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力を持つもの
しおりを挟む「おっ、アイダじゃないか。どうした?」
「あら、ネイサン。見回り終わったの?」
「ああ、今晩はムーがいないからな。ミミ様んとこ入り浸りだろ」
「うふふ。そうね。あの男、相当な硬派だったくせに騙されたわ~」
特務3課の医務室で薬品を補充しようと回廊を歩いていたアイダに、ムスターファの右腕と定評のあるネイサンが声をかけた。ネイサンはカリンの夫で、ナイジェルはアイダの夫だ。仲の良い四人ということもあって、最初にミミにつけられたのが、アイダとカリンの二人だったのだ。
「ああ、俺たちもビックリだった。女嫌いなんじゃないかってほぼ確定してたところで、メロメロになったからな。ミミ様が哀れになったよ」
「だからミミ様、必死で筋トレしてるのよね。健気すぎて涙が出るわ。毎回疲労回復の薬とマッサージに来るんだけどね、もう身体中鬱血だらけなのよ。歯型まで付けられて痛ましいったら」
「鬱血?歯型って、まさか暴力じゃないよな?」
「まさか!キスマークよキスマーク。もう、お尻に歯型とか、とんでもないところにまで付けられて、こっちが恥ずかしくなるくらいよ。ミミ様はお優しいから、嫌とかダメとか言えないのかしらね。ネイサンからも言ってやってよ。無理させるなって」
「あ~。そりゃ無理だろ。俺がミミ様のそんな状態知ったって聞いた日にゃ、逆に抱き潰されるぞ」
「はあ、まったく。獣か」
「なんでも、魔力を補充してるからって話なだけど」
「ああ……。ミミ様の月神様の力が失われつつあるって話ね」
「正直どうなんだ?」
「うん。確かに魔力は垂れ流し状態よ。ミミ様、魔力流が見えないから気がついてないようなんだけど、あれはもう人間清浄機と言っていいわね」
「そんなにか!?」
「ええ、行くとこ行くとこで気づかないうちに洗浄して歩いてるから。保存してあった魔石は知らないうちにほとんど浄化されてるし、神殿もすごく過ごしやすくてありがたいんだけど。土壌が肥沃になって作物の成長も異常に早いって話よ。教会付近の果樹園と畑、見たでしょ。」
「ああ、豊作だったな。あれもミミ様のおかげだって市井の連中も大喜びだった」
「あの肥沃な土が今じゃ領地の方にも広がってるって。川の水が清浄化されたから余計にそうなんだろうけど。それにしたって昔の聖女様が50年かかってもできなかったことが、この数ヶ月でそれってめちゃくちゃじゃない?」
「まさに神業だな」
「ただ……。私、ミミ様が心配なのよ。このまま判らない内に力を使い果たしてしまったらどうなるのかって」
「ああ。でも、だからムーが魔力の補充をしてるんだろ?」
「ええ。それはそうなんだけど。でもね、団長の魔力とミミ様の魔力は質が違うのよ。」
「質が違う?」
「そう。団長の魔力はね、いうなれば真夏の太陽のような灼熱的な魔力なの。下手に手を出せば焼けて跡形も残らないような強さを持ってる。比べてミミ様の魔力は静かな癒しの魔力。あの方はコントロールがまだ下手だから最大出力で消しとばしちゃうんだけど、基本は修復の力が強い魔力なの。だから団長の魔力を与えても、ミミ様は逆に疲れてしまうんじゃないかと思って。」
「そうなのか?俺から見たらどっちの魔力も無双してるからわからないけど…」
「ミミ様が子供達のお世話をするようになってから、気がついたのよ。あの方の魔力は居心地がよくて、みんなの癒しになるの。あんなに心がすさんでいた子供たちがすっかりやる気を出して、ミミ様になついてるのよ。病気がちだった子もみんな健康になってるし。あなたたち何度も炊き出しに出て、子供たちが近づいてくるのにどれだけかかった?」
「言われてみれば……」
最初の頃は遠巻きにされて、警戒心丸出しの子供達に炊き出しをするのは骨が折れた。食事は受け取るがすぐさまその場を離れて、隠れて食べている子供も多かったのだ。それは、虐げられてきたせいだと思っていたが、確かに神殿に連れてきた子供たちはすでに子供らしさを取り戻しているし、ミミにすっかりほだされているようだった。だから最初の教育係も、すぐさまミミに責任転嫁をしたのだった、とネイサンは振り返る。
「ミミ様には一日で十分だったわ。一緒に遊んで、一緒に学んで、一緒に食べて。一晩たったらすっかり心を許してしまっていた。それがミミ様の力なのよ。ムスターファや特務1課の団員の魔力はもっと力強くて、頼りになるけど威圧も受けるし、服従せざるを得ない、そんな魔力でしょ。柔よく剛を制すとはよく言ったものよね。ミミ様の柔の力に剛の質を持つ団長が絆されるわけだわ」
まあ、だから聖女様なんだろうけどね、とアイダは薬品を棚にしまいながら笑った。
「逆に言えば、アグネス様がどう頑張ったところで、基本能力がミミ様とは違いすぎて比べることはできないのよ。アグネス様も聖の力は持っているでしょうけど、ミミ様のは桁違いなんだから。同じことをアグネス様に願うのは可哀想だわ」
なるほどな、とネイサンは思う。
確かに、ミミ様の力は異質だ。ムスターファの言う銀月神の神気を持っているというのも頷けた。何をするにしても、理解を上回る力を持って有無を言わさずひっくり返していくのだから、自分たちのような凡才にはわからないと両手をあげた。
面白いように念魔が消え、土地が浄化され、荒れた大地が緑に変わっていく。人々の顔に希望の光が差し込み、笑顔が増えて食べるものに困らなくなった。これがミミが来てからの数ヶ月の出来事だ。加えて、これまで続いてきた王家の決まり事が地盤を失った。
まあ、遅かれ早かれあの王族ではこの国を存続していくことはできなかっただろうが。ムスターファの剣と聖女の盾にこの国は守られる。それがきっと国民にも伝わったのだ。
「ムーの力は赤月神のもの、聖女の力は銀月神のもの。それを支えるはずだったジャハールの青月神の力が歪められたわけか。二神の力が一神を討つとなると、やっぱり時代は荒れるのかな」
ネイサンがポツリと零す。
「ん?何か言った?」
「いや、別に」
この事は例え妻とはいえアイダも知らない事実で、もちろんカリンの知るところではない。知る人間は少ないほうがいいのだ。特に大神官であるジャハールを敵対するなんて、そうそう誰かに言えるようなことではない。この国は神を崇める神官がいてこそ成り立っているのだから。その根底が崩れるとなれば、どうなるか。
ネイサンは首を振った。神力なんて人間が持つべきものじゃないな、と。
二人が歩き去った後、医務室の一つでアグネスは黙って二人の会話を聞いていた。
「何よ、みんなして。ミミ様、ミミ様って。私の方が先に来た聖女なのに。ムー様がいなきゃあんな女、力を垂れ流して干からびるだけじゃない……」
新月。
いよいよ私達の緊張は高まった。あれから二日、前聖女は「ジャハール様がいない~」と騒いだ事はあったものの、ほぼ通常通り日々は過ぎた。ムスターファの率いる特務の団員は処刑の後始末に追われ、忙しそうに走り回っていたが、私はいつも通り神殿にこもり、子供達と運動をしたり、本を読んだりお菓子を作ったりしながらのんびりと過ごせたのだ。
それはまるで嵐の前の静けさで、不安の影がじわじわと私の中に忍び込んでいった。胸騒ぎがする。空は青く高く、念魔が芽生える様子もない。神殿も落ち着いたまま、通常業務に勤しむ神官も特務3課の隊員もこれといって変わった様子はない。
ムスターファが今晩から新月が始まるから、気を引き締めて必ず一人になるなと告げられた。夜には戻ると言って市井に降りる彼を見送り、私は相変わらずシルヴァーナの神気を垂れ流しながら、レドモンドの加護が薄れていくのを感じた。
赤月の季節が終わる。
今日からしばらくの間、新月になり、赤月の加護が弱くなるのだ。聖女の部屋にはバレーボール大の大きさの月の石器が置いてある。それ以外に、レドモンドから言われたように、魔石に込めた赤月神の神気が神殿を囲むように配置してあるし私の胸元にもペンダントにした魔石にレドモンドの神気を込めたものをつけていた。準備は万端のはずだ。
ネイサンとナイジェルは影のように私に張り付いているし、ムスターファとの連携も間違いなく取れているのだけど、ざわざわと立ち上る不安はぬぐいきれないでいた。
何かが起こる。今日ではないかもしれない。みんなの神経が研ぎ澄まされているうちは下手なことはしないかもしれない。何せ蛇のように執念深いブルーノだ。何百年もかけて虎視眈々と狙ってきたのだから、簡単に罠にははまらないだろう。けれど、この新月の時期に何もしないほど臆病ではないはずだ。
いくら青月神の季節になろうとも新月でない限り、空に赤月神はいる。そしてブルーノを見張っているはずなのだ。兄神にバレれば、それで一巻の終わり。ブルーノの神気は封じられ、二度と生まれ変わることはなく永久に無限の闇に閉じ込められる。これからの数日は彼に取っても一か八かの勝負どころなのだ。
まあ、そこまで考えているのかはわからないけれど。
何せあの神様は、どこか抜けている。考え方が一徹で他の道がまるでないかのように計画を企てているから思い通りに事が進まないとはまるで考えていないようだ。よく言えば素直、純粋、悪く言えば、直情径行で単細胞。冬を司る神なのだからもっと熟思黙想型でもいいと思うのだけど、心まで凍りつくと一辺倒になってしまうのだろうか。あるいは人間の感情を理解できていないか。
月の光がないので、今日は魔石から光を放出させている。生活魔法のようだけど、長くは持たず松明を使えばいいのにと本気で思った。日本に帰ったら、自家発電について勉強しよう。電気をどうやって起こすのかなんて普通に電気を使えた現代人の私は知らない。スイッチを押せばつくのだから。まあ、水力発電とか火力発電とかはわかるけど、それをどう供給するのかなんて考えたこともない。
魔力を持たない人達は、魔法のない生活を普通に送っているのだから、そのうちこの国からも魔法がなくなってみんな平等になればいい。そうすれば、異世界召喚なんて無くなるし、魔力のせいで不幸になる子供も生まれないのだから。みんなで協力して生きていけばそれでいいじゃないか。
そんなことを考えながらウトウトし始めた時、騒ぎは起こった。
「ミミ様!ミミ様!ジャハール様がご自身の腕を切り落とされました!!」
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