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第8話:園芸店の店員の言い訳

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 俺が中3の時、交際していたクラスメイトが妊娠した。もちろん相手は俺だ。盛っていた事は否めない。けど、まさか1度目で妊娠するとは思ってもいなかった。

 親父から殴られ、妹からは汚らしい目で見られ、おふくろは泣いて離婚に及んでしまった。

「責任取って結婚すればいいんだろ!」

 そう言った俺をまたしても殴りつけ、相手の親に頭を下げさせられた。

「うちの娘に2度と近づかないでほしい」

 そう言って奴らは引っ越して行った。どこに引っ越したのか、子供がどうなったのか俺には教えてもらえなかった。ただ一言言えるなら、俺だけの責任じゃないってことだ。だって同意の上だったんだ。そもそも誘ってきたのは向こうで、俺はそれに乗っただけ。それなのに、まるで俺があいつをレイプしたみたいな話になって一方的に悪者にされた。

 おふくろが妹を連れて家を出て、親父は転職をせざるを得なくなってしまった。面白おかしくいい触れ回した女の友達のせいだ。そのせいで、俺も引っ越すことになって、こんな田舎に来た。知り合いも友達もおらず、近くの高校に入ったけど、そこで知り合った奴らはいわゆる問題児ばかりだった。ま、俺も変わりはないんだろうけど。成績だけは良かった俺だけど、友人になった奴らも同じようなもので、成績がいいから教師や親から疎まれていても何も言われないのをいいことに、結構悪いこともいろいろやった。タバコも吸ったし、盗みやカツアゲ、実験用の薬を盗んだり、女子更衣室を覗いたり、シンナーも吸った。

 高校生ともなると、女たちも色気付いて「経験は積んでおきたい」と粉をかけてきたりしたから当然遊んでやった。妊娠させるようなヘマは二度としなかったけど。

 そんな時、友人の一人が窓から落ちて大怪我をした。それが何故か、俺たち友人のせいにされた。俺は全く関係ない。掃除中に窓枠に登って雑巾を振り回していたのはやつだけだ。それで手が滑って落ちただけなのに、何で俺たちのせいになるんだ。警察からの事情聴取と一週間の謹慎をくらった。親父はまたしても俺を殴りつけた。

 くだらない。誰一人として俺たちの意見をまともに聞こうとしなかった。どうせ聞かないんなら事情聴取なんてするなと腹が立った。そんなとこ、俺から辞めてやる。俺は腹いせに校舎の窓ガラスという窓ガラスを割って、退学になった。

 後になってそいつは自殺願望があって、遺書が自宅の部屋から見つかったらしい。そいつの親と警察が謝りに来たけど、遅すぎだ。唾を吐いて目の前でドアを閉めてやった。友人だと思っていたやつは、下半身付随で一生車椅子の生活になった。親が医者で、お前も医者になれと言われていたのに嫌気がさしていたんだと。もう俺には関係ないけど、最後に話した時「やっと自由になれた」と笑っていたから張り飛ばしてやった。

 俺たちの人生を狂わしておいて、何が自由だ。
 
 高校中退の俺に、大した仕事はできない。ガソリンスタンドのバイトや飲食店のデリバリの仕事をやりながら、何かできる事はないかと探していた時、園芸店の正社員の仕事を見つけた。いいじゃん、園芸。人と接するより、植物の方が口を聞かなくてもいいし、水さえやってれば文句も言われない。心が休まる仕事だと思った。

 研修期間は真面目に過ごして正社員になった。朝は8時から出勤だけど、大体10時くらいまで人は疎らだし、4時で上がれるから、自由時間は結構ある。園芸店にくるのは若い女性が多かった。キャッキャと苗やら観葉植物を買っていくけど、1ヶ月くらいするとまた同じ客はやってくる。きっと面倒見きれずに枯らしてしまったり飽きたりするんだろう。綺麗だ、可愛いと言いながら買っていき、花が枯れると飽きる。女なんてそんなもんだ。俺の母親のように、子供も小さいときは可愛いけど問題を起こすと捨てるような生き物だ。その点俺はちゃんと水をやってるし、見捨てる事はしない。俺はちょっとした優越感に浸りながら、毎日を過ごしていた。

 「マンドラゴラとかあればいいのに」

 ふと聞こえた声に顔を上げると、長い黒髪ワンレンの女がいた。ゲーマーか何かのような発言だけど、可愛い。昔付き合ったあいつにちょっとだけ似ている。子供、どうなったのかな、とふと思い出す。マンなんとかって、引っこ抜くと叫ぶ魔物だよな?大根みたいなやつだっけ。若い女に大根はどうですかってのは、流石に所帯染みてる。

「代わりにカブではどうですか」

 笑顔で話しかけると、キョトンとした顔からホワッと笑顔になった。これは、当たりだ。めちゃ可愛い。化粧っ気がないけど全体的にふんわりしていて、なんていうか、そうだ、観葉植物みたいな女だ。これが昔の女とダブって見えたのは間違いだ。あれは純情そうな顔をしたウツボカズラだった。人畜無害な笑顔で店員らしく話しかけると、意外なほど話が盛り上がった。久しぶりに心が温まった気がした。

 そうか。世の中にはこんな女もいるんだなと。仕草も可愛いし、たまに髪を耳にかける仕草が誘ってるように見える。俺だって、学生時代は結構モテた。顔の作りはいいんだ。今でもちょっと話しかければホイホイついてくる女はいくらでもいる。ここんとこ、夜の女にも飽きてご無沙汰してるし、そろそろ家庭的な一人の女に落ち着くのもいいかもしれない。

 レジでの支払いの時に、会員メンバーになりませんかと特典推奨してあっさり彼女の情報をゲットした。『渡瀬晴子』か。名前は地味だけど普通の女はそんなもんか。キララとかまろんとか米かケーキかって名前のやつより日本人ぽくていい。

 仕事が終わったら早速近辺調査をしよう。記載された住所を探し当てると、バスで一本、それほど遠くはないところだった。有刺鉄線が庭に張ってあるおかしなアパートで塀から中は見えそうもない。それじゃあ、入り口の方、と思ったら交番が目の前にあってウロウロすると怪しまれる。面倒くさいところに住んでやがる。

 思わず舌打ちをしたが、駐車場に車はないし、夕刻を過ぎても旦那が帰ってくる、ということもないようだ。少なくともシングルだ。彼氏がいるかはわからないけど、奪えないとは思わない。ああいう女は推しに弱く、ぐいぐいいく男に絆されやすい。偶然を装って、近づくのが無難だな。

 そのチャンスは、速攻やってきた。それは本当に偶然で、仕事にいく前にの出勤時間を確認しようと張り込もうと思ったところでコンビニに寄ったら、そこに本人がいた。

これはもう、運命としか言いようがない。すらりと伸びた白い足が眩しい。かがんだ時に突き出された丸っこい尻に欲情した。これを逃す手はない。

「あれっ、ゴンドラのお姉さん?」

 焦って言葉を間違えたが、キョトンとした顔で振り向いた晴子に爽やかさを目一杯に醸し出した笑顔を向けた。これに警戒する女はいないはずだ、と思ったのに。

 近づくと、警戒心を全開し嫌そうな顔を向けられた。ショックで一瞬凍りついた。何、こいつ。俺に向かって警戒してるわけ?こんなに爽やかな顔向けてんのに?おいおい、何様のつもりだ?

 ムカついて、ちょっと手を掴んだだけなのに、いきなり現れた男に骨が折れるかと思うほど叩かれた。顔を上げたが、2度視線を上げるほどの巨漢がそこにいた。でかい!しかもこちらを睨む眼光が尋常じゃない!髭と眼鏡でよく見えないのにも関わらず、心の底まで見透かされているような視線に、タマが縮み上がるほどの威圧を感じた。

 待て待て待て。まさかこいつが、彼氏とか!?聞いてないぞ!騙された!

 何か言おうと口を開いても、乾いた舌は喉に張り付いて動かない。逃げた方がいい気がする。これは関わり合ってはいけない人物だ。本能が早く逃げろと足を叱咤する。

「人の女に手を出して、無事に済むと思うなよ」

 ドスの利いた声で唸るように脅された。

 やばい!怖い!仁義の人の女だった!

 ひゅっと息を吸い込むと、一目散に逃げ出した。穏やかな観葉植物に見えた女はマンドラゴラじゃないけど、とんでもない毒持ちだった。2度と関わり合いにならないようにしようと心に誓った。

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