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裸の王様
しおりを挟む「そもそも聖女召喚は、我が国ではよくある事だ」
王宮に向かう途中で、ムスターファが私の隣を歩きながら、そう告げた。
「異世界から人を拉致するのがよくある事って、考えを改めた方がいいと思うけど?」
「拉致ではなく、本人と同意の上の引き抜きだ」
「本人がその同意をした覚えがない限り、それは誘拐という名の犯罪よ」
この国の聖女召喚というのは大いに問題がある。
拉致誘拐を引き抜きといい、公衆便所の鏡から引き抜きをする。
こういう変態行為は、神官にあるまじき犯罪だ。恥を知れ。
「過去の聖女たちはみな若く、嬉々として聖女の役割を受けていたぞ」
「若くなくて悪かったわね。そもそも世間に揉まれてもいない、いたいけな少女を拉致して『聖女様、はは~』って傅かれたら、いい気になってちょっと助けちゃおうかなって気持ちにもなるわよ」
そういう年頃なんだもの。それで色々押し付けられても頑張っちゃうのよね。若い時ってバイタリティあるもの。そこに自分の存在意義を見出しちゃうのよね。若いってコワイ……って考えてる私が老けていってるようで、もっと怖い。
「その聖女たちはきっと若すぎて、自分の置かれた状況がうまく飲み込めなかったのよ」
「間違いなく成人した女のはずだが」
「成人って私たちの国では二十歳をすぎた人のことだけど?」
「何?15じゃないのか?」
「15なんてまだ親の保護下にいる未成年だわ」
「な、なんてことだ。じゃあ前聖女はまだ子供か」
「ほらね。立派な拉致誘拐じゃない。向こうに彼女の親御さんだっているのよ?犯罪よ。しかも何、話を聞いたところでは尻軽とかって。未熟な未成年に手を出してよくもまあ言えたもんね」
「それは……国王に進言しなくてはならんな。実は、ここ数回の聖女は、あまりにも質が悪すぎてな。先先代の聖女は、すでに90歳を過ぎて耳が遠かったし、前聖女は王宮で未だに監禁療養中だ」
拉致誘拐だけでなく、監禁中か!鬼畜だな!
「そういうのって、拉致する前にわかんないの?耳遠くてどうやって呼応したっていうの?勝手に呼び出しておいて、質も何もあったもんじゃないわ。監禁なんてしないでとっとと返してあげなさいよ、かわいそうに。呼び出す方の質も考え直した方がいいんじゃなくて?」
「うっ。まあ、確かにそうだが…お前、なかなか口の回る女だな」
「ああ、腹立たしいわよねえ。『女』の分際で『男』のあなたに口答えをするんだものねえ。」
「むぅ……。そういうわけではないが、おま…ミミのその言い方にはトゲがあるぞ。王の前であまりそういった態度をとらないでくれよ。謁見は出来れば穏便に済ませたいんだ」
「にこやかに話せる方がおかしいわよ。攫ってくれて有難うと言うとでも?」
私は仕事上、嫌味な言い方をわざとして、会話をさせる癖がある。
代理店の営業課の連中は、自分たちが仕事をもらってくるんだから、お前たちは俺たちに従えという態度を良く見せるから、自然と嫌味な言い方を覚えてしまった。ほとんど職業病だ。
私の抱えるデザイナーたちは朝から晩までよく働き、アイデアを出す。だが、それを顧客に売りつけるのは営業で、美味しいところを攫っていくのも営業だ。
営業課の手腕と言われればそれもそうだが、元のアイデアは私たち広報課にある。二人三脚で商品を作っているのに営業はそれを認め図、自分たちの手柄のようにふるまうのだ。
だから過小評価されるデザイナーたちは不平不満を言う。それをまとめて、営業部の係長とケンカ腰に話をするのが私の役目だ。
総務部の部長は、私の方が営業に向いていると営業部の係長に油を注ぐ真似をする。気の強い私を気に入って、彼の傘下へ入れたいと話を持ってくるが、総務部にも営業にも行く予定は今の所なかった。私の可愛いデザイナーたちは私のチームなのだ。私の後釜が育つまで私は動かないつもりだった。
とはいえ、高卒で女の私では、総務部に入ろうが、私の立場は係長以上にいかないのだ。私の後釜が育つ頃には、私はきっとお払い箱になるか、結婚を勧められて寿退社させられるのだろう。
ムスターファは私の意見も聞くし、感情的に反論しない。そして、諭すように情報を流してくる。おそらくできた上司なのだろうな。
悔しいけれど、ここは彼を尊重して、ちょっと控えめにしたほうがいいのだろう。私は異世界人でここの習慣には不慣れだし、国王ともなれば下手に反発しても不利になるだけ。ムスターファを信じて受け流すしかないんだろう。
「そうか。これが次なる聖女か。よく来たな。歓迎するぞ」
———とか思ったんだけど。別に来たくて来たわけじゃない。歓迎よりも謝罪しろ。
ムスターファのお前扱いの方が、これ扱いされるよりはマシだったね。これが国王か。なんて偉そうな態度…って国王って言えば、そんなもんなのかしら。
「珍しい民族衣装だな。実に美しい。そなたの国のものか?金貨50枚で買い取ってやろう。我が妃に送りたい。もちろん、代わりの衣装は用意しよう。王宮にそなたの部屋も用意するし、一流メイドも用意する。聖女らしく清い体であるならば、わしの側妃に迎えても良いぞ。さすがに王子では、そなたは歳をとり過ぎておるだろう。まあ、王子が望むのであれば別だが」
勝手に引きずり込んでおいて、恩着せがましくよくもまあペラペラと。金貨50枚ってどんな価値かしら。相場がわからないんですけど?聖女らしく清い体でって、あーた。聖女なんかになりたくないし、なんであんたの側妃にならなあかんのよ。清くはないけど、バージンだったとしてもこっちから願い下げだわ。寝言は寝て言え。あー、頭が沸騰しそう!
「父上、ご冗談はそこまでにしてください。兄上の件をお忘れですか。」
おう、あれが王子か。
まあ綺麗な顔をしているけど、15、6歳ってところでしょうが。犯罪だよ、それ。いらないよ。あ、ここでは成人なんだっけ?15歳。
「おお、すまぬ。しかしながら今回の聖女は、類稀なる魔力量と聞いた。王族にその血を受け継がんのは実に惜しい。忌々しい前聖女がいなければのう。おお、そうだ。ムスターファもまだ売れ残っておったな。これは体ばかりでかいが、盾としても男としてもまあまあ役に立つだろう。そなたが望めば、夫として見合う地位も用意するぞ。どうだ?すべての面倒はわしが用意しようではないか。」
私は営業スマイルを貼り付けた。青筋のたったこめかみは勘弁してほしい。口を開けば罵詈雑言が飛び出すかもしれないから、ぎゅっと拳を腹の前で握りしめる。腹式呼吸で我慢しろと自分に言い聞かせた。ここでも見合いか!ざけんな。
ちらりとムスターファを見れば、彼も営業スマイルを貼り付けて、黒いモヤモヤを足元からにじませている。飛んだとばっちりだったね。同朋よ。
ムスターファは、私をちらりと見やって目を伏せた。
『我慢してくれ』
頭にムスターファの声が響いた。
ビックリした!これはあれか、従僕の契りもとい、魂の縛り効果か。念話とかいうやつかな?私の意識も聞こえるのかしら。
『波動拳出してもいいかな?』
『やめろ。頼むから我慢しろ』
んふ。念話、すごい便利!こめかみがピクピクするんですけど、我慢できるかな?
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