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第十一章 光を取り戻すために

敗走

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 ――グヲォォォォォッ!!

 蛇竜が頭を上げ、シュウゴへ向けて威嚇するように咆えた。

「ぐっ、しまっ……」

 まるで暴風にさらされているかのように、シュウゴの全身が圧迫されて動けなくなる。
 咆哮をまともに受けたのは完全な失敗だった。止んだときには、手足が震え大きな隙ができてしまう。
 危機感を感じたシュウゴが前方を見上げると、蛇竜が口一杯に猛毒ブレスを溜めていた。
 絶体絶命。
 今度こそ死を覚悟したそのとき、頭の中に声が響く。

(お兄様! これを!)

 シュウゴが右を見ると、メイがトライデントアイをシュウゴめがけて投げていた。
 一瞬なにがなんだか分からなかったが、反射的にオールレンジファングを射出しそれを掴む。
 すぐさま巻き取り手元へ引き寄せると、すべてを察した。 
 
「そういうことかっ」

 そのときには蛇竜の猛毒ブレスは放たれていた。
 全てを溶かさんと猛然と迫るダークグリーンの球体。
 シュウゴはそれへ杖の先を向ける。白光に輝く砲門を。

「これでどうだぁっ!」 

 トライデントアイから眩いレーザーが放たれた。
 チャージが完了していたのだ。それも三又それぞれ最大出力で。
 つまり、火力はイービルアイ九体分の熱量に相当。
 未だ放たれたことのない極大のレーザーは、猛毒ブレスを打ち消して蛇竜の顔面を焼く。断末魔を上げる隙すら与えずに。

 やがて光が霧散し静寂が訪れた。

「……やった、のか?」

 シュウゴは杖を上へ向けたままボーっと立ち尽くしている。
 彼の視線の先では、蛇竜の顔が下あごから上全てが消滅していた。その体は制御を失い、首を激しくうねらせながら大きな音を立てて倒れる。
 
「お兄様!」

 シュウゴが勝利を実感できずにポカンとしていると、メイが駆け寄ってきた。
 とりあえずトライデントアイを彼女へ返す。
 シュウゴは呆けた顔で問うた。

「倒したんだよな?」

「はいっ!」

 メイが満面の笑みで答え、ようやくシュウゴにも実感がわいてきた。
 「自分たちの手でクラスUを倒した」そう思うと、手と膝が震えだす。
 そのとき、シュウゴの全身に激痛が走った。

「っ!!」

 たまらず膝を落とす。
 
「お、お兄様!? どこかお怪我でも!?」

 メイがシュウゴの体を支え心配そうに顔を覗き込んでくる。
 シュウゴは額に油汗をかきながら「大丈夫だ」と言ってゆっくりと立ち上がる。そのときには、先ほどの痛みはなくなっていた。
 シュウゴにはそれがなんなのか、なんとなく予想はできていた。

「限界、なんだろうな……」

 疫病は体の血管に石が流れているかのような激痛を伴うという。
 メイもシュウゴの表情からそれに気付いたようで、「早めに戻りましょう」と言って、シュウゴの手をとろうとした。
 そのとき、メイの後ろをボーっと見ていたシュウゴの目が見開かれる。

「危ないっ!」

 シュウゴはとっさにメイの手を引いて横へ跳んだ。
 
 ――ドオォォォォォンッ!

 先ほどまで彼らのいた場所の上空から巨大な頭が叩きつけられ、砂塵を巻き上げた。
 二人は間一髪で転がり、立ち上がって襲いかかってきたものの正体を見る。
 砂塵はすぐに晴れ、その正体を見たメイが絶望に声を震わせた。

「そんな、どうしてっ」

 目の前にあったのは、生きた蛇竜の頭だった。
 シュウゴが急いで倒したはずの蛇竜の死骸を見ると、それは確かに倒れたままだった。
 つまり、もう一体いたのだ。
 それだけでも十分絶望的だが、シュウゴはもう一つの絶望に気付いてしまった。顔の上半分が吹き飛んだはずの蛇竜の顔がもくもくと煙を発していたのだ。
 それは消滅しようとしているのではなく――

「――再生してるのか」

 そう、少しずつ皮膚が修復されていた。
 しかしそれよりも目の前に現れたもう一体だ。
 シュウゴはこんな状況だと言うのに、病のせいか意識が朦朧としてくる。
 蛇竜は頭を後ろへ引くと、弾丸の如くシュウゴめがけて襲いかかった。
 そう認識したときにはもう襲い。

(くそぉぉぉっ!)

 ――バシュゥゥゥンッ!

 ――グワァァァァァッ!

 噴射音が聞こえたかと思えば、目前まで迫っていた蛇竜が突然軌道を逸らし、苦しそうに暴れ出した。
 その顔にはランスが深々と突き刺さっており――

「デュラ!」
「デュラさん!」

 左腕のないデュラが、颯爽とシュウゴたちの目の前に駆け寄って来た。
 片腕を失っても彼はまだ戦えると言っているのだ。シュウゴも根性で大剣を握り直す。
 
「デュラ、お前は再生中の方をやってくれ。俺はこいつをやる!」

 シュウゴは簡単な指示を出し、駆け出そうとした。
 しかしランスを引き戻したデュラは、それをシュウゴの目の前に遮るように突き出し、首を横へ振った。
 シュウゴはわけが分からず顔をしかめる。

「一体なんのつもりだ!? ――っ!?」

 次の瞬間、メイがシュウゴの手を引いて走り出していた。デュラと蛇竜へ背を向けて。
 シュウゴは急に引っ張られてこけそうになるが、なんとか足の回転を合わせる。

「なにをするんだメイ!? デュラを置いてどこへ行こうと――」

「――逃げるんです!」

「んなっ……」

 シュウゴは絶句する。
 メイの声は震えていたのだ。そして涙が流れていた。
 
「デュラさんの声が届いたんですよ。『我が主を逃がしてほしい』って。『こんなところで失うわけにはいかない』って!」

 シュウゴの目が見開かれる。
 デュラはシュウゴを逃がすために自ら囮になったのだ。
 そんなこと、容認できるはずがない。いくらデュラであっても、蛇竜二体が相手では、ブレスで溶かされて消滅してしまう。
 シュウゴは全身に痛みが走る中で必死に叫んだ。

「ダメだメイ! 戻ってくれ! デュラを犠牲にして生き残るなんてできるはずがない!」

「聞けません! 私が託されたんですから! デュラさんの分までお兄様を守るって!!」

 メイの声は悲痛に満ちていた。
 シュウゴは悔しさに奥歯を噛みしめながら、もう遠くにいるデュラを見た。彼は片腕のハンデにも関わらず、二体の蛇竜に立ち向かっていた。
 
「デュラぁぁぁぁぁっ! くっ、そぅ……」

 力の限り叫んだせいで、シュウゴの体をさらなる激痛が襲い意識が朦朧となり始める。
 やがて無意識に動かしていた足がもつれ、メイの悲鳴を最後に意識を手放すのだった。

(誰でもいい……デュラを……俺の大切な仲間を、助けて……)
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