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3 呪われた王女の見る夢
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第三王女は庶子である。
王が王妃お気に入りの侍女をウッカリお気に入りしちゃったために、この世に生を受けた。
そしてそのウッカリ気に入られた侍女というのが、曰くつきの存在であった。
「カドモス様ったら、まだ勘違いしてらっしゃるのね」
寝室で王女は一人。枕を抱きしめ、ニヤニヤと品のない思い出し笑いをしていた。
王女は呪われている。
それは事実だ。庶子だからではない。
だいたい庶子にも関わらず、父国王も義母王妃も第三王女を猫っかわいがりをしている。
さすがに王位継承権はない。
だが父国王は、カドモスのようなどこの馬の骨とも知れぬ傭兵あがりの男を王宮内に入れることを許可した。
その分、カドモスが何かおかしな動きをしないか、常に王直属の影を幾人も忍ばせて。有能な人物を厳選し。
カドモスと第三王女。
一見、王女私室でふたりきりだが、実際はネズミ一匹逃さない、鉄壁の警備体制におかれている。王室一の護りを固めさせている。
愛しい娘の願いだからと。そりゃもうデロデロに甘やかしている。
そんな父国王を白い目で見ながらも、義母王妃もまた「不便はない? つらいことは? なんでも言ってちょうだいね」と優しく声をかける。忙しい公務の合間を縫って、せっせと会いにくる。
そして宝石やらドレスやら、高価な贈り物はもちろん、珍しい異国の果物や、甘い菓子、美しい花々など、山のように貢いでいる。
それらすべては王妃の個人資産から捻出されている。
正直なところ、父国王に輪をかけて甘い。グズグズに甘い。蟻がたかってきそうなくらい甘い。
そしてまた、嫡出子たる異腹の王子王女たちも。
鼻の下をのばしきった両親を白けきった目で見ながらも、同様に彼らも、第三王女を前に、デレデレと相好を崩す。
「ずっとずっと、ここにいるといいよ。結婚なんてせずに、僕たち私たちと一緒に暮らそうね」
異母兄姉のことは、第三王女も大好きだ。だが、そんなのはゴメンだ。
愛されているのはわかるが、第三王女には夢があった。
「わたくしに魅了されない方と、燃えるような恋をしたいのですわ!」
第三王女を前にすれば。微笑まずには、愛さずにはいられない。
ほとんどの人間がそうなのだ。
程度の差はあれど、大抵の人間がデレデレになる。ここ一年、その傾向はより一層強くなっている。
カドモスが以前耳に挟んだ、「第三王女は呪われている」という貴婦人の嘆き。
あれは、第三王女を想うがあまりの声だ。決して王女を侮ったり、嫌悪したり、揶揄したのではない。
国の宝たる第三王女が、傭兵あがりの野蛮な男の毒牙にかかるなんて。けれど王女の望みとあらば、叶えて差し上げなければ。ああ口惜しい。このような忌まわしき事態。まるで呪いだ。
そういった悲哀に満ちた声であった。
「まさしく呪いですわ」
これを呪いと呼ばずしてなんと言う。
王女はぼすん、ベッドに倒れ込んだ。頭から背中にかけて、柔らかなシーツが王女を包む。
王女の産みの母。王妃付きの侍女。
王妃が入内する前から。それこそ王妃が歩き出す前から。
王妃の側で成長を見守り、遊び相手となり、恋人となり。そしてついには夫たる国王を共有するに至った、王妃の最も重用し信頼していた存在。
彼女は王女を産み落とすと、この世から消えた。文字通り、跡形もなく。
――人としての姿は。
「わたくしはお母様と違って、一途に愛し愛されたいのです」
拗ねたように唇を尖らせる王女の耳元。小さな光がフワフワと飛び回っている。
「イヤです!」
突然大声を上げると、王女はガバリと起き上がった。
キッと七色に光る球体を睨みつけ、力いっぱい枕を投げつける。
難なく王女の投擲から逃れる光の玉。
王女の鼻先まで寄ってきて、チカチカと点滅する。その様は、肩を怒らせた王女を嘲笑うかのよう。
「わたくしは、ずぅえええええええったいにカドモス様の下穿きになってみせます!」
輝く球体は呆れたように小さく揺れると、扉をすり抜けていった。おそらく国王王妃の寝室へ向かったのだろう。
王女はしばらく、扉に向かってグルグルと唸っていた。
「愛の精霊なんて。わたくしは一人の女として、カドモス様を愛し愛されたいだけですのに」
苦渋の滲む声。王女の肩から力が抜ける。
愛の精霊が持つ魅了の力ではなく。
自分自身を見てくれる人を愛し、愛されたい。
互いが互いにとって、ただ一人の存在でありたい。
そして愛する者の子を産むことで、人の形を保てなくなるのならば。
それならば、愛する者の下穿きとなって、相手の貞操を護り抜きたい。
そんな夢を抱いていた王女にとって、カドモスとの出会いはまさしく運命だった。
王が王妃お気に入りの侍女をウッカリお気に入りしちゃったために、この世に生を受けた。
そしてそのウッカリ気に入られた侍女というのが、曰くつきの存在であった。
「カドモス様ったら、まだ勘違いしてらっしゃるのね」
寝室で王女は一人。枕を抱きしめ、ニヤニヤと品のない思い出し笑いをしていた。
王女は呪われている。
それは事実だ。庶子だからではない。
だいたい庶子にも関わらず、父国王も義母王妃も第三王女を猫っかわいがりをしている。
さすがに王位継承権はない。
だが父国王は、カドモスのようなどこの馬の骨とも知れぬ傭兵あがりの男を王宮内に入れることを許可した。
その分、カドモスが何かおかしな動きをしないか、常に王直属の影を幾人も忍ばせて。有能な人物を厳選し。
カドモスと第三王女。
一見、王女私室でふたりきりだが、実際はネズミ一匹逃さない、鉄壁の警備体制におかれている。王室一の護りを固めさせている。
愛しい娘の願いだからと。そりゃもうデロデロに甘やかしている。
そんな父国王を白い目で見ながらも、義母王妃もまた「不便はない? つらいことは? なんでも言ってちょうだいね」と優しく声をかける。忙しい公務の合間を縫って、せっせと会いにくる。
そして宝石やらドレスやら、高価な贈り物はもちろん、珍しい異国の果物や、甘い菓子、美しい花々など、山のように貢いでいる。
それらすべては王妃の個人資産から捻出されている。
正直なところ、父国王に輪をかけて甘い。グズグズに甘い。蟻がたかってきそうなくらい甘い。
そしてまた、嫡出子たる異腹の王子王女たちも。
鼻の下をのばしきった両親を白けきった目で見ながらも、同様に彼らも、第三王女を前に、デレデレと相好を崩す。
「ずっとずっと、ここにいるといいよ。結婚なんてせずに、僕たち私たちと一緒に暮らそうね」
異母兄姉のことは、第三王女も大好きだ。だが、そんなのはゴメンだ。
愛されているのはわかるが、第三王女には夢があった。
「わたくしに魅了されない方と、燃えるような恋をしたいのですわ!」
第三王女を前にすれば。微笑まずには、愛さずにはいられない。
ほとんどの人間がそうなのだ。
程度の差はあれど、大抵の人間がデレデレになる。ここ一年、その傾向はより一層強くなっている。
カドモスが以前耳に挟んだ、「第三王女は呪われている」という貴婦人の嘆き。
あれは、第三王女を想うがあまりの声だ。決して王女を侮ったり、嫌悪したり、揶揄したのではない。
国の宝たる第三王女が、傭兵あがりの野蛮な男の毒牙にかかるなんて。けれど王女の望みとあらば、叶えて差し上げなければ。ああ口惜しい。このような忌まわしき事態。まるで呪いだ。
そういった悲哀に満ちた声であった。
「まさしく呪いですわ」
これを呪いと呼ばずしてなんと言う。
王女はぼすん、ベッドに倒れ込んだ。頭から背中にかけて、柔らかなシーツが王女を包む。
王女の産みの母。王妃付きの侍女。
王妃が入内する前から。それこそ王妃が歩き出す前から。
王妃の側で成長を見守り、遊び相手となり、恋人となり。そしてついには夫たる国王を共有するに至った、王妃の最も重用し信頼していた存在。
彼女は王女を産み落とすと、この世から消えた。文字通り、跡形もなく。
――人としての姿は。
「わたくしはお母様と違って、一途に愛し愛されたいのです」
拗ねたように唇を尖らせる王女の耳元。小さな光がフワフワと飛び回っている。
「イヤです!」
突然大声を上げると、王女はガバリと起き上がった。
キッと七色に光る球体を睨みつけ、力いっぱい枕を投げつける。
難なく王女の投擲から逃れる光の玉。
王女の鼻先まで寄ってきて、チカチカと点滅する。その様は、肩を怒らせた王女を嘲笑うかのよう。
「わたくしは、ずぅえええええええったいにカドモス様の下穿きになってみせます!」
輝く球体は呆れたように小さく揺れると、扉をすり抜けていった。おそらく国王王妃の寝室へ向かったのだろう。
王女はしばらく、扉に向かってグルグルと唸っていた。
「愛の精霊なんて。わたくしは一人の女として、カドモス様を愛し愛されたいだけですのに」
苦渋の滲む声。王女の肩から力が抜ける。
愛の精霊が持つ魅了の力ではなく。
自分自身を見てくれる人を愛し、愛されたい。
互いが互いにとって、ただ一人の存在でありたい。
そして愛する者の子を産むことで、人の形を保てなくなるのならば。
それならば、愛する者の下穿きとなって、相手の貞操を護り抜きたい。
そんな夢を抱いていた王女にとって、カドモスとの出会いはまさしく運命だった。
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