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第2部

37 陰鬱な舞台の閉幕

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 恨めしそうになじるオルグレン婦人に、アスコット子爵は目を回した。

「他にも名目はあったよ。ワルツもカドリーユもうまくないから、ダンス向きじゃない、実に社交的な年寄り姉弟が、揃って会場の華になる前に、早々に引っ込みたかったっていう、威風堂々とした理由が」
「おだまりなさい」

 おどけるアスコット子爵に、オルグレン婦人はぴしゃりと言った。

「話を戻すわよ。ダンス下手の社交的な年寄りさん」

 アスコット子爵は肩をすくめるばかりで、どうにでもなれというようにため息をついた。

「あなたはカドガン伯爵領で育ったようなものだったから、知らなかったのでしょう」
「まさしく。僕はセシル・コールリッジ=カドガンと名乗った方が相応しいくらいだったね」

 アスコット子爵が『何を』知らなかったのか。オルグレン婦人がそれを口にする前に、すばやくアスコット子爵は自嘲を口にした。
 しかしオルグレン婦人は、冗談と流さず、深刻そうに頷いた。

「お祖父様もお父様も、あなたがそのようになることを望んでいたのよ」
「どういうこと? 姉さんがギルに嫁ぐんじゃなくて、僕が先々代伯爵の養子になれって?」

 露骨な嫌悪をむき出しにするアスコット子爵に、真珠姫が「よろしくて?」と、しゃしゃり出た。アスコット子爵は「また君か」とウンザリしたようにしかめつらを作った。
 真珠姫はにっこりと笑った。三日月形に細められた琥珀色の瞳は、小鳥を前にした猛禽類のように光った。

「つまり、セシルがあたくしに婚約関係を持ちかけた時点で、計画はすべて破綻していたのですわ。セシルがオルグレンの人間以外を懐に入れられるはずがないのですものね」

 片側贔屓の理不尽な裁判官のように、尊大な調子で真珠姫は言った。
 見ろ、これがお前の盲点であり、失策だぞ、と示すように。加えて、己はその被害者なのだぞ、と嫌味たらしく。

 アスコット子爵は「くだらない。君が人間だったってことだろ」と切り捨てる。

「あら。あたくしはどなたから愛を受け取るのに、ふさわしくない人間かしら? ギル?」
「そんなことはない」

 前カドガン伯爵はソファーの後ろから真珠姫の肩に手を置いた。その大きな手に真珠姫が手を重ね、「ですってよ」と、アスコット子爵に返した。
 アスコット子爵は取り合わず、オルグレン婦人にまなざしを向け、続きを促した。

 オルグレン婦人は前カドガン伯爵を一瞥した。

「私も――。私もギルに恋をしながらも、決してギルを信用しなかった。最後まで、ギルの努力を受け入れなかった」

 前カドガン伯爵は虚を突かれたように目を丸くした。
 続いて「それは私の不甲斐なさのためで、レティのせいではない」と否定するも、オルグレン婦人が首を振って否定した。

「事実よ、ギル。かばってくれなくていいの」
「その通りですわ。スカーレット様の過ちですもの」

 またもやしゃしゃり出ては「ね?」と首をかしげ、同意を求めんとする真珠姫を、オルグレン婦人とアスコット子爵は揃って睨んだ。

「うるさい人ね。いちいち口出しなさらないで」
「あら。おつらそうでいらしたので、励ましてさしあげようかと。そのように思ったのですわ」
「結構よ。あなた、少しは黙っていられないの?」

 真珠姫はいかにも傷ついた、というように胸に手を当て、大根役者よろしく、呼吸困難にあえぐ様を見せた。
 アスコット子爵は白けた顔を見せ、オルグレン婦人は苛立って見えた。
 前カドガン伯爵は厳めしく眉を寄せていた。けれど笑いをこらえているのか、口元が妙に歪んでいることに、アラン様もわたしも、気がつかないわけにはいかなかった。

「なあ、メアリー」
「なんでしょう」

 こっそりと耳打ちされるアラン様の低い声は、戸惑いと疲労で色香を醸し出していた。
 そんなふうに自分の胸が高揚していることに思い至り、驚く。つい先ほどまで、それどころではなかったというのに。

「俺たちはいったい、何を見せられているんだろう」
「さあ」

 少なくとも、出口の見えないような息苦しく陰鬱な舞台は幕を閉じた。

「見守るしかないのでは? わたし達は今、ただの観客のようですから」
「そうだな」

 腕組みをし、アラン様は唸った。

「あの人は、こんなにもおしゃべりをする方だったんだな」

 楽しそうに道化を演じる真珠姫を見て、アラン様は言った。

「ええ、本当に」

 ええ、本当に。
 真珠姫の邪気なく楽しそうに笑う姿なんて、いったいいつぶりなのかしら。ねえ、お母様。
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