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第13話:座敷婆子

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「座敷婆子ばっこ、ですか」

 数日後、大家さんとお昼ご飯を一緒に食べた時にそれとなく聞いてみた。空き部屋に座敷童ならぬ、おばあちゃん姿の起き上がり小法師こぼしみたいなのがいることを。

 ふっと真顔になった大家さんだったけど、詳しく話を聞いてはあ、とため息をつきながら額を抑えていた。

「餌付けはダメでしたかね?やっぱり」
「いや、それは……。構わないと言えば、構わないんですが。そうですか。座敷婆子が」
「大家さんは、信じるんですね。こう言う類のもの」
「信じるも何も。渡瀬さんは見えてるんですよね、それが?」
「ええ、まあ」
「じゃあ、顕現してるわけですから事実なのでしょう」
「そうですね…と言うか、信じない人は、そう言うの嘘だぁって笑いますから」
「はぁ、まあ。そうでしょうね。……」

 ボソリとこぼした言葉節から、やはり大家さんはこの世界の人ではないような口ぶりだ。ここ最近話していて思ったのはこれ。言葉の節々に「この世界は」とか「僕の世界は」と言う言葉が飛び出してくる。縁側の生垣をヒョーイと跨いでくるのももう慣れたとは言え、物理的におかしい。わたしが何も言わないから、おかしいという事がわからないのかもしれない。つまりそれが彼の常識では「おかしなことではない」と言うことだ。影のように足が長いと言うわけでもないし、伸び縮みするのだろうか。跨いでくるのを目の当たりにしているのに、どうやって跨いでいるのかわからないなんて。解せぬ。

 それに、わたしが外に出ると、何故か偶然道でよく出会う。家にいる時に大家さんと呼べば、必ずと言っていいほど家にいるのにもかかわらず、だ。ちらっと「ストーカー」の文字が頭に浮かんだけれど、脳内で否定する。どちらかと言うと、護衛をされている感じ。変なことに巻き込まれないように、監視されているとも言う。最近流行りの溺愛監禁の手合いだろうか。恋愛は苦手分野なので、ちらりとしか読んだことはないけれど。

 だいぶ前に編集さんから「こんなのはどうですか?」と渡されたことがある短編がそんな感じだった。家族からも周囲からも虐げられて、生存の危機に遭っている令嬢が、婚約破棄されて捨てられてもうダメだ、死ぬというところで騎士様に助けられて、俺が愛するから何も見なくていい、と言うことまで読んで「無理です」と言って速攻断った。そこまで不幸な目に遭いながら、他人を信用してついていく令嬢にも、そんな目に遭っているのに愛しているからと言って監禁する騎士の心情にもついていけなかった。

 まあだからこそ飽きもせず、アクションや冒険もの、恋愛よりも友情ものに重点を置いているのだけど。わたしの読者に女性は少なく、少年よりも青年、実年の方が多いと編集さんがぼやいていた。

「僕の同期の編集者はピンクや黄色の華やかなファンレターを捌いてるんっす。時々サイン会とかあって同行してわっかい女の子たちがいっぱいいるんだって自慢してたんで、ちょっと羨ましいだけっす。ええ」

 わたしは、そんなだからサイン会もしない。そもそもサインとかないし。こんなわたしが作者だと知って幻滅されるのもやだし。そのうち代役とか立ててもいいですかね、と聞いてみたい。

 閑話休題。

「一度確認してみてもよろしいですか?その、座敷婆子とやら」
「ええ。ぜひ。あの、来週弟が泊まりで来るんです。うちの両親の百箇日がありまして」
「弟さん?」
「はい。アキくん、輝《アキラ》って言うんですけど。今地方にいて、苦手なんですよね、そう言った類の話」
「なるほど。その弟さんがその部屋を使う時にソレはいない方がいいと言うことですね?」
「話が早くて助かります」

 大家さんは残りのトンカツを口に入れてご馳走様をし(いや、作ってくれたのは大家さんですけどね?)わたしがお茶を入れている間に、例の部屋を覗き込んだ。何人もいるとおばあちゃんは出てこないかもしれないし、もしもお祓いをしなくちゃいけない場合、わたしがいない方が都合が良いのではないかと勝手に思っている。

 大家さんが自分で祈祷師だとか退魔師とか陰陽師だとか言ったわけではないけれど、そんなようなものなのではないかと考えている。そんなところを見たわけでもないけれど。じゃなかったら、「ちょっとエアコンの調子が悪くて」「わかりました見てみましょう」みたいなノリの会話になるはずがない。


 まあ、考えすぎだとアキくんには言われた。その通りかもしれないけど、庭師ですとかブローカーですとか言われるより夢があるでしょう、作家としては。もちろん、もし彼が「わたし実は別の惑星から来ました」とか言われても「やっぱりね」と頷いてしまいそう。どっちかと言えば、そうだと楽しいのになあ、と妄想しかんがえたりもする。

 異世界、行き来できるのなら行ってみたい。死んでないとダメというのなら行きたくないけど。

「うふふ」






「ええと。座敷婆子《ざしきばっこ》、ですね?」

 渡瀬さんのいう通り、日当たりのいい畳の上にいた。座敷婆子《ざしきばっこ》だ。

『ええ、ええ。そうですとも。爺はどうしてますかね?』
「爺?土地神のことですか?」
『そうですとも、そうですとも。何もせんと爺ばっかり美味しい飯食ろうてずるいと思いましてね。出てきたまでですわ』
「この部屋は、貸部屋でね。あなたが居座ると困るんですが」
『困ったら出てきませんが、あのお子は美味しいお茶とお菓子をくれるでね』
「まあ、彼女が食事を与える時は、出てきても構いませんがね。強請るのはやめてもらいたい」
『毎日ではないしよ。爺は毎日お祈りもらうではないですか』
「ソレは土地神に与えてるわけではなく、日々の感謝と、彼女のご両親への気持ちを込めてますから」
『ああ、あの子の親御は自由気ままに飛び回ってますからね。ちゃんと言い聞かせてありますよ。感謝せいとね。あの子のそばに居れば、あんな餓鬼の悪戯に遭わんで済んだのに、ほったらかしにするからね。守護人おまもりさんが怒ったまでですわ』
守護人おまもりさん?」
『ええ、ええ。いつもそばにおったけど。最近遠目にからしか近づいておらんと。あんたの守護陣のおかげかね』
「…結界のことですか。彼女は色々巻き込まれ体質のようですね?」
『そりゃ、もう。綺麗なものは皆欲しがりますからね。わしらのような爺や婆が顕現出来るほど美味しい空気ごはんを作りますからね。あなたの守護陣に守られて、もっともっとこれからもが寄ってきましょうが。わしらを遠ざけん方がよろしかよ』
「先日見た蛍は…」
『蛍は墓守ですからね。きちんとお子の親御を成仏させるために来ましたわ』
「なるほど…」
『あなたは本来、ここにいてはいけない人のような、人でないようなものだけど。お子を守るのであれば、わしらも受け入れましょうと爺と話したとこですわ』
「彼女は、一体なんですか?僕のいた世界では聖女と呼ばれる存在とよく似ていますが、この世界の聖女とは少し違うようだ」
『お子は大神《おおみかみ》のお子よの。悪しきものを寄せ付けず、染まることのない朗らかな光よの。ですが、神々のように痛々しく焼き尽くすわけではない。我らのような小さき者に安らぎとほんの少しの休息を与えてくれる春の日差しのようなもの。わしらは悪さはせんと、ちょっと温もりをもらうだけ』
「……なるほど。では座敷婆子に頼みます。ここに客人が来た時は、あなたはうっかり飛び出してきませんよう。近いうちに怖がりの弟君が来るそうですから」
『ああ、わかった、わかった。守護人おまもりさんが来なさるかね。こりゃあまた、一波乱』
「えっ?では弟君が守護人おまもりさんという事ですか」
『ではの。老婆はお子がいいというまでは、しばらく出て来んてよ』

 うっすらと景色に溶け込むように、座敷婆子《ざしきばっこ》は姿を消してしまった。

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