【R18】鏡の聖女

里見知美

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特務3課のお手伝い

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「ああ~気持ちいい~」

 私は今、訓練場に併設されている特務3課の特別医務室に来ていた。

 結局午前中は、肉体酷使トレーニングでバーベルスクワットも30回3セットのシゴキを受けて、ヘトヘトになっていた。『言う事は一丁前だが、体力は子供並み』と馬鹿にされ、意地になってしまった。この世界の子供はゴリラ並みか!

 お昼ご飯もそこそこで、すでに筋肉痛になっていた太ももと肩こり、腰痛を癒すため薬草温布を貼り付けて、医療部のアイダさんからマッサージを受けている最中だ。ムスターファが施術するというのは丁寧にお断りした。別の意味で足腰が立たなくなりそうだったから。

「いや、聖女様、頑張ってますよ~。ムスターファ団長の特訓、きついですからね」
「もう、あれはイジメよ、イジメ。むかつくったら。こうなったらシックスパック作って見せびらかしてやるんだから」
「なんですか、それ?」
「腹筋よ。6個に割れるほどの腹筋。」
「ああ~なるほど。でも、それは団長にとってはご褒美になりますよ」
「はあ、なんで?」
「だって、聖女様の腹筋、生で見れるんでしょ?」
「あっそうか。くそぅ。それも悔しい……」
「あはは。それで?そろそろ私たちと一緒の寮にに住み始めるんですか?」
「それがまだわからないんだよね。私としては、そうしたいんだけど」

 そう、聖女として特務1課について市井に視察ということで許可はようやく下りたんだけど、ジャハールさんは私が神殿を出て暮らすことに首を縦に振らないのだ。まあ、いきなり何もかも思い通りというわけにはいかないし、聖女の部屋は四六時中完璧に結界が張られているから、危険もないということも分かっている。眠っている間は警戒結界は張れないし、ムスターファと同じ部屋というわけにもいかない。だから、寝に帰る分には神殿でも構わないのだけど。そういえば、日本でもそんな生活だったのだ。

 一人で食べる食事も、ポツリとぼっちでいる時間も辛いものがある。それまで仕事仕事で、食べるものは何でも腹に入ればいいという感じだったし、ほとんどの時間は人に囲まれていたのだから。それが営業部との陰険な会話だったとしても、今では恋しく思うほど。

 私は、人恋しいのだ。これはもう職業病なのではないだろうか。自分の存在意義を感じたい。

「ジャハールさんが言うには、結界石を手に入れてから、ということになるって」
「そうですか~。結界石はジャハール神官長か団長しか作れないですからねえ」
「結界石って作れるものなの?」
「もちろん。魔獣は魔力結晶ってのを持ってるんですよ。野生動物が魔素を多く取り込むと魔獣になると言われていて、体内に魔力結晶ができるんです。長く生きれば生きただけ結晶が大きくなり、体の外に出ると、魔素を閉じ込めて石のように固まるんです。それが魔石。ほっておくと、また他の動物に取り入れられたり、魔素が集まって別の魔物になるので、そうなる前に回収して浄化が必要になるんです。前聖女様はそれができなくて、今私たちの仕事になっちゃってるんですけど。浄化された石に結界魔法を取り組むことで結界石になるんです」
「あら。じゃあそれ、私の仕事?」
「そのうち、やってほしいですね~」
「言ってくれれば、すぐにでもトライしたのに。そんな話聞いたことないわ」
「神官長、たぶんすごく気を使っていらっしゃるんだと思います。その、拉致監禁されたって言われて落ち込んでいらしたので」

 オット。そうだったのか。結構気にしいだったのね。

「それに聖女様は攻撃魔法の方が得意と伺ってますから、浄化は練習してからじゃないと難しいかもって」
「ええ~。それはやってみなけりゃわかんないでしょ?」
「一度やってみますか?」
「出来るの?」
「ええ。3課に結構、すっごく、たくさん、ほとんど回されてて、もう腐るほどあるんですよ。この1ヶ月ほど団長の機嫌がチョー悪くて、ものすごい量の魔獣を狩ってくるし、医療部の私たちも浄化に駆り出されてる始末で連日残業続きなんです」

 あれ?
 もしかしてジャハールさん云々より自分たちにお鉢が回ってきたから言ってるのかしら?ムスターファの機嫌が悪いのって、神殿出入り禁止されたから?

「じゃあ、やり方を教えてくれたらやってみるよ」
「わあ、ありがとうございます!ミネルヴァ!魔石用意してちょうだい!作業場確保お願い!」

 アイダさん、速攻!なんか私、誘導された?
 ミネルヴァと呼ばれた女の子は「はあい!」と元気よく走って行って、早速ドラム缶いっぱいの魔石を持って作業場へ運んで行った。そのドラム缶、片手で肩に乗せて持ってくってどうよ?ガッツポーズをとってるのが見えた。

 ええ?普通なの、それ?

 薬草マッサージをしてもらったおかげで、かなり体は楽になったので、早速浄化のお手伝いをしてみようということになり、作業場へ向かう。作業場は体育館のような場所で、数十人の隊員たちが作業をしていた。アイダさんについて私が中に入っていくと、気がついた人がぎょっとして立ち上がり、お辞儀をする。

「せ、聖女様!こんなところへわざわざお越しになられたのですか」
「こんにちは~。あ、どうぞ気にしないで作業を続けてください。」
「あ、アイダ!なんで聖女様をこんなとこへ連れてくるんだ、お前!神官長にはちゃんと許可は取ったのか?」
「え~、大丈夫、大丈夫。聖女様が来たいって言ったんだから~」

 いや、来たいとは言ってませんが、まあ浄化作業してみたいしね。

「えっと、魔石の浄化作業のお手伝いをしてみたいと思って来ました」
「えっ、本当に?」
「聖女の仕事なんですよね?」
「え、ええ、まあ、そうなんですが。でも聖女様、まだ来たばかりだし」
「いえいえ、もう1ヶ月も経ちますから。そろそろお役に立たないと、無為徒食はさすがに心苦しいので」
「おお、なんと高尚な……」

 いや、国民が食うものないって言ってるのに、聖女がいつまでも無職じゃダメじゃん。

 アイダさんはニコニコと野球のボールほどの大きさの魔石を手にとって机の上に置いた。

「じゃ、聖女様こちらにどうぞ」
「あの、聖女様はやめてもらってもいいですか?ミミと呼んでください」
「ミミ様。」
「えっと、呼び捨てでもいいんですけど」
「わかりました、じゃあミミさんで。」

 アイダさんは、ぱあっと笑って私に座るように促した。アイダさんはクルクルした茶髪で、大きな青い目が可愛らしい30歳の女性だ。年上だけど、可愛い。彼女の立ち位置はチーフで、医療部の女性陣をまとめているという。特務3課は医療部、特殊魔道具部、開発部に分かれているそうで、雑務全般も受け付けているらしい。だから小さなグループがたくさんあり、それぞれの部署に女性チームがあるのだそう。

「えっと、まずはこうして手をかざして、魔石に集中します」
「はい」
「で、そうすると魔石からの魔力が感じられるはずなんですが、わかりますか?」
「魔力ですか…。えっと、この黒いモヤモヤですか」
「えっ……み、見えるんですか?」
「はあ。モヤモヤが石の中心から私の手に向かって伸びてきますねえ」
「えっえっ!?やばい、じゃそれに向かって【浄化】アルタンキアと言ってください!」
「えっ!?やばい?【浄化】アルタンキア!」

 ぼしゅっ

 ジュッと音がして、石のあった場所が黒焦げ、魔石は跡形もなく消えた。

「………」
[えっと?」
「「「「………聖女様……」」」」
「ミミさん、まずは魔力放出コントロールから練習しましょう!」

 どうやら失敗したらしい。魔石を一個消滅させた。

「では手の平ではなくて、指一本からやってみましょうか」

 アイダさんは、ニコニコを崩さず、すかさず次の魔石を取り出した。
 さすがプロ。うちの会社に引き抜きたい素材だわ。

 
 合計で15個の魔石を焼却処分にした後、その日の私の訓練は終了した。

 結局のところ、一個一個の魔石を浄化することは不可能とわかり、1メートル四方の防火シートの上に二十五個の大小さまざまなサイズの魔石を並べ、【浄化】アルタンキアではなく【清浄】クリアランスを唱えることで、エリア浄化できることがわかった。

 ようやくできた!と汗をぬぐい笑顔を向けると、作業場は天井が抜け、床が焦げ、隊員たちは四隅に固まり避難していた。アイダさんは笑顔を貼り付けていたものの、ヒクヒクと痙攣を起こして「良うござんした」とのたまった。





 
 「……で、作業場を解体寸前まで追い詰めて、何がしたかったのですか」

 神殿に帰ると、ジャハールが青ざめた顔で出迎えてくれた。私はやりきった感が強かったので、自信満々で答える。

「私の【浄化】アルタンキアは大型の念魔か魔獣にしか使えないだろうことがわかり、代わりに【清浄】クリアランスの魔法を覚えました。ただ、【清浄】クリアランスの魔法も一個に対しては力強すぎるということで、エリア効果が最善という結果になりました。どうやら細かい作業はもう少し訓練しないとダメなようです」

 うん、うんと頷き、役に立ったこともアピールしてみたが、やはり今後作業場は出入り禁止となった。後ろでムスターファが腹を抱えて笑い転げていたので、睨みつけた。

「絶対特務1課に向いてるから!マジ!ジャハール、諦めろ」
「あっそれから、私他の魔法も使えることがわかったよ。」
「ほう。何を使えるようになったんだ?」

 がっくりとうなだれていたジャハールも、興味深そうに顔を上げたので、ここぞとばかりに本日の収穫を指折り数えた。

「えっと、【吸収】バキュームでしょ、【消滅】バニッシュでしょ、【排除】ワイプでしょ、それから【聖域】セイクリッドでしょ。そうそう、【聖域】セイクリッドができれば、結界石はいらないって聞いたわね。あ、あとは………」

「「待て!待て!待て!!」」
「え?」

 ムスターファとジャハールが同時に突っ込んだ。

「そ、それ、全部今日覚えたのですか?」
「ええ。いろいろ試してみたから。衝撃波インパルスを使ったら床に穴があいてしまって、これはダメだなとか。直そうとして、リストアを使ったら魔石が魔獣に戻ってしまってびっくりしたけど。」
「なにぃ!?」
「あ、でもほら、バニッシュで消し飛んだから大丈夫だったよ。そのせいで、天井とか床とか壁とか崩壊寸前になっちゃって。あはは。全部リストアで直そうかといったら、魔石も元に戻るからやめてくれと言われて。対物修復魔法とかちょっと覚えてみるべきよね、私。でも一番の問題は出力調整ね。どれも出力が大きすぎてダメなんだって。開発部の人が、私が【消滅】バニッシュの後に【吸収】バキュームを使ったら亜空間かブラックホールができるかもしれないから使うなって慌ててたし。あはは。あれには笑った。」

「「……」」

「む、ムスターファ……後で話がある」
「おう……」

 いろいろ使えて楽しかったし、いつの間にか筋肉痛もなくなって、久々に満足した日だったと思う。まあ、特務3課には迷惑をかけてしまったので、明日は是非とも部分的修復魔法とか対物修復魔法とかあれば、覚えて役立てたい。


 

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