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第八章 たとえ、カムラを敵に回しても

冤罪

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「――彼が優しい人だからです」

「っ!?」

 その声を聞いた瞬間、ヴィンゴールが目を見開く。
 処刑場に新たに乱入してきたのは、マーヤだった。彼女はシモンの後ろから現れると、シモンの横に立ってキジダルをまっすぐに見つめた。
 キジダルは分が悪いと認識しているのか、頬を僅かにひきつらせ、それでも聞き返す。

「どういうことでしょうか?」

「シュウゴさんは、相手が誰であろうと……たとえ、人でなくても平等に慈愛をもって接してきました。その結果、彼に強い魅力を感じた者たちが、自らの意思でここまでついてきたというわけです。つまり、彼の人徳が成した結果なのです。メイさんとニアさん、彼女たちが彼を慕っているということは、本人たちから私が実際に聞きました。今はまだ投獄されているデュラさんも同じ思いでしょう。ですから、彼がカムラを陥れようとしたなどという事実はありません。これは疑いようもない冤罪なのです」

 マーヤは柔らかい表情を浮かべながらも、常人では気圧されてしまうほどの存在感を放っていた。これが教会の代表。領民から絶大な信頼を得ている彼女の言葉は、聞いた人を優しく包み込むように自然と納得させてしまう。だから彼女は、表舞台には立たないようにしていた。
 しかし今回は違う。討伐隊の幹部たちは事の重大さをまざまざと感じていた。
 キジダルが緊張にこめかみを痙攣けいれんさせる。彼にとって、言葉だけでは抗えない特殊な相手は、脅威でしかない。

「わ、分かりました……ですが私にはまだ、彼がカムラの味方であると思えません。それほどの高度な技術、なぜ口外しなかったのでしょうか? 結局は、自分の利益のためにカムラの発展を遅らせているではありませんか」

 負け惜しみにも思えるキジダルの言葉を聞いた瞬間、シモンの目が光った。勝ちを確信したのだ。
 自分の失言にも気付かず、さらに言葉を続けようとしたキジダルへヴィンゴールが顔を向ける。

「キジダル、それ以上みっともない姿を晒すのはよせ」

「な、なにを……」

「シュウゴとそなたとでは、所属している組織が違う。町のため己の利益を求めず、民のために労働力を提供するのは、政治家や討伐隊のやり方。しかし、創意工夫によって個々の利益を追い求めるのがバラム商会のやり方だ。そうだろう? バラム」

 バラムは「はい」としっかり返事をする。商人としてそれだけは譲れないのだ。無償で土地を貸すことなど、決してできることではない。そういう金に対する自由度があるからこそ、人が生き生きと働けるという側面もある。
 ヴィンゴールに諭され、キジダルは反論できずにがっくりとうなだれた。

「……申し訳、ございません……」

 最後にシモンが付け加える。

「その技術を口外しなかったのは、自分に極力注目が集まらないようにするためです。そうなってしまえば、仲間たちの噂は広まり尾ひれがつき、やがては今回のようなことになってしまいかねない。だからシュウゴは、自分の栄光と引き換えに、仲間を守ろうとしたのです」

 それを聞いたアンが頬を緩め呟き、リンが同調する。

「やっぱりシュウゴは凄いヤツだ」

「ええ、想像を絶するほどにね」

 ハナは目を潤ませるとすぐに、額の仮面を顔へ下ろす。
 クロロは、背に足を乗せていたハンターたちを押しのけ立ち上がると、場違いにも笑みをこぼす。
 メイとアンは目に涙を溜め、肩を震わせながら俯いていた。

「…………………………」

 シュウゴは、ひざまづいたまま空を見上げ、ボロボロと涙を垂れ流している。なんだか救われたような気分だった。自分のこれまで積み重ねてきた努力、様々な人との出会いと助け合いが、ここで一つに繋がったのだ。
 そして、ヴィンゴールが背後に暗い表情のキジダルと険しい表情のカイロスを連れ、処刑台を上がった。ゲンリュウが一歩下がり頭を下げると、ヴィンゴールはシュウゴの横に立ち、この場にいる全ての領民へ告げる。

「加治シュウゴがカムラに魔物を引き連れ陥れようとしたという噂は事実無根であり、冤罪であったとここに明言する。むしろ、彼はこのカムラに繁栄をもたらす逸材だ。これをもって処刑は即刻中止。彼を罪人扱いする者は、このヴィンゴールが何人なんぴとたりとも許さないと誓おう!」

 ヴィンゴールの宣言により、そこら中で歓声が沸き起こる。
 シュウゴを想う者たちの必死の訴えによって、無意味な戦いにとうとう終止符が打たれた。
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