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後編

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 そんなわけで、すっかり氷点下の俺の恋愛事情。今回のことで、またしても噂になって。俺、悪くないんだけど、「なんか問題あり当て馬令息」に認定されてしまった。やってらんね。

 流石のおかんもこれにはたまげて、男ばかりの家系で良かったかも、なんて考え始めた。それはそれで、逆ハーレムとか言われるんですよ、と兄嫁に言われて青ざめてた。いやぁ、普通の家庭でよかったな俺。おかんに手篭めにされるとか、流石にない。

 そんなこんなで、結婚も彼女もすっかり諦めて1年ほど経ち、仕事に生き甲斐を見出した頃、シスター見習いというメイベルに出会った。月に一度の市民の広場での国の方針の意見会で、バザーを開いていたのがきっかけだった。

「いつもありがとうございます。イライアス様」

 にこやかにそんなふうに話しかけられて、リンゴ飴を手渡された。え、何これ、賄賂?とか、ささくれた心は穿った目でそれを受け取ったのだが、紺と白のシスター服に身を包んだメイベル嬢はニコニコと笑いかけてくれた。

「文官であるイライアス様は、他の方と違って市民にも丁寧に説明してくださるし、貴賓を問わず平等に見てくれますから、孤児院の子供たちも生き生きと学ぶことができるのです」
「他の人たちと違う?」
「ええ。残念ながら、孤児の子たちに向ける目はまだまだ厳しく文字が読めない、言葉遣いが悪い、目つきが悪いなどと避けられることも多いのです」
「それは、よくありませんね。早速調べて対処しなければ。教会では支給は十分されていますか?教科書やリネンなども十分に行き届いていますか?」
「ええ。教科書は皆で大切に使っておりますし、リネンや服なども十分。ですが、さすがに教師になる人が私たちシスターしかおりませんし、男の子の教育は特に難しくて」

 教会の孤児院は基本的に神父とシスターたちで面倒を見ている。神父は若い人もいれば、おじいちゃん神父もいるものの、働き手になるのはシスターのみ。それはきっと大変なこともあるのだろう。俺はわかりましたと頷いて、早速市民議会に提出し、教員と男手の手配を頼んでみたのだが、議題に上るまで行かなかった。

 やはり孤児は下に見られていると言うのと、男性はシスターに不埒な考えを持つ人間もいるので慎重にならざるを得ない、と言うのが結論だった。年に何度かは王宮騎士団が子供たちに騎士とはなんぞやと、説くのがせいぜいで剣技などは絶対教えられないと言われてガックリ。

 まあ確かに、下手に刃物持たせて悪いことに使わないとも限らないし。平民だってそんな機会がないのだから、孤児にそこまで、との意見もあった。ある程度の年齢になれば平民学校にも通えるし、職業訓練所も申し込めば通えるからそれまではあるもので頑張れ、とのことだ。

「お役に立てず、申し訳ない」
「いいえ、お話を聞いていただけただけでもありがたく思います。長い目で見れば、そのうち改善もされるでしょうし、今まで頑張ってこれたんですもの。これからもやることは同じ。ただ気にしていただける方がいると言うのは、本当に心強いので」

 女神か。

 ちょっと荒んでいた心が洗われる気がした。自分の仕事を見てくれる人がいたと言うことも嬉しかったし、今ある状況をより良いものに変えようとしているけれど、焦って強行に出ることもなく、流れに身を任せている態度や他人に感謝する気持ちと、他人を思いやる心意気が。

「実は、1年ほど前にイライアス様とはご縁があったのです。とはいえ、お会いすることは叶いませんでしたけど」
「え?」
「私の父がイライアス様のお父上と仕事上の付き合いがありまして。釣書を送らせていただいたのですわ」

 あ。3人目のお見合い相手か!

 最初の二人が強烈すぎて、諦めの境地で開くことのなかった最後の釣書。

「も、申し訳ない!あの頃は色々あって…」
「ええ、噂で聞きました。ですので私も無理にお会いしても、と身を引きましたの」
「で、ですがそれでなぜシスターに?」
「私には仲の良い兄がおりまして、兄嫁が私が家に残ることを嫌がったのです。私も兄と義姉の中を壊すつもりはありませんでしたし、その、私は婚約破棄をされた側でして」
「もしや、あの頃の?」
「ええ。お恥ずかしながら婚約者を子爵令嬢に寝取られた、間抜けな伯爵家の長女メイベリン・ワーグナーとは私のことですわ」

 ああ、そうか。メイベルは殿下の側近の一人の婚約者だったのか。

「それを言うなら、婚約者の子爵令嬢に当て馬にされた間抜けな伯爵家3男は俺のことですね」

 俺たちはお互いに恥を曝け出して笑った。

 仕事は楽しいが過去の2回のお見合いで心が折れ、お見合いは諦めたこと。男孫ばかりで両親が女孫を諦めていないこと。それを押し付けられて辟易してること。

 メイベルは、シスター見習いを仕事として教会に従事していて、修道女というわけではないこと。家にいても邪魔になるだけだが、かと言ってお相手も見つけられず、自分が悪いわけでもないのに、まるで傷物のように扱われ、誰かの後妻になるのも嫌だったため教会に身を寄せたこと。

「孤児たちを見ていると、自分の境遇なんて大したことではない、と思えるようになりました。優しく理解のある両親と兄がいて、こうして教会で仕事もできるし、清貧とはいえ住むところも食べ物もある。贅沢を言うならば人生を共に歩めるお相手がいれば、と思っていました。そんな中でイライアス様の仕事ぶりを垣間見て、あなたの様な方なら穏やかで楽しい人生を歩めそうだなと思ったのです」

 歯に噛みながらそんなことを告白されて、惚れない男がいるだろうか。

 久しぶりにドキドキしてしまった。いや、待て。久しぶり?初めてじゃないか?え、もしかして俺、これが初恋?うわ。嘘だろう?

「あの、えっと。そ、それではメイベル嬢は、今心に思いを寄せてる人とかは、」
「いましたら、こんなこと申し上げていませんわ」
「そ、そうですよ、ね。で、でしたら、その俺、いやあの、私と、一緒に家庭を築いてもらえませんか」

 ふわりと花が綻ぶような笑顔と「是非」という小さな返事をいただいて。

 その後、お互いの両親への挨拶を済ませ、婚約期間をふっ飛ばしての結婚式の準備やらでワタワタしているところへ、才女マキシーン嬢からの横槍を意外なほどの強気論法で追い返したメイベルに惚れ直したり、メイベルの元婚約者の弟に決闘を申しこまれてボコボコにやり返したり。

 そうそう、うちの兄達が非常に優秀だったおかげで自分は平凡と思っていたのが、実は案外できる男だったのだと気付かされたり。花嫁姿のメイベルが美しすぎで花婿が号泣したり。女の子の産み分け法をコンコンと言って聞かせるおかんを追い返したりしながら。


 

「でかしたわー!メイベルちゃん、頑張ったわね!女の子よ!お父さん!女の孫が生まれたわ!!それもいきなり二人よ!あなたと私に一人づつ!」
「母さん、それ違うから」

 数年後、俺とメイベルの間に双子の赤ちゃんが訪れた。母子共に健康。ちなみに長男もいたりする。孤児院で育ったカイルが養子になった。メイベルにひどく懐いていたし、ものすごい頑張り屋で「一生懸命勉強するから、捨てないで」と泣きすがってきた五歳児を振り切れるほど薄情でもなかったから。ちょっと嫉妬心が首をもたげたが、五歳児に嫉妬してもしょうがないと言われて引き下がった。

 両親はカイルにも普通に孫として接してくれるし、兄たちも従兄弟たちもカイルを家族として認めてくれている。メイベルの両親と兄はもちろん涙を流して喜び、兄嫁となったレベッカ夫人も「嫉妬してごめんなさい」と頭を下げてくれたらしい。

 俺たちは、二人とも爵位がないため平民だが、相変わらず王宮での文官の仕事は忙しいし、メイベルも教会に通いで教師として働いている。カイルも8歳になって平民学校に通いながら教会の仕事を手伝い、これからは「ヒューゴおじさんのようにカッコ良くて、ヘイミッシュおじさんの様に頼りになる」お兄ちゃんを目指すと鼻息を荒くしている。そこに「お父さんのように」がないのが、おい、待て。と言いたいところだけど。

 俺としては、「お父さんのお嫁さんになる!」と双子に言われる様に体を引き締め、頭皮にも気を配らなければならないと意気込んでいるところだ。



 婚約者を寝取られた間抜けな当て馬令息と呼ばれたけれど、俺はとても幸せだ。


 
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