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「おい、そこのお前!お前だ、お前!お前、名前はなんという?」

 入学式で、上級生から呼び止められたシャルルは、ぽかんと口を開けた。周囲の生徒たちも何事かと遠巻きにして振り返った。

「間抜け顔のお前だ。俺はオリバー・ハッシー。侯爵家の三男だ。それでお前は?」
「あ、あの。シャルル…。シャルル・ベイカー。子爵家の長女です」
「そうか、シャルルか。お前、なかなか見目がいいじゃないか。俺の婚約者になれ」
「は?」
「家には通達しておくから心配ない。俺が婿に入ってやるから安心しろ」

 シャルルは瞬きを繰り返し、開いていた口を閉じゴクリと息を飲み込んだ。

「あの、私お婿さんは…」
「侯爵家の申し出を断るわけないよな。断れるとでも思っているのか?」
「い、いえ、ですが、あの…」
「お前はこれから俺の婚約者として扱う。皆もいいな!?この女に手を出したらタダじゃおかない!」

 一瞬、ざわりとしたが誰もが不憫そうな目を向けて小さく頷き、その場を去っていった。残されたシャルルは一体何が起こったのかわからないまま、オリバーに手を掴まれ、上級生の教室まで連れて行かれてしまった。青ざめながら、どうかご勘弁を、と小声で言ってみたものの、オリバーは聞く耳を持たず、自分のクラスに入り、シャルルを引き摺り込んだ。

 入学式を終えた1年生は速やかに講堂までいかなければならないのに、なぜ3年生の教室に連れて行かなければならないのか、泣きそうになったシャルルだったが、オリバーがクラスメイトを見渡し、バンと教台を打ち鳴らし、注目を集めた。

「ここにいる今日入学したシャルル…シャルル、どこの子爵だったかな?」
「べ、ベイカーです」
「シャルル・ベイカーは本日より俺の婚約者になった!」

 シャルルはますます怯え、肩を窄めて青ざめた。それをみたオリバーのクラスメイトたちは「またか」という顔をして眉を下げ、可哀想な1年生をみた。

 シャルルと呼ばれた少女は、可愛らしいストロベリーブロンドをポニーテイルにし、白いマーガレットの花をさしていた。マリンブルーのキラキラした瞳は今や荒れた海の曇り空のような色に変わり、絶望的な顔を見せている。小柄な割に制服の上から見てもわかる豊満な体つきに、理由を言わずともわかってしまった。

 オリバーは女遊びが酷くて有名だ。家格がなまじ高いせいで文句を言える生徒も少なく、年に何度かこうした事件を起こしていたにも関わらず、放置されている。侯爵家が醜聞を握りつぶしているからだ。だが、次の瞬間、オリバーがおかしなことを言い始めた。

「俺は、シャルルと出会う以前に3人の女を孕ませ、堕胎させた!そのうちの一人は子を産めない体になったのを苦に自殺した。おかしな話だ!」

 クラスメイトは目を瞬かせた。だが、シャルルはますます青ざめ狼狽えた。

「ああ、私の呪いが…」

 オリバーはハッと口を噤み、シャルルを見る。顔を真っ赤にさせて、「貴様、一体何をした!」と詰め寄り、罵倒しようとして次の言葉を吐いた。

「結婚しろと言い寄ってきた女は、男爵令嬢だったから薬漬けにしてやった!今頃は奴隷小屋でヤク中になってるはずだ!」

 そう言ってオリバーは、はたと自分が何を口走ったのか気が付き、慌てて手で口を押さえた。

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