39 / 50
第四章 バブル崩し
結末
しおりを挟む
それから数日後、マルベスはなにげなく中央区へ続く町の大通りを歩いていた。
周囲を見渡すと、以前よりも明らかに暗い雰囲気が漂っていた。
道行く人々の多くは、絶望に満ちた暗い表情で下を向いて歩き、貴族たちですらも高そうな衣服を両手に抱えて質屋に駆け込んでいる。また、家を失い裏道や公園などに住む人々も日増しに増えているようだ。
マルベスは顔をわずかに歪め、重苦しいため息を吐いた。
「……なぁ、教えてくれよノベル。ここまでして、お前のやりたかったことはいったい……」
新通貨レンゴクのバブル崩壊は、はからずも無数の犠牲者を出した。
遊び感覚で小遣いを投じていた者から、全財産、挙句の果てには借金をしてまでレンゴクを買う者までいた始末。
彼らは皆、「貧困から抜け出せる」、「辛い労働の日々から解放される」などといった夢を見ていたのだ。
その夢はスルーズ商会のバブル崩しによって一掃されることとなった。
それによって地獄を見たのは、おそらくノートスの人々だけではないだろう。
「……あれは……」
マルベスが顔を上げると、中央区のほうから一人の恰幅の良い初老の男と、二人の騎士が歩いて来ていた。
男のほうは、上質な紺のロングコートを羽織り、いかにもエリート政治家といった風貌だが、余裕のない表情で額に青筋を浮かべて歩いている。
ただならぬ様子が気になったマルベスは、彼らとすれ違った後、反転しその後を追った。
やがて辿り着いたのは金庫番だ。
それも中央区にある貴族や政治家御用達の金庫番ではなく、貧民街とも呼べる南のほうにある簡素な金庫番だ。
男たちに続いてマルベスも入ると、男はカウンターで厳かに言った。
「調べたいことがある」
「こ、これはキンレイ大臣! こんなところまでお越しくださるとは恐縮です。すぐにお調べしますので、なんなりとお申し付けください」
マルベスは内心でほくそ笑んだ。
なるほど、この男がノートスで魔人と取引していた政治家だったのかと。
財務大臣のキンレイなら魔人が目をつけるのも頷ける。
「ノベル・ゴルドーという男の口座がここに登録されているな?」
「も、申し訳ございません。ノベルさんでしたら、先日口座を解約しております」
「なにっ!?」
キンレイが鬼の形相で叫んだ。
獣人の店員は、委縮し顔を引きつらせる。
「どういうことだ!? 預金は!?」
「そ、それが先日来たときに、急に口座を解約したいと言い出しまして……預金もそのときに……ですが、元々預金も多くはありませんでした」
「ちっ、こざかしい。それなら、スルーズ投資商会で構わん。大罪人であるノベル・ゴルドーと繋がっていた商会だ。資産をすべて押収させてもらうぞ」
「えっ!? し、しかしスルーズ投資商会も、もう――」
キンレイの怒りの叫びを背に、マルベスは腹を抱えながら店を出るのだった。
「バカな奴だ。ノベルの野郎はもうここにはいないってのに」
ノベルはバブルが崩壊してすぐに動き出していた。各地で投資していた商会すべてほぼ同時に決済させたことで、魔人族に目をつけられることを予想していたのだ。
スルーズ商会は、投資先の各商会からレンゴクの全決済によって得た利益の一部を一斉に集め、すべての出資金を回収し投資を取り止めた。
しかしスルーズ商会の得た利益は元手の数百倍にも上る莫大な金額。
そんなものが一斉にノートスへ集まれば、間違いなく目立つ。
そこでノベルが考えたのが、所有券に立て替えての受け取りだ。そうすれば、大量の通貨を持ち運ばないでも手元に置くことができる。
それでも、とんでもない枚数がスルーズ商会の保管庫に積み重ねられたのは間違いないが。
そしてその資金を持ち、ノベルたちとスルーズ商会は拠点をドルガンの辺境へ移した。
出資を取り止めたことでマルベス商会とのオーナー契約もなくなり、マルベスたちは魔人族の報復を恐れずノートスに残った。
「ノベル、やっぱりお前は俺の見込んだ男だ。まさか、あの魔人族に一矢報いちまったんだからな」
マルベスは愉快そうに、大声で笑いながら歩き出すのだった。
周囲を見渡すと、以前よりも明らかに暗い雰囲気が漂っていた。
道行く人々の多くは、絶望に満ちた暗い表情で下を向いて歩き、貴族たちですらも高そうな衣服を両手に抱えて質屋に駆け込んでいる。また、家を失い裏道や公園などに住む人々も日増しに増えているようだ。
マルベスは顔をわずかに歪め、重苦しいため息を吐いた。
「……なぁ、教えてくれよノベル。ここまでして、お前のやりたかったことはいったい……」
新通貨レンゴクのバブル崩壊は、はからずも無数の犠牲者を出した。
遊び感覚で小遣いを投じていた者から、全財産、挙句の果てには借金をしてまでレンゴクを買う者までいた始末。
彼らは皆、「貧困から抜け出せる」、「辛い労働の日々から解放される」などといった夢を見ていたのだ。
その夢はスルーズ商会のバブル崩しによって一掃されることとなった。
それによって地獄を見たのは、おそらくノートスの人々だけではないだろう。
「……あれは……」
マルベスが顔を上げると、中央区のほうから一人の恰幅の良い初老の男と、二人の騎士が歩いて来ていた。
男のほうは、上質な紺のロングコートを羽織り、いかにもエリート政治家といった風貌だが、余裕のない表情で額に青筋を浮かべて歩いている。
ただならぬ様子が気になったマルベスは、彼らとすれ違った後、反転しその後を追った。
やがて辿り着いたのは金庫番だ。
それも中央区にある貴族や政治家御用達の金庫番ではなく、貧民街とも呼べる南のほうにある簡素な金庫番だ。
男たちに続いてマルベスも入ると、男はカウンターで厳かに言った。
「調べたいことがある」
「こ、これはキンレイ大臣! こんなところまでお越しくださるとは恐縮です。すぐにお調べしますので、なんなりとお申し付けください」
マルベスは内心でほくそ笑んだ。
なるほど、この男がノートスで魔人と取引していた政治家だったのかと。
財務大臣のキンレイなら魔人が目をつけるのも頷ける。
「ノベル・ゴルドーという男の口座がここに登録されているな?」
「も、申し訳ございません。ノベルさんでしたら、先日口座を解約しております」
「なにっ!?」
キンレイが鬼の形相で叫んだ。
獣人の店員は、委縮し顔を引きつらせる。
「どういうことだ!? 預金は!?」
「そ、それが先日来たときに、急に口座を解約したいと言い出しまして……預金もそのときに……ですが、元々預金も多くはありませんでした」
「ちっ、こざかしい。それなら、スルーズ投資商会で構わん。大罪人であるノベル・ゴルドーと繋がっていた商会だ。資産をすべて押収させてもらうぞ」
「えっ!? し、しかしスルーズ投資商会も、もう――」
キンレイの怒りの叫びを背に、マルベスは腹を抱えながら店を出るのだった。
「バカな奴だ。ノベルの野郎はもうここにはいないってのに」
ノベルはバブルが崩壊してすぐに動き出していた。各地で投資していた商会すべてほぼ同時に決済させたことで、魔人族に目をつけられることを予想していたのだ。
スルーズ商会は、投資先の各商会からレンゴクの全決済によって得た利益の一部を一斉に集め、すべての出資金を回収し投資を取り止めた。
しかしスルーズ商会の得た利益は元手の数百倍にも上る莫大な金額。
そんなものが一斉にノートスへ集まれば、間違いなく目立つ。
そこでノベルが考えたのが、所有券に立て替えての受け取りだ。そうすれば、大量の通貨を持ち運ばないでも手元に置くことができる。
それでも、とんでもない枚数がスルーズ商会の保管庫に積み重ねられたのは間違いないが。
そしてその資金を持ち、ノベルたちとスルーズ商会は拠点をドルガンの辺境へ移した。
出資を取り止めたことでマルベス商会とのオーナー契約もなくなり、マルベスたちは魔人族の報復を恐れずノートスに残った。
「ノベル、やっぱりお前は俺の見込んだ男だ。まさか、あの魔人族に一矢報いちまったんだからな」
マルベスは愉快そうに、大声で笑いながら歩き出すのだった。
10
あなたにおすすめの小説
防御力を下げる魔法しか使えなかった俺は勇者パーティから追放されたけど俺の魔法に強制脱衣の追加効果が発現したので世界中で畏怖の対象になりました
かにくくり
ファンタジー
魔法使いクサナギは国王の命により勇者パーティの一員として魔獣討伐の任務を続けていた。
しかし相手の防御力を下げる魔法しか使う事ができないクサナギは仲間達からお荷物扱いをされてパーティから追放されてしまう。
しかし勇者達は今までクサナギの魔法で魔物の防御力が下がっていたおかげで楽に戦えていたという事実に全く気付いていなかった。
勇者パーティが没落していく中、クサナギは追放された地で彼の本当の力を知る新たな仲間を加えて一大勢力を築いていく。
そして防御力を下げるだけだったクサナギの魔法はいつしか次のステップに進化していた。
相手の身に着けている物を強制的に剥ぎ取るという究極の魔法を習得したクサナギの前に立ち向かえる者は誰ひとりいなかった。
※小説家になろうにも掲載しています。
魔力ゼロで出来損ないと追放された俺、前世の物理学知識を魔法代わりに使ったら、天才ドワーフや魔王に懐かれて最強になっていた
黒崎隼人
ファンタジー
「お前は我が家の恥だ」――。
名門貴族の三男アレンは、魔力を持たずに生まれたというだけで家族に虐げられ、18歳の誕生日にすべてを奪われ追放された。
絶望の中、彼が死の淵で思い出したのは、物理学者として生きた前世の記憶。そして覚醒したのは、魔法とは全く異なる、世界の理そのものを操る力――【概念置換(コンセプト・シフト)】。
運動エネルギーの法則【E = 1/2mv²】で、小石は音速の弾丸と化す。
熱力学第二法則で、敵軍は絶対零度の世界に沈む。
そして、相対性理論【E = mc²】は、神をも打ち砕く一撃となる。
これは、魔力ゼロの少年が、科学という名の「本当の魔法」で理不尽な運命を覆し、心優しき仲間たちと共に、偽りの正義に支配された世界の真実を解き明かす物語。
「君の信じる常識は、本当に正しいのか?」
知的好奇心が、あなたの胸を熱くする。新時代のサイエンス・ファンタジーが、今、幕を開ける。
元皇子の寄り道だらけの逃避行 ~幽閉されたので国を捨てて辺境でゆっくりします~
下昴しん
ファンタジー
武力で領土を拡大するベギラス帝国に二人の皇子がいた。魔法研究に腐心する兄と、武力に優れ軍を指揮する弟。
二人の父である皇帝は、軍略会議を軽んじた兄のフェアを断罪する。
帝国は武力を求めていたのだ。
フェアに一方的に告げられた罪状は、敵前逃亡。皇帝の第一継承権を持つ皇子の座から一転して、罪人になってしまう。
帝都の片隅にある独房に幽閉されるフェア。
「ここから逃げて、田舎に籠るか」
給仕しか来ないような牢獄で、フェアは脱出を考えていた。
帝都においてフェアを超える魔法使いはいない。そのことを知っているのはごく限られた人物だけだった。
鍵をあけて牢を出ると、給仕に化けた義妹のマトビアが現れる。
「私も連れて行ってください、お兄様」
「いやだ」
止めるフェアに、強引なマトビア。
なんだかんだでベギラス帝国の元皇子と皇女の、ゆるすぎる逃亡劇が始まった──。
※カクヨム様、小説家になろう様でも投稿中。
スキルで最強神を召喚して、無双してしまうんだが〜パーティーを追放された勇者は、召喚した神達と共に無双する。神達が強すぎて困ってます〜
東雲ハヤブサ
ファンタジー
勇者に選ばれたライ・サーベルズは、他にも選ばれた五人の勇者とパーティーを組んでいた。
ところが、勇者達の実略は凄まじく、ライでは到底敵う相手ではなかった。
「おい雑魚、これを持っていけ」
ライがそう言われるのは日常茶飯事であり、荷物持ちや雑用などをさせられる始末だ。
ある日、洞窟に六人でいると、ライがきっかけで他の勇者の怒りを買ってしまう。
怒りが頂点に達した他の勇者は、胸ぐらを掴まれた後壁に投げつけた。
いつものことだと、流して終わりにしようと思っていた。
だがなんと、邪魔なライを始末してしまおうと話が進んでしまい、次々に攻撃を仕掛けられることとなった。
ハーシュはライを守ろうとするが、他の勇者に気絶させられてしまう。
勇者達は、ただ痛ぶるように攻撃を加えていき、瀕死の状態で洞窟に置いていってしまった。
自分の弱さを呪い、本当に死を覚悟した瞬間、視界に突如文字が現れてスキル《神族召喚》と書かれていた。
今頃そんなスキル手を入れてどうするんだと、心の中でつぶやくライ。
だが、死ぬ記念に使ってやろうじゃないかと考え、スキルを発動した。
その時だった。
目の前が眩く光り出し、気付けば一人の女が立っていた。
その女は、瀕死状態のライを最も簡単に回復させ、ライの命を救って。
ライはそのあと、その女が神達を統一する三大神の一人であることを知った。
そして、このスキルを発動すれば神を自由に召喚出来るらしく、他の三大神も召喚するがうまく進むわけもなく......。
これは、雑魚と呼ばれ続けた勇者が、強き勇者へとなる物語である。
※小説家になろうにて掲載中
A級パーティから追放された俺はギルド職員になって安定した生活を手に入れる
国光
ファンタジー
A級パーティの裏方として全てを支えてきたリオン・アルディス。しかし、リーダーで幼馴染のカイルに「お荷物」として追放されてしまう。失意の中で再会したギルド受付嬢・エリナ・ランフォードに導かれ、リオンはギルド職員として新たな道を歩み始める。
持ち前の数字感覚と管理能力で次々と問題を解決し、ギルド内で頭角を現していくリオン。一方、彼を失った元パーティは内部崩壊の道を辿っていく――。
これは、支えることに誇りを持った男が、自らの価値を証明し、安定した未来を掴み取る物語。
世界最強の賢者、勇者パーティーを追放される~いまさら帰ってこいと言われてももう遅い俺は拾ってくれた最強のお姫様と幸せに過ごす~
aoi
ファンタジー
「なぁ、マギそろそろこのパーティーを抜けてくれないか?」
勇者パーティーに勤めて数年、いきなりパーティーを戦闘ができずに女に守られてばかりだからと追放された賢者マギ。王都で新しい仕事を探すにも勇者パーティーが邪魔をして見つからない。そんな時、とある国のお姫様がマギに声をかけてきて......?
お姫様の為に全力を尽くす賢者マギが無双する!?
収納魔法を極めた魔術師ですが、勇者パーティを追放されました。ところで俺の追放理由って “どれ” ですか?
木塚麻弥
ファンタジー
収納魔法を活かして勇者パーティーの荷物持ちをしていたケイトはある日、パーティーを追放されてしまった。
追放される理由はよく分からなかった。
彼はパーティーを追放されても文句の言えない理由を無数に抱えていたからだ。
結局どれが本当の追放理由なのかはよく分からなかったが、勇者から追放すると強く言われたのでケイトはそれに従う。
しかし彼は、追放されてもなお仲間たちのことが好きだった。
たった四人で強大な魔王軍に立ち向かおうとするかつての仲間たち。
ケイトは彼らを失いたくなかった。
勇者たちとまた一緒に食事がしたかった。
しばらくひとりで悩んでいたケイトは気づいてしまう。
「追放されたってことは、俺の行動を制限する奴もいないってことだよな?」
これは収納魔法しか使えない魔術師が、仲間のために陰で奮闘する物語。
俺を凡の生産職だからと追放したS級パーティ、魔王が滅んで需要激減したけど大丈夫そ?〜誰でもダンジョン時代にクラフトスキルがバカ売れしてます~
風見 源一郎
ファンタジー
勇者が魔王を倒したことにより、強力な魔物が消滅。ダンジョン踏破の難易度が下がり、強力な武具さえあれば、誰でも魔石集めをしながら最奥のアイテムを取りに行けるようになった。かつてのS級パーティたちも護衛としての需要はあるもの、単価が高すぎて雇ってもらえず、値下げ合戦をせざるを得ない。そんな中、特殊能力や強い魔力を帯びた武具を作り出せる主人公のクラフトスキルは、誰からも求められるようになった。その後勇者がどうなったのかって? さぁ…
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる