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第三章 凶霧より目覚めし少女

一触即発

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「……なに?」

 突き出された槍は少女へ届く前に宙で静止し、炎魔法も小さく爆散した。
 攻撃を防いでいたのは、蒼い半透明の盾。
 少女の目の前に突然、黒い籠手が現れ氷の障壁を展開したのだ。
 その腕の中心からは太くも細くもない、白い糸の束が棒状に伸びていた。
 その籠手は役割を終えると、本体へと戻っていく。

「――少し待ってくれませんか?」

 高速で糸を巻き取り、左腕を元の状態に戻し穏やかに呼びかけたのは、いつの間にか彼らの右側面に立っていたシュウゴだった。

「……なんのつもりだ?」

 シュウゴへ目を向けた討伐隊長が眉をしかめ怒気を発する。
 周囲の隊員たちも警戒心と苛立ちをあらわにし、シュウゴを睨みつけた。
 シュウゴは剥き出しの敵意に怯まず気丈に答える。

「待ってくれと言ったんです」

「恰好から察するに、ハンターか。お前も今のを見ていただろう? この少女の本性は魔物だ。一体なにを待つ必要がある?」

「ち、違う……」

 少女は悲痛な涙を流しながら「違う、違う」と、か細く呟いている。

「彼女の正体なんて俺には分かりません。でも、年端もいかない少女を大人が寄ってたかって殺そうとするなんて、見過ごすわけにはいきません」

「そんなものは偽善だ」

 シュウゴと討伐隊長は静かに睨み合う。
 するとようやくクロロが立ち上がった。

「あ、あんたはあの時の!」

「クロロ、お前の知り合いか?」

「い、いえ。知り合いと言うほどではありませんが、以前カオスキメラの撃退に尽力してくれたハンターです」

「なに? 噂に聞く赤毛のハンターか。どうりで見ない装備なわけだ」

 隊長は少し興味を持ったように、シュウゴの全身を見回す。
 やや緊張感が緩まったのを感じたシュウゴは、ゆっくり少女に歩み寄った。
 少女は怯えたように震えているが、逃げようとはしなかった。
 シュウゴが守ってくれることに期待しているのかもしれない。

「とにかく、彼女はカムラに連れて帰りましょう。なにかの手がかりだって持っているかもしれませんし」

「ダメだ。もし町の中で彼女が暴れたらどうする? それで死傷者が出てもみろ。その責任は一体誰がとると思っているんだ!?」

 隊長は有無を言わさず両手剣を中断に構えた。
 長さは通常の騎士が持つロングソードと同等だが、刃幅はその二倍はあり重量感がある。
 討伐隊の隊長が主に使う『クレイモア』だ。

 シュウゴは内心舌打ちした。
 この男はなにかあったときのことを恐れているのだ。
 責任の伴う立場である以上仕方のないことだが、これでは話が先に進まない。

(くそっ、この世界で保身なんてしても先は見えないというのに……)

 他の騎士二人も槍を構え、魔術師二人は後方で魔力を溜め始める。
 クロロも眉を寄せ複雑そうな表情をしたが、剣を上段に構えた。
 一触即発という空気だ。

「これは最終通告だ。そこをどけ」

「嫌です」

「……かかれぇっ!」

 隊長が遂に指示を出し、騎士たちは少女をかばうシュウゴへと武器を振るう。
 小さく悲鳴を上げて目を伏せる少女を守るべく、シュウゴは背の大剣に手をかけた。
 しかしそれを抜く前に、デュラが間に入った。

 ヒュンッ!と鋭い風切音を響かせ、ランスを真横に薙ぎ払う。
 その鋭く細い一閃は、騎士二人の胸当てを強く打ち付け突き飛ばし、隊長は咄嗟にクレイモアの刀身で防御するも反動で後退した。
 彼らの後方で駆け出していたクロロもすぐに足を止める。

「こいつっ!」

 後方から大きな炎の塊が飛んでくるが、デュラはアダマンシェルで防ぎ切った。
 シュウゴは目の前で盾を構えているデュラの肩をポンポンと軽く叩く。

「ありがとう、助かったよ」

「…………」

 デュラは横顔をシュウゴへ向けゆっくり頷いた。
 シュウゴはすぐに膝を折って怯える少女に目線を合わせると、穏やかな表情で微笑みかけた。

「君、大丈夫かい? 怪我はない?」

 少女は潤ませていたその紅い瞳でシュウゴの目をジッと見つめると、こくりと小さく首を縦に振り、小さくて可憐な口を開いた。

「……あっ、ありがとぅ……ございます……」

「……どういたしまして」

 少女がしっかりと言葉を発したことに驚いたシュウゴだったが、表情に出さないように微笑んだ。
 すぐに立ち上がると、討伐隊の方へ向く。

「聞け、ハンターよ。これは明らかな反逆行為だ。領主ヴィンゴール様の直轄である我々に敵対するということは、カムラの敵に回るということだ。覚悟は出来ているのだろうな?」

 隊長が険しい表情で告げると剣を上段に引き、剣先をシュウゴへ向けた。
 デュラも負けじとシュウゴを守るように盾を構え、ランスの穂先を隊長へと向ける。
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