」
そう言ってリビングのほうへ去っていった。
  はぁ、また恵理に迷惑をかけてしまったわ。
ちょっと罪悪感を感じる。
この家に居座らせてもらっているのに迷惑かけてばっかり。
  でも、しかたないと言ったらしかたないんだけど。
顔を洗って、このすっきりしない気持ちを流す。
だけど、近いうち終わる。
鏡の中にいる自分に言う。
―――ああ、そうだな。
もう恵理たちにはこれ以上迷惑はかけたくないし。
タオルですっきりしない気持ちをきれいにふいとる。
「さて、学校いかなくちゃ」
もう登校の時間がせまってる。
「虹。学校休んだら?」恵理が後ろから話す。「体調悪いのならやめたほうがいいよ」
心配そうな顔をしている。
「大丈夫。昨日はちょっとはしゃぎすぎて疲れてただけ。一日寝たから大丈夫よ」
「そう、それならいいんだけど」
まだ恵理は心配そうにこちらを見ている。
「大丈夫よ。まだまだ若いんだからそう簡単にへばったりしないわよ」
ビシッと親指を立てて、全力の笑顔で答える。
すると恵理は表情が柔らかくなり、
「ふふっ、そうね。虹はおばあちゃんになってもへばりそうにないけど」
無邪気に笑う恵理。
「それって喜んでいいのかしら?」
「あはははは。それは虹にまかせるわ」
「・・・ありがと」
  まぁ、良いとしましょう。
「って、こんなことしている場合じゃないわね。遅刻しちゃう」
恵理が時計を見て言う。
「あ、そうだった」
私はまだ着替えすらしていない。
「早く準備するのよ。遅かったら置いていくからねー」
そうして恵理は手を振ってリビングのほうへ行ってしまった。
「そうはさせないわ。さっさと用意しなきゃね!」
いつもの倍の速度で動く。

学校に着いた。
ほかの人も後ろから次々と校門をくぐっていく。
私は恵理にはしたないといわれつつも歩きながらパンをかじり、ちょうど学校につく前に食べ終わった。
「間に合ったわね」
時間は少しだけ余裕がある。
その余裕のせいか、ほかの事を考えてしまう。
「ねぇ虹。聞いてる?」
恵理が顔をのぞき込んで聞いてくる。
「えっ、ああ、うん」
「なんかボーっとしてるよ。食べて眠くなっちゃった?」
微笑みながら言う恵理。
「さすがにもう寝られないわよ。頭が起きてないけどね」
ここに着いてからずっと気になることがあった。
「そりゃあれだけ寝ていればねぇ」
寝すぎよー、と肩をたたく恵理。
「おかげで疲れはバッチリとれたわ!」
廊下を歩く。
私の目は自然とあたりを見回してしまう。
そう、あの先生を。
  ねぇ、あのガーゴイルはまだ学校にいるの?
―――さぁな。だが、何事もなかったかのように現れるか、逆にいなくなっているかもな。
  いる可能性もあるのね。
正体を知ってしまったから、もうこの学校にいるはずがないと思ったけど。
「・・・!?」
じっと恵理がこっちを見ている。
「虹ったらやっぱおかしいよ。ぼーっとしすぎよー」
「だ、大丈夫。寝すぎなだけよ」
あたふたと言い訳する。
「へんなの」
クスクス笑う恵理。
  まぁ変よね。
否定できない。
教室の前に来た。
今のところ、あの先生は見当たらない。
いなくなったようね。
そう思いたい。
「よお」
ぬっと寝ぼけた顔をした良一がでてきた。
「りょ、良一!?」
「め、めずらしいね。こんな時間にいるなんて」
恵理も驚いている。
「朝練はじめたんだ。だからはえーんだよ」
ちょっと不機嫌そうだ。
「へー、がんばってるじゃない」
恵理が感心している。
「あなた本当に良一?」
「あん?」ギラっとした目でこちらを見る「なめやがって、今度こそお前を倒すからな!」
ビシッと、私を指をさす良一。
「ん、わたし?」
「お前以外いないだろ。そのために努力ってやつをしているんだ!」
「はぁ!?」
「ライバル関係ね」
青春だわ、とうなずく恵理。
「まぁ戦っていればいつか負ける時が来る。悲しいことに。覚えとけ!」
良一はよくわからないことをほざいて、どっか行ってしまった。
「なんか勝手に盛り上がってるわね」
  逆に冷めるわ。
とはいうけど負けたくはない。あいつの喜ぶ姿を見たくない。
「がんばってね」
恵理も応援しきた。
「けど、昨日みたいにお風呂で寝ちゃうのはやめてね」
「そっ、そうね」

朝のホームルーム。
いつものように担任が連絡事項を伝えて終わる。
ただ、その連絡事項の一つに、
「昨日、どっかの河川敷で激しい音が鳴り響いて、まるで隕石でも落ちたかのように地面がグチャグチャに荒らされていたそうだ。最近、物騒だから気をつけるようにな」
と、担任が注意してた。
ご迷惑おかけしてます。
心の中でいろいろな人に謝っていた。
クラスの人たちはまだこの前のガーゴイル事件の話題でもちきりだ。
マスコミも一緒でまだ話題持ちきりで、当分終わりそうにない。
私も当事者じゃなければ楽しく話せたのになぁ。
登校中、恵理もガーゴイルのことを話していた。
相変わらず熱い仮説を話していた恵理。逆にそれが私を冷めさせ、ずっと私は気の抜けた相づちを打っていた。
とにかくずっと温度差が激しかったな。
そうしているうちに、次の授業の予鈴のチャイムが鳴る。
「次は政治経済か・・・」
心臓が高鳴る。横井先生ではないと思いたい。
先生が来たとしても、学校では何もしてこないと思う。けど、怖いわね。
ちらっと、隣を見る。良一はホームルーム中からずっと机につっぷしている。
「ねぇ、良一」
眠っているかもしれないが、かまわずに話しかける。
「なんだよ?」
ギラっとこちらをにらんでくる。やっぱり寝ていない。
「横井先生って今日来てるの?」
「あ?さぁな、来てんじゃね」
いい加減だ。
「良一が知ってるわけないか」
聞いた私がバカだった。
「なんだよ。横井先生がどうかしたのか?」
机につっぷしながら聞いてきた。
「いえ、聞いてみただけ」
「あ、そう。お前が好きそうなヤツではないしな」
と一言余計なことを言って、寝てしまった。
「どうも」
まぁ、良一に聞いたのが間違いだったわね。
と、そのとき教室の扉が開いた。
「はじめるよ」
「!?」
思わず立ち上がってしまった。
「ん。どうした?」
良一が顔を上げる。
「なっ・・・」
なぜなら扉を開けて入ってきた人が横井先生だからだ。
―――そう来たか。
  なぜっ!?
横井先生は私を見て、ニッと口元をゆがませた。
「ほらほら席について」
先生がそう言うと、みんな席につき始めた。
「おい、虹。なに立っているんだ?」
「・・・なんでもない」
どすんと席につく。
「そうか、意外とあんな感じが好きなんだな」
「冗談じゃないわ」


いつものように授業が進んでいく。
   何事もなかったかのように出てくるなんて。
たんたんといつものように授業をしている。
みんなにとっては普通のことだ。でも、私にとっては異様だ。
―――意外だったな。学校外で現れると思っていたが。
ケンジも予想外だったとは。
  不吉すぎるわ。
―――ああ。だが、一つ言えることは、ここでは手を出してこない。
だといいけど。
ケンジはいたって冷静で、確かにその通りだとは思うが、気が抜けない。
―――気を張っていると疲れるだけだぞ。
  わかっているわよ。
昨日は授業に身が入ったのに今日はまったくダメだ。先生の声がまったく耳に入ってこない。
「ふぅ」
一度大きくため息をつき、外の風景を見てることにした。

教科書178ページ。持続可能性についてまたおさらいしよう。
”持続可能性とは。長い間、環境汚染や社会のひずみは、経済発展がもたらす代償としてしかたがないものと思われていました。しかし、環境汚染による被害があまりに深刻になるにつれて、また世界の人口の増加にともない資源に限りがみえてくるにつれて、このような考え方では健全な社会を続けていくことが不可能であるとわかってきました。しかし、経済発展をあきらめてしまえば、これから経済発展を進めたい発展途上国は困ります。先進国の人々も、環境への負担がいっさいない生活を送ることは不可能です”
今年からどんなに暑くても寒くてもエアコンを使ってはいけません。排気ガスは環境に悪いので車に乗ってはいけません。店に商品を運ぶトラックもなくしましょう。通学でバスを使ってはいけません。工場も止めましょう。極端だけど、そうなったらどうだろう。そうだね。エアコンはまだ我慢できるかもしれないけど、車を使うのをやめましょう、工場を止めたりするのは社会混乱に陥ってしまうね。
”「持続可能性」は、このような難しい問題を解く鍵となる考え方として登場しました。持続可能性とは「将来の世代が、自分たちの必要性をみたすことができるようにしながら、現在の世代の必要性もみたすことができる」ことをいいます。将来の世代のために、資源や環境を保全していくことと、現在の私たちの世代のための経済発展を続けることとは、必ずしも相反するものではありません。”
極端なことはもうできない。だから、今の社会や経済だけの発展を考えるのではなく、環境への負担や今だけでなく次の世代のことも考えつつ、社会を発展していきましょう。そのような考え方をしてみてはどうだろう、それが持続可能性という考え方かな。必要性、という言葉のとらえ方が難しいところだけどね。
”持続可能な社会への実現のためには、資源や環境のことだけを考えればよいわけではありません。いじめや差別などの人権侵害、男女の不平等、貧困、感染症、戦争やテロなど、幅広い課題に対して取り組まなければいけません。これらの問題が、社会に取り返しのつかない損害をもたらす前にできる限り早く予防することが大切です”
環境問題だからといって、環境のことだけを考えればいいわけではない。いろいろな問題が絡み合っている。それに、一つの国だけではなく世界で取り組まなければならない。でも実際は、国によって文化や宗教も違う。豊かさや教育のレベルも違うも違う。言ってしまえば、国どころか、一人ひとり価値観が違う。この教室の中の人でも、この問題に対する真剣さや理解度、考える量も違う。
手を取り合って向き合わなければいけないのだけど、どうしてもこうして価値観の違いや利害関係で争いが起きてしまう。環境のことだけを考えては解決しない。また、今だけを考えていては、次の世代。つまり、君たちにツケが回る。今たくさんの問題に向き合っている人たちは、次の世代のことまでのことを考えている人たちはどれくらいいるのだろうね。
君たちも今はわからないと思う。何十年後か家庭を持ち、子供ができるかもしれない。その時、我々だけが良ければいいと思うのか、次の世代に何を残せるのか、そう考えられると・・・って、ごめん。話がとびすぎたね。
先生がやっと教室のみんながぽかんとしていることに気づいた。


チャイムが鳴った。
先生が終わりの合図を告げると同時に私は席を立った。別に決めていたわけではない。体が勝手に動いていた。
「ん、虹?」
―――おい、早まるなよ。
良一とケンジ二人に声を掛けられる。だけど、私の耳には聞こえていない。
なにかに押されるかのように廊下に出る。
まだ横井先生は廊下を出たすぐのところにいる。
「先生!」
先生は立ちどまった。そしてこっちを向いた。
  あっ・・・。
体に緊張が走る。そこで自分が何をしているのか気づいた。だが、もう遅い。
「どうしたんですか、そんな急いで」
先生はいつもと変わらない感じで答える。周りもこっちを見ている。
「あっ、そっ・・・いや」
私から声をかけたくせに、声が出ない。
先生はそんな私を見て、
「私は逃げたりしないですよ」
ニコッと微笑んで答えてきた。
「!?」
  なっ、なんなの?
意外すぎて呆気にとられてしまった。
「何か質問があるのかな?」
そう言って、教科書を開く。
「・・・なんで、ここにいるの?」
小声だが、やっと口が開けた。何かたくらんでいるとしか思えない。
「なぜ?」パタンと教科書を閉じる。「まだ用が終わってないからだ」
先生はこちらを見つめる。
「!」
一瞬背筋が凍る。
―――用か。そのとおりだな。
ケンジが話す。
「あなたの言う用っていうのはわかるけど、ここにいる必要はないんじゃないの?」
  もう学校には現れないと思ってたのに。
「その通りだ。用があるのはお前だけだ」
「じゃあ、なぜ?」
「ふむ、この職業が気に入ったのかもしれん」
「え?」
―――ほお。
  ガーゴイルが先生を?
不思議すぎる。そんな魅力ある職業とは思えない。
「そんなことはどうでもいい。放課後、繁華街の少しはずれにある公園に来い」
そう言うと、こちらに背中を向ける。
「お前、いやお前の中のやつと話がある」
そうして職員室のほうへと去っていった。
  あんたに話だってさ。
―――ああ、話か。話して何かが変わるとは思えんがな。
  話があるのなら昨日は話してほしかったわね。手を出してこないでさ。
―――ふっ、そうだな。
ケンジはそのとおりだなと、相槌を打った。
チャイムが鳴った。それと同時に緊張がとけた。
  あっ、もう休み時間終わりかぁ。
それもあって先生はさっさと行っちゃったのかな。そう思うと本当に先生としてやっているように思えてしまう。
まわりの生徒たちも教室へと戻っていく。私も教室に戻る。
  それにしても、ガーゴイルにも興味というか気に入ることとかがあるのね。
―――あいつも変わった、のか?
ケンジも困惑している。私もガーゴイルは機械みたいな印象がある。
  あのガーゴイルが変わることなんてあるの?
―――それはない。とくにあいつは使命を全うするやつで、無駄なことはしない。
先生をやることは無駄じゃない、と?
―――いや、無駄な活動だと思うが・・・。
ケンジもモヤモヤとしている。私も腑に落ちない。
とりあえず、席につく。
「よお虹。あの先生にほれたのか?」
良一がニヤニヤとしながら聞いてきた。
  さすがよく見ているわね。
「そんなわけないでしょ」
  そもそも中身は人間じゃないんだし。
「そのわりには真剣な顔で長話してたじゃないか」
「うるさいわね。べつになんにもないわよ」
プイッとそっぽ向く。
こっちの気も知らないで。とはいえ知るはずもない。でも、これがときどきうざったい。
少しの間でいいからあなたも変わってもらえないかしら。

「今日お母さん帰ってくるから、購買生活もおわりね」
今日のメニュー。恵理はメロンパンとプリンとパックのジュース。私はあんぱんとヨーグルトとあずきオレンジとかいう変なパックのジュース。ちょっと冒険してみた。
「やっと明日からおばさんのおいしいお弁当が食べられるのね」
「うーん、私はたまにはこーゆーのもいいんだけどね」
「うらやましいかぎりだわ」
  慣れとは恐ろしいものだわ。
「ねー虹。今日も寄り道してかない?」
恵理が誘ってきた。
「ごめん。今日はダメなんだ。ちょっと用事があって」
  ちょっとというか、大事な用事だけど。
「そっかー。おいしいアイス屋みつけたから、一緒にいこーと思ってたのに」
がっかりする恵理。
「そうなの!?」
  そっち行こうかしら!?
―――おい。
話なんて明日にしてくれないかしら・・・。
―――店だってまた行けるだろう。
  うー・・・。
ちょっと悔しい。
「用事って、また木村君と勝負?」
恵理はメロンパンをほおばりながら聞いてきた。
「ん、まぁそんなとこかな」
目を空に向けながら答える私。
  ウソが下手だなぁ。
「へーまたやるんだね。元気ね」
でも、恵理はウソだと気づいているのかいないのかよくわからない。
「恵理も生徒会が終わったらテニスやれば、って!!」
ぐっと、あわてて口をおさえる。
「ど、どうしたの虹!?」
パックのジュースを指さす。
「ま、まずい・・・」
甘いのとすっぱいのが絶妙なハーモニーでまずさを引き出してる。
  は、吐きそう。
「そんなにおいしくないの?」
ひょいっと恵理があずきオレンジジュースを手に取った。
「え、恵理!?」
そしてそのままストローへと口をつけた。
「やめたほうが!」
私の頭の中には、次の瞬間に悲惨な表情になるのが想像できたが、恵理は、
「ん、おいしい!」
・・・・・・え?
「クセはあるけど、いいじゃない」
ニコッと恵理は微笑んだ。そしてまたゴクゴクと飲み始めた。
「・・・あ、そう。あ、あげるわ」
「え、まだこんなにあるのに?」
恵理はありがとう、といってゆっくりとまた飲み始める。
  さすが恵理、甘く見てたわ・・・。

あっという間に放課後。
早く終わんないでほしいと思うと、早く終わってしまう。
約束の場所に行かなきゃ行けない。気分が乗らない。
  あの公園かぁ。今の時間ならまだ人も多いはず。
学校を出て、繁華街へと足を運ぶ。下校する生徒たちとまじりながら。
―――俺に話があるみたいだ。お前には用はないみたいだから気楽に行け。
 そう、ね。
まだ日は沈んではないけど、もう一時間くらいで暗くなる。
  そのまま話し合いで終わってくれないかしら。
そうしてくれればもう怖い思いしなくてすむ。
―――それはない。話し合いですむ話ではない。
「はぁ、そうね」
速攻で否定された。
繁華街を歩く。公園に行くには人ごみの中を通らなければならない。
買い物袋を持って歩くおばさん、店に寄り道をする学生、飲み屋へと入っていくサラリーマンたち、さまざまな人たちが繁華街にいる。みな、目的をもってここへきている。私はここに用はない。
  ねぇ?
―――なんだ?
  帰ってあの刀、持ってきたほうがいいかしら?
―――いや、やめておけ。今回は争いは起こらないはずだ。
  でももし気が変わって攻撃してきたら、不利になるんじゃない?
武器がなきゃ、あのガーゴイルには勝てない。
―――その通りだ。だが、逆に武器を持っていったら、気が変わる可能性が高くなる。今日決着をつけたいのか?
  心の準備ができていないわ。そもそも戦いたくないわよ。
たしかに武器なんて持っていけば、挑発していると思われかねない。
「話し合いでなんとかならないかなぁ・・・」
ぼそっと、つぶやいた。
―――それが理想的な解決手段だ。だが、話し合いでだめなら、結局は力で相手をねじふせなければならない。お前たち人間のようにな。
「・・・・・」
たしかにそうだ。だから戦争は絶えない。ケンジになにも言い返せない。
だんだん人気がなくなってきて、ついに繁華街を抜けた。
  もうすぐそこだわ。
公園はもう、目と鼻の先。すこし緊張してきた。別に戦うわけじゃないのに。
公園の入り口を入る。見渡すとベンチでいちゃついているカップル。バットやゴルフクラブの素振りをしている人。ランニングしている人。ぼちぼち人がいる。
この公園は繁華街に近いせいか、時間関係なく人がいる場所だ。
少し歩くと、ベンチに腰を掛けている横井先生を見つけた。
いた。先生。

奥のほうのベンチで足を組み、ぼんやりと空を見ている。
  なにしてんのかしら?
公園で一人だけ雰囲気が違う。
先生はスーツ姿のこともあり、どっちかっていうと首になったサラリーマンみたい。
なんかそう思うと少し笑えてしまう。
―――嬉しそうじゃないか。
  違うわよ。先生がかわいそうな人に見えたからよ。
先生の前に少し距離をとって立つ。
が、先生の視線はまだ空に向いている。
無視?
2,3歩距離はあるとはいえ、気づいていないはずがない。
―――いや、わざとだ。
「・・・空がにごってる」
先生が空に向かってつぶやく。
「?」
  にごってる?
「そう思わないか?」
私も上を向く。
昼頃は空は青く、雲ひとつない空ですっきりとした感じだった。今は羊雲が広がっており、夕日が空一面をきれいにオレンジ色に染めている。
「きれい、だと思う」
とてもよどんだようには見えない。
「そうか」先生はこちらに視線を向ける。「貴様らにはそう見えるだろうな」
「悪かったわね」
私には十分きれいに見えたわ。
「とりあえず立ってないで座りな。警戒する必要はない」
先生は隣を指差した。
そうは言うが、やはり少しは警戒してしまう。
恐る恐る、ベンチの端に座る。
微妙に距離はあるが、周りから見たらまるで恋人のような風景だ。
「今日は戦う気はない。なのでこれをもってきた」
先生はポケットから缶コーヒーをだした。
「え、あ、ありがとう、ございます」
意外な展開で言葉が詰まる。
「少し話をさせてくれ」
コーヒーを受け取る。まだ少し暖かい。
「話・・・」
先生から殺気は全くと言っていいほど感じられない。信じてよさそうだ。  
「話といっても」先生は私の頭を指さす「中の奴とだ」
「わ、わかってます」
  私は通訳ね。
―――そういうことだな。
私には用がないのはわかるが、
「ただひとつ言わせて」
「なんだ?」
「私を殺したのは恨んでいるからね」
この場を借りて言わせてもらった。だが、先生は表情を変えることなく、
「私は正しいことをしただけだ。恨むならお前の中にいる奴を恨め」
私の頭を指差す。
悪びれない態度にカチンとくる。
「中の人のは十分恨んだわ。けど、私を殺そうとしたこと許せないわ」
「許す必要はない。それに原因は奴のせいだ」
冷たい声が返ってくる。
「!?」
「お前の中にいる奴は地球の裏切り者だ。そいつをこの世から消さなければならない。それには多少の犠牲も必要だ」
「ってことは私はなんにもしていないのに犠牲になってもしかたがないと?」
「そいゆうことだ」
ためらいもなく言葉が返ってくる。
  なんて人・・・いや、人じゃなかったわね。
―――無駄だ。これ以上話しても無駄だ。
ケンジが止める。そこで頭の熱が引く。
「そうね」ため息をつく。「どうやらあなたにはなに言っても無駄ね」
確かにこれ以上話しても疲れるだけだ。
「無駄、なにがだ?」
「もういいわ、私は黙るわ」
缶コーヒーのふたを開け、一口飲む。
「ケンジ。あんたもなんか言ったらどう?」
そう言うけど、ケンジは黙ったまんま。
「ケンジ?」
先生が聞いてきた。
「中の人の名前よ。名前がないって言うから」
すると先生は、すこし黙りこんだ。
「・・・なるほど、そういうことか」
「?」
「どおりで何か違和感を感じたわけだ。名前まで忘れているとは」
先生もコーヒーのふたを開ける。
「違和感?」
「名前を教えてやろうか?」
―――名前、だと?
「本当の名前があるの?」
  存在しないから名前がないって、確か言ってたのに?
「ああ、我々にも一応はある。知りたいか?」
私はつい頷いてしまう。ケンジは黙ったままだ。
「お前の名前は、コスモスだ」
「・・・コスモス?」
―――っ!!
ケンジはものすごく驚いている。
  け、ケンジ?
「ふっ、いろいろと思い出したか?」
そう言って先生は一口コーヒーを飲んだ。
「記憶がなかっただけなの?」
―――コス、モス・・・。
どうしたのよ!?
ケンジの様子がおかしい。先生は黙ったままこちらの様子を見ている。
―――カオ、ス・・・。
「・・・カオス?」
ぼそっとケンジがいう。
「思い出したか?」
先生がやっとかと言わんばかりに口を開く。
―――そうだ、そうだった。
「?」
ケンジが何かを思い出したみたい。
―――そいつの名前はカオスだ。
「へっ?」
―――ガーゴイルは名前をもたない。だが、俺は名前を持ってしまったんだ。そして、奴も名前を持ったんだ。
「ん、持ってしまった?」
言い方がおかしい。
―――ああ、名付けてもらったんだ。俺の本当の名前はコスモスだ。
「・・・コス、モス?」
  どこかで聞いたことがある・・・。
―――そして、奴の名前はカオスだ。俺の名前がコスモスだから、奴は逆の意味であるカオスという名前を自分でつけたんだ。
「カオス・・・」
先生を見る。
「どうやら思い出したようだな」
先生は一口コーヒーを飲む。
―――ああ、おかげさまでな。
「おかげさまでね」
ケンジの言葉を復唱する。
―――それで、話とは何なんだ?
「それで、話とはなんなの?」
たしかに、これだけのために呼び出したわけじゃない気がする。
すると先生、いやカオスはまた空を見上げた。
「コスモス、この世界をどう思う?」
「?」
―――汚れている。
  えっ!?
ケンジは即答だった。
―――まるで滅亡したときと同じようだ。
  ケンジ・・・。
―――さぁ、奴に伝えろ。
ケンジは本気だ。
「汚れている。まるで滅亡したときと同じよう」
しぶしぶ伝える。
「そうか。ならばなぜまた人間の味方をする?なんの得もないのに」
カオスはにらむような目でこっちを見る。
―――お前のやり方が気に食わんだけだ。それだけだ。
ケンジのかわりに思いっきり言ってやった。
「人間はまた歴史を繰り返している。また地球を汚し、命を奪っている。結局また手を下さなければ、地球が壊れてしまう。それなのにお前はまだ様子を見ろと言うのか?」
―――ああ、そのとおりだ。時が経ったからといって、考えは変わらん。
「そのとおりよ。時がたっても、考えは変わらないわよ」
すると、カオスは息をついた。
「やはりそうだろうな。私も考えは変わらん。今からでもこの世界をリセットしたいくらいだ。手遅れになる前にな」
―――昔と変わってないな。
ケンジの言葉を復唱する。
―――それで、話とは何なんだ?
「それで、話とはなんなの?」
たしかに、これだけのために呼び出したわけじゃない気がする。
すると先生、いやカオスはまた空を見上げた。
「コスモス、この世界をどう思う?」
「?」
  どう思うって・・・。
―――汚れている。
  えっ!?
ケンジは即答だった。
―――まるで滅亡したときと同じようだ。
  ケンジ・・・。
―――さぁ、奴に伝えろ。
ケンジは本気だ。
「汚れている。まるで滅亡したときと同じよう」
しぶしぶ伝える。
「そうか。ならばなぜまた人間の味方をする?なんの得もないのに」
カオスはにらむような目でこっちを見る。
―――お前のやり方が気に食わんだけだ。それだけだ。
「あんたのやり方が気に食わないだけよ」
今度は思いっきり言ってやった。
「人間はまた歴史を繰り返している。また地球を汚し、命を奪っている。結局また手を下さなければ、地球が壊れてしまう。それなのにお前はまだ様子を見ろと言うのか?」
―――ああ、そのとおりだ。時が経ったからといって、考えは変わらん。
「そのとおりよ。時がたっても、考えは変わらないわよ」
すると、カオスは息をついた。
「やはりそうだろうな。私も考えは変わらん。今からでもこの世界をリセットしたいくらいだ」
―――昔と変わってないな。
「昔と変わってないわね」
「当たり前だ。ガーゴイルが変わることなどありえない」
―――そうか?
「何が言いたい?」
―――お前も人間のまねごとをするようになったではないか。
あ、確かに。先生やっている。
「あれは貴様を監視するためだ」
―――ふふっ、その割には教師になりきっているではないか。
「怪しまれないようにするためだ。だが確かにこの世界のことが少し分かり、勉強にはなる」
「興味を持つようになったのね」
「興味?」眉間にしわが寄る先生。「そういう事ではない。どちらにせよ、また人類を滅亡させないといけないことが分かった」
―――少しは変わったではないか。

「そう?」
「変わっただと。貴様は貴様のようなバグではない変わったのか?」
。―――ああ、少しは変わったな。
「少しは変わったわ」
  変わったんだ、ケンジ。
―――ガーゴイルも変われると思う。
「ガーゴイルも変われると思うわ」
そう言うと、カオスは顔を曇らせた。
「変われるだと?それはお前はガーゴイルのバグだから特別なんだ。普通のガーゴイルがは変わることなどできるわけがないん」
―――バグか、そうかもしれん。
「そうかもしれない」
―――だが、だが、ガーゴイルも生き物だ。変われることもできるはずだ。
「でも、ガーゴイルだって生き物よ。変わることだってできるわ」
思わず断定してしまった。
「何を言う。貴様がまれな存在なだけだ。ガーゴイルは特別な生き物であり、だ。地球を守る番人のような存在だ。それが脅かすほうへ寝返るなんてありえん!」
「番人・・・」
そういわれると、確かにケンジは寝返ったと思う。

そんな人に私たちはたてついている。
「それなのにお前は裏切った。そのせいで、人間を絶滅に追いやれなかった」
「絶滅に追いやってない?」
  絶滅したって言ってなかったっけ?
―――ああ。人類は滅亡したはしたが、人間の祖先元、サルまでは絶滅はさせられなかったなかった。
  なるほどそうだったんだ。そうだったんだ!
確かにそういわれてみれば、そうじゃなきゃ人間がは今いるはずがない。
「ああ虫唾が走る・・・お前さえいなければ、こんなことには!・・・なぜ昔と同じ道をたどる」
胸をつぶすようにグッとこぶしを握にぎり、こちらをにらみつけてくるるカオス。
―――またここまで発展し、同じような道をたどるとはな。
「そうだ。貴様がまた敵を生き返らせた!」
先生が今にでも突っかかってきそうな勢いだ。
―――だが人間・・!。
「でも人間はあやまちを認め、反省し始めてきてる」
ケンジの声を無視して私がつい言ってしまったしゃべってしまった。
―――・・・おい。
「いいかげん人間も地球が危ないことくらいわかってきているわ。だからこれからは地球を大切にしようとみんな思ってきてる。人間は本気になればなんでも可能にしてしまう生き物よ。これは歴史が言うように」
―――・・・・・。
ケンジが黙っている。もしかしたら勝手にしゃべって怒っているのかもしれない。
でも私の気持ちがおさえられなかった。
「それはお前の言葉か、コスモスの言葉か?」
にらむような目でこっちを見てくる。違和感に気づいたようだ。
「それは―――」
―――俺の言葉だ。
「!」
―――気にするな。俺も似たようなことを言っていたよく言った。俺もそう言う。
ケンジが珍しくほめた。
  めずらしく同じ意見ね。
思わず少し笑ってしまった。そして、こう言った。
「これは二人の言葉よ」
―――ふっ。
ケンジも気のせいか少し笑ったような気がする。

すると、カオスは一瞬眉をひそめたが素の顔に戻った。そして、すぐに口元をゆがめた。
「ふふっ、どうやらコスモスはさらに人間に感化させられてしまったようだな」
―――そうかもな。否定はできん。
「否定はできないってさ」
「そうか」先生はキッとこっちを見る。「ならばもう貴様はをガーゴイルではなく、人間として見たほうがよさそうだの一味としてみる」
―――そのほうが良いかもしれないな望むところだ。
「望むところよ」
ケンジに迷いはない。宣戦布告みたい。
「どうやら手を引いてもらいたかったが、やはり無理そうだなどっちも引けないようだな」
ふぅとため息をつく先生。
「もちろんよ」
引く気なんてサラサラない。
「ならば、話し合いで解決できない以上、最後に物言うのは力だ。力あるものが正しいのだ」
「それは違うわ。たしかに力があれば、つべこべ言う人をだまらせることができる。でもそれって全然正しいことじゃないんじゃないかしら。ただ弱いから手を出しているだけじゃない?」
「それは一理あるが、結局は弱ければなにもできない。弱ければ相手にたてつくこともできない。それで弱い奴は何ができる、叩き潰された後に何ができる?」
  たしかにじっさい戦争に負ければ、負けたほうは勝ったほうの言いなり。なにもできない。
「そうね、たしかになにもできない。でもねじ伏せ続けていると何が正しいか分からなくなるんじゃなくて?力がすべてではないわ」
―――・・・・・。  でも私は力がすべてではないと思う・・・そう信じてる。
「人間のくせに面白い事を言う。まずは私をねじ伏せてから言ってみろふっ、まぁいい。もう話すことはない」
先生から殺気がでる。一瞬ぞっとしたが、平然を装う。
「まぁいい。話は終わりだ」
殺気が消える。
「やるしかないのね」
―――避けられないことだ。
先生は残り少なくなったコーヒーを飲む。
「明日学校に来い。時間は夜の7時、分かったな」
先生は真顔で言ってきた。今にでも私の首をつかんできそうだ。
「明日・・・学校ってたしか」
「ああ、明日は休日だ。学校には誰もいない。その方がお互い良いだろう?」
たしかにそれなら被害者を出さずにすむ。それに、私自身も見られないほうが良い。
「わかったわ」
コーヒーを一気に飲み干し、すっと立ち上がる。
  やるしかない、か。
「コスモス。今度こそ息の根を止めてやる。覚悟しておくのだな」
そういって先生はまた空を見上げた。
私は先生に背を向け、さっさとその場を去る。


虹たちが去った後も、カオスは当分の間ベンチに座ったまま空を見上げていた。
もう日が暮れて、公園には人一人いない。
虫の鳴き声や車の走る音しか聞こえない。
カオスが何を考えているかはわからない。
ふと、カオスは目線を元に戻す。
目にうつった物は、あちこちに捨てられている空き缶、お菓子の袋、タバコの吸殻。
よく見るとごみがあたりに散らばっている。さっきも近くにいた人が投げ捨てていた。
カオスは目を細めて、こうつぶやいた。
「コスモス。なぜお前はこんな人間たちの味方をするのだ?」
クシャッと、手に持っているコーヒーの空き缶をにぎりつぶした。


もうすっかり日が暮れてしまった。
街灯が照らす道をゆっくりと歩く。
まだ体が緊張してる。
不安なのかもしれない、明日が。
でも、そんなこと気にしていられない。やらなければならないのだから。
―――強くなったな。
ケンジがいきなり言ってきた。
「へ?」
―――まさかお前があそこまで言えるとは思ってもいなかった。
なんのことかよくわからないけど?
ケンジが急にほめてきて、気持ち悪い。それにどの部分が良かったのかわからない。
―――ふっ、人間は変わる生き物だな。不思議なものだ。
  変わるかぁ・・・私も何か変わったのかしら?
―――ああ、人間は興味深い。
  そうなの?全然私にはわからないわ。
―――自分自身では分からないものだ。
「ねぇケンジ」
―――なんだ。
  本当にコスモスって名前なの?
―――ああ、そうだ。どうやらおまえがカオスに刺されたときの障害で、一部の記憶がなくな   ってしまったらしい。
  そうなんだ?
―――だが、そのなくなった一部の記憶は、お前の奥底にあったようだ。なぜかわからんが。
  私の中に?
―――ああ、きっとその一部の記憶がお前が眠ったとき見ていた夢だ。
  えっ、あの夢!?
あの毎日見てたあの夢。
「あっ!」
ふと思い出した。ガレキの中から奇跡的に想真たちに助けられ、一緒に暮らし始めた想真たちの親友を。
  そうだ、コスモス・・・彼が、あなただったのね。
―――そうだ。いつも想真やガーベラと一緒にいた。
思わず足を止めてしまった。
  だから、私があの夢の話をしても思い出せなかったのね。納得したわ。
―――俺も想真たちを忘れるなんて、ありえないことをしてしまったな。
  でもたしかコスモスは、ガレキの中から助けられたのでしょ、なんでそんなとこにいたの?
―――あの大地震の後、人間がどう変わり、どう反省したかを見てみたくてな。それで俺はちょうど近くにいた人間に乗りうつってみた。だがな、その途端家が倒れて下敷きになってしまったんだ。バカみたいだろ。
ケンジは淡々と話す。
  ケンジにもそんなおっちょこちょいみたいなところあるのね。
―――たまたまだ。まぁ、そのおかげで想真達に会うことができた。
助けられなかったら、そのまま寂しい思いしてたわね。
―――そうだな。それはそうと、もし人間がまったく反省せず変わっていないようなら、きっ
   と俺もカオスと同じ意思を持ったに違いないだろう。
「でも違った?」
―――そうだな。想真たちによって完全に考えが変わってしまった。人間は変われる。まだガーゴイルが手を出すべきではない、とな。
  ケンジ・・。
―――人間たちが自分のやった愚かさを認め、再生しようと手を取り合うあの心。その小さな芽が大きくなれば世界はまた元通りになるかもしれないと思えた。
  無言で頷く。
―――だがカオスたちは聞く耳持たなかった。だから、俺がまだ人間と一緒にいるにもかかわらず、襲ってきた。だが俺は想真たちにガーゴイルであることをバレるわけにはいかず、何もできなかった。
  何もしなかったの?
―――ああ。
何でよ!?あなたが助ければガーベラや想真は・・・。
―――ああ、その通りだ・・・本当に、その通りだ。
ケンジの声が小さくなる。
―――考えた末、結局は助けに行った。だが・・・間に合わなかった。
  間に合わなかった?
―――ガーベラの時は俺が行くのが遅かった。想真の時は完全に俺の力不足だった・・・くそっ!
「!」
はじめてケンジが声を荒げた。
  ケンジ・・・。
ケンジが感情をあらわにするなんて。
―――俺がいながら・・・。
唇をかみしめるほどの悔しさが伝わってくる。
  ごめん、ケンジ。あなたは助けようとがんばってくれたのね。
―――励ましはいらん。この怒りはカオスに向ける。
いつものケンジに戻った。
  そうね。ケンジの言うとおりだわ。
―――このままではまた同じことを繰り返してしまう。今回は止められるか分からん。
  なんで?
―――今回はお前が戦うからだ。俺がやって互角だったんだ。俺がお前に力を与えても、使うのはお前だからな。
  うっ、そのとおりね。やるだけやってはみるけど。
―――勝てないだろうが、何が起こるかわからん。
まぁ、可能性がゼロじゃないしね。
自分でいうのもおかしいが。
―――そのとおりだ。希望を捨てたらそこで終わりだ。
ケンジはそんな私を後押ししてくれた。
「うん」
心に決めたら、気持ちが軽くなった。
  さっ、はやく帰ってごはん食べよ。
星が光り、月が町を照らす。
私はそんな夜空が好きだ。別に汚れててもこんな空が好き。でも、これ以上汚れたら好きでいられるだろうか。

家に帰ると、おばさんがジュージューとおいしそうな匂いを漂わせて夕飯の支度をしている。
「ただいま、おばさん」
かばんを置きに行く前に話しかける。
「あ、虹ちゃん!」
おばさんがフライパンを置いて、こっちを向く。
「元気でやってた?」
おばさんは少し心配そうな顔をしている。
「元気よ。たかだか一日会わなかっただけなんだし」
とはいえ、心配させるようなこと思いっきりしてたけど・・・。
「良かった。ここんところ変なことが起きているみたいだし」
おばさんが安堵の息をつく。
私だったらこんな娘がいたら部屋に閉じこめておくかも。
おばさんはまた夕飯を作り始めた。
「おばさんも元気でよかったわ」
おばさんの背中に語りかける。
「私はそう簡単にへばらないわよ」
「ふふっ、そんな気がするわ」
恵理もおばちゃんになったらこんな感じになりそう。
二階に上がり、かばんを置いてすこしベッドに横になる。
「ふうっ」
  今日はゆっくりと休もう。
とは言っても、別にそんなに疲れてはない。
  またおばさんに心配かけちゃうのかぁ。それに嘘ついて。
それがとても罪悪感があり、気がひける。
  明日、なんて言って家を出ようかしら?
「・・・・・」
  なんかいいアイデアない?
ケンジに聞いてみる。
―――さぁな。
  さぁなって、少しは考えてよ。
考えてもいい言葉が見当たらない。ケンジも役に立たないし。
「うーん」
とその時、
「虹」
恵理の声だ。
「なーに?」
ガチャっとドアが開き、恵理が入ってきた。
「もう帰ってたんだ」
「うん」
上半身を起き上がらせる。
「虹?」
「ん?」
恵理が不思議そうに見てくる。
「なんか困った顔してる」
「え、そう?」
  す、するどい。
「なーんてね」
そう言って微笑む恵理。
「なにその冗談は」
「それにしても虹、変わったわね」
恵理はベッドに腰を掛ける。
「へ?」
きょとんとする私。
「昔と違ってなんか、こう、輝いている気がする」
じっと、私の目を見つめてくる。
「なにそれ?」
「うん。しっかりと前を見ていると言うか、自分をしっかり持っていると言うか・・・そんな感じ」
「またからかって」
とは言うが、恵理の目は本気だ。
「これは冗談じゃないわ。ちょっとうらやましいわ」
照れくさくなり、目を背ける私。
「そんなおだてても、何もないわよ?」
  恵理、勘違いしてるんじゃないかしら?
「ううん。何年も付き合ってる私が言ってるんだから、本当よ」
うんうんと、うなずく恵理。
「・・・ありがと」
  恵理に言われると照れるわ。
「でもね、まだまだ。頭も心も」
  すぐに迷ったり、怖れたりする。
「ふふふ、今人間出来上がっていたら、10年後は人間じゃなくなっているわ」
恵理は笑いながら言い、こう続けた。
「それに弱くない人間なんていないと思うよ。私だってそうだし。けど、結局は一人じゃなにもできないんだから、助け合えればいいとは思うんだけどね」
そう言ってがこちらを見つめる。
「助け合い、か」
そういえば、想真たちもそんなこと言ってたっけ。
いつでも3人で助け合い、困難に立ち向かっていた。だから乗り越えられていた。私はケンジに巻き込まれたとはいえ、何度も助けられている。
そう思うと、今度は私が少しでもケンジの力にならなきゃいけない、か。
そう考えたら、頭の中で「ふっ」と聞こえた。
「あっ」
我に返ると、恵理がじーっと私を見ていた。
「なんか考えてる」
恵理がにやにやしている。
「助け合いっていう考え、あまり考えたことなかったから」
「私もあまり考えたことなかったけどね」
あっけらかんと言う恵理。
「えっ、あんないいこと言ってたのに・・・」
「なんとなく口から出ただけよ」
あまり気にしないでー、と恵理。
「もう、本気で考えちゃったじゃない!」
バシッと恵理の肩を叩く。
「ふふっ、それが虹のいいとろよ」
「はいはい、ありがと」
「二人とも、ごはんよー!」
おばさんの声だ。
「さっ、こんな変な話してないで行きましょ。おなかすいちゃった」
恵理が立ち上がる。
「ほんとほんと。さっさと行きましょ」
私もさっさと立ち上がってドアに向かう。
  とは言ったけど恵理、ありがとね。


・・・・・・・・・・・・

参考資料
野間敏克ほか61名、中学社会公民的分野:日本文教出版 2020年、178P
しおりを挟む
1 / 2

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

勇者は世界を平和にする!

ファンタジー / 完結 24h.ポイント:0pt お気に入り:0

次元の扉を越えて:主人公の異世界冒険

O.K
ファンタジー / 完結 24h.ポイント:0pt お気に入り:0

処理中です...