【完結】私の可愛いシャルロッテ

空原海

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第五話 婚約者の真実

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 帝国建国祭は連日に渡り、各国の王侯貴族を招いて、帝国の威信を見せつけるかのように豪華絢爛に催される。
 その日の夜会で、フレデリックはいつになくシャルロッテに優しかった。
 ファーストダンスを終えても、フレデリックはシャルロッテの側にいてくれる。それだけでなく、前日までに各重鎮との挨拶や顔繫ぎは終えたから、と、シャルロッテを連れ回すでもなく、二人で親しく会話を楽しんでくれる。シャルロッテとのダンスが終わると同時に群がってこようとした令嬢達には「今日は久々の婚約者同士の時間を優先したいんだ」と優しく微笑みながらも、明確にシャルロッテを優先する姿勢を見せ、断ってくれる。
 シャルロッテは嬉しくて幸せでたまらなかった。
 まるで昔の婚約者が帰ってきたようで、シャルロッテは常は隠しているフレデリックへの思慕を言葉にのせた。

「こうしてご一緒できること、とても幸せに思います。離れている間も、殿下を思わぬ日はございません」

 シャルロッテは目元を赤く染め、恥じらいながらも、フレデリックの目を真っすぐに見つめ、真摯に真心を伝えた。

「……どれが本当の君なんだ……」

 フレデリックの呟きはとても小さく、シャルロッテの耳に届くまでに、夜会の喧騒に紛れてしまう。
 しかし苦し気なフレデリックの表情に、シャルロッテは胸が痛む。

 ――わたくしの想いは殿下にご迷惑なのかしら。

 今日は昔に戻ったように優しくしてくれるから。シャルロッテの手を取るフレデリックの手が優しく、いかにも婚約者の義務だと言わんばかりの、あの冷たく突き放す空気がなく、シャルロッテを見る目が温かいから。
 それだから、シャルロッテは勇気を振り絞って、思慕を伝えたけれど、やはりフレデリックにとってシャルロッテは疎ましい存在なのだろうか。

 シャルロッテはこれまで耐えてきたフレデリックの冷たい振る舞いと、そして久々のフレデリックの優しさに触れ再び期待し、その期待が潰えたことで、皇女として感情を抑えることが難しくなった。

「……殿下。見苦しい真似を申し訳ございません。これで最後に致しますから……」

 シャルロッテは俯き、唇を噛む。シャルロッテの腰を抱くフレデリックの手が強張った。
 シャルロッテはもう一度、フレデリックを見上げて、その目をまっすぐに見る。

「殿下がわたくしを疎んじておられることは存じております。けれどわたくしは、わたくしは殿下をお慕いしております。殿下のお力になることが出来たらと……」

 フレデリックの目に動揺が覗き、口元に浮かべた微笑が力なく消えていく。

「殿下のお心を煩わせる何かがあるのなら、どうかわたくしにもそれらを除く助力をお許しください。どうかわたくしにも、何か願ってくださいませ。わたくしは皇女です。ですが、その前に殿下の支えでありたいのです」

 シャルロッテの切実な願いに、フレデリックは顔を背けて、眉間の皺を深く刻み、瞑目した。

「……もう遅いのだ」

 震えるフレデリックの手を、シャルロッテがそっと包み込む。

「そんなことはございません。わたくしが如何様にも致します」

 シャルロッテは知っていた。
 フレデリックが帝国に疑惑の目を向けていることを。そしてシャルロッテを信じたい、と願う一方で、疑う心を拭えず葛藤し、苦悩していたことを。
 それは最近になって従兄のヨハンからシャルロッテが聞いた、それまでのフレデリックの突然の変わり身の理由だった。
 そしてフレデリックの苦悩はアステア王国の王侯貴族に伝わり、アステア王国の帝国に対する不信感は募り、もはや王太子一人の力では抑えようにないほどであると。
 フレデリックは決行日とされる今日、最後の最後まで、父であるアステア王国国王に反意を唱えていた。
 いくら金鉱山を手にしたとて、国力のない軍事力の持たない小国のアステア王国がフェーゲル帝国に牙をむいたところで、敵うはずがないと。

 しかし富を手にすると、人は変わる。
 王太子フレデリックの声は届かなかった。
 フレデリックは王太子として自国とともに沈む覚悟を決めた。
 最早王侯貴族達を救う術はない。だがその他の民は。アステア王国の民は、どうか救ってほしい。愚かな王侯貴族の責を民に問わず、どうか帝国の自国民同様に受け入れてほしい。
 フレデリックの望むものは、最早それだけだった。

 フレデリックはシャルロッテの目を見つめ、哀しげに微笑んだ。

「すまぬ。許さなくてよい。私が……僕が愚かだったのだ。君を疑うなど……」

 己の手を包むシャルロッテの手を、もう片方の大きな手で包んだ。

「最初から君だけを信じていれば、間違うことなどなかった。いや、間違ってもよかった」

 フレデリックはシャルロッテに懺悔するように、切々と言葉を紡ぐ。シャルロッテはフレデリックの瞳だけを見つめ、一言も聞き逃さないよう、喧騒に消されそうなか細い声に耳を傾ける。
 フレデリックはシャルロッテを自身の胸に寄せた。

「僕に向かう君の真っすぐな瞳と、君を想う僕の愛を。ただそれだけを信じていればよかった」

 シャルロッテの背に回された腕に力が籠もり、シャルロッテはフレデリックの逞しく厚い胸に這わせていた手でトン、と一度その胸を叩いた。

「もう一度、わたくしを信じてくださいますか」
「勿論」

 フレデリックが力強く頷くと、シャルロッテは輝くばかりの笑顔を浮かべ、それまでアステア王国王太子とフェーゲル帝国皇女の抱擁を遠巻きに眺めていた者達は、それまで見たこともない、あどけなく無邪気なシャルロッテ皇女の微笑みに目を奪われた。



 それからしばらくして、アステア王国王太子は連日の夜会による疲労だと、一時休憩室に下がるとシャルロッテに告げ、会場を辞した。
 シャルロッテはそのまま留まり、今日までに踊っていない者達からのダンスの誘いを受け、また他国の貴族達や自国の令嬢達との会話を楽しんだ。
 シャルロッテ達が歓談に興じる一方、夜会にあるまじき姿を晒す大公国の貴族の姿があった。泥酔しきった男は壁に体を凭れかけ、ずるずると床に沈んでいく。夜会に集う者達は眉を顰めて、彼のこれまでの醜聞を囁き合った。

 しかしフレデリックがなかなか戻ってこない。シャルロッテは令嬢達とのお喋りを切り上げ、会場入口付近に佇む赤毛の護衛騎士に声をかけた。

「殿下がいまだお戻りになられません。何事もなければよいのですが……」

 シャルロッテは不安を隠しきれず、その顔が憂いに沈む。護衛騎士は婚約者を想うシャルロッテの健気な姿に心痛めた。

「殿下の御様子を伺ってきましょうか」
「よいのですか?」
「どうぞ私に御命じください」
「では、殿下の御様子見を頼みます」
「御意に」

 シャルロッテは護衛騎士の後ろ姿を見送ると、自らもひっそりと会場を抜け出した。その様子をヨハンが遠くから見ていた。
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