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第十章 侵された聖域

油断

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 シュウゴたちは元来た道を引き返し、陰草の草原へ続く道と洞窟への道との岐路まで戻った。
 ニアもシュウゴも疲労困憊でへとへとだ。メイにポーションを一本ずつ差し出され、二人は同時に一気飲みする。
 メイは安堵したように息を吐き、力なく笑みを作った。
 
「かなり危なかったですね」

「ああ、死ぬかと思ったよ」

 デュラがうんうんと頷く。
 ニアは、ポーションの次は水の入った瓶に手をかけていた。それで喉を潤し「ふぅ」とゆっくり息を整えると、シュウゴを見て首を傾げた。

「さっきのはなんだったの~?」

 なぜイービルアイがアラクネにレーザーを照射したのか聞いているのだろう。
 魔物が魔物を攻撃するなんてことはそうそうない。
 だがメイはなんとなく気付いているようだった。

「お兄様、もしかしてあの力を?」

 シュウゴは頷く。

「ああ。この間ニアとデュラにも説明した、魂に干渉する不死王の力だよ」

 そうは言ってもピンときていないニアへ、シュウゴは丁寧に説明した。
 シュウゴはあの一瞬で全神経を研ぎ澄まし、魔物の魂を探ったのだ。それでイービルアイの魂に干渉し、レーザーをアラクネへ放つように誘導した。そのときの感覚はダンタリオンを前にしたときに近く、怨念の塊たる凶霧の魔物の魂に干渉するのは精神的ダメージが大きいことに気付いた。
 メイは目を輝かせ自分のことのように喜ぶ。

「もうものにするなんて凄いです! さすがはお兄様」

「ほぉ~凄いねぇ。そしたら魔物たちはみんな柊くんの味方~?」

「いや、イービルアイ一体が限界だと思うよ。クラスB以上になると、おそらく負の力が大きすぎて俺には制御できない」

「そっかぁ」

 ニアは「ふぅ~ん」と分かってるのか分からないのか気の抜けた反応だ。
 シュウゴも詳細に話したところで仕方ないと思い話を変えた。

「とにかく今は残りの薬草を集めよう」

 そう言って洞窟へ歩き出す。ナーガのいた沼へ続く洞窟だ。
 メイも「そうですね」と頷きシュウゴの後ろに続いた。
 洞窟の入口はコカトリスと激戦を繰り広げた場所だ。相変わらず洞窟へ続く道は毒沼に囲まれて細い。
 シュウゴは歩きながら腰のアイテムポーチをあさり小さなペンダントを取り出すと、首にかけた。電気で白光するエレキトライト鉱石を加工したもので、ランタンやたいまつに代わる照明装置だ。
 シュウゴは無防備にも警戒を解き、澄んだ紫の毒沼の間を通って真っ暗な洞窟へ歩いていく。

「――柊くん、危ない!」

「っ!?」

 気付いたときには遅かった。
 毒沼だと思っていた右の紫の水溜まりは、沼ではなく『アビススライムの集合体』だった。
 それらがシュウゴを獲物と判断し、一斉に飛びかかって来たのだ。

(バ、バカな!? 紫のアビススライムなんてっ……)

 アビススライムは灰色のはずだ。ここに来るまでに見たスライムの塊も半透明の灰色だった。紫のスライムなど聞いたこともない。
 そんなことを考えている間に、スライムが粘液の体を放射状に広げシュウゴの視界を覆う。

「やぁぁぁっ!」

 彼の体がスライムに飲まれる刹那、ニアがその間に割って入った。
 竜の爪で白刃の軌跡を描きスライムを切り裂く。

「ニア!」

 もちろん、スライムを完全に切り捨てるなんてできず、粘液の体を細かく切り分けただけだ。
 ニアの体に紫色の粘液が多数付着する。
 
「大丈夫!」

 ニアはあくまで冷静に青い炎のブレスを放ち、スライムを燃やし尽くした。
 そしてすぐに、毒沼のように見えた紫の水溜まりには真黒な焦げ跡だけが残る。
 シュウゴは慌ててニアの体を見回すと、体に付着していた紫の粘液も消えていた。

「……ありがとうニア、助かったよ。毒は?」

「うん、大丈夫。柊くんは~?」

 振り返ったニアはケロッとしていた。それどころかシュウゴの心配なんてしている。
 普段はのほほんとしていて心配になるが、いざ戦いとなるとこの上なく頼もしい。
 その後、洞窟では無事に三種類の草花を採取に成功。
 四人は寄り道せずにカムラへ戻るのだった。
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