【本編完結】結婚の条件

里見知美

文字の大きさ
15 / 41
学園編

正当防衛

しおりを挟む
この話を載せる前話が抜けてました。ごめんなさい。一話戻って呼んでいただけると話がつながると思います。お手数おかけしますがよろしくお願いします。


=====================


 噂はあっという間に広がり、訓練場は集まった見学人で溢れた。アンナルチアは周りを見渡したがスカーレットの姿はまだ見えない。

(まあこれだけ見物人がいるのだから、私が加害者ではないことは一人くらい証人になってくれるだろう)

 トマスのレベルにもよるが、流石に男子相手に長く打ち合えるとは思えない。果たし合いではないのだからある程度打ち流して終わらせてしまうか、誰かが止めに入るのを待つしかないか、とアンナルチアは冷静に判断し、練習用の剣を手に取った。

「仕方ありませんね。トマス君。練習とはいえ、礼儀は……」

 あんなルチアがそこまでいって振り返るとほぼ同時にトマスが剣を頭上に振りかざした。周囲からヒッと声が上がるが、アンナルチアはすいっとそれを避け、自分の持っている剣で難なく横に流した。

 他の生徒を稽古付けていたアルヴィスも気がついて、慌てて止めに入ろうとするがトマスが顔を歪ませ狂ったように剣を振るい、間に入ることもままならない。やめろ!やめるんだ、と大声を出しても周囲の歓声に阻まれて、当人同士には届いていないように見えた。

「トマス君。これは練習であって戦場ではないのですから、礼儀を欠かしてはいけませんよって、言ってる端から」

 ぶんぶんと大振りを繰り返し、右へ左へと打ち付けてくるトマスの剣を、アンナルチアはヒョイ、ヒョイと躱していく。

「礼儀もなっていなければ、構えもなっていないじゃないですか。もっと脇をしめて、ほら隙だらけです。腕も、胴も」

 パシ、パシと剣の腹で叩かれ、トマスの顔は憤怒と羞恥で真っ赤になっていた。高血圧で血管が切れてしまうかもしれないわ、とアンナルチアは要らぬ心配をする。

「くっ、くそっ!なんで当たらない!」

「片手剣を両手で振っているからですよ。ご自分の急所を守るように剣を構えて、上半身は力まず柔軟に。ほら、視線は剣ではなく相手に。足元が覚束なければ、剣は振れませんよ。ちゃんと校庭は走りこんでいますか?基礎訓練をバカにしてはダメです。足腰はちゃんと鍛えなければ」

 キン、キンと自分の振る剣を弾かれ流されて、大きく振りかぶったところで、剣の腹で脇を打たれ、腿を打たれ、首筋に剣を突きつけられたところで、アンナルチアの剣が止まった。

「トマス君。まずは礼儀から復習です。今の手合わせだけで、あなたは片手片足をなくし、胴体は切り裂かれ、首も落ちてしまいましたよ。素振りからやり直すのが賢明かと思われますわ」

 時間にして五分足らず。ボコスコに言われ汗だくになって崩れ落ちたトマスに向かって、汗もかかず、ほんの少し制服のベストを正しただけで直すべき箇所を端的に述べるアンナルチアに、見物人たちはぽかんと口を開けた。何人かは剣を片手に、いつでも助けに入れる状態を作っていたものの、余りのことに誰一人として動くことはできなかった。

「アルヴィン様、せっかく講師としてお呼びしたのにも関わらず、素人の私がお邪魔しましたことをお詫び申し上げます。終了まではまだお時間もありますから、どうぞこのままお続けくださいまし。私はこれで失礼いたします」

 ペコリと頭を下げ、剣を差し出したアンナルチアに言葉もなく、アルヴィンはああ、いや、あの、と意味のない音を発した。

 扉の前で頭を下げ、退出するために訓練場に背を向けたときだった。

「……ふざけんなよ!このクソアマがぁ!!」

 誰が止めるよりも早く、怒りに狂ったトマスがアンナルチアに飛びかかった。スローモーションのようにトマスがアンナルチアのまとめられたポニーテールを掴み、後ろに引っ張った。見物人の中から悲鳴が上がる。

 次の瞬間、ダダン!と床に振動が伝わり、同時に「アニー!」と叫ぶ声が響いた。

 おそらく引っ張り倒されたであろう少女を案ずる声につられて皆が床を見ると、そこには床に仰向けにひっくり返ったトマスの姿があった。

「え?」

 何が起こったのか、トマス自身も目を点にして唖然としている。その手前には、パタパタとほこりを払い立ち上がったアンナルチアの姿があった。

「……と、このように暴漢に後ろから襲われた場合、即座に体重を相手にかけ、暴漢のバランスを崩します。その間に相手の手首を掴み、肘から逆方向へ捻り返すことで相手の掴みかかる力が緩みます。そして相手の慣性力を利用して背負い投げをすることで、このように小柄な私でも相手をひっくり返すことができるというわけです。女生徒の皆様は一つ二つ、こうした自己防衛の体術を覚えることをお勧めしますわ……あ、会長。ルーク先輩も、ちょうどいいところへ」

 トマスは、床に大の字になったまま呆然としているが、アンナルチアは何事もなかったかのようににっこりと笑いアレックスとルークを見上げた。

「ええと。剣技の手合わせをこちらのトマス君と行いましたが、終了後、後ろから襲われましたので正当防衛で対処させていただきました。ですよね、皆さん?」

「……えっと?」

 アンナルチアが一年男子に絡まれて剣技場にいる、とスカーレットが慌てて生徒会室に駆け込んできたため、その場にいたアレックスとルークが大急ぎで現場に駆けつけたわけだが、なぜか目の前でアンナルチアが引っ張られた状態からフッと姿を消し(た様に見え)、男子生徒が宙を舞い、床に叩きつけられたのを見せつけられた。

 見物人たちは若干引き気味に頷き、呆然とするトマスと、にこやかに佇むアンナルチアを交互に見る。

「女性貴族の嗜みですわ」

 その後、授業に基礎保身術クラスが増設され、社交ダンスクラス以上に女生徒の人気クラスになったことは言うまでもない。


====================

体術はなんとなくこんな感じ、くらいに考えていただけるとありがたいです。良い子は真似をしないでくださいね。
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

【完結】仲の良かったはずの婚約者に一年無視され続け、婚約解消を決意しましたが

ゆらゆらぎ
恋愛
エルヴィラ・ランヴァルドは第二王子アランの幼い頃からの婚約者である。仲睦まじいと評判だったふたりは、今では社交界でも有名な冷えきった仲となっていた。 定例であるはずの茶会もなく、婚約者の義務であるはずのファーストダンスも踊らない そんな日々が一年と続いたエルヴィラは遂に解消を決意するが──

【完結】好きでもない私とは婚約解消してください

里音
恋愛
騎士団にいる彼はとても一途で誠実な人物だ。初恋で恋人だった幼なじみが家のために他家へ嫁いで行ってもまだ彼女を思い新たな恋人を作ることをしないと有名だ。私も憧れていた1人だった。 そんな彼との婚約が成立した。それは彼の行動で私が傷を負ったからだ。傷は残らないのに責任感からの婚約ではあるが、彼はプロポーズをしてくれた。その瞬間憧れが好きになっていた。 婚約して6ヶ月、接点のほとんどない2人だが少しずつ距離も縮まり幸せな日々を送っていた。と思っていたのに、彼の元恋人が離婚をして帰ってくる話を聞いて彼が私との婚約を「最悪だ」と後悔しているのを聞いてしまった。

初恋にケリをつけたい

志熊みゅう
恋愛
「初恋にケリをつけたかっただけなんだ」  そう言って、夫・クライブは、初恋だという未亡人と不倫した。そして彼女はクライブの子を身ごもったという。私グレースとクライブの結婚は確かに政略結婚だった。そこに燃えるような恋や愛はなくとも、20年の信頼と情はあると信じていた。だがそれは一瞬で崩れ去った。 「分かりました。私たち離婚しましょう、クライブ」  初恋とケリをつけたい男女の話。 ☆小説家になろうの日間異世界(恋愛)ランキング (すべて)で1位獲得しました。(2025/9/18) ☆小説家になろうの日間総合ランキング (すべて)で1位獲得しました。(2025/9/18) ☆小説家になろうの週間総合ランキング (すべて)で1位獲得しました。(2025/9/22)

彼女の離縁とその波紋

豆狸
恋愛
夫にとって魅力的なのは、今も昔も恋人のあの女性なのでしょう。こうして私が悩んでいる間もふたりは楽しく笑い合っているのかと思うと、胸にぽっかりと穴が開いたような気持ちになりました。 ※子どもに関するセンシティブな内容があります。

完結 愚王の側妃として嫁ぐはずの姉が逃げました

らむ
恋愛
とある国に食欲に色欲に娯楽に遊び呆け果てには金にもがめついと噂の、見た目も醜い王がいる。 そんな愚王の側妃として嫁ぐのは姉のはずだったのに、失踪したために代わりに嫁ぐことになった妹の私。 しかしいざ対面してみると、なんだか噂とは違うような… 完結決定済み

さようならの定型文~身勝手なあなたへ

宵森みなと
恋愛
「好きな女がいる。君とは“白い結婚”を——」 ――それは、夢にまで見た結婚式の初夜。 額に誓いのキスを受けた“その夜”、彼はそう言った。 涙すら出なかった。 なぜなら私は、その直前に“前世の記憶”を思い出したから。 ……よりによって、元・男の人生を。 夫には白い結婚宣言、恋も砕け、初夜で絶望と救済で、目覚めたのは皮肉にも、“現実”と“前世”の自分だった。 「さようなら」 だって、もう誰かに振り回されるなんて嫌。 慰謝料もらって悠々自適なシングルライフ。 別居、自立して、左団扇の人生送ってみせますわ。 だけど元・夫も、従兄も、世間も――私を放ってはくれないみたい? 「……何それ、私の人生、まだ波乱あるの?」 はい、あります。盛りだくさんで。 元・男、今・女。 “白い結婚からの離縁”から始まる、人生劇場ここに開幕。 -----『白い結婚の行方』シリーズ ----- 『白い結婚の行方』の物語が始まる、前のお話です。

行かないで、と言ったでしょう?

松本雀
恋愛
誰よりも愛した婚約者アルノーは、華やかな令嬢エリザベートばかりを大切にした。 病に臥せったアリシアの「行かないで」――必死に願ったその声すら、届かなかった。 壊れた心を抱え、療養の為訪れた辺境の地。そこで待っていたのは、氷のように冷たい辺境伯エーヴェルト。 人を信じることをやめた令嬢アリシアと愛を知らず、誰にも心を許さなかったエーヴェルト。 スノードロップの咲く庭で、静かに寄り添い、ふたりは少しずつ、互いの孤独を溶かしあっていく。 これは、春を信じられなかったふたりが、 長い冬を越えた果てに見つけた、たったひとつの物語。

そんなに義妹が大事なら、番は解消してあげます。さようなら。

雪葉
恋愛
貧しい子爵家の娘であるセルマは、ある日突然王国の使者から「あなたは我が国の竜人の番だ」と宣言され、竜人族の住まう国、ズーグへと連れて行かれることになる。しかし、連れて行かれた先でのセルマの扱いは散々なものだった。番であるはずのウィルフレッドには既に好きな相手がおり、終始冷たい態度を取られるのだ。セルマはそれでも頑張って彼と仲良くなろうとしたが、何もかもを否定されて終わってしまった。 その内、セルマはウィルフレッドとの番解消を考えるようになる。しかし、「竜人族からしか番関係は解消できない」と言われ、また絶望の中に叩き落とされそうになったその時──、セルマの前に、一人の手が差し伸べられるのであった。 *相手を大事にしなければ、そりゃあ見捨てられてもしょうがないよね。っていう当然の話。

処理中です...