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7 恋ではなく、ただの呪い

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 教義では否と定められる庶子。
 王族でありながらも、国教においてその出自を否定され、存在に矛盾を抱える第三王女ハルモニア。
 それが故に、異腹の兄王子、姉王女と同等の公務は行えず、制限がある。

 とはいえ、王族も仕える臣下達も。皆、ハルモニアを国の宝と大事にしている。

 その王女が人の形を失ってしまったら。
 原因となる相手が傭兵上がりのカドモスだとしたら。

 生まれてくる赤子は愛されるだろう。だがカドモスは? カドモスは無事でいられるだろうか。

 だから、それだから、攫ってほしい。この王宮を抜けて二人きりで愛を育みたい。
 第三王女ハルモニアは切々とカドモスに訴えた。


「カドモス様! どうかわたくしを攫ってくださいませ」

「お断りしますってんだ」


 小指で耳の穴をほじるカドモス。その指先にフッと息を吹きかけ、王女に飛ばした。


「どうだ? こんな下劣な男は嫌だろう?」


 カドモスがニヤニヤと笑う。
 王女は胸の前で手を組んだ。


「いいえ! 男らしくてとても素敵です!」

「なんでだよ!」


 カドモスは頭を抱えてしゃがみ込んだ。
 この王女は呪われている。本当に呪われている!

 ブツブツと独りごちるカドモスのすぐ横。王女は膝をついた。
 カドモスの節くれ立った、大きな手。切り傷、刺し傷、火傷。瘢痕だらけの日焼けた肌は、ところどころ引き攣れて白い。
 そんな凹凸の目立つ、まだら色のカドモスの手に、王女は自身の手をのせた。何の苦労も経験していない、甘やかされきった、滑らかで白い手。


「カドモス様。わたくしのような呪われた娘はお嫌でしょうね」

「なに言ってんだ」


 離れていこうとする王女の手をカドモスは掴んだ。
 パシッといい音を立てて、王女の手首がカドモスの手中におさまる。王女は頬を染めた。

 恐ろしげな形相をさらに険しく、眉間にシワを刻み、カドモスは王女の出方を待つ。
 王女はコクリと喉を鳴らした。赤らんだ目尻が、キリリと決意に締まる。


「わたくし、呪われておりますの。ですが庶子だからではございません」

「そんなこたぁ知ってるよ」

「えっ?」


 王女はパチパチと目を瞬いた。
 カドモスは大きくため息を吐く。王女の手首を握ったまま、反対の手で頭をガシガシと乱雑にかき乱し。ぐぅっと唸った。地響きのような音だった。
 王女は頬を染めた。下腹部に響いたらしい。

 カドモスはそんな王女を見て、嫌そうに顔を歪めたが、手は離さなかった。


「アンタが俺に同情させるよう、『王の庶子、呪われた娘』だって。悲劇のヒロインぶってたのは、ハナっからわかってたよ」

「え……」

「俺の前じゃ、アンタにツラく当たる演技させてたんだろ? 陛下から聞いてるぜ」


 王女が「お父様の裏切り者!」と叫ぶ。


「いやいや。陛下も殿下方も、そうとう鬱憤溜まってるからな? その八つ当たりは全部俺にきてんだ。いい加減にしろよ」


 カドモスの白けきった眼差しに、王女はタジタジになる。
 「だって……」と今にも泣き出しそうに顔を歪めるものだから、カドモスは王女の手首を離し、ヨシヨシ、と頭を撫でた。


「ついでに言っておく。俺は神様なんてもんは信じちゃいねぇ。庶子だろうが王女様だろうが平民だろうが。食ってクソして寝て起きて。切れば血が出ていつかは死ぬ。ただの人間だ」

「ええ」


 王女が目を細める。カドモスは長くため息をついた。


「――だけど。アンタは呪われてるよ、確かに」


 カドモスは自嘲するように口の端を片方、つり上げる。


「魅了の力だっけか? 俺以外の人間は皆、アンタを一目見た途端、夢中になるんだってな」

「それは――」


 顔色を変えた王女。そのか細い声をカドモスは遮った。


「そのせいでアンタは、俺みてぇなくだらねぇ男に執着してる。他に選択肢がない。こんなのは恋でも愛でもなんでもねぇよ。ただの呪いだ」
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